「講義」カテゴリーアーカイブ

教育概論Ⅱ(栄養)-14

▼12/19

学習指導要領

(1)カリキュラム理論の基礎(1~3)

カリキュラムを作る際、経験主義で考えるか、系統主義で考えるかで、結果は大きく異なってくる。
またカリキュラムを作る際、教育基本法、学校教育法、学校教育法施行規則、学習指導要領の規定に従わなくてはならない。

□「スコープ」と「シークエンス」について説明できる。
□経験主義と系統主義について、それぞれのメリットとデメリットを説明できる。
□何を教えるかについて、教育基本法から学習指導要領までの流れを説明できる。

(2)最新版の学習指導要領(4~8)

最新版の学習指導要領(2017年3月公示)では、「生きる力」の育成という従来の「ゆとり教育」の方針を引き継ぎながら、さらに現代社会に対応した「資質・能力」を身につけさせるために、大規模な改訂が行われた。
大きなキーワードは3つある。一つは「社会に開かれた教育課程」である。ただ受験にだけ役に立つ知識ではなく、社会に出て実際に活用できる本物の力を育成することが求められている。そのためには学校自体が変わらなければならず、「チーム学校」や「コミュニティ・スクール」という新しい学校の姿が示された。
2つ目は「カリキュラム・マネジメント」である。変化の激しい社会で生き抜くためには、これまでの教科別の教育では対応できず、教科を横断する普遍的な能力(キー・コンピテンシー)を身につけなければならない。そのために教科横断的なカリキュラム編成を行う必要がある。さらにPDCAサイクルを構築し、限りある資源(人・物・金・時間)を有効活用するなど、学校運営自体を効率化することによって、よりよい教育を実現していくことが学校に求められる。
3つ目は「主体的・対話的で深い学び」である。知識基盤社会で必要となる資質・能力を身につけるためには、新しい学びの形を工夫することが求められる。そのためには、単に知識を与えるのではなく、教科の本質を踏まえた「見方・考え方」を身につけさせる必要がある。
これらを実現するためにも、「評価」に対する理解や、「生徒指導」に対する理解が求められる。

□「育成を目指す資質・能力」について説明できる。
□「生きる力」について説明できる。
□「学力の三要素」について説明できる。
□「社会に開かれた教育課程」について説明できる。
□「カリキュラム・マネジメント」について説明できる。
□「主体的・対話的で深い学び」について説明できる。
□「評価」の機能と、様々な評価の在り方について説明できる。
□「生徒指導」について、説明できる。
□家庭科で育成する資質・能力について、学習指導要領を基に説明できる。

(3)学習指導要領の変遷(9~13)

(1945年~1958年)戦争が終わり、新しい日本の国作りが始まった。日本国憲法が目指す理想の国作りのために、教育に大きな期待がかけられ、教育基本法が制定される。教育基本法を具体化するため、学校教育法、教育委員会法、学習指導要領(試案)が作られた。学習指導要領(試案)の特徴は、形式的には法的拘束力がなく、内容的には道徳をなくして社会科を新設したところにあった。
(1958年~1977年)しかし冷戦体制に巻き込まれる中で、日本に対するアメリカの姿勢が変化し、戦後教育は大きく修正される。また高度経済成長の進展により、人々の教育に対する期待も決定的に転換し、学習指導要領は詰め込み教育へと方針を変えた。1958年の改訂で学習指導要領には法的拘束力があるとされ、道徳が復活した。
(1977年~2003年)だが、オイルショックを景気とする世界的な不況の下、産業構造の転換に対応し、個性的な人材を作るために、詰め込み教育を否定し、「ゆとり教育」が開始される。臨時教育審議会が、教育の自由化・民営化・規制緩和・構造改革の方針を示し、この方針は2017年現在まで教育改革の決定的な柱となっている。
(2003年~2017年)自由化・民営化・規制緩和・構造改革という大きな流れ自体に変化はないものの、PISAショックなど学力低下が起きているという認識の下、学習指導要領は「学力重視」を打ち出すこととなる。

□教育基本法の理念を踏まえて、学校教育法や教育委員会法の役割を説明することができる。
□1947年度版の学習指導要領(試案)の特徴について説明することができる。
□1958年の学習指導要領が「詰め込み教育」に転換したことについて、その政治的・社会的背景を説明できる。
□1977年以降の「ゆとり教育」への転換が、どのような社会的背景の下で行われたか、説明できる。
□1977年以降の「ゆとり教育」は個性的な人材育成を目指すが、臨時教育審議会が示した自由化・民営化・規制緩和・構造改革がどうして個性的な人材育成につながるのか、その理屈を説明できる。
□ゆとり教育のデメリットについて、説明できる。
□PISAショックと、それに刺激された学習指導要領改訂について説明できる。

教育概論Ⅱ(中高)-14

▼語学・心カ・教福・服美・表現 12/23
▼栄養・環教 12/19

ナショナリズムと教育

(1)国民国家と教育の原理(2~3)

伝統的な身分制秩序を基にした封建国家を破壊して、バラバラだった地域を一つにまとめ、市民が中心となる新しい国家体制を作り上げようとするとき、「全ての国民が平等」であると考えるナショナリズムが大きな力を持った。全ての国民が平等になるためには、身分や地域によって様々な自己認識を持っては都合が悪いので、皆が等しく「私は○○人である」という自覚を持たなければならない。
近代の国家は、nationとstateが一致するような国民国家を目指す。国民国家を形成するために、教育に大きな期待がかけられる。具体的には、国旗や国歌、国語というアイテムによって、均一な国民を作り出すための工夫が行われる。しかし様々な国の国歌に見られるように、ナショナリズムは一方では確かに国民を一つにまとめていく働きがあるが、もう一方では異質なものを排除して対立を煽るという働きも見られる。

□「国家」というものに対する考え方が、前近代(身分制)と近代(国民国家)では大きく異なっていることを、説明できる。
□「国民国家」が、前近代の国家とは違って、どのような特徴を持った国家なのか、説明できる。
□「国歌」の働きについて、国民を積極的に統合する側面と、異質なものを排除する側面について、説明できる。
□「国語」と「方言」の違いを踏まえて、「国語」が国民を統合して国家のアイデンティティを作り上げる働きをすることを説明できる。

(2)日本のナショナリズム(4~5)

日本においても、明治維新(1868年)の後、近代的な国民国家を作り上げることとなった。しかし国民国家形成のためには日本人のアイデンティティの中核に座る理念が必要となる。その役割を果たしたのが、国民統合の象徴としての「天皇」である。天皇を中心とした国づくりを進めるために、教育においても天皇中心の教育が構想され、「教育勅語」が制定されることとなった。それは一方で富国強兵にも寄与したが、最終的には悲惨な戦争を推進するものともなった。

□他の国とは異なる日本独特のナショナリズムの在り方について説明できる。
□教育勅語が実際の教育に与えた影響や、日本の歴史の中で果たした役割について説明できる。
□教育勅語の限界がどこにあったか、説明することができる。

学習指導要領

(3)学習指導要領の変遷(6~9)

(1945年~1958年)戦争が終わり、新しい日本の国作りが始まった。日本国憲法が目指す理想の国作りのために、教育に大きな期待がかけられ、教育基本法が制定される。教育基本法を具体化するため、学校教育法、教育委員会法、学習指導要領(試案)が作られた。学習指導要領(試案)の特徴は、形式的には法的拘束力がなく、内容的には道徳をなくして社会科を新設したところにあった。
(1958年~1977年)しかし冷戦体制に巻き込まれる中で、日本に対するアメリカの姿勢が変化し、戦後教育は大きく修正される。また高度経済成長の進展により、人々の教育に対する期待も決定的に転換し、学習指導要領は詰め込み教育へと方針を変えた。1958年の改訂で学習指導要領には法的拘束力があるとされ、道徳が復活した。
(1977年~2003年)だが、オイルショックを景気とする世界的な不況の下、産業構造の転換に対応し、個性的な人材を作るために、詰め込み教育を否定し、「ゆとり教育」が開始される。臨時教育審議会が、教育の自由化・民営化・規制緩和・構造改革の方針を示し、この方針は2017年現在まで教育改革の決定的な柱となっている。
(2003年~2017年)自由化・民営化・規制緩和・構造改革という大きな流れ自体に変化はないものの、PISAショックなど学力低下が起きているという認識の下、学習指導要領は「学力重視」を打ち出すこととなる。

□教育基本法の理念を踏まえて、学校教育法や教育委員会法の役割を説明することができる。
□1947年度版の学習指導要領(試案)の特徴について説明することができる。
□1958年の学習指導要領が「詰め込み教育」に転換したことについて、その政治的・社会的背景を説明できる。
□1977年以降の「ゆとり教育」への転換が、どのような社会的背景の下で行われたか、説明できる。
□1977年以降の「ゆとり教育」は個性的な人材育成を目指すが、臨時教育審議会が示した自由化・民営化・規制緩和・構造改革がどうして個性的な人材育成につながるのか、その理屈を説明できる。
□ゆとり教育のデメリットについて、説明できる。
□PISAショックと、それに刺激された学習指導要領改訂について説明できる。

(4)最新版の学習指導要領(10~13)

最新版の学習指導要領(2017年3月公示)では、「生きる力」の育成という従来の「ゆとり教育」の方針を引き継ぎながら、さらに現代社会に対応した「資質・能力」を身につけさせるために、大規模な改訂が行われた。
大きなキーワードは3つある。一つは「社会に開かれた教育課程」である。ただ受験にだけ役に立つ知識ではなく、社会に出て実際に活用できる本物の力を育成することが求められている。そのためには学校自体が変わらなければならず、「チーム学校」や「コミュニティ・スクール」という新しい学校の姿が示された。
2つ目は「カリキュラム・マネジメント」である。変化の激しい社会で生き抜くためには、これまでの教科別の教育では対応できず、教科を横断する普遍的な能力(キー・コンピテンシー)を身につけなければならない。そのために教科横断的なカリキュラム編成を行う必要がある。さらにPDCAサイクルを構築し、限りある資源(人・物・金・時間)を有効活用するなど、学校運営自体を効率化することによって、よりよい教育を実現していくことが学校に求められる。
3つ目は「主体的・対話的で深い学び」である。知識基盤社会で必要となる資質・能力を身につけるためには、新しい学びの形を工夫することが求められる。そのためには、単に知識を与えるのではなく、教科の本質を踏まえた「見方・考え方」を身につけさせる必要がある。
これらを実現するためにも、「評価」に対する理解や、「生徒指導」に対する理解が求められる。

□「育成を目指す資質・能力」について説明できる。
□「生きる力」について説明できる。
□「学力の三要素」について説明できる。
□「社会に開かれた教育課程」について説明できる。
□「カリキュラム・マネジメント」について説明できる。
□「主体的・対話的で深い学び」について説明できる。
□「評価」の機能と、様々な評価の在り方について説明できる。
□「生徒指導」について、説明できる。

発展的に学習したい学生向け

教員採用試験にも関わるので、今期の授業だけに関わらず、学習を発展的に進めたい人は参照して下さい。一次試験のペーパーテストでは、学習指導要領本文や解説編から、穴埋め問題や間違い探しが出題されると予想されます。二次試験の面接や論文では、それぞれの概念を理解しているかどうかが聞かれると予想されます。あるいは、教員になってから、何度も研修で聞かされるはずです。

学力とは何か
育成を目指す資質・能力
社会に開かれた教育課程
カリキュラム・マネジメント
主体的・対話的で深い学び

教育の基礎理論-14

「近代教育」のさまざまな形

自分の言葉で説明できるかどうか、チェックしよう。

(1)リテラシーの教育(1~4)

前近代では、人々は所属する身分や共同体で生きるのに必要な知識・技能を身につけるため、基本的に親と同じような人間になればよかった(形成、イニシエーション)。生きるために、リテラシーは特に必要なかった。しかし近代以降、印刷術による情報伝達革命に対応するうち、リテラシーが生きる上で必要不可欠な知識・技能となる。リテラシーを身につけるために、人々は労働から解放され、隔離された施設(学校)で、もっぱらトレーニングに励む期間を必要とするようになった(=モラトリアム)。
さらにコンピュータの登場に典型的なように、情報伝達手段が大きく変化した時、新しい知識・技能に対応できなければ、生き残ることができなくなってしまう。人々はリテラシーを習得するため、学校に行くようになる。

□古代東洋の教育思想や、古代ギリシャの教育思想を説明することができる。
□前近代の子供が置かれていた状況を、「労働」や「遊び」という観点から、現代と比較して説明することができる。
□「生理的早産」という言葉を使って、人間が他の動物とどう違っているか説明できる。
□「リテラシー」という言葉の意味や、リテラシーの習得が必要不可欠になっていった過程を説明できる。
□リテラシーを習得する教育が、前近代の人間形成とどのように違っているか、「形成」や「イニシエーション」や「モラトリアム」という専門用語を使って説明できる。
□個人主義が発達した過程を説明できる。

(2)近代の教育(自由権としての教育:5~7)

個人主義が台頭してくると、自分勝手な人ばかりでも王様なしで社会が成立する新しい社会理論(=社会契約論)が求められる。それに伴って、民主主義にふさわしい新たな人間像が生まれてくる。前近代では、身分や共同体に応じた人間形成を行っており、身分や共同体の違いを超えた普遍的な人間形成は必要とされなかった。しかし市民社会においては、すべての人間を生まれながらに自由で平等なものと考える。すべての人間に共通する教育が、新たに必要とされる(=人格の完成)。
かけがえのない個性を自覚し、アイデンティティを確立し、責任を伴った自由を獲得し、理性を育み、自分自身の人生を自分で決定する(=自己実現)。自分の人生を決めるに当たっては、どんな権力者からも命令されるいわれはない(=自由権)。

□ヨーロッパでどのように近代教育が開始されたかを説明できる。
□近代の教育が「人格の完成」を目指すようになった背景を説明できる。
□「自由権」とはどういうもので、「自由権としての教育」がどういうものか、説明できる。
□近代教育思想について、ロックやルソー、ペスタロッチーやヘルバルトなど、代表的な教育思想家の考えを説明できる。

(3)義務教育(社会権としての教育:8~11)

産業革命の進展によって、資本家と労働者の階層分化が激しくなり、資本家は自由権としての教育を享受することができる一方で、貧しい労働者の子供たちは児童労働を余儀なくされていた(=自由のワナ)。すべての子供たちが教育を受ける権利を保障されるためには、有利な側の人間たちの自由を制限し、自分では自由に到達できない人々に実質的な自由を与えるような、新しい権利が必要となる(=社会権)。社会権を保障するのは、国家に期待される役割となる。
子供たちの学習権を守るのは、大人の役割である。特に教師に期待されるのは、親が安心して教育権を信託できるような、教職の専門性である。

□自由権だけでは世の中がうまくいかない理由を説明できる。
□学習権の思想について説明できる。
□「社会権」について説明できる。
□「義務教育」について説明できる。
□「教職の専門性」について説明できる。
□教育において国家の果たす役割を説明できる。

(4)産業が必要とする教育(12~13)

急速な階層分化により、都市には貧しい労働者たちが大量に流れ込み、衛生や治安に関する問題が発生した。この新たな都市問題を解決しようとする時、安く早く大量に優秀な労働者を作るような学校システムが開発される。
一方で、産業をさらに発展させるためには、有能な人材をより難しく重要な仕事に、取り柄のない人材を誰でもできる単純な仕事に割り振るなど、適材適所の人材配分を行う必要がある。人々の個性を見極め、適切に配分する機能が教育に期待される(メリトクラシー、学歴主義)。難しい仕事を受け持つことが期待される優秀な人物には最先端の知識を着実に身につけてもらう必要がある(正式のカリキュラム)が、特に難しい仕事をする訳ではない人々には難しい知識を身につけてもらう必要はない。しかし自分の生活と切り離された(分業された)単純労働を文句も言わずに黙々と続けてもらうための能力は、知らず知らずのうちにいつの間にか身につけてもらう(隠れたカリキュラム)。
人間をただの歯車として扱おうとする閉塞的な状況を打破するために、人間の範囲を拡大していこうという動きが一方で進んでいる。

□産業革命の進展(=分業体制)によって、効率的に人材を配分する役割が教育に期待されるようになったメカニズムを説明できる。
□人々がどうして人生に必要ないと思われる知識を一生懸命勉強しなければならないか、理由を説明できる。
□新教育について、代表的な教育思想家(デューイなど)の考えを説明できる。
□特別支援教育について説明できる。
□現代の教育が抱える様々な課題について理解している。

教育課程の意義と編成-13

前回のおさらい

・冷戦。教育の現代化。→生活につながる教育からロケットを飛ばす教育へ。
・高度経済成長。進学率の上昇と受験競争の激化。→ムラを育てる教育から村を捨てる教育へ。

学習指導要領の変遷(2)

・1977年と1989年の学習指導要領改訂。
・いわゆる「ゆとり教育」の開始。「個性」の尊重。
*「ゆとり教育」という言葉が意味するものについて、注意しよう。見かけの教育現象ではなく、日本社会で本質的に進行していた自体に目を向けよう。
・1984年の「臨時教育審議会」。

オイルショックと産業構造の転換

・1973年のオイルショック。高度経済成長の終わり。低成長へ。ただし日本だけ早期に復活。Japan as No.1(1979年)からハイテク景気とバブル景気へ。
・重厚長大型産業(石油を莫大に使用する産業、少品種大量生産)から軽薄短小型産業(ロボットとコンピュータ、多品種少量生産)への転換。
・生産主導から消費主導へ=マーケティングと宣伝広告の重要性。
・人材雇用の転換=アウトソーシング。終身雇用から流動的な雇用へ。
・知識観の転換=知識や技術の賞味期限の短縮。暗記型(知識の量)から検索活用型(思考力・判断力・表現力)へ。
・教育観の転換=「まじめ」から「個性」へ。
→1977年の学習指導要領改訂:「ゆとりある充実した学校生活の実現=学習負担の適正化」
→1989年の学習指導要領改訂:新学力観。個性。
・どうしたら「個性」を育てることができるのか?

臨時教育審議会

*中曽根康弘:臨時教育審議会。1984年に総理府に設置。教育改革ブーム。
・中央教育審議会(文部省)と臨時教育審議会(総理府)。内閣が直々に「教育改革」の前面に出てくるとはどういう事態なのか。
・民営化、自由化、規制緩和、構造改革、小さな政府。
・電電公社→NTT(1985年)、専売公社→JT(1985年)、国鉄→JR(1987年)。
・自由化、民営化のメリット=公共部門の縮小による歳出削減。市場原理(競争原理)により、個性が伸張し、サービス全体の質が向上する。
・自由化、民営化のデメリット=後述。
・学校における競争原理=学校選択制。個性の伸張と全体のレベルアップ。「学区制」との違い。
・たとえば、いじめはどうしたらなくなるか? 大学の授業がつまらないとしたら?
→バウチャー制度。私立学校も含めた競争原理。
→学校民営化。すべてを競争原理に委ねる。

聖域なき構造改革

*高校多様化:1990年代~。中高一貫校。総合学科。単位制高等学校。
*小泉純一郎:構造改革特区(2002年)。

・学習指導要領によらない多様なカリキュラム編成(構造改革特区研究開発学校制度)。
・株式会社による学校設置の容認。
・不登校児童生徒等の教育を行うNPO法人で一定の実績等を有するものの学校設置の容認。
・大学設置基準の緩和(校地面積,運動場設置,空地確保の弾力化)。
・教員の特別免許状の授与権者として特区市町村教育委員会も追加。
・インターネットを利用した教育を行う大学・大学院についての各種施設基準の弾力化。
・「公私協力学校」の設置。
・学校施設の管理及び整備に関する権限を教育委員会から地方公共団体の長への移譲。

→小学校1年生から英語の授業を実施。
→小中一貫、9年間を4・3・2に区切って教育課程を実施。
→「市民科」や「情報科」を新設。
→小中高12年一貫教育で、授業を全部英語で行う。(構造改革特区第1号)

1998年の学習指導要領改訂

・「生きる力」の育成。教育内容の厳選、「総合的な学習の時間」の新設。
・いわゆる「ゆとり教育」。学校週五日制=1995年から月2回。2002年から完全実施。
学校週5日制のめざすものは…

学校週5日制は、学校、家庭、地域社会の役割を明確にし、それぞれが協力して豊かな社会体験や自然体験などの様々な活動の機会を子どもたちに提供し、自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などの「生きる力」をはぐくむことをねらいとしています。
子どもたちの「生きる力」をはぐくむためには、豊かな体験が不可欠です。自然体験などが豊富な子どもほど、道徳観や正義感が身についているという調査結果も出ています。

・授業時間削減=公的部門の割合を減らし、市場に委ねる割合を増やす。

自由化、民営化、規制緩和、構造改革のデメリット

(1)本当に「個性」の育成につながるのか? 単に「序列化」が進行し格差が拡大するだけではないか?
(2)本当に質が向上するのか? 競争に際して不正を行う者が多いとどうなるか。
(3)教育は「サービス」なのか?

学力格差の拡大

・いわゆる「学力低下」の実態。
・授業時間削減:教育の市場化による格差拡大。十分な教育資金で子供を塾にやれる家庭と、アルバイトをしてしまう子供がいる家庭との格差。
・学校選択制:文化資本の差による格差拡大。十分な教育情報を集める文化資本(金・時間・情報・人脈)がある家庭とない家庭の格差。
*春学期に扱った「自由のワナ」。

競争の底抜け

・賞味期限詐欺、耐震偽造詐欺←規制緩和によって未熟なプレイヤーが競争に参加する。
・競争の質。真っ当に努力した者が報われているのか?
・たとえば2011年の大津市いじめ問題。大津市には学校選択制が導入されていたが、いじめは隠蔽された。理屈通りなら学校選択制によっていじめがなくなってもいいのに、現実にそうならなかったのはなぜか?

教育とサービス消費

・他のサービスと異なり、教育サービスは購入時点ではまだ「未完成品」である。
・他のサービスと異なり、教育サービスは購入者自身を対象とする。
・教育は本質的に「サービスの消費」ではなく、生徒との共同的な「価値の生産」の過程である。

復習

・「ゆとり教育」という見かけの教育問題の下で、本当に進行していた自由化・民営化・規制緩和・構造改革について把握しよう。
・メリットとデメリットについて押さえよう。

予習

・半年間の授業をおさらいしておこう。

教育学Ⅱ(龍ケ崎)-11

■龍ケ崎キャンパス 12/18(月)

前回のおさらい

・「対話的に考える」とはどういうことか。
・対話的に考えることで、自分を客観的に見られるようになり、自分が間違っていることに気がつける。
・ソクラテス対話法の、「無知の知」「産婆術」「汝自身を知れ」。
→適切な問いを投げかけることで、相手の答えを発展させていく。
・「人間にはスポーツをする余裕があるが、動物は生きるために精一杯で余裕がない」という命題の吟味。
・狩猟採集から農耕文明へ発展することで余裕が生まれた。
・戦争や宗教から切り離され、「何かのため」に行うのではなく、「それ自体のため」に行うところから、スポーツができた。

これまでの作業の振り返り(4)

メタ的に考える

・これまでやってきたことは、一つは「メタ的に考える」ことのトレーニングである。
・単に「メタ的に考えよう」と言っても身につかないので、実際に作業を行いながら具体的に考えてみた。
・「人間とは何か?」という問いは、「メタ的に考える」うえで、極めて有効に働く。メタ的な問いだからである。
・誰もが「自分は人間である」ということを認識しているが、どうしてそのような認識ができるのか。それを考えるためには、「「自分が人間であると考えている」ことを考える」ことが必要となってくる。
・しかし「人間とは何か?」という問いはレベルが高かったようなので、「スポーツとは何か?」という問いに変更した。「「自分はスポーツをこう考えている」ということを考える」ということ。

「メタ」とは?

・ギリシア語で言う「高次な~」「超~」という意味。
・「メタ認識」とは、自分自身を認識するときに、自分の思考や認識そのものを対象として客観的に思考し認識すること。思考に対する思考。認識に対する認識。
・単に物事を認識するだけでは、それが正しいか間違っているかは判断できない。また、さらに良いものに改善していけるかどうか判断できない。
・自分の思考や認識が正しいか間違っているかを判断するためにも、一歩引いたところから、自分の思考や認識の全体像を視野に入れて、客観的に考える必要がある。ここから、間違っているところや自分に足りないところを認識して、自分の思考や認識をさらに発展させることができる。
・「メタ認識」をしない者は、自分が間違っているところや、自分に何が足りないかを認識することができず、自分で自分を成長させることができない。
・「メタ認識」をするということは、批判的な考え方ができるようになると言うこと。

指導者として気をつけること

・「メタ認識」のないところに成長はない。
・「自分の思考や認識」を自分自身で客観的に思考したり認識したりできるように、ノートをつけさせる。
・自分が考えたことや理解したことをノートに書くことで、自分自身の考えを「外」に出して客観的に見つめ直すことができるようになる。

「授業」とは何か?

・「こんなものは授業ではない」と主張できるためには、「授業とは何か」が分かっていなければならない。
・どうして「授業とは何か」が分かっているといえるのか?
・教育学について長年研究を積み、実際に授業を行ってきた学者と、単に受け身で授業を眺めてきただけの者とで、どちらが「授業」について詳しく知っているのか。
・それにも関わらず、どうして「自分のほうが授業について知っている」などと主張することが可能なのか?
・あなたが思っている「授業」とは、本当に「授業」と呼ぶに価するのか。
・「メタ認識」ができないと、自分の視野の狭さに気づかない。

命題の吟味

人間は勝利や名誉を求めるが、動物は求めない。

・人間はどうして「勝利」や「名誉」を求めるのか。どうして「競争」するのか。
・動物や植物は「競争」をしていないか?→生存競争。
・「生存競争」とは何か?→種の生き残りをかけた競争。
・進化論の考え方。「適者生存」とは何か? →その環境に最も適した個性を持ったものが最も繁栄する。
・「突然変異」とは何か? →有性生殖によって様々な個性を持った変種が生み出される。
・動物や植物の生存競争は、「突然変異」と「環境への適応」によって決まる。重要なことは、ある一つのモノサシで勝負が決まるというわけではないということ。「個性」が「環境」に適応できるかどうかが問題。
・人間の生存競争の勝敗は何によって決まるのか? →動物や植物の「突然変異」は自然に任せるしかないが、人間は自分の努力や工夫で変異することができる。人間だけが自分で自分を変えることができる。

指導者として気をつけること

・勝負は一つのモノサシでつけられるのではなく、多様な個性の間の競争である。
・自分の「持ち味」や「長所」や「個性」を理解する。
・自分の武器は何で、それをいつどこでどのように使えば一番威力を発揮するのか、自覚する。
・自分の武器を磨いておくこと。他の動物や植物とは違って、人間は自分で自分を変えられることを自覚する。