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【要約と感想】J.アナス・J.バーンズ『古代懐疑主義入門―判断保留の十の方式』

【要約】あらゆる現象は、条件によって顕れ方が異なります。だから物事の本質が何なのかに対しては確かなことを言うことはできません。「判断保留」をして、探究を続けましょう。そしてその姿勢こそが心に平静をもたらし、人々を幸せにします。これが、ストア派やエピクロス派と並び立つヘレニズム哲学の第三の潮流、古代懐疑主義の主張です。

【感想】退屈な本である。序章がやたら威勢がよかったから期待を持ってしまったけれども、完全に肩すかしだった。この退屈さは英米系の分析哲学に共通する緊張感の欠如と冗長性が原因だろう。徹底的に論述する価値や意味を見いだせないものを徹底的に論述しているので、退屈なのだ。1頁で言えることを100頁も書いている。本書は自ら「哲学の入門」を謳っているけれども、まったく哲学入門には相応しくない。「哲学」の概念が英米系に特有の偏りを示していて、普遍的ではない。最大限に好意的に解釈して、「英米系分析哲学の入門書」ということなら、そう主張しても許されるかもしれない。まあ「英米系分析哲学の退屈さに耐える訓練入門」としては最適だろう。オチがメタ構造的なギャグ(しかもそんなにデキがよくない)で終わってたしなあ。

さて、人間が物事を認識するには必ず「特異点」を必要とする。そんなことはプラトンもアリストテレスも気づいているし、ソクラテスも「無知の知」という形で表現している。ストア派、エピクロス派、古代懐疑主義の違いとは、その「特異点」の設定の仕方の相違に結局は収斂する。ストア派は「大いなる一」を特異点に設定した。それは後々キリスト教の「神」とも響き合うような説得力ある特異点に成長していくことになる。エピクロス派は「小さなる一」を特異点にした。デモクリトスに由来する、いわゆる原子論である。この発想は近代になって自然科学の作法や民主主義の理論的支柱である社会契約論として花開くことになるだろう。そして古代懐疑主義は、特異点を「無限遠の彼方」に設定した。いつまで経っても辿り着かない人間認識の臨界に特異点を設定することで、我々のあらゆる認識が常に暫定的な中間地点であるという物語を描いた。近代哲学の華であるカントの理性批判やフッサール現象学とも響き合うエキサイティングな物語ではある。
要するにストア派・エピクロス派・古代懐疑主義の3つは、「特異点」というものの設定において究極と思われる3類型を論理形式的に代表するものであり、だからこそそれぞれそれなりの説得力を持つし、信者もつく。(いちおう論理的には古代懐疑主義の反対である「最近接」に特異点を設定するという立場もあり、それは古代であればアリスティッポスのような形を取りつつ、近代ではホッブズ以降に経験主義という形で精緻化されていくことになるだろう)。まあ、それだけのことだ。本書は、序章でやたらと古代懐疑主義の再発見の意義を強調しているけれど、そんなに凄いことを言っているようには読めなかった。

逆に言うと、本書が浮き彫りにしているのは、むしろ古代懐疑主義がストア派やエピクロス派と同じ土俵に立っている、ということだ。ストア派がアパテイアと呼び、エピクロス派がアタラクシアと呼ぶものを、やはりまた古代懐疑主義も追究している。そういう意味で古代哲学は共通して、「哲学」と言うより「幸福論」と呼ぶ方が相応しい。古代懐疑主義は、ストア派やエピクロス派との距離より、近代懐疑主義との距離の方がはるかに遠い考え方に見えるのだった。

J.アナス・J.バーンズ/金山弥平訳『古代懐疑主義入門―判断保留の十の方式』岩波文庫、2015年

【要約と感想】マルクス・アウレーリウス『自省録』

【要約】私が善き人間であろうとする時、他人の評価は全く関係ありませんし、意味がありません。過去を思い悩んだり、未来に希望をかけたりするのは意味がありませんので、現在与えられた環境と条件の下で精一杯できることをしましょう。宇宙の原理と一体化し、存在の本質を考えれば、やるべきことは自ずと見えてくるはずです。

【感想】文句のつけようのない名著で、長く読み継がれてきたことにも深く納得する。折に触れて読み返したい本だ。
 著者のマルクス・アウレーリウスは、2世紀後半にローマ帝国の皇帝を務めた人物だ。が、本人は皇帝ではなく、哲学者になりたかったようだ。
 本書には、高貴であろうと努力を重ねる魂のもがきが記録されている。地球の重力に肉体を引かれつつも、魂は自由を求めて宇宙を目指す。こういう人が実際にいたんだと思うだけで、私自身もちょっとは謙虚になれる。自分の生き方に対して具体的な人生訓になるかどうかは別として、あるいはこういう生き方や考え方に共感するかどうかも別として、こういう一本筋の通った人生というのがあり得るという「可能性」については、知っておいて損はない気がするのだった。

【個人的な研究のための備忘録】
 著者の思想の根幹はストア哲学で固められている。ストア哲学は、「一」という概念に対する強烈な信仰が土台にある。世界は一つであり、太陽の光は一つであり、普遍的な物質は一つであり、生命は一つであり、理性は一つである。あらゆるものを貫く「一」という見方・考え方こそが「神」という概念を構成する。

【「一」に対する信仰告白】

「自分固有の魂をすべて理性のあるものの魂から切りはなす者は社会から切断された肢のようなものだ、なぜならば魂は一つであるから。」第4巻29章

「宇宙は一つの生きもので、一つの物質と一つの魂を備えたものである、ということに絶えず思いをひそめよ。またいかにすべてが宇宙のただ一つの完成に帰するか、いかに宇宙がすべてをただ一つの衝動からおこなうか、いかにすべてがすべて生起することの共通の原因となるか、またいかにすべてのものが共に組み合わされ、織り合わされているか、こういうことをつねに心に思い浮べよ。」第4巻40章

「万物によって成立する一つの宇宙があり、万物の中に存在する一人の神があり、一つの物質、一つの法律、叡智を有するあらゆる動物に共通な〔一つの〕理性がある。また同胞であり、同じ理性を共有する動物の完成ということが一つならば、真理もまた一つなのである。」第7巻9章

「四肢と胴とが一つの体を形成する場合と同じ原理が理性的動物にもあてはまる、というのは彼らは各々別の個性を持っているが、協力すべくできているのである。君が自分に向かって「私は理性的動物によって形成される有機体の一肢である」とたびたびいって見れば、この考えはもっと君にピンとくるであろう。」第7巻13章

「ひょっとしたら君は見たことがあるだろう、手、または足の切断されたのを、または首が切り取られて、残りの肢体から少し離れたところに横たわっているのを。起ってくる事柄をいやがったり、他の人たちから別になったり、非社会的な行動を取ったりする者は、それと同じようなことを自分にたいしてするわけである。君は自然による統一の外へ放り出されてしまったのだ。君は生まれつきその一部分だった。ところが現在は自分で自分を切り離してしまったのだ。ただしここで素晴しいことには、君は再び自分を全体の統一にもどすことが許されている。」第8巻34章

「理性のない動物の間には一つの生命が分配されている。理性的動物の間には一つの叡智ある魂が分け与えられている。それはちょうどすべて土からくるものにたいして一つの地があり、我々にものをみせてくれる光が一つであり、我々のようにすべて視覚と生命を持つものの呼吸する空気が一つであるのと同様である。」第9巻8章

「太陽の光は一つである。たとえそれが壁や山や、その他数知れぬものに分割されようとも。普遍的な物質は一つである。たとえそれがどれほど沢山の個体に分けられていようとも、生命のいぶきは一つである、たとえそれが数知れぬものの自然に分かれ、各個体固有の制約の下に分かれようとも。叡智ある魂は一つである。たとえそれが分かれているように見えても。以上いったものの中で(精神以外)の部分、たとえば息や物質のごときものは、感覚もなく、相互間の絆もないが、それでもなお知力および同じ中心に向かって牽引する重力によって結合されている。ところが精神は独特で、同類のものへ向かい、これと結びつく。そして社会連帯の感情はとだえることがないのである。」第12巻30章

 この「一つ」への希求は、新世紀エヴァンゲリオンの「人類補完計画」やA.C.クラーク『地球幼年期の終わり』等にも見ることができるユートピア(あるいはある種のディストピア)だ。この強烈な「一」への信仰と希求を押さえると、ストア哲学の全体像を掴みやすいような気がする。
 このような「一つ」への信仰を土台とする世界観は、デモクリトスに始まる「原子論」とは対極にある。原子論は世界を「バラバラの要素」の集まりだと考える。だとしたら、世界をどのように作るかも自由に見えてくる。しかし世界がもともと「一つ」であるならば、人間が自分の思うように世界を作ってはいけないし、作れるはずもない。世界を「一つ」と見るか「バラバラ」と見るかで、自然観も社会観も宗教観も完全に変わってくる。ストア的世界観は保守的(社会有機体説)に流れやすいし、デモクリトス的世界観は革命的(社会契約説)に流れやすいだろう。

 そしてこのような「一つ」に対する信仰は、空間だけでなく時間に対しても適用される。いわゆるアイデンティティ概念に言及した記述も非常に多い。鴨長明『方丈記』と同じく、儚く移り変わるものを「河」に喩えて説明しているのも印象的だ。

【アイデンティティに関わる記述】

「時というものはいわばすべて生起するものより成る河であり奔流である。あるものの姿が見えるかと思うとたちまち運び去られ、他のものが通って行くかと思うとそれもまた持ち去られてしまう。」第4巻43章

「存在するもの、生成しつつあるものがいかにすみやかに過ぎ去り、姿を消していくかについてしばしば瞑想するがよい。なぜならすべての存在は絶え間なく流れる河のようであって、その活動は間断なく変り、その形相因も千変万化し、常なるものはほとんどない。」第5巻23章

「ある物は急いで生起しようとし、ある物は急いで消滅しようとし、生じ来ったものも部分的にはもう消え失せてしまった。絶ゆることなき時の流れが永遠の年月をつねに新たに保つがごとく、流転と変化が世界をたえず更新する。この流れの中にあって、我々の傍を走り過ぎて行くもの、その上にしっかりと足を踏まえるところもないようなもののうち何をそう尊ぶことができようか。それはちょうど我々の傍を飛んで過ぎて行く雀どもの中のいずれかを愛しにかかるのと同じようなもので、当の雀はもう視界の外へ行ってしまっているのだ。実際各人の生命それ自体も血から蒸発したもの、空気から吸い込まれたものに似ている。なぜならあたかも我々が一度空気を吸い込み、またそれを吐きもどすように、――それは我々が各瞬間にしていることだが――昨日か一昨日君が生まれたときに与えられた全呼吸機能を、最初君が息を汲み取った源泉へ返納するのもまったく同じことなのである。」第6巻15章

「人生は短い。褒める者にとっても褒められる者にとっても、記憶する者にとっても記憶される者にとっても。しかもすべてこの地域のこの小さな片隅でのこと。その上そこでは万人互いに一致しているわけでもなく、個人にしても一人として自己と一致しているものはない。また地球全体は一点にすぎない。」第8巻21章

つねに同一の人生目的を持たぬ者は一生を通じて一人の同じ人間でありえない。しからばその目的はなんであるべきか、ということを付け加えなくては以上いったことは足りない。というのは、大衆がなんらかの意味で善しと見なすものについての世論は必ずしも一致せず、その中にあるもの、すなわち公益に関するものについてのみ一致するようであるが、我々もまた同様に公共的市民的福祉を目的とせねばならない。自己のあらゆる衝動をこれに向ける者は、彼の全行動を首尾一貫したものとなし、それによってつねに同じ人間として存在するであろう。」第11巻21章

 しかし仮に河が常に移り変わるものであったとしても、やはり依然として「河は同じ河」であり続ける。河が同じ河であり続けるように一人の人間が同じ人間であり続けるためには、移り変わるものにこだわってはいけない。たとえば肉体や経済状況のようにめまぐるしく変動するものは、人間存在にとって本質的なものではない。そんな些末なことに囚われるのは、人生全体にとって無駄なことだ。同じ人間であるために決定的に重要なのは、著者によれば「人生目的」の定め方ということになる。この「人生目的」を定める時に、「一」という概念が本質を見定める指針となる。「一」に適っているのが正しい目的で、そうでなければ一時的で些末な衝動に過ぎないということになる。ここはなかなかアクロバティックな論理展開に思えるが、だからこそ逆に言えばストア派の自然観と倫理観を繋ぐ重要な「飛躍=信仰」でもあるのだろう。
▼参考:アイデンティティとは何か?―僕が僕であるために

 他、本筋とはあまり関係ないところで、おもしろい証言もたくさん手に入る。たとえば当時の「子ども」と「学校」にまつわる証言は興味深い。

【学校に関すること】

「曾祖父からは、公立学校にかよわずにすんだこと、自宅で良い教師についたこと、このようなことにこそ大いに金を使うべきであることを知ったこと。」第1巻4章

「しかしこれは皮肉や叱責の調子ではなく愛情をもって、心の底に怨恨をいだかずにやらなくてはいけない。そして学校の先生のような態度ではなく、そこにいる第三者に尊敬されるためでもなく、たとえ周囲に他の人たちがいようとも、まったく彼一人にたいして話すがよい。」

【子どもに関すること】

「腹黒い性質、女々しい性質、頑固な性質、獰猛、動物的、子供じみている、まぬけ、ペテン、恥知らず、欲ばり、暴君。」第4巻28章

「また我々は互いに咬みあう子犬や、笑ったかと思うともう泣く喧嘩好きの子供と選ぶところはない。」第5巻33章

子供の喧嘩と遊び、また死体を担う小さな魂」第9巻24章

「活動の停止、衝動や主観の休止ならびにその死ともいうべきもの――以上は悪いことではない。今度は人生の各段階に目を転じて見よ、たとえば幼年時代、少年時代、青年時代、老年時代等――以上における変化はそれぞれ一つの死である。ここになにか恐ろしいものがあるだろうか。」第9巻21章

 まず興味深いのは、当時の「学校」や「学校の先生」がくだらないものと認識されていることだ。学校や先生に関わらなくて幸せであったと著者は主張している。学校に対するこのような意見は21世紀に入っても見られるところだが、学校や先生は2000年ずっと変わらないということか。
 また本書では、子どもは一貫してくだらないものとして認識されている。理性を最大限に尊ぶ著者からしてみると、理性に欠ける子どもは尊重するに値しないものとなる。このような姿勢は少し後のアウグスティヌスにも同様に見られることになるだろう。西洋思想が子どもをくだらないものと認識する姿勢は、キリスト教の「原罪」に由来するというよりは、ギリシア・ローマの「理性尊重」の姿勢に由来するもののような印象がある。
 また発達段階に対する著者の証言は記憶しておきたい。著者は人間の一生を「幼年→少年→青年→老年」の4段階として認識している。この認識は著者独特のものではなく、ギリシア・ローマを通じて一般的だったと考えていいように思える。そして、その段階の変化を「それぞれ一つの死」だと表現していることから分かるように、それぞれの発達段階をまったく別のものだと認識している様子がうかがえる。この姿勢も、少し後のアウグスティヌスに色濃く見られる考え方だ。子どもを取るに足らないものとして認識する姿勢の背景にある、当時の常識ということだろう。

 また認識論の点では、カントの理性批判を彷彿とさせる描写がそこかしこにあった。カントの考え方は急に登場したのではなく、ストア哲学的な背景と土台があって生まれてきたということなのだろう。

「したがって人間の構成素質の中で第一の特徴は社会性である。第二は肉体的欲情にたいする抵抗力である。というのは、理性的知性的な動きには独特な能力があって、周囲のものから自分を孤立させ、感覚や本能の動きに決して負けないのである。なぜならば後者は双方とも動物的である。ところが叡智の動きは優越を欲し、これらのものに克服されるのを肯んじない。これは当然のことである。なぜならばその性質として叡智は全て他のものを利用するようにできているからである。」第7巻55章

「事物は(我々の魂の)戸の外に立っていて、自分自身の中にとじこもり、自己についてはなにも知らず、なにも伝えない。では彼らについて伝えるものはなにか。指導理性である。」第9巻15章

「「自分とはなにか。」理性のことだ。「しかし私は理性ではない。」それならそれでいい、だが少なくとも理性が自分で自分を苦しめることのないようにせよ。君のほかの部分が具合悪くなった場合には、その部分自体に自己についての意見をいだかしめればいいのだ。」第8巻40章

 カントの倫理的な態度は、著者の倫理的な姿勢とそうとうに共振しているように思った。ストア派はなかなか侮れないなと、改めて認識しなおした次第である。

マルクス・アウレーリウス/神谷恵美子訳『自省録』岩波文庫、2007年<1956年

【要約と感想】タキトゥス『ゲルマーニア』

【要約】ライン川の東、ドナウ川の北には、ゲルマーニー人たちが蠢いています。彼らは頽廃しつつあるローマの風習に染まらず、質実剛健な風習を維持しています。ローマは何度かゲルマーニア制圧を試みましたが、これまで失敗に終わっています。このままだと、ローマがやられるのもそう遠くない話でしょう。心配です。
ゲルマーニアの習俗と、代表的な部族の特徴について記します。

【感想】大雑把には、ヨーロッパの地政学として、ライン川とドナウ川が極めて重要だということを再認識した感じ。ローマ帝国としては当然この両大河を防衛ラインの基本に据えるよなあ。
しかしライン川がフランスとドイツを切り分ける分断のイメージが強いのに対し、ドナウ川は分断というよりは流域をつなぐ印象があったりする。南北に走るライン川と、東西に走るドナウ川ということで、縦と横の違いが地政学的に影響してたりするかどうか。(この南北/東西の切り分けに関する議論は、明治大正期の日本の地理を考える際にも大きなテーマになっていたりする。内村鑑三とか志賀重昂とか。)

本文よりも註の方のボリュームが多いタイプの本で、浩瀚な言語学的知識を土台とした議論にはクラクラする。すごい。註までも含めて味わおうとすると、そうとうの教養を必要とする手ごわい本であった。

【個人的な研究のための備忘録】
ゲルマン人の、いわゆる「成人式」に関わる記録が興味を引く。

「さて彼らは、公事と私事とを問わず、なにごとも、武装してでなければ行わない。しかし武器を帯びることは、その部族(市民)団体(civitas)が資格があると認めるまでは、一般に何ぴとにも許されない習いである。それが認められたとき、同じかの会議において、長老のうちのあるもの、あるいは〔その青年の〕父、または近縁のものが、楯とフラメアとをもって青年を飾る。これが彼らの間におけるトガであり、青年に与えられる最初の名誉である。これまで彼はただ家族集団の一部であった。今後は、すなわち市民社会(res publica)の正員と見なされる。」70頁

戦闘員として一人前になる(武装することを許される)ことがそのまま集団の正員と見なされる決定的な要因になることは、洋の東西を問わず普遍的な現象と考えてよいのかどうか。
またここでは註でも気合を入れて解説しているところではあるが、ローマ人(文明人)であるタキトゥスがゲルマーニー人(野蛮)に対してcivitasとかres publicaという言葉を適用しているところが気になる。日本語で言う「市民」という概念をどう理解するかにも深く関わってくる個別具体事例である。このケースではどちらかというと「市民」という日本語よりも「公民」という日本語のほうがより適切な感じもするけれど、どうなんだろう。(ここはラテン語と日本語の違い全体が絡んできて、議論はややこしくなりそうだ)

また、出産調整や、いわゆるマビキに関する証言が注意を引く。

「子の数をかぎり、あるいは〔遺言または嗣子がきめられた〕あとに生まれた子を殺すなどは、忌むべき行為とされ、そこにおいては良習俗が、よそにおける良法典よりも、有力なのである。」(92頁)

歴史学(子ども史)の研究では、かつて日本でも世界全体でも出産調整やマビキは日常茶飯事であったと言われるし、実証的な研究も積み重ねられてきているところである。が、ローマ帝政期において、ゲルマン人が出産調整やマビキを人倫に悖る行為と理解(少なくともそう伝文)し、タキトゥスがそれに共感を示しているのは記憶しておいていいだろう。逆に、ローマではかつて普通に行われていたということでもある(註では、既に行われなくなったとも指摘されている)。「子殺し」は人間にとって普遍的な行為なのか、あるいは歴史的な条件(たとえば家長権の肥大とか身分制による格差の拡大とか)の中で発生するものなのか、考えるための材料の一つである。

そして、物事が宴席で決まるという記述は、時節柄、ちょっとおもしろかった。

「しかしまた仇敵をたがいに和睦せしめ、婚姻を結び、首領たちを選立し、さらに平和につき、戦争について議するのも、また多く宴席においてである。あたかもこの時を除けば、他のいかなる時にも彼らの心が、単純な思考をめぐらす程度にさえ、ほぐれることはなく、偉大な思考に耐えるまでに熟する時がないかのごとくである。飾らず偽らざるこの民は、そのとき、自由に冗談をさえ言い放って胸の秘密を解き開き、こうして今や覆いを取られ、露わになった皆の考えは、次の日にふたたび審議される。したがって双方の機会のもつ効果は十分に量られ、発揮される。――すなわち、彼らは本心をいつわることが不可能なときに考量し、過つことができない時に決定するのである。」106頁

2000年後の日本では、総務省の役人がNTTや東北新社から宴席で接待を受けていたことが発覚した。はたして彼らは「本心をいつわることが不可能なときに考量」するために宴席を設けたのか、どうか。まあいずれにせよ、2000年前から人間は進歩していないということか。

タキトゥス/泉井久之助訳註『ゲルマーニア』岩波文庫、1979年

【要約と感想】カエサル『ガリア戦記』

【要約】紀元前58年~52年、ローマの将軍カエサルがガリア(現在のフランス)やブリタンニア(現在のイギリス)に遠征し、ガリア人やゲルマ―ニ人などの野蛮人たちの根強い抵抗や卑怯な裏切りに遭いながら、技術と経験を駆使して知恵と勇気で戦い抜き、勝利を勝ち取ってガリアを平定し、ローマでは盛大な感謝祭が行なわれました。

【感想】翻訳で読んでこんなに面白いのだから、同時代のローマ人が熱狂したことにも首肯できる。要点を押さえた展開がスピーディで、さくさく読み進められる。

もちろん徹頭徹尾ローマ側から見た一方的な「戦争」の記録が記されている本だが、特に印象に残るのは個別的な戦闘の話よりも、土木工事や兵站についての気配りだ。野戦にしても攻城戦にしても、個別戦闘の勝敗がどうなるかは土木工事と兵站にかかっていることがよく分かる。橋を架けたり土塁を築いたり空堀を掘ったり攻城槌を作ったり地下道を掘ったりする土木工事の記述はとても具体的で、詳細にわたっている。カエサル軍の土木工事のスピードの速さには石田三成も真っ青だが、特に工兵がいたわけでもないらしい。カエサル(あるいはローマ軍)の勝利を支えていたのは土木工事の規模とスピードであり、それを可能にする「科学」と「政治力」であり、それこそがガリアとローマを隔てる力の差だった、ということになるのだろう。
兵站に対する気配りも行き届いている。というか、兵站を確保するために個別戦闘が発生したりする。ローマ軍が携帯する「荷物」に関するような描写は、東洋の戦史(中国の三国志や日本の戦国談の類)にはほぼ現れないのではないか。
逆に、占いや神への供物といった描写は皆無である。「運」についての記述は散見されるが、そこに神は介入しない。徹頭徹尾、戦争は人間のものになっている。

ギリシア時代に同じようなテーマを扱った本と比較すると、観察の視点も文体もトゥーキディデースに近いような印象を受ける。ギリシア時代の戦争の記録として、ホメロスの叙事詩『イリアス』に始まって、ヘロドトス『歴史』(ギリシアとペルシアの戦役)、トゥーキュディデース『戦史』(アテナイとスパルタが戦ったペロポネソス戦役)が挙げられるわけだが、ホメロスとヘロドトスには神様の出番が多すぎる。戦闘行為の帰趨を決するものが、ホメロスとヘロドトスにあっては神様の気紛れなのに対し、トゥーキュディデースとカエサルにあっては、土木工事と兵站など事前の綿密な準備と指揮官の優劣だ。

まあ忘れてはいけないのは、本書は勝利した征服者の側からの一方的な記述であって、本文中に卑怯だったり場当たり的だったり何かと野蛮人として卑下されるガリア人やゲルーマーニー人にも、それぞれ切実な言い分があるのだろう。文中にはその理由の一端が「自由」という言葉で示されているが、果たしてそういう理解でよいのかどうか。

【要検討事項】
■「愛国心」(189頁)という言葉の原語とニュアンス。当時のガリアには近代的な意味での「国家」と呼べるようなものはもちろん存在せず、家族を核とした「部族」のまとまりとして存在していたはずだ。そのまとまりを対象にして「愛国心」という言葉を使用することは適当なのか、あるいは近代的な「愛国心」との異同。
■「主権」(222頁)という言葉の原語とニュアンス。当時のガリアに集団の意思と力を代表する単一の「主権」概念を認めるのは適当なのかどうか。
■「いちばん長く童貞を守っていたものが絶賛される。その童貞を守ることによって身長ものび体力や神経が強くなるものと思っている。」(233頁) キリスト教や、日本の大正時代にも同様の考えが認められるが、ゲルマン人からの影響を考慮に入れてよいのか。あるいは民族的・歴史的なルーツなどは関係なく、人類として普遍的な経験として認識されることか。

【個人的な研究のための備忘録】
カエサルが不意を突かれてピンチになったときに現場の指揮官の迅速な判断で事なきを得るエピソードがあるのだが、これは時代を超えて普遍的に通じる教訓のように思えた。

「これまでの戦闘で訓練を重ね、どうしたらよいのか他から教えられるまでもなく自分で適当に判断できた兵士の知識と経験」102頁

現代社会においても、あるいは目まぐるしく変化する現代社会だからこそ「どうしたらよいのか他から教えられるまでもなく自分で適当に判断」できる人間が重要になってくる。そしてそういう人間を作るために必要なのは、研修を課すことではなく、「裁量権を与えること」だと思うのだ。私の専門の教育に関して言えば、教師の資質を伸ばすためには、単に研修を増やすのではなく、自由に様々な活動を試みることを可能にする「裁量権」が必要だと思うわけだ。裁量権や自由を与えないで研修ばかりやらせても、単に「指示待ち」の人間ができるだけだと思う。

またガリアの教育に関する記述もメモしておきたい。

「僧侶は神聖な仕事をして公私の犠牲を行い。宗教を説明する。教育をうけようと多数の青年が集ってきて、尊敬されている。」226頁
「僧侶は戦闘に加わらないのが普通で、他のものと一緒に税金を払うこともない。その大きな特典に心を惹かれて多くのものが教育を受けに集って来るが、両親や親戚から出されて来るものもある。そこで沢山の詩を暗記すると言われている。こうして或るものはその教育に二十年間もとどまる。」227頁

まず「教育」の「教」が「宗教」の「教」であることが注目を引く。教師は僧侶(ガリアならドルイド僧だろう)であり、つまり聖職者である。ガリアに限らず、原初の人間社会ではどこも普遍的にそうだったのではないか。だとすれば、逆に考えれば、いま我々が「教育」と思っている概念は、ある時点でなんらかの目的をもって宗教から切り離された何かである。educationからinstructionやinstitutionが切り離される過程が、歴史的には問題となる。

「その教えを文字に書くのはよくないと考えているが、他の事柄は公私の記録でギリシア字を使っている。私には二つの理由からそうなったものと思われる。その教えが民衆の中にもちこまれることを喜ばないのと、学ぶものが文字に頼って記憶力の養成を怠らないようにしたいのと、二つである。確かに多くの人々は文字の助けがあると、熟達しようという努力も記憶力の訓練もないがしろにしてしまう。」228頁

まあ現代においてはスマホやデジタル教科書を槍玉にあげる人を見かけることもあるが、かつて「文字」を使用した段階ですでにアウトとみなす見解があったことは認識しておいて損はしないだろう。

「僧侶はまず霊魂が不滅で死後はこれからあれへと移ることを教えようとする。こうして死の恐怖は無視され、勇気が大いに鼓舞されると思っている。僧侶はその他、星座とその運行について、世界と大地の大きさについて、ものごとの本性について、不滅な神々の力と権能について、多くを論じて青年に教える。」228頁

カリキュラムについての言及があるのも興味深い。霊魂・自然・神々を貫くような世界観を踏まえて、実践的な倫理を身につけることを目指しているようだ。省みて、現代の「道徳」は自然から切り離されているからおかしいことになっている恐れはないか。

カエサル/近山金次訳『ガリア戦記』岩波文庫、2010年<1942年

【要約と感想】ヒポクラテス『古い医術について―他八篇』

【要約】医師は、自然を観察して、事実に基づいて帰納的に考察し、お金儲けのためではなく、相手の地位や身分如何に関わらず、患者の福祉のために働くものです。観念的な哲学者の空想や神様を言い訳にする人々に付き合ってはいけません。
人間の体の性質が四体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)で構成されていることを知り、その特質に通じて、季節ごとの違いや空気や水の特徴に気をつけ、食事に心を配れば、病気は治ることが多いものです。

【要検討事項】「思春期」という言葉が出てくる(11頁)が、原文の単語は何か。人生の発達段階に対応している言葉か。

【感想】ヒポクラテスは「医学の父」とも称される、実にソクラテス以前に活躍した伝説的な人物だ。その著書に書かれていることは、近代にまで大きな影響を与えている。そして実際に読んでみると、現代にまで射程が及んでいるような印象も受ける。

近代にまで大きな影響を及ぼしたのは、いわゆる「四体液説」と呼ばれるものだ。人間の性格や体質は四体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)の組み合わせで決まるという考え方である。そして四体液は「熱/冷」×「乾/湿」というマトリクスにまとめられ、春→夏→秋→冬の4季節とも対応するものと構想される。現在の科学水準から見ると荒唐無稽ではあるのだが、19世紀まで支持されていた理論であることを思うと、現実をなにかしらの形でうまく説明していたことも間違いないのだろう。19世紀の教育学書を見ると、その多くに四体液説が登場し、それを前提に教育学の体系が組み立てられていたりする。

現代にまで射程が及んでいると感じたのは、外科を軽んじて食事療法を本質的なものと考える姿勢だ。表題作である「古い医術について」の「古い医術」とは、まさに食事療法を指している。(一方の「新しい医術」とは哲学的な論理に基づいた観念的な医術)。また水や空気に気を遣うべき事を説いているほか、過度な労働を戒めていたりする。
「誓い」では膀胱結石除去などの外科施術を行なわないことを誓っている。病気に対してはその症状や患者の体質に合った適切な食事を提供することで治ると考えているようだ。何かしら個別の病気が発症していると考えるのではなく、身体全体のバランスを快復することが重要だと見ている。
フィクションでは、ブラックジャックなりドクターXなり、華々しい外科医が脚光を浴びることが多い。現実の医学技術の進歩も目覚ましい。しかし我々一般庶民が日常の健康を維持する上で、適切な食事と適度な運動がいちばん大事だということは誰もが理解している。どんなに「新しい医術」が登場しようとも、「古い医術」を着実に実践することが大切なのは今でも変わりがない。

【個人的な研究のための備忘録】
人間の体形と性格が風土や環境に決定的な影響を受けると記している。後にモンテスキューなり和辻哲郎なり多くの人が同じようなことを言うわけだが、オリジナルはヒポクラテスということでよいか。

「一般に人間の体形と性格とは土地の性質に従うことが見出されるであろう」36頁

また、土地の性質を「東西南北」に「春夏秋冬」を絡めた4つの観点から分類しているのもおもしろい。

それから「技術」としての医学に関する記述は、教育学を考える際にも参考になる。

「医の技術には三つの要素がある、すなわち病気、病人、および医者。医者は技術の助手である。病人は医者と協力して病気に抵抗すべきものである。」124頁

教の技術にも三つの要素がある、すなわち知識、生徒、および教師。教師は技術の助手である。生徒は教師と協力して知識に向き合うべきものである。

ヒポクラテス/小川政恭訳『古い医術について―他八篇』岩波書店、1963年