カリキュラム・マネジメント―新学習指導要領の吟味―

簡単にまとめれば

学校にも企業経営のノウハウを導入しないと、もうやっていけません。だからPDCAサイクルを確立し、資源(人・物・金・時間)の有効活用を考え、校長のリーダーシップを強化するなど、学校や教育活動の中に経営(マネジメント)の考え方を根付かせましょう、ということ。

学習指導要領の記述

今時の学習指導要領改訂の目玉の一つは、新しく登場した「カリキュラム・マネジメント」という概念である。『学習指導要領』の総則は、「生きる力」の育成と学力の三要素について説明した後、カリキュラム・マネジメントについて以下のように述べている。

各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。(4頁)

ここにはカリキュラム・マネジメントの指針が具体的に3つ示されている。まとめれば、次のようになる。
(1)教科横断的な視点で教育課程を編成する。
(2)教育実践の質の向上のためにPDCAサイクルを確立する。
(3)実践を可能とする資源(人・金・物・時間・情報)を確保する。
この3点は、「解説」の記述を参照するところで、具体的に検討することにする。

また、総則の「第5学校運営上の留意事項」は、カリキュラム・マネジメントについて以下のように述べている。

各学校においては、校長の方針の下に、校務分掌に基づき教職員が適切に役割を分担しつつ、相互に連携しながら、各学校の特色を生かしたカリキュラム・マネジメントを行うよう努めるものとする。また、各学校が行う学校評価については、教育課程の編成、実施、改善が教育活動や学校運営の中核となることを踏まえつつ、カリキュラム・マネジメントと関連付けながら実施するよう留意するものとする。(11頁)

ここで示されているのは、カリキュラム・マネジメントの実践が、学校運営=スクール・マネジメントそのものと密接な関係を持っているということだ。
まず校長にはスクール(学校)をマネジメント(運営)する強力なリーダーシップが求められている。校長のリーダーシップの下、有機的な組織として学校が機能することで、初めてカリキュラム・マネジメントが成立する。学校が機能するためには、各教職員を適切に配置して役割分担を明確にすると共に、相互の関係性を明らかにして協力体制を推進するような組織作りを進めていかなくてはならない。つまり各教員に対する「研修」もカリキュラム・マネジメントに関わる重要なポイントになってくる。マネジメント一般に関わる組織論やリーダーシップ論が必要となってくる所以である。
次に、「学校評価」をどう位置づけるかという課題が示されている。一般企業であればマネジメントは利潤を生み出すために行うわけだが、学校は子供の教育のためにマネジメントを行う。マネジメントとは、具体的には一連のPDCAサイクルを構築して、目標を達成するための組織を確立することだ。「学校評価」は、その観点から行われる必要がある。学校の目的を踏まえるなら、「学校評価」をカリキュラム・マネジメントと関連づけて実施するのは当然のことと言える。が、もはや問題はそういうところになく、実施は法律で決められているのであった。
この点も「解説」の記述を踏まえて確認しておこう。

学習指導要領解説 総則編の記述

今時改訂の趣旨との関連

『学習指導要領解説 総則編』は、カリキュラム・マネジメントに関して、以下のように今時改訂との関連について述べている。

総則については、今回の改訂の趣旨が教育課程の編成や実施に生かされるようにする観点から、①資質・能力の育成を目指す「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を進める、②カリキュラム・マネジメントの充実、③生徒の発達の支援、家庭や地域との連携・協働を重視するなどの改善を行った。
(中略)
② カリキュラム・マネジメントの充実
・ カリキュラム・マネジメントの実践により、校内研修の充実等が図られるよう、章立てを改善した。
・ 生徒の実態等を踏まえて教育の内容や時間を配分し、授業改善や必要な人的・物的資源の確保などの創意工夫を行い、組織的・計画的な教育の質的向上を図るカリキュラム・マネジメントを推進するよう改善した。(7頁)

「カリキュラム・マネジメント」が今回の改訂の目玉の一つであることが強調されている。そしてカリキュラム・マネジメントが、校内研修の充実を意図しつつ、章立てそのものを変更するような原理として学習指導要領を貫いていることが表明されている。その章立てそのものの変更は、以下のように説明されている。

また、総則の項目立てについても、各学校におけるカリキュラム・マネジメントを円滑に進めていく観点から、教育課程の編成、実施、評価及び改善の手続を踏まえて、①中学校教育の基本と教育課程の役割(第1章総則第1)、②教育課程の編成(第1章総則第2)、③教育課程の実施と学習評価(第1章総則第3)、④生徒の発達の支援(第1章総則第4)、⑤学校運営上の留意事項(第1章第5)、⑥道徳教育に関する配慮事項(第1章総則第6)としているところである。各学校においては、こうした総則の全体像も含めて、教育課程に関する国や教育委員会の基準を踏まえ、自校の教育課程の編成、実施・評価及び改善に関する課題がどこにあるのかを明確にして教職員間で共有し改善を行うことにより学校教育の質の向上を図り、カリキュラム・マネジメントの充実に努めることが求められる。(41頁)

目標の再検討と組織の再編

その上で、カリキュラム・マネジメントの充実とは具体的にどういうことか、以下のように示している。

ア 生徒や学校、地域の実態を適切に把握すること
教育課程は、第1章総則第1の1が示すとおり「生徒の心身の発達の段階や特性及び学校や地域の実態を十分考慮して」編成されることが必要である。各学校においては、各種調査結果やデータ等に基づき、生徒の姿や学校及び地域の現状を定期的に把握したり、保護者や地域住民の意向等を的確に把握した上で、学校の教育目標など教育課程の編成の基本となる事項を定めていくことが求められる。(41頁)

まず求められているのは「学校の教育目標」の再点検である。ここで「各種調査結果やデータ等」と言ったとき、具体的には「全国学力・学習状況調査」の活用が想定されている。また「保護者や地域住民の意向等を的確に把握」という文言は、「社会に開かれた教育課程」という理念とも関連する。
続いて、カリキュラム・マネジメントを充実するための組織作りについて、以下のように述べる。

イ カリキュラム・マネジメントの三つの側面を通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと
(中略)
組織的かつ計画的に取組を進めるためには、教育課程の編成を含めたカリキュラム・マネジメントに関わる取組を、学校の組織全体の中に明確に位置付け、具体的な組織や日程を決定していくことが重要となる。校内の組織及び各種会議の役割分担や相互関係を明確に決め、職務分担に応じて既存の組織を整備、補強したり、新たな組織を設けたりすること、また、分担作業やその調整を含めて、各作業ごとの具体的な日程を決めて取り組んでいくことが必要である。
また、カリキュラム・マネジメントを効果的に進めるためには、何を目標として教育活動の質の向上を図っていくのかを明確にすることが重要である。第1章総則第2の1に示すとおり、教育課程の編成の基本となる学校の経営方針や教育目標を明確にし、家庭や地域とも共有していくことが求められる。(41-42頁)

『学習指導要領』本文でも示されていた、スクール・マネジメントとしての組織作りについて、具体的に触れられている。組織の創出や再編、役割分担の明確化や日程調整など、校長のリーダーシップや調整役としての管理職の役割が重要であることがわかる。

カリキュラム・マネジメントの三指針

解説編は、さらに続けて、カリキュラム・マネジメントの3つの方針について、具体的な説明を行う。

(ア) 教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと
(中略)
その際、今回の改訂では、「生きる力」の育成という教育の目標が教育課程の編成により具体化され、よりよい社会と幸福な人生を切り拓くために必要な資質・能力が生徒一人一人に育まれるようにすることを目指しており、「何を学ぶか」という教育の内容を選択して組織していくことと同時に、その内容を学ぶことで生徒が「何ができるようになるか」という、育成を目指す資質・能力を指導のねらいとして明確に設定していくことが求められていることに留意が必要である。教育課程の編成に当たっては、第1章総則第2の2に示す教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成を教育課程の中で適切に位置付けていくことや、各学校において具体的な目標及び内容を定めることとなる総合的な学習の時間において教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習が行われるようにすることなど、教科等間のつながりを意識して教育課程を編成することが重要である。(42頁)

ここでは、カリキュラム・マネジメントを実践する大前提として、まず「育成を目指す資質・能力」を明確に設定することが求められている。「育成を目指す資質・能力」についての理解が欠けているところにカリキュラム・マネジメントはあり得ない。というのは、「育成を目指す資質・能力」とは、教育のPDCAサイクルで言えば「P」に当たる部分だからだ。まず「P」が設定されていなければ、PDCAサイクルも始まりようがない。
それを理解した後は、「教科等横断的な視点」に立って、総合的な学習の時間を効果的に使いながら教育課程編成をしていくことが求められている。総合的な学習の時間のあり方に関しても、「育成を目指す資質・能力」という観点から再点検、再構成することが要求されている。

(イ) 教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと
各学校においては、各種調査結果やデータ等を活用して、生徒や学校、地域の実態を定期的に把握し、そうした結果等から教育目標の実現状況や教育課程の実施状況を確認し分析して課題となる事項を見いだし、改善方針を立案して実施していくことが求められる。こうした改善については、校内の取組を通して比較的直ちに修正できるものもあれば、教育委員会の指導助言を得ながら長期的に改善を図っていくことが必要となるものもあるため、必要な体制や日程を具体化し組織的かつ計画的に取り組んでいくことが重要である。
こうした教育課程の評価や改善は、第1章総則第5の1のアに示すとおり、学校評価と関連付けながら実施することが必要である。(42-43頁)

カリキュラム・マネジメントに係る一連のPDCAサイクルのうち、とくにCHECK(評価)とACTION(改善)について具体的に示された記述である。評価の基準として独自にルーブリックを開発する学校も一部にはあるだろうが、具体的に活用されることが想定されているデータは「全国学力・学習状況調査」ということになるだろう。評価の基準として悉皆調査である「全国学力・学習状況調査」を採用することが適切かどうかは、カリキュラム・マネジメントというものの効果や是非や善悪を判断する上で、極めて重要な論点となる。

(ウ) 教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくこと
教育課程の実施に当たっては、人材や予算、時間、情報といった人的又は物的な資源を、教育の内容と効果的に組み合わせていくことが重要となる。学校規模、教職員の状況、施設設備の状況などの人的又は物的な体制の実態は、学校によって異なっており、教育活動の質の向上を組織的かつ計画的に図っていくためには、これらの人的又は物的な体制の実態を十分考慮することが必要である。そのためには、特に、教師の指導力、教材・教具の整備状況、地域の教育資源や学習環境(近隣の学校、社会教育施設、生徒の学習に協力することのできる人材等)などについて客観的かつ具体的に把握して、教育課程の編成に生かすことが必要である。
本項では、こうした人的又は部的な体制を確保することのみならず、その改善を図っていくことの重要性が示されている。各学校には、校長、副校長や教頭のほかに教務主任をはじめとして各主任等が置かれ、それらの担当者を中心として全教職員がそれぞれ校務を分担して処理している。各学校の教育課程は、これらの学校の運営組織を生かし、各教職員がそれぞれの分担に応じて教育課程に関する研究を重ね、創意工夫を加えて編成や改善を図っていくことが重要である。また、学校は地域社会における重要な役割を担い地域とともに発展していく存在であり、学校運営協議会制度や地域学校協働活動等の推進により、学校と地域の連携・協働を更に広げ、教育課程を介して学校と地域がつながることにより、地域でどのような子供を育てるのかといった目標を共有し、地域とともにある学校づくりが一層効果的に進められていくことが期待される。(43頁)

『学習指導要領』の本文では使用していなかった「資源」という言葉が、解説編では使用されている。マネジメント用語としては「資源」という単語のほうが相応しいが、教育用語としては如何なものかというところか、どうか。
そして学校が持つ資源のうちで、もっともカリキュラム・マネジメントの充実に必要なものは、なんといっても教師の指導力そのものである。だから「資源の確保」と言ったとき、金や物を集めることが第一に想定されているのではなく、各種研修の積み重ねによる教師自身の指導力の増強がまずはイメージされることになる。そして教師の指導力を資源として確保するためには、まずは本来の業務ではない雑用に追われる無駄な時間をどんどんカットしていけばよい。教員がやらなくなった仕事を処理するには、学校外の様々な資源を投入すればよい。スクール・マネジメントの最重要観点は、教員の負担軽減にある。
教員の負担軽減を目指して学校外の様々な資源を確保し活用するために、学校運営協議会制度(いわゆるコミュニティ・スクール)などの整備が提言されている。カリキュラム・マネジメントを充実するには、コミュニティ・スクールや「チーム学校」等の制度的条件の整備が必要不可欠であることを示唆している。
しかし考えてみれば、条件整備という点では、そもそも本質的には教員の数を増やすことで対応すべき課題ではある。あるいは、一方で教員の負担を増やしておきながら(教員免許更新講習など)、もう一方でマネジメント努力によって負担を減らそうとするのは、整合性に欠けている。人もカネも出さずに、負担ばかり増やしておいて、一方で「工夫だけで乗り切れ」と指令しているわけだから、現場の先生たちに酷な感じがしてしまう。政策担当者がしっかり頭を使っているかどうか、疑問が残るところだ。

学校運営や学校評価との関連

そして、カリキュラム・マネジメントが学校運営(スクール・マネジメント)の改革を伴うことが、次のように強調されている。

カリキュラム・マネジメントは、本解説第3章第1節の4において示すように、学校教育に関わる様々な取組を、教育課程を中心に据えて組織的かつ計画的に実施し、教育活動の質の向上につなげていくものである。カリキュラム・マネジメントの実施に当たって、「校長の方針の下に」としているのは、学校の教育目標など教育課程の編成の基本となる事項とともに、校長が定める校務分掌に基づくことを示しており、全教職員が適切に役割を分担し、相互に連携することが必要である。その上で、生徒の実態や地域の実情、指導内容を踏まえて効果的な年間指導計画等の在り方や、授業時間や週時程の在り方等について、校内研修等を通じて研究を重ねていくことも重要であり、こうした取組が学校の特色を創り上げていくこととなる。
また、各学校におけるカリキュラム・マネジメントの取組は、学校が担う様々な業務の進め方の改善を伴ってより充実することができる。この点からも、「校長の方針の下」に学校の業務改善を図り、指導の体制を整えていくことが重要となる。(118頁)

カリキュラム・マネジメントを充実させるためには、校務分掌のあり方や、校内研修のあり方、様々な業務(要するに雑用)の進め方の改善を伴う必要がある。ここに、校長の資質として、単に教育者としての能力だけでなく、組織を作る経営者としての能力が要求されていくる。校長には、一般企業の経営にも通じる「組織論」や「マネジメント」に対する知識が必要となると同時に、人間的な総合力としてのリーダーシップが求められることになる。
さらに「解説」は、法律に定められた学校評価との関連についても言及する。

また、各学校が行う学校評価は、学校教育法第 42 条において「教育活動その他の学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づき学校運営の改善を図るため必要な措置を講ずる」と規定されており、教育課程の編成、実施、改善は教育活動や学校運営の中核となることを踏まえ、教育課程を中心として教育活動の質の向上を図るカリキュラム・マネジメントは学校評価と関連付けて
実施することが重要である。
学校評価の実施方法は、学校教育法施行規則第 66 条から第 68 条までに、自己評価・学校関係者評価の実施・公表、評価結果の設置者への報告について定めるとともに、文部科学省では法令上の規定等を踏まえて「学校評価ガイドライン」(平成 28 年3月文部科学省)を作成している。同ガイドラインでは、具体的にどのような評価項目・指標等を設定するかは各学校が判断するべきことではあるが、その設定について検討する際の視点となる例が12 分野にわたり示されている。カリキュラム・マネジメントと関連付けて実施する観点からは、教育課程・学習指導に係る項目はもとより、当該教育課程を効果的に実施するための人的又は物的な体制の確保の状況なども重要である。(118-119頁)

法律に定められている以上、学校運営の一環として「学校評価」を粛々と行う義務があるわけだが、これをカリキュラム・マネジメントとの関連で把握せよという要求である。

まとめ

「学級王国」という言葉に端的に表れているように、これまでの学校教育では、「王様」である各教員がそれぞれ創意工夫することが期待されていたのかもしれない。また、各教科はそれぞれ独自に工夫を凝らして発展を続けていくが、逆に言えば、全体的・総合的な「カリキュラム」は見えにくくなっていった。が、今後の学校は「チーム」として機能しなければならない。個々の教員は役割分担をしながら組織の一員として働くことが期待されるし、各教科は一体となって「カリキュラム」を構成しなければならない。組織が機能するためには、リーダーが適切なマネジメントを遂行する必要がある。
しかし、一般企業と異なり、これまで学校の文化にはマネジメントの考え方が根付いてこなかった。だから、学校を「チーム」にするためには、既存の学校文化の常識を根底から疑って、組織の構造そのものを抜本的に改革していく必要があるわけだ。カリキュラム・マネジメントは、形式的に書類を作ってどうにかなるような問題ではなく、学校と教員の意識を根底から変革するように迫っているのである。

(そして学校にマネジメントを導入する組織改革の行き着く果てには、公教育の否定と、学校民営化が待ち受けているかもしれない。が、未来のことは分からない。)

参考文献

小学校でのカリキュラム・マネジメントについての入門書。中でも「カリキュラム・デザイン」の具体的な方法について、具体的な実践例を土台として説明しているところが特徴。生活科と総合的な学種の時間を中心として、教科横断的な資質・能力をどのように育むかが、7つの観点から具体的にまとめられており、具体的な実践の参考にしやすそう。
田村学編著『カリキュラム・マネジメント入門―「深い学び」の授業デザイン。学びをつなぐ7つのミッション。』東洋館出版社、2017年

極めて具体的で実践的なチェックシートもついていたり、先進的な実践例のどこがどう凄いかも丁寧に解説されていて、さらに理論的な背景もコンパクトに説明されており、どうして今の学校にカリキュラムマネジメントが必要なのかにも現実的な説得力があり、「いっちょカリキュラムマネジメントでもやってみるか」と思っている向きにはとても参考になるのではないか。
田村知子『カリキュラムマネジメント―学力向上へのアクションプラン』日本標準ブックレット、2014年

『新教育課程ライブラリVol.5 学校ぐるみで取り組むカリキュラム・マネジメント』ぎょうせい、2016年
『学習指導要領』本体や、中教審答申や、「審議のまとめ」が発表される以前の特集で、具体的な実践例というよりは、そもそもの概念定義や意義、歴史的な経緯についての話から始まっている。カリキュラム・マネジメントが学校経営論とカリキュラム論を結ぶ学際的な領域から登場してきた分野であることなどがわかる。

『総合教育技術 2017年 11 月号』小学館、2017年
カリキュラム・マネジメントが特集されている。『学習指導要領』の本文を踏まえて、具体的な取組みのあり方が示されている。カリキュラムのデザインの仕方が、教科単元配列表の作成など、具体的で詳細に示されている。

批判的な吟味

PDCAサイクルのCHECKについて

仮にカリキュラムをマネジメントすることが教育実践の質を高めるとしたら、PDCAサイクルを確立することは必須の手続きと言える。そしてPDCAサイクルの質を大きく左右するのは、CHECK(評価)のあり方である。CHECKに利用されるべき指標は、学習指導要領や解説に言明されているわけではないが、「全国学力・学習状況調査」が想定されているように思われる。実際、カリキュラム・マネジメントの実践報告では、しばしば「全国学力・学習状況調査」の点数の上昇が実践改善の指標として示される。しかしそれは「全国学力・学習状況調査」が指標として意味があることを前提としなければ成り立たない態度である。「全国学力・学習状況調査」は、カリキュラム・マネジメントのCHECK指標として本当に意味があるのだろうか? この疑問に対する教育原理的な反省が欠けているとき、PDCAサイクルは前提から破綻している可能性がある。
翻って、安易に「全国学力・学習状況調査」に依拠せず、独自のルーブリックを作成してCHECK指標としているカリキュラム・マネジメントの実践は、常に教育原理的な問い直しに開かれて、前進の可能性に満ちているように見える。

マネジメントの権限

マネジメントで有効活用するべき「資源」としては、大雑把には(1)金(2)物(3)人(4)時間の4つの領域が考えられる。一般企業であれば、(1)資金を調達し(2)環境を整え(3)有能な人材を集め(4)工数を区切るというマネジメントの方向性は見えやすい。
しかし学校においては、(1)金と(2)物についてはあらかじめ条件が定まっており、校長の自由にできるわけではない。マネジメントを行うのは教育委員会の仕事である。また校長は、(3)人についても自由にマネジメントできるわけではない。自分の頭を飛び越えて割り振られて与えられた所与の人材を、研修などで育成し、組織を構築するくらいしかできない。勢い、目先で改善できることは(4)時間のマネジメントくらいだということになってくる。委員会の数を減らしたりとか、会議の時間を減らしたりとか、会議を立って行うなどして、5分10分の時間を捻出するという涙ぐましい努力が積み重ねられることとなる。
校長のリーダーシップの下で行うスクール・マネジメントは、一般企業のマネジメントとはかなり勝手が違うことは踏まえておく必要がある。一般企業で蓄積されてきたマネジメントのノウハウが、そのまま学校で機能するかどうかは、極めて怪しい。特に「教職の専門性」という要素を考慮に入れないスクール・マネジメントは、おそらく容易に破綻する。

「学び」はマネジメントできるのか?

仮に学校はマネジメント(運営)できるとしよう。実際、学校はマネジメントなしでは成立しない。マネジメントが破綻した私立学校は潰れるし、マネジメントが破綻した公立学校は税金の無駄遣いである。しかしだからといって、その内部で行われる「学び」そのものをマネジメントすることは本当に可能だろうか。仮に「学び」をマネジメントできるとして、そこで言われている「学び」とは具体的に何を指しているのか。例えば教育の目的が「人格の完成」だとして、本当に「人格の完成」をマネジメントすることなどできるのだろうか? 個人的には、「人格の完成」がマネジメントできるなどと、無条件で信じることはできない。「人格の完成」は、マネジメントの領域を超えたところでしか起こりえないのではないか。逆に、マネジメントできる「学び」とは、その程度の範囲をカバーしているだけではないだろうか。学習指導要領がマネジメントしようとしている「学び」という言葉が、そもそも具体的に何を指しているのか、その射程距離はどれほどなのか、しっかり吟味されなくてはならない。
マネジメントでできることとできないことは、教育原理的な観点からしっかり見極めておく必要がある。その上で、マネジメントで改善できることはどんどんやればよい。逆に、原理的にマネジメントできないことをマネジメントの領域に組み込もうとすると、必ずおかしなことになる。現在のPDCAサイクル万能感に対しては、本来はマネジメントできない領域にまでマネジメントを要求しているように見えるので、不安を感じざるを得ない。「人間とは何か?」とか「教育とは何か?」を真剣に考えていないのに「PDCA!」ばかりを主張する人々は、企業経営は得意かもしれないが、教育ができるとは思えない。