【教育学でポン!?】2020年3月29日

雪が降るタイミングが絶妙だったように思いました。

コロナウイルス

大学でクラスター発生の可能性 京都産業大の学生7人が新型コロナ感染(京都新聞)

まだ可能性の段階ではありますが、いずれにせよ各大学における感染防止策が次のレベルに上がることは間違いないところです。

もはや予言者? 早稲田大学の「新型コロナ対応」が迅速すぎるワケ(ulm)

早稲田大学は新学期の授業開始を5/11に設定しているわけですが、記事の通り他の大学が追随するか否か。

「世界一の教育」オランダ公立小学校が実施するコロナ休校中の「授業」(現代ビジネス)

なるほど、オランダは21世紀のようです。日本は昭和な感じです。

デジタルネイティブ小学生の対応力がすごい 新型コロナによるシリコンバレーの「学校閉鎖」(GLOBE+)

シリコンバレーはさすがに21世紀です。

学校再開は「定額働かせ放題」と「変形労働時間制」を見直すきっかけになるか(BEST T!MES)

この非常時においても、やはり政治家と官僚は教育(特に人件費)に税金を費やそうとはしないわけです。

教育全般

子供の人生は「生まれた家庭と地域」で決まる……日本の“教育格差”の厳しすぎるリアル(文春オンライン)

教育社会学では常識ですが、文部科学省では常識ではないようなのです(というか、分かっていても分かるわけにはいかないという)。

定期試験廃止の公立中学校長「生徒の学力は確実に上がった」(NEWSポストセブン)

コメント欄が地獄。

【茨城県ひたちなか市】甲斐武田家は実は茨城県発祥

武田氏館に行ってきました。茨城県にありますが、武田信玄を輩出した甲斐武田家発祥の地ということです。
JR勝田駅(水戸のひとつ先)から南に2kmほど下ったところに位置しています。

那珂川の河岸段丘上、城作りの定石通り、舌状台地の先端に築かれた武家館です。写真では分かりにくいですが、南北共にかなりの比高差があって、天然の要害として機能していたと思われます。
現地には武家館と門、馬小屋等が復元されています。

案内パネルによると、新羅三郎義光に連なる源氏の末裔が居住し、地名を取って武田冠者と名乗ったのが甲斐武田氏の祖先ということのようですね。

筑波山の山麓西側一帯は10世紀前半は平将門の本拠地で、将門没後は常陸平氏(大掾氏)が切り取っていたイメージがあります。12世紀にはその勢力範囲が筑波山の北東側、那珂川の南側一帯まで及んでいたような記述です。
新羅三郎義光の長男義業は佐竹氏の初代となり、その後裔は戦国期に常陸平氏を掃討して常陸の王者となるわけですが、甲斐武田家の祖である三男義清は常陸から追われたもののようです。

復元された武家館の中は、歴史展示室となっております。初代義清の事績や、甲斐武田家への繋がり、あるいは古代史跡から発掘された土器などが展示されています。古代史跡の様子を鑑みるに、このあたり一帯は古代から住みやすい土地だったようです。

お馴染み武田の四菱紋を掲げた等身大武者人形もありました。義清と清光の親子です。平安時代の鎧兜ですね。

武家館を出て、舌状台地の先端に向かってゆるやかに降りていくと、湫尾神社が鎮座しています。こちらに「甲斐武田氏発祥の地」の石柱が立てられています。

神社にも案内パネルが設置されています(市町村合併前の勝田市名義となってますが)。新興勢力の武田氏が旧来勢力に権力闘争で敗退した様子が記されています。平安末期の社会変動の一端を伺えます。

武田信玄を輩出したおかげでこの地は脚光を浴びることになりましたが、一方で知らないうちに没落して歴史の波の中に消えていった家系は無数にあるわけだな(たとえば熊野鵜殿家とか)と、諸行無常を噛みしめながら武田氏館を後にするのでした。
(2019年9/5訪問)

【教育学でポン!?】2020年3月28日

佐々木望さんのキャラといえば、個人的には水滸のシン(トルーパー)とハサウェイ(逆シャア)の印象が強かったりします。こういうところは世代が強く出ますよね。

教育全般

佐々木望の東大Days~声優・佐々木望が東京大学で学んだ日々~

第一報を見た時は、すみません、ビックリしてしまいました。が、落ち着いてみれば驚くようなことではなく、本来はこういうふうに社会人が学ぶチャンスがもっともっと広く開かれていていいはずなんですよね。具体的な一つのケースとして広く共有されて、どんどん社会人が気軽に学べる世の中になっていってほしいなと思います。
今後はキャンパスライフについての話も掲載されるそうですので、続きが楽しみです。

校則廃止の世田谷区立中学 全入学者の半数近くが「越境」(NEWSポストセブン)

記事の内容そのものは、教育関係者の間では既に有名なもので、驚くようなことは特にありません。10年間、おつかれさまでした。しかしコメント欄を見ると、勉強不足で何も知らないのに事情通の如く教育を語る人がいっぱい沸いていて、「昭和か?」と驚きます。

コロナウイルス

政府がマスク配布へ 小中学生に1人1枚(テレ朝news ※映像と音声が流れます)

再利用可能なマスクとのことですが。しかし学校が再開されても、ウイルス対策のために子ども同士の対話的活動(アクティブ・ラーニング)すらできないのでは、学習指導要領上はどう考えるところなのでしょうね?

新型コロナ「長期戦覚悟を」 事態悪化なら学校再開見直し 安倍首相会見(時事通信)

これを機会に9月入学という国際スタンダードに切り替えてしまう(来年以降も)というアイデアは、最初はギャグかと笑っていましたが、ひょっとしたらなかなか優れた逆転の発想なのかもしれません。太陰暦から太陽暦に変わったときのような大混乱は起きますが、逆に言えばその程度とも言えます。

【教育学でポン!?】2020年3月27日

不安の大部分は「先が分からないこと」ですが、ソクラテスの知恵によれば「分からないことを考えても意味がないし、正直に分からないことさえ認めてしまえば、恐れる意味もない」とのことです。今できることを粛々と進めていきます。

コロナウイルス

コロナウイルス終息後「学校に行かなくてもいい」時代が来るワケ(PRESIDENT Online)

個性を伸ばすための脱学校という考え方自体は40年前の臨時教育審議会や30年前の「学校スリム化」のときと大差ありません。30年前と違っているのはテクノロジーの発達とコロナウイルスという現実の脅威ですが、果たしてどうなるでしょうか。

群馬大学 全授業をオンライン化 新型コロナ対策で新年度 全学生6400人 画面越しで受講へ(上毛新聞社)

注目しましょう。

新型コロナで大学新学期はオンライン授業化、大学生はWi-Fi求めて密集で感染や受講できないリスクも(高橋暁子)

インフラが整っていないとオンライン授業ができないとは、御指摘の通りです。

新型コロナ、休校で子育て家庭が大混乱した3つの背景(Newsweek)

おおむね御指摘通りなので、それを踏まえて今後どうしていくかですね。

教育全般

学ぶ姿勢を入試で見る「主体性評価」とは? 活用法や公平性に問題ありとの指摘も(朝日新聞EduA)

教育哲学の専門家は、自発性とか主体性のようなものは「教育を断念したところ」から生まれるというようなことを言っていますね。それから技術的なことを言えば、仮に大学に「主体性」を評価させたいなら、代わりに高校側に「到達度」を測定する役割を担っていただく必要があるでしょう。そもそも「高校卒業程度の到達度」を大学側が測定すること自体が原理的におかしいのですから。

【茨城県常総市】平将門一族墳墓之地など関連史跡

常総市にある平将門関連史跡を訪れました。

まず平将門公本拠豊田館跡。現在はお寺の脇にちょっとした公園のような感じで整備されていて、モニュメントや説明板が設置されています。

モニュメントは、将門が主人公となった1976年の大河ドラマ「風と雲と虹と」の放映から10年後に建てられたもののようです。

平将門の父である平良将が豊田館を本拠としておりました。豊田館は、説明板によると、関東平野の中世城跡に多く見られるような、沼沢地の中に浮かぶ島のような要害であったようです。北方2kmほどのところには、南北朝時代に関東の南朝拠点だった関城や大宝城があります。

将門の死後、当地は向石毛城として機能したもののようです。佐竹氏との戦いの中で没落していったようですね。

地図を見ると鬼怒川の河岸段丘に築かれた要害のようですが、現在は宅地として開発が進んでおり、当時を偲ぶ手がかりは残されていません。

豊田館跡から鬼怒川に沿って南に500mほど行ったところに、「平将門公赦免供養之碑」があります。

もともとは別の場所にあったものを、鬼怒川河川工事の折に現地に移設したもののようです。

案内板によると、鎌倉幕府第五代執権の北条時頼が執奏勅免を得て建てたもののようです。タイミングとしては親王将軍が誕生する翌年のことですが、関東の武家政権として将門に対して何か思うところがあったのでしょうか。動機についてはちょっとよく分からないところです。

さらに鬼怒川沿いに南に行くと、将門の父良将の墓とされる古墳があります。上記の石碑はもともとこちらにあったもののようです。

が、これはどう見ても前方後円墳で、良将の墳墓のわけがありません。

とはいえ少なくとも古墳時代にはここまでヤマトの影響が及んでいたことは分かりますね。

鬼怒川の河畔に近づくと、平将門公一族墳墓の地を示す石碑が建っています。

堤防から一段下がったところに、石柱と案内パネルが建っています。

もともとは将門の親族が葬られていたところで、将門本人が葬られているかどうかは伝説にすぎないもののようではあります。

鬼怒川の堤防に上がると、はるか北のほうに筑波山が見えます。この地から見ると、ちょうど北極星が筑波山の上に見えるような感じになるのでしょうか。
ちなみに写真を撮った地点のちょうど対岸が、2015年の台風で堤防が切れた地点に当たります。

訪れた冬の日は、風と雲はあったものの、残念ながら虹は出ませんでした。(2020年2/27訪問)

「人格の完成」とは何か?