【要約と感想】カエサル『ガリア戦記』

【要約】紀元前58年~52年、ローマの将軍カエサルがガリア(現在のフランス)やブリタンニア(現在のイギリス)に遠征し、ガリア人やゲルマ―ニ人などの野蛮人たちの根強い抵抗や卑怯な裏切りに遭いながら、技術と経験を駆使して知恵と勇気で戦い抜き、勝利を勝ち取ってガリアを平定し、ローマでは盛大な感謝祭が行なわれました。

【感想】翻訳で読んでこんなに面白いのだから、同時代のローマ人が熱狂したことにも首肯できる。要点を押さえた展開がスピーディで、さくさく読み進められる。

もちろん徹頭徹尾ローマ側から見た一方的な「戦争」の記録が記されている本だが、特に印象に残るのは個別的な戦闘の話よりも、土木工事や兵站についての気配りだ。野戦にしても攻城戦にしても、個別戦闘の勝敗がどうなるかは土木工事と兵站にかかっていることがよく分かる。橋を架けたり土塁を築いたり空堀を掘ったり攻城槌を作ったり地下道を掘ったりする土木工事の記述はとても具体的で、詳細にわたっている。カエサル軍の土木工事のスピードの速さには石田三成も真っ青だが、特に工兵がいたわけでもないらしい。カエサル(あるいはローマ軍)の勝利を支えていたのは土木工事の規模とスピードであり、それを可能にする「科学」と「政治力」であり、それこそがガリアとローマを隔てる力の差だった、ということになるのだろう。
兵站に対する気配りも行き届いている。というか、兵站を確保するために個別戦闘が発生したりする。ローマ軍が携帯する「荷物」に関するような描写は、東洋の戦史(中国の三国志や日本の戦国談の類)にはほぼ現れないのではないか。
逆に、占いや神への供物といった描写は皆無である。「運」についての記述は散見されるが、そこに神は介入しない。徹頭徹尾、戦争は人間のものになっている。

ギリシア時代に同じようなテーマを扱った本と比較すると、観察の視点も文体もトゥーキディデースに近いような印象を受ける。ギリシア時代の戦争の記録として、ホメロスの叙事詩『イリアス』に始まって、ヘロドトス『歴史』(ギリシアとペルシアの戦役)、トゥーキュディデース『戦史』(アテナイとスパルタが戦ったペロポネソス戦役)が挙げられるわけだが、ホメロスとヘロドトスには神様の出番が多すぎる。戦闘行為の帰趨を決するものが、ホメロスとヘロドトスにあっては神様の気紛れなのに対し、トゥーキュディデースとカエサルにあっては、土木工事と兵站など事前の綿密な準備と指揮官の優劣だ。

まあ忘れてはいけないのは、本書は勝利した征服者の側からの一方的な記述であって、本文中に卑怯だったり場当たり的だったり何かと野蛮人として卑下されるガリア人やゲルーマーニー人にも、それぞれ切実な言い分があるのだろう。文中にはその理由の一端が「自由」という言葉で示されているが、果たしてそういう理解でよいのかどうか。

【要検討事項】
■「愛国心」(189頁)という言葉の原語とニュアンス。当時のガリアには近代的な意味での「国家」と呼べるようなものはもちろん存在せず、家族を核とした「部族」のまとまりとして存在していたはずだ。そのまとまりを対象にして「愛国心」という言葉を使用することは適当なのか、あるいは近代的な「愛国心」との異同。
■「主権」(222頁)という言葉の原語とニュアンス。当時のガリアに集団の意思と力を代表する単一の「主権」概念を認めるのは適当なのかどうか。
■「いちばん長く童貞を守っていたものが絶賛される。その童貞を守ることによって身長ものび体力や神経が強くなるものと思っている。」(233頁) キリスト教や、日本の大正時代にも同様の考えが認められるが、ゲルマン人からの影響を考慮に入れてよいのか。あるいは民族的・歴史的なルーツなどは関係なく、人類として普遍的な経験として認識されることか。

【個人的な研究のための備忘録】
カエサルが不意を突かれてピンチになったときに現場の指揮官の迅速な判断で事なきを得るエピソードがあるのだが、これは時代を超えて普遍的に通じる教訓のように思えた。

「これまでの戦闘で訓練を重ね、どうしたらよいのか他から教えられるまでもなく自分で適当に判断できた兵士の知識と経験」102頁

現代社会においても、あるいは目まぐるしく変化する現代社会だからこそ「どうしたらよいのか他から教えられるまでもなく自分で適当に判断」できる人間が重要になってくる。そしてそういう人間を作るために必要なのは、研修を課すことではなく、「裁量権を与えること」だと思うのだ。私の専門の教育に関して言えば、教師の資質を伸ばすためには、単に研修を増やすのではなく、自由に様々な活動を試みることを可能にする「裁量権」が必要だと思うわけだ。裁量権や自由を与えないで研修ばかりやらせても、単に「指示待ち」の人間ができるだけだと思う。

またガリアの教育に関する記述もメモしておきたい。

「僧侶は神聖な仕事をして公私の犠牲を行い。宗教を説明する。教育をうけようと多数の青年が集ってきて、尊敬されている。」226頁
「僧侶は戦闘に加わらないのが普通で、他のものと一緒に税金を払うこともない。その大きな特典に心を惹かれて多くのものが教育を受けに集って来るが、両親や親戚から出されて来るものもある。そこで沢山の詩を暗記すると言われている。こうして或るものはその教育に二十年間もとどまる。」227頁

まず「教育」の「教」が「宗教」の「教」であることが注目を引く。教師は僧侶(ガリアならドルイド僧だろう)であり、つまり聖職者である。ガリアに限らず、原初の人間社会ではどこも普遍的にそうだったのではないか。だとすれば、逆に考えれば、いま我々が「教育」と思っている概念は、ある時点でなんらかの目的をもって宗教から切り離された何かである。educationからinstructionやinstitutionが切り離される過程が、歴史的には問題となる。

「その教えを文字に書くのはよくないと考えているが、他の事柄は公私の記録でギリシア字を使っている。私には二つの理由からそうなったものと思われる。その教えが民衆の中にもちこまれることを喜ばないのと、学ぶものが文字に頼って記憶力の養成を怠らないようにしたいのと、二つである。確かに多くの人々は文字の助けがあると、熟達しようという努力も記憶力の訓練もないがしろにしてしまう。」228頁

まあ現代においてはスマホやデジタル教科書を槍玉にあげる人を見かけることもあるが、かつて「文字」を使用した段階ですでにアウトとみなす見解があったことは認識しておいて損はしないだろう。

「僧侶はまず霊魂が不滅で死後はこれからあれへと移ることを教えようとする。こうして死の恐怖は無視され、勇気が大いに鼓舞されると思っている。僧侶はその他、星座とその運行について、世界と大地の大きさについて、ものごとの本性について、不滅な神々の力と権能について、多くを論じて青年に教える。」228頁

カリキュラムについての言及があるのも興味深い。霊魂・自然・神々を貫くような世界観を踏まえて、実践的な倫理を身につけることを目指しているようだ。省みて、現代の「道徳」は自然から切り離されているからおかしいことになっている恐れはないか。

カエサル/近山金次訳『ガリア戦記』岩波文庫、2010年<1942年