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【要約と感想】北俊夫『「ものの見方・考え方」とは何か』

【要約】授業が目指すことは、「一匹の魚」を与えることではなく「魚の捕り方」を身につけさせることです。ものごとを見る視点や考える方法を理解することは、子どもにとっては生きる力を身につけることになり、教師にとっては授業力を向上させることになります。

【感想】新学習指導要領では、「見方・考え方」という言葉が前面に打ち出されている。各教科の目標に「見方・考え方」という言葉が必ず盛り込まれている。主体的・対話的で深い学びとも密接な関連がある概念だ。
しかし学習指導要領を読むだけでは、その内実はあまりよく分からない。本書は、理解しにくい「見方・考え方」というものを噛み砕いて解説している。具体的な事例も数多く挙げられていて、分かりやすいように思う。

ただ教育史専門家から言わせてもらうと、このような考え方そのものは明治10年代の「開発主義教育学」に既に見られる。開発主義教育学は、単に知識を与えるような教育を批判して、「能力」を伸ばすことを主張した。そして具体的には観察や判断を通して「分析/総合」「帰納/演繹」といった論理的思考様式を身につけることを目指した。新学習指導要領が目指すものとまったく同じというわけだ。逆に言えば、150年前からあまり進歩していないとも言える。どうして進歩していないかをしっかり反省しないと、また同じ失敗を繰り返す。

北俊夫『「ものの見方・考え方」とは何か―授業力向上の処方箋』文溪堂、2018年

【要約と感想】筑波大学附属学校教育局編『グローバル人材を育てる―いま、なぜ若者は海外へ行かなくなったのか』

【要約】統計的には、海外留学する若者が減っています。理由は、経済的なものや心理的なものなど複合的だと思われます。しかし急速にグローバル化が進んでいる現状では、海外留学する意味は必ずあります。筑波大学と付属学校は、グローバル化人材を育てるために様々な取組みを行なっています。

【感想】総論(グローバル化における教育のあり方)と、具体的事例(筑波大学と附属学校における取組み事例の紹介)で構成されている。先進的な取組みの数々には、さすが筑波大学だなと感心させられる。

個人的な感想では、日本がガラパゴスから脱出できないのは、企業の採用形態(新卒一括採用)に最大の問題があるのではないかと思っている。常時採用が当たり前になれば、大学卒業後に半年留学とか、当たり前の風景になるだろうと思うわけだが。

筑波大学附属学校教育局編『グローバル人材を育てる―いま、なぜ若者は海外へ行かなくなったのか』東洋館出版社、2012年

【要約と感想】古屋和久『「学び合う教室文化」をすべての教室に―子どもたちと共に創る教室文化』

【要約】子ども同士で学び合う環境さえ整っていれば、教師の授業が拙くても、子どもは成長します。学び合いの文化を定着させるために、友達の話を聞くことに熟達させたり、「分からない」ことを推奨したり、学習したことを自分の言葉で振り返ったりさせるなど、様々な工夫をしました。
そして教師こそ、文科省や学習指導要領に言われたことの下請け的な「消費者」に終始するのではなく、「生産者」として、よりよい実践を創っていく意識を持つべきです。

【感想】力強い実践の本だった。土台となる理論は佐藤学(学びの共同体)から得ているものの、数々の具体的な実践は現場での知恵と工夫から生まれている。とても感心しながら読んだ。仮に教師の授業が拙くても、教室の環境さえ「学び合い」を促進するようにデザインされていれば、子どもたちは自然と力を発揮していく。その通りだろうなと思う。
しかし今、新自由主義的な自己責任論が一般社会で蔓延する中、教育の世界でも、「学びの共同体」とは正反対の、自分さえ良ければいいという抜け駆け精神が目立っている。中学受験の流行が拍車をかけている。だからこそ「学び合う教室文化」を前面に打ち出す実践は、とても尊いと思う。

古屋和久『「学び合う教室文化」をすべての教室に―子どもたちと共に創る教室文化』世織書房、2018年

【要約と感想】長瀬拓也『ゼロから学べる授業づくり―若い教師のための授業デザイン入門』

【要約】主に新米教師向けの、授業づくり案内本です。常に自分の授業をゼロから見直し、先人から学び、新しいことにチャレンジし続けることが大事です。授業が上手くいかなかったときこそ、ゼロから考え直すチャンスです。楽しい授業を作る上で参考になる具体的な方策や事例をたくさん示しています。

【感想】理論と実践の往還を前面に打ち出しており、バランスがとれている本だと思った。理論だけでもダメだし、小手先のテクニックだけでもダメだというのは、ほんと、そのとおりだ。具体的な考え方や方策がたくさん例示されているので、迷っている人は、いろいろ試してみて、自分に合ったものを取り入れていけばいいんじゃないだろうか。参考文献が多いのも、初学者にとってはありがたいんじゃないかと思う。

長瀬拓也『ゼロから学べる授業づくり―若い教師のための授業デザイン入門』明治図書、2014年

【要約と感想】中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』

【要約】脳科学的な観点から見れば、ヒトという種は、社会性を進化させてきた経緯から、もともと「いじめ」をするようにできています。脳内ホルモンによって、自然とそうなります。
しかしそのメカニズムさえ理解していれば、人間は「いじめ」を少なくすることができます。逆に、このメカニズムを理解することなく、単にスローガンだけ声高に叫んでも、「いじめ」をなくすことは絶対にできません。「いじめ」を発生させるメカニズムをメタ認知的に理解し、学校の役割を捉え直すことが重要です。

【感想】まあ、タイトルに「ヒト」というふうにカタカナで書いてあって、「人間」でないところを深く読み解くべきということか。
生物の種としての「ヒト」は、自然科学的な観点からすれば、もともと「いじめ=集団のリスクを高める可能性のある個体の排除」を行なう本能を備えている。他の動物と比較して極端に社会性が高いために、本能的に集団を維持するためのリスク・マネジメントを行なうわけだが、その逸脱した形として「いじめ」が出現する、と説明されている。
しかし逆に言えば、生物としての「ヒト」ではなく、倫理的な存在としての「人間」であれば、いじめを克服することが可能だということでもある。仮に「リスク・マネジメント」が生物学的な本能の産物であるとしても、その暴走と失敗を防ぐのは倫理的に人間らしい思考と行動である。その倫理的な人間らしさは、本書では「メタ認知」という言葉で表現されている。単に優しさとか温かみという感情的なアプローチではなく、人間に特有の知性を重んじるアプローチを試みているところが、本書の良いところだと思う。

【言質】昨今、教育学を専攻していない方からも、「近代の終わり」に伴って学校の役割が終わりつつあるという認識が示されてきている。そしてここにももちろん「個性」というキーワードが登場する。以下、一つのサンプルとして採取しておく。

私の理解なので極端かもしれませんが、そもそも義務教育の淵源としてあるのは、歴史的に学校は国民皆兵制のために、将来優秀な兵隊となる子どもを育てることを目的とした基礎教育だったのではないでしょうか。義務教育に求められたのは、兵隊の卵を育てることですから、均質な体力や学力を有し、統率の下で団結心が強い子どもを教育するということです。
この優秀な兵隊を育てるためのプレリミナリー教育機関という側面から言うと、子ども個々の能力を伸ばすということは、本来の目的とは合致しません。
指揮系統を乱さず、命令を理解できるだけの素養をつける。上のものに逆らわない優秀な兵士を育成するということが目的なら個性を伸ばすということは望むべくもないことです。
こうした教育方針において理想とされる姿は、個を殺して、上に同調し、仲間に同調する人を量産するということです。こうした教育は、実際に行われる戦闘行為や、工場労働など、労働集約的な事業に向いています。
義務教育の成功は、戦前には強い軍隊となって結実し、戦後においては、軍隊的な働きぶりで高度経済成長時代を牽引する原動力となりました。(150-151頁)

これからの時代、どういった人間が求められるかを考えたとき、それは、AIやロボットにない、不確実な人間だけが持つ独特な個性を備えた人なのではないでしょうか。(153頁)

時代のニーズに合わせて個性優先の教育を行うことは、いじめの防止にもつながります。(153頁)

まあ、いろんなところで異口同音に言われているところではある。たとえば文部科学省も同じことを言っているのであった。

中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』小学館新書、2017年