「読書感想」カテゴリーアーカイブ

【要約と感想】ダンテ『新生』

【要約】愛した女性のためにたくさん愛の歌を詠んだけど、死んじゃったので死にたくなるほど悲しい。ということを後になって回想したら、その女性がほとんど神だということに気がつきました。

【感想】愛を歌う詩に、作者自身の解説がついている。作詩の教科書として利用されることを狙ったもののようにも勘ぐる。特に「愛」を擬人化して表現した描写について、その意図や狙いを細かく説明しているところなどは、詩の初学者向けの案内のように感じる。
 肝心の詩の内容はとにかく「愛している」ということは強く伝わってくるものの、一方で極めて抽象度が高く、具体性に乏しい。髪の色とか仕草など、現代の散文で描かれるような描写がほとんどない。ベアトリーチェの個性や特徴が浮き彫りになるような表現はまったく見あたらず、極度に一般化された「美」と「徳」への賛美と傾倒に終始する。そういう意味では、やはり分析的思考の近代ではなく、どっぷり象徴的思考に浸かった中世ということなのだろう。やたら「9」という数にこだわるのも、中世の象徴的思考の表れだろう。(ちなみにいちおう、つまらないということではない。)

【個人的な研究のための備忘録】俗語

「昔は俗語で愛を歌つた者はなく、ただラテン語で愛を歌つた詩人だけがいくたりかあつた(中略)。即ち我等のうちでは(おそらく他の人々のうちにも同じ事が、たとへばギリシヤに於ける如く、昔あつたのみならず今もあるであらうが)俗語詩人でなく雅語詩人がこれらの詩材を取扱つたのである。そしてこれら俗語詩人(韻を踏んで俗語で歌ふのは、ある範囲内では韻律によつてラテン語で歌ふのに等しい)が始めて現れたのは久しい以前のことでない。久しくないといふしるしには、オコの国語やシの国語に求むるに、今より百五十年以前のその先には何等の作品も見当らない。ある拙い人たちが詩家たるの名を得た理由は、かれらがシの国語で歌つたいはば最初の者であつたからである。また俗語詩人として歌ひはじめた最初の人がさうするやうになつたのは、ラテン語の詩をよく理解しえない一婦人に自分の言葉を理解させようとの心からであつた。そしてこれが愛以外の詩材を捉へて韻文を作る人達にとつては不利なのである。かかる表現の方法はもともと愛を歌ふために見出されたものであるから。」84頁

 このダンテの認識は、解説でも指摘されているように、事実としては間違いだらけだ。まず俗語の詩作が始まったのは、ダンテの言うように「百五十年」ではない。さらに100年は遡る。また詩材が恋愛に限られるという認識も誤っている。
 ただしだからといって無意味な記述ではない。当時超一流の詩人の認識が素直に現れている言質として、事実誤認そのものも含めてとても価値がある。特に、俗語で詩作することに対して、ダンテが誇りを持っているらしいことが表現されているところが貴重だ。
 たとえば日本でも、漢詩から和歌への切り替わりのタイミングで、古今和歌集の仮名序のように、「敢えて和歌を詠うことの意味」を表明するものが現れる。俗語で歌を詠むことが「芸術に価するかどうか」について、なんらかのためらいが存在し、それを意識的に打ち破る必要があった、ということだ。
 ダンテの場合、詩の内容として「愛」を扱うことが詩の形式として「俗語」を採用することの決定的な理由だ、というところが重要だ。歴史的には間違っているが、14世紀初頭の超一流詩人がそう理解していた、ということが重要だ。
 日本でも、愛の歌は漢詩ではなく和歌で扱われた。「俗語」を尊重する動きに関しては国民国家形成との絡みがよく指摘されるところだし、実際に重要な論点だとは思うものの、個人的には恋愛の観点もとても重要だと思うのだ。

ダンテ『新生』山川丙三郎訳、岩波文庫、1948年

【要約と感想】И.Н.オシノフスキー『トマス・モアとヒューマニズム』

【要約】ソ連時代の歴史学者の研究書で、トマス・モアをコミュニストとして高く評価します。モアは16世紀イギリスの政治・経済の状況を的確に理解した上で、封建君主制だけでなく初期ブルジョワジーをも批判し、形成されつつあった労働者階級に共感しながら私有財産制の問題を追及していることが決定的に重要です。モアを反宗教改革的なカトリック知識人として理解しようとするブルジョア学者は致命的に誤っています。しかし16世紀前半の段階では機械制工業が成熟しておらず、時代的な制約もあって、空想的社会主義の段階に留まっています。

【感想】ルネサンス期の人文主義(ヒューマニズム)について勉強しはじめた時、日本ではトマス・モアに関する研究が分厚い一方、エラスムスはほとんど顧みられないという話を読んで意外に思ったのだが、その理由が本書でよく分かった。モアの仕事が共産主義の重要な論点に関わっていたからだ。特に、単に私有財産制の放棄を空想的に主張しただけでなく、いわゆる「囲い込み」の実態について具体的に言及しながら16世紀イギリスの政治経済史を描写し、原始蓄積の経過について理解する上で決定的に重要な史料の一つを提供しているところが極めて重要だ。エラスムスの方は聖書研究などキリスト教的文脈から見れば大きな仕事をしたものの、日本人の関心から視界に入りにくいのは仕方がない。
 そんなわけでルネサンス期の人文主義者の中でも共産主義陣営から極めて高く評価されるモアなのだが、一方、私有財産放棄の主張だけであれば、実はヨーロッパはプラトン以来の長い伝統を持っている。だからモアの画期性を論理的に主張するためには、まずプラトンとの違いを浮かび上がらせる必要がある。もちろんモア自身はヒューマニスト(人文主義者)の名に恥じずプラトンをしっかり勉強して影響も受けているのだが、決定的な違いは、プラトンが奴隷制を前提とした社会を構想しているのに対し、モアが「平等」な社会制度を構想しているところだ。もちろんプラトンの思想が単に劣っているということではなく、歴史的な発展段階を踏まえれば、プラトンの生きた紀元前の社会では不可能だった生産が、モアの時代には可能になっていたということではある。
 そして問題の焦点は、その生産様式の発展が、「囲い込み」に代表されるような原始蓄積の収奪を伴って展開していたことだ。この初期資本主義の発展段階の様子を的確に描写できたのがルネサンスの当時にあってモアただ一人であり、それがエラスムスやマキアヴェッリやルターなど同時代の知識人とは決定的に異なる特徴ということになる。19世紀以降の科学的社会主義(あるいは日本の人文社会科学)がモアに注目するのも、もちろんこの論点に関わっている。
 思い返してみれば、ルネサンスが開始された14世紀イタリア(特にフィレンツェ)は、地中海貿易を基礎とした商業資本で栄えた地域だった。人文主義の王者エラスムスを輩出したフランドルも、ハンザ同盟以降バルト海貿易を中心に商業資本で栄えた地域だった。フィレンツェやフランドルは原材料(羊毛)を輸入して、製品に加工し、輸出することで財を蓄えていた。だからフィレンツェの人文主義者(ペトラルカ・ダンテ・ボッカッチョ)やフランドルの人文主義者(エラスムス)は、製品加工や商業資本を土台とした初期資本主義の上澄み部分を実地経験している一方、しかし原材料(羊毛)を供給する地域の原始蓄積過程については間接的にしか理解できない。こういう商業資本を土台として栄えたルネサンスの中心地から見ると、モアが活動したイングランドは辺境の後進地域に見える。しかしそういう辺境だからこそ、「原材料の供給地」としての特徴がはっきりと浮かび上がっていたということかもしれない。モアが目の当たりにしていたのは、テューダー朝の絶対主義王権が確立する過程に伴って進行する原始蓄積の凄惨な収奪現場であり、その現実こそがフィレンツェやフランドルの知識人の視野に入らなかったリアルな歴史だったのだろう。というようなことが経済史家等によって追及された結果、日本ではエラスムスが一向に顧みられなかったのに対し、モアが盛んに研究対象となったわけだ。個人的には、ものすごく納得する。
(そして、だとすると、資本主義の離陸に向かう原始蓄積の過程にとってプロテスタンティズムは何も関係ないので、ヴェーバー『プロ倫』は戯言ということになりそうだが、どうなのか。)
(あるいは、こういう恥知らずな囲い込み的私有財産制を積極的に擁護したのがジョン・ロックということになるとすれば、プロ倫の言うことにも一理あるか。)

【今後の研究のための備忘録】ジョン・コレット
 トマス・モアの人文主義の仲間として登場するジョン・コレット(1467-1519)が教育史的にはどうやら極めて重要な位置を占めるらしいことを理解したので、メモしておく。論文も発見したので、勉強を進める所存。本書では20-22ページに言及がある。

【今後の研究のための備忘録】エピクロス主義
 エピクロス主義は、単なる快楽主義という観点からのみならず、唯物論的な科学志向や社会契約論的な論理からも注目する必要を感じている。本書もトマス・モアがエピクロスから影響を受けていたことに言及している。

「たとえば、ユートピア的理想社会の倫理に注目すれば、モアはエピクロスの教義やストア哲学を知っていたことが明らかになる。エピクロスやストア哲学の要素がユートピアにおける倫理概念に含まれていることは疑いない。とくに、人間の存在目的としての快楽、満足に関する教義、真理および虚偽の満足に対する認識においてそうである。」218頁

 とはいえ、モアの段階では唯物論や社会契約論的な傾向は見えない気がする。ホッブズを待たないといけないか。

И.Н.オシノフスキー『トマス・モアとヒューマニズム―16世紀イギリスの社会経済と思想』稲垣敏夫訳・亀山潔監訳、新評論、1990年

【要約と感想】チョーサー『カンタベリー物語』

【要約】カンタベリー大聖堂へ向かう29人の巡礼者(著者チョーサーもそのうちの一人)が、宿屋の主人の提案で、道すがら持ち回りで物語を話すことになりました。騎士や僧侶や粉屋や大工や貿易商や医者や錬金術師など、様々な立場のキャラクターが、下品な話からお上品な話まで、バラエティーに富んだ話を語ります。大聖堂に着く前に未完。

【感想】14世紀後半の作品ということで、その頃既にフィレンツェにはダンテ『神曲』(14世紀前半)とボッカッチョ『デカメロン』(14世紀中盤)が現れている。本書にもその影響が見て取れる。というか、チョーサーはイタリアに旅行して、ダンテやボッカッチョから影響を受けていることが明らかになっているようだ。ということもあるのだろう、デカメロンで最もムカついた話(貞淑で敬虔な妻を夫が試す話)がこっちにも再録されていて、同じようにムカついたのであった。ちなみに本書ではボッカッチョではなく、ペトラルカから聞いた話ということになっている。

 まず気になるには、『デカメロン』と『カンタベリー物語』は枠物語としては似たような形式を持ちつつ、作品から受ける印象がかなり違っているところだ。
 まず『カンタベリー物語』のほうが、話者のキャラクターが圧倒的に立っている。『デカメロン』のほうは話者によって話の内容が変わることはない。そもそも個性が際立つキャラクターが設定されていない。誰が何を話しても特に違和感はなく、似たようなテイストの話が100話並んでいるに過ぎない。ところが一方『カンタベリー物語』のほうは話者のキャラクターが極めて個性的に作られていて、話の内容もキャラクターに関連して設定されている。だから『デカメロン』の方は「枠」が形式的に設定されているに過ぎないように見えるのに対し、『カンタベリー物語』の枠設定は高い必然性を感じるような作りになっている。
 そういう「枠」の違いに伴っているのだろうが、『カンタベリー物語』のほうが、話のバリエーションに富んでいるように見える。『デカメロン』のほうが一貫して下品でバカバカしいのに対し、『カンタベリー物語』のほうには、下品でバカバカしい話もありつつ、高尚で格調高い(むしろ高すぎて退屈な)話もあったりする。けつあなを焼かれる話と七つの大罪の大まじめな話が混在しているのは、考えてみればかなり不思議なことだ。

 そして『デカメロン』との比較で目につくのは、処女崇拝的な描写の数々だ。『デカメロン』には処女崇拝の影もなく、一貫して人妻に恋慕する話ばかり並ぶ。そして一応『カンタベリー物語』にも5人の夫を持った女傑キャラクターが設定されていて、読んでいる方が恥ずかしくなるような下品な話を展開したりもしている。しかし尼僧が語る「セシリア」の話を筆頭に、そこかしこで処女崇拝的な描写が繰り返されてもいる。女傑バースの女房にしても、処女崇拝を前提に自説を展開している。この『デカメロン』と『カンタベリー物語』の相違が、地域の違い(トスカーナとイングランド)によるものか、階級的な影響によるのか、それとも単に著者の性癖によるものなのか、少々興味を誘われるところだ。
 また解説から得た知識だが、本書は英語で書かれた最初の本格的な作品とのことだった。14世紀の終わりになって俗語文学が立ち上がってくる事情として、フィレンツェの文学状況(ダンテ・ペトラルカ・ボッカッチョ)が関わっているのはまず間違いないところだろうが、イングランド特有の事情として百年戦争が関わってくるだろうことは容易に想像がつくところだ。百年戦争の過程でフランス側にナショナリズムの萌芽が見られることは別の本(佐藤猛『百年戦争ー中世ヨーロッパ最後の戦い』)で読んだが、似たような状況はイングランドの方にも発生しているだろう。ナショナリズムの離陸(あるいは「近代」の立ち上がり)を考える上で、本書は重要な参照軸になるのだろう。

【今後の研究のための備忘録】三位一体
 キリスト教神学の奥義である「三位一体」についての言及があったが、これは明らかにアウグスティヌスの見解を土台にした理解だ。

「ちょうど人が三つの知恵、すなわち、記憶、想像力、それに知性、これらをもっているように、神の一つの存在の中に三つの人格が宿るのも、まさにことわりです」第二の尼僧の物語、下巻91頁

 著者がことさらアウグスティヌスそのものに影響を受けていたというよりは、アウグスティヌスの見解がそのままカトリックの公式見解として通用していたということなのだろう。

【今後の研究のための備忘録】処女崇拝
 処女崇拝的な記述が頂点に達するのは、第二の尼僧が語る「処女にして殉教者なるセシリア聖人」(下巻75頁)の物語だ。エンターテインメントとしては退屈きわまりない(失礼)し、宿屋の主人の辛辣な批評が一言もないのが残念なところなのだが、ともかく処女崇拝が極まっていることだけはよく分かる。そして他の箇所でも、処女崇拝の記述が繰り返されている。

「処女であることが二度の結婚に勝る」「処女であることとは大いなる道徳的完全さ」バースの女房の話、中巻11頁

「姦淫のもう一つの罪は処女からその純血を奪うことです。というのはこの罪を犯す者は、確かに、処女をこの現世の最高の位置から投げ落とし、聖書が百の果実と呼ぶような、かの貴重な果実を彼女から取り去るからです。」教区司祭の話、下巻256頁

 さしあたっては中世キリスト教のセンスが表現されていると理解しておくところか。

チョーサー『カンタベリー物語(上)』桝井迪夫訳、岩波文庫、1995年
チョーサー『カンタベリー物語(中)』桝井迪夫訳、岩波文庫、1995年
チョーサー『カンタベリー物語(下)』桝井迪夫訳、岩波文庫、1995年

【要約と感想】アープレーイユス『黄金の驢馬』

【要約】帝政ローマ期(2世紀)の小説です。魔術への好奇心をこじらせた育ちの良い若者が、手違いで驢馬に変身してしまい、次々と主人が替わる先々で辛酸を嘗めながらも、浮き世の容赦ない試練をなんとか耐え抜いて、最後にはイシス神のおかげで無事に人間に戻ることができ、感謝の修道生活に入ります。
 物語の本筋(箱)とは無関係に語られる挿話が質量共に富んでいます。クピードーとプシューケーの恋話、恋敵を殺して自分も殺される話、傲慢な兵隊の気紛れで酷い目に遭う一般庶民の話、強欲な領主によって破滅する一家の話、間男の奸智で夫が酷い目に遭ったり、迂闊な間男が酷い目に遭ったりする話など、男も女も金と愛欲に目がくらんで狡猾かつ無慈悲に力を振り回す人間ばかり登場します。

【感想】まあ、人間ってやつは二千年経ってもまったく変わらず、どうしようもなく度しがたい生き物だな、という感を強くする。みんな金を手に入れて愛欲を満たすため、自分の持てる力を最大限に発揮しようと必死だ。男は腕力を、女は毒を使う。油断も隙もあったものではない。他人を幸せにしようとする無私の行動などひとかけらも見あたらない。生き馬の目を抜く(本作の場合は生き驢馬の目を抜くか?)ような欲望全開のローマ帝政期に、無私の愛を説くキリスト教に救いを求める人が増えたのは、不思議なことではない気もする。まあ、著者があえて世間の裏面を意図的にクローズアップして、ゴシップ的に描写しているということはあるかもしれない。
 本書の著者はキリスト教(あるいはユダヤ教)については詳しい知識を持っていなかったらしく、本文中では怪しい「一神教」としてのみ扱われている。最終的に主人公を救って人間に戻してくれるのも本来はエジプトで信仰されていたイシスという神格で、他にシュリア・デア(シリアの女神)を信奉する怪しい淫乱宗教集団も登場するなど、ローマ帝政期の多神教の様子がうかがえる。
 一方、クピードーとプシューケーの挿話(日本では一般的にアモールとプシュケーとして知られている)は、西洋古典絵画や彫刻の普遍的なテーマになっていて、私もこれまで様々な作品を見てきたけれども、原典がこの小説に納められていたのは少々意外な感じがする。他の話が下世話で下品で残酷なものばかりなため、この美しい挿話だけが浮いている印象もある。まあ、この話を語った老婆は最終的に盗賊たちによって吊され、話を聞かされた娘の方も惨殺された恋人の敵討をしてから死んでしまうわけだが。まあ、おそらくクピードーとプシューケーの物語は当時の人々の人口に広く膾炙していたもので、大半の文献が散逸してしまった中、たまたま本書に収録されたもののみが時を超えて残った、ということなのだろう。

【今後の研究のための備忘録】学校
 学校に関するセリフが出てくる。

「あのアレーテのことでしょう。私の学校友達なのよ、お前の話しているのは。」巻の9、348頁

 ある奥方が不倫相手を物色しているときに、学校友達が旦那にバレないように上手に不倫をした賢いやり口を参考にするという、酷く下品な文脈で出てくるセリフだ。その不倫をしたい奥方と、不倫を成功させた奥方の関係が「学校友達」ということなわけだが、帝政期ローマの「学校」に女性がどういう関わり方をしていたかをうかがわせる貴重な資料ではある。

アープレーイユス『黄金の驢馬』岩波書店、2013年

【要約と感想】ロンゴス『ダフニスとクロエー』

【要約】今から1800年あまりも昔のギリシアの恋愛小説です。捨て子だった男の子ダフニスと、同じく捨て子だった女の子クロエは、自然豊かなエーゲ海のレスボス島で、様々な事件や障害に遭いながらも、健全・純情・素朴・敬虔に成長し、美しく季節がめぐる中で、微笑ましくも麗しい愛をゆっくり育んでいきます。最後には実の両親とも巡り会い、大金持ちになって、結婚します。めでたしめでたし。

【感想】話の筋自体に見るべきものはない。典型的な貴種流離譚をベースに、徹底的なルッキズムでご都合主義に終始する。主人公たちは何かトラブルに巻き込まれても神様に頼んだり恨み言を言ったりするだけで能動的に解決しようと知恵を働かすことは一切ないのに、神様たちの一方的な加護のおかげですべて事なきを得る。日頃の敬虔な気持ちと行動が大事だということではあるだろうが、主人公の主体性欠如は否めない。まあ、洋を問わず近代以前にはありがちな展開ではあって、特に本作だけが責められるものではない。
 が、一方で近代の作家たちにも支持されたという牧歌的な自然描写は非常に良かった。美しかった。これが1800年も前の作品だとは、人類も凄いものだ。自然描写の美しさは、季節の表現にもっともよく顕れていたと思う。春夏秋冬の移り変わりと、折々の季節の賜物、それに関わる人間の営みの描写は、読んでいて気持ちがよく、清々しい気分になる。訳がいいのかもしれないが、海外の知識人たちも褒めているということなので、おそらく原文から美しいのだろう。
 また、解説等では特に触れられていないが、個人的には性格描写にも感心しながら読んだ。行動そのものは受動的で展開はご都合主義に終始するのではあるが、いっぽう実は内面描写が丁寧だったりする。特に恋に目覚めた後のダフニスの内面描写は、少々しつこくもあるが、とても丁寧で、よく分かる。好きな女の子に会いたくて言い訳を考えるけれども思いつかなくて悶える様だとか、いいところを見せようと張り切るところとか、間接キスで興奮するとか、触りたいけれどもどう触ったらいいか分からなくて困惑する様だとか、もう地域も時代も関係なく、恋する人間ってみんな同じだな、と微笑ましい気持ちになる。よく伝わってくる。ご都合主義的な展開を補って余りある美点で、最後まで飽きずに読めた。
 しかしまあ、ダフニスくんの童貞喪失の場面は「あちゃー」という感じだ。ダフニスくんの童貞はクロエちゃんにもらってほしかった。

ロンゴス/松平千秋訳『ダフニスとクロエー』岩波文庫、1987年