【要約と感想】大村はま『教室に魅力を』

【要約】教室にいる子ども全員が実力を発揮して伸び、成長を実感できるのが、魅力ある教室です。現在の学校では、遅れた子どものケアばかりに集中し、優秀な子どもがほったらかしにされているのが問題です。
子どもの自主性に任せるだけでは、子どもは伸びません。教師が適切に背中を押していく必要があります。それをしないのは、教師の怠慢です。
魅力的な教室を作るためには、子ども一人一人を知り、教師が楽をしないことが重要です。

【感想】圧倒的な実践者である。生半可な覚悟では、この人に対して何も言うことができない。ものすごい迫力だ。

技術的には、もちろん「単元学習」から学ぶべきものが極めて多い。現代のいわゆる総合学習の先駆けのような実践である。
しかし単に子どもの興味関心に寄りかかって教師が何もしないのではなく、適切な指導が入るところが特徴だ。一人一人の子どもの個性を理解し、適切な教材を用意し、授業中にはさりげなく背中を押し、子どもの学力実態を把握するための適切な評価を行なう。抽象的にまとめるとこうなるが、具体的な実践を目の前の子どもに合わせて積み重ねてきた過程が極めて尊い。

「同じ教材、同じ方法、これがいちばんまずいと思います。スタートラインが一緒で、同じ教材で、同じ方法でしたら、同時にゴールにはいらないのが、あたりまえです。」30頁

いま、イエナプランのような個別学習が流行の兆しを見せている。まあ外国の魅力的な実践を参照することは確かに大切ではあるのだが、それと同時に、日本には大村はまがいたことを知ることも大事なはずだ。

大村はま『教室に魅力を』国土社、2005年<1988年

【要約と感想】内藤朝雄・荻上チキ『いじめの直し方』

【要約】子ども向けの、いじめ対策本です。
いじめが起こるのは劣悪な環境のせいです。そして学校は、劣悪な環境の最たるものです。少しでもいじめが減るよう、環境を直していきましょう。
仮にいじめられたら、外部の権威(たとえば警察)をどんどん利用しましょう。

【感想】理論的にいじめを考え抜いた研究者と、ネットや若者論に詳しい批評家が組んで作った本だけあるということか、なかなか迫力がある。いじめに苦しんでいる子どもが読んだら、勇気をもらえるのではないだろうか。

まあ、学校が「いじめが起きやすい環境」というのは、言わば当たり前の話ではある。というのは、そもそも意図的に集団にストレスをかけることによって個人を成長させようという狙いが込められた施設だからだ。そして学校制度を信奉する人々は、集団に対する負荷こそが教育的に重要なのだと言うわけだ。
しかしその前提自体、無個性な機械的集団労働を強いた産業社会に噛み合った信念に過ぎない可能性は考慮していい。産業社会が終わりつつあるいま、意図的に集団にストレスをかける学校のやり方に疑問が持たれている。いじめ問題は、学校及びそれを支える社会の変化と矛盾を炙り出す。

内藤朝雄・荻上チキ『いじめの直し方』朝日新聞出版、2010年

【要約と感想】大迫弘和『アクティブ・ラーニングとしての国際バカロレア』

【要約】産業構造が転換し、知識基盤社会に向かう中、旧来の「覚える君」を育てる教育は意味がなくなります。これからは「考える君」を伸ばす教育が大切になります。
具体的な方針は、国際バカロレアが示しています。国際バカロレアが目指す学習者像は、これからのグローバル社会で幸せになるために必要な能力を備えています。日本の教育が培ってきた伝統を大切にしながら、日本の教育を転換していきましょう。

【感想】小品ではあるが、とても情熱的で、元気が出る本だった。ただ机上の理想を叫ぶのでなく、具体的な活動を実際に行なってきた人が言うのだから、説得力がある。なかなか良い読後感だ。

個人的に良かったのは、「教育のサービス化」に手厳しい批判を加えているところだ。まあ本書の趣旨そのものからいえば脇筋ではあるけれども、教育環境を整えるという点では重要な論点であることに間違いはない。

「資本主義社会の中では大変難しいことですが、教育は経済の思想の外側に置かれなければなりません。なぜなら教育とは本来「買う」ものではないからです。(中略)教育とは人としての豊かさ、深さ、温かさを生み出すもののはずです。「商品」が買われるように「教育」が買われることはおかしいのです。」26頁
「「教育『サービス』を提供する」といった言い方が平気でされているのはおかしなことなのです。この言い方はやめなくてはいけません。資本の論理は教育を歪めます。」26頁

おっしゃる通りだと思う。

【要検討事項】
私の専門である日本教育史に関する言及があったが、ちょっと聞いたことがない。ソースは何だろう?

「educationという英語の日本語訳については、大久保利通と福沢諭吉と森有礼が論争したらしく、大久保利通は「教化」、福沢諭吉は「発育」と訳したかったようです(それぞれ二人の性向をよく表わしている訳語だと思います)。最終的には初代文部大臣になった森有礼がその間をとって「教育」という日本語を誕生させた経緯があるそうです。」21頁

うーん、森が「教育」という訳語を作ったなんて、デキすぎていて怖い話だ。そうとう怪しいのだが。出典情報が欲しい。

【個人的な研究のための備忘録】
教育基本法に関する言及は、ちょっと気になる。

「「IBの使命」と「教育基本法」の最上位概念としての違いは何でしょう。それは「IBの使命」はプログラムの最終到達点として常に意識されているのに対して、「教育基本法」は残念ながらそのようにはなっていないということです。日本の教育の場合は、最終到達点として意識されているのは「大学入試」で、「教育基本法」のことは普段ほとんど意識されていないのが現実です(心の奥には知らぬ間に潜んでいるとは言えますが)。」49頁

現実として、教育基本法の目的「人格の完成」が棚に上げられているように見えるのは、確かではある。受験勉強や偏差値が全面に打ち出され、「人格の完成」が後回しになっているのは、誰もが知っている。が、著者が「心の奥には知らぬ間に潜んでいる」と言う根拠は、本書から伺うことはできない。深掘りしていくと、おもしろい話が出てくるところなのかどうか。

また「学力」についての言及もメモしておく。

「これからの学力とは「コミュニケーション力」によって形成されるような学力を言うのです。」68頁
「今から必要なのは「覚える君」の「学力」ではなく「考える君」の「学力」をいかに向上させるかの議論なのです。」75頁

著者が言う「学力」は、もちろんOECDのキーコンピテンシーや新学力観と響き合う内容を持っている。

大迫弘和『アクティブ・ラーニングとしての国際バカロレア―「覚える君」から「考える君」へ―』日本標準ブックレット、2016年

【要約と感想】長尾十三二・福田弘共著『人と思想ペスタロッチ』

【要約】近代教育の幕を開いたペスタロッチの来歴と思想をコンパクトにまとめ、その教育史的意義を多角的な観点から明らかにしています。後世のペスタロッチ思想の影響と広がりについても目配りが行き届いています。

【感想】ペスタロッチに限らず、西洋教育思想史の人物を研究している人たちは、なかなか熱い。本書も、後書きが熱い。同じ研究者として、感じ入るものがある。

内容も、単なる初心者向けの解説に終わらず、教育思想史上の課題を明確にしつつ、多角的にペスタロッチの人生と思想に迫っている。読み応えがある。教育思想史の概説書には書かれていないことが極めて多く、学ぶものがたくさんあった。勉強になった。

ただ、「メトーデ」の内容自体がそれほど具体的に記述されていないのは多少食い残し感があるところだ。まあ、本書は本書自体が設定する課題に沿って丁寧に書かれているわけで、私が知りたいことは私自身がしっかり他書で勉強せよということではある。

【個人的な研究のための備忘録】
私の専門である明治日本教育史について言及があったので、メモしておくのだった。

「高嶺の指導のもとに、東京師範学校の付属小学校の教員、若林虎三郎と白井毅が著した『改正教授術』は、日本における初めての本格的な教授学書として普及し、開発主義流行の原動力ともなった。これは、児童の天性を開発するという原則に立つものであったが、必ずしもペスタロッチ思想をそのまま具現するものではなく、しかも政府の強力な教育内容統制のもとでは、十分本来の趣旨を発揮したとは言えない。」186-187頁

言及されている通り、『改正教授術』を実際に読んでみれば、これがペスタロッチ本来のものと随分かけはなれていることはすぐ分かる。形式的すぎて、活力を欠いているのだ。
ペスタロッチ専門家から見ても「十分本来の趣旨を発揮したとは言えない」ということは、言質としてありがたい。

長尾十三二・福田弘共著『人と思想ペスタロッチ』清水書院、1991年

【要約と感想】西研『ルソー・エミール―自分のために生き、みんなのために生きる』

【要約】ルソー『エミール』は、人が自由に生きるために必要なことを考えた本です。そのために、どのような社会が理想的で、どのような人間がそれに相応しいかを徹底的に考え抜きました。

【感想】とてもいい解説書だと思った。『社会契約論』との論理的関係を丁寧に解説してあって、分かりやすいのではないかと感じた。特に、通常の読者に分かりにくいのは「一般意志」の概念なのだが、「公共」の概念と絡めてうまく説明している。「公共」概念の重要性も丁寧に述べられている。読みやすかったのは、まあ、私の思想的方向とよく似ているというのも、あるのだろうけど。

100分de名著」は、伊集院光のナビゲーションも良くて好きなテレビ番組の一つだ。このエミールの回もテレビで見た。が、テレビ番組で見るのと、この「NHK100分de名著ブックス」で読むのとは、印象がかなり違う。どちらがいいということではない。やはり伊集院光の合いの手は絶品ではあるが、論理的にまとまった本の形で読むのも良い。総合的に、なかなか得がたいユニークな番組であることが再確認できるのであった。

【個人的研究のための備忘録】
「自由」に関して、いろいろ興味深いことが書いてある本だった。

自由な活動ができるためには依存が必要だ」59頁

「きみ自身の支配者(ton propre maitre)」という言葉は「自分自身の主人」とも訳されますが、ルソー独特の表現で「自由」を意味します。自分で自分をコントロールするときにこそ自由がある、という思想がそこには含まれています。」115頁

自分が自分であるときこそが幸福であり自由であるという思想は、ソクラテス以来のものであるようには思う。が、これを国家構成の原理(主権)にまで鍛え上げたのは社会契約論の思想なのだろう。(そしてプラトンは社会契約論に真っ向から対立するという)。私が追っている「人格」概念を考える上でも、「自由」はきわめて重要な補助線を引いてくれる。

西研『NHK「100分de名著」ブックス ルソー「エミール」自分のために生き、みんなのために生きる』NHK出版、2017年

「人格の完成」とは何か?