「読書感想」カテゴリーアーカイブ

【要約と感想】筑波大学附属学校教育局編『グローバル人材を育てる―いま、なぜ若者は海外へ行かなくなったのか』

【要約】統計的には、海外留学する若者が減っています。理由は、経済的なものや心理的なものなど複合的だと思われます。しかし急速にグローバル化が進んでいる現状では、海外留学する意味は必ずあります。筑波大学と付属学校は、グローバル化人材を育てるために様々な取組みを行なっています。

【感想】総論(グローバル化における教育のあり方)と、具体的事例(筑波大学と附属学校における取組み事例の紹介)で構成されている。先進的な取組みの数々には、さすが筑波大学だなと感心させられる。

個人的な感想では、日本がガラパゴスから脱出できないのは、企業の採用形態(新卒一括採用)に最大の問題があるのではないかと思っている。常時採用が当たり前になれば、大学卒業後に半年留学とか、当たり前の風景になるだろうと思うわけだが。

筑波大学附属学校教育局編『グローバル人材を育てる―いま、なぜ若者は海外へ行かなくなったのか』東洋館出版社、2012年

【要約と感想】古屋和久『「学び合う教室文化」をすべての教室に―子どもたちと共に創る教室文化』

【要約】子ども同士で学び合う環境さえ整っていれば、教師の授業が拙くても、子どもは成長します。学び合いの文化を定着させるために、友達の話を聞くことに熟達させたり、「分からない」ことを推奨したり、学習したことを自分の言葉で振り返ったりさせるなど、様々な工夫をしました。
そして教師こそ、文科省や学習指導要領に言われたことの下請け的な「消費者」に終始するのではなく、「生産者」として、よりよい実践を創っていく意識を持つべきです。

【感想】力強い実践の本だった。土台となる理論は佐藤学(学びの共同体)から得ているものの、数々の具体的な実践は現場での知恵と工夫から生まれている。とても感心しながら読んだ。仮に教師の授業が拙くても、教室の環境さえ「学び合い」を促進するようにデザインされていれば、子どもたちは自然と力を発揮していく。その通りだろうなと思う。
しかし今、新自由主義的な自己責任論が一般社会で蔓延する中、教育の世界でも、「学びの共同体」とは正反対の、自分さえ良ければいいという抜け駆け精神が目立っている。中学受験の流行が拍車をかけている。だからこそ「学び合う教室文化」を前面に打ち出す実践は、とても尊いと思う。

古屋和久『「学び合う教室文化」をすべての教室に―子どもたちと共に創る教室文化』世織書房、2018年

【要約と感想】下園壮太『人はどうして死にたがるのか』

【要約】人がウツになるのは、感情のメカニズムが誤作動を起こすからです。原始時代には合理的だった感情のメカニズムは、現代社会では必要のないときに作動して、ウツを引き起す原因となります。そして、混乱した自分の状態に絶望して未来への展望を失ったとき、人間の心のメカニズムが誤作動を起こして、死に向かいやすくなります。

【感想】科学的に正しいかどうかはともかく、実践的な考えとしては、ナルホドと思いながら読んだ。説明原理には進化心理学的な背景があるのだろうが、まあ、科学的に言えば仮説ではある。とはいえ、仮説だろうがなんだろうが、実践的に役に立てば問題ないわけだ。混乱している当人や周囲の人に「説明原理」を与えるものとしては、けっこういい本なのかもしれないと思った。文章も分かりやすい。

下園壮太『人はどうして死にたがるのか』サンマーク文庫、2007年

【要約と感想】長瀬拓也『ゼロから学べる授業づくり―若い教師のための授業デザイン入門』

【要約】主に新米教師向けの、授業づくり案内本です。常に自分の授業をゼロから見直し、先人から学び、新しいことにチャレンジし続けることが大事です。授業が上手くいかなかったときこそ、ゼロから考え直すチャンスです。楽しい授業を作る上で参考になる具体的な方策や事例をたくさん示しています。

【感想】理論と実践の往還を前面に打ち出しており、バランスがとれている本だと思った。理論だけでもダメだし、小手先のテクニックだけでもダメだというのは、ほんと、そのとおりだ。具体的な考え方や方策がたくさん例示されているので、迷っている人は、いろいろ試してみて、自分に合ったものを取り入れていけばいいんじゃないだろうか。参考文献が多いのも、初学者にとってはありがたいんじゃないかと思う。

長瀬拓也『ゼロから学べる授業づくり―若い教師のための授業デザイン入門』明治図書、2014年

【要約と感想】ルーカーヌス『内乱―パルサリア』

【要約】史実を元にした大河フィクションです。
ローマの運命を賭けて、カエサルとポンペイウスの二大巨頭が対決しました。エネルギッシュで狡猾で恐れを知らないカエサルを前に、かつての大英雄ポンペイウスは悲惨な最期を遂げ、ローマから自由が失われました。しかし外国と戦争して領土や宝物を獲得するならともかく、ローマ人同士で戦う内乱は、悲惨きわまりないものです。(著者非業の死により、未完)

【感想】どちらかというと、日本人は外国との戦争のほうを悲惨なものと認識し、日本人同士の殺し合いはエンターテイメントとして楽しんでいる感じがする。源平合戦とか戦国時代とか幕末維新とか。まあ保元平治の乱や真田父子の犬伏の別れのように、親兄弟が敵味方に分かれることは悲劇として描かれるとしても。どういうことか、少し気にかかるところではある。

文章は、なかなか激越で、おもしろく読んだ。カエサルとポンペイウスを対照的に取り扱うなど、人物を極端にキャラクター化している感じも興味深い。女性では、破廉恥で淫乱なクレオパトラと貞淑で甲斐甲斐しいコルネリアが対照的だ。
しかし読後にいちばん印象に残っているのは、カトーが砂漠を縦断するくだりだったりする。グロくて、悪趣味で、恐ろしい描写だった。

ルーカーヌス/大西英文訳『内乱―パルサリア』岩波文庫、2012年