カリキュラム・マネジメントとは―3つの指針と学校運営の要点―

簡単にまとめれば

学校にも民間企業の経営ノウハウを導入しましょう。PDCAサイクルを確立し、資源の有効活用を考え、校長のリーダーシップを強化して、学校や教育活動の中に経営(マネジメント)の考え方を根付かせましょう、ということ。

これだけなら特に難しくありませんが、じゃあ具体的にどうやって経営(マネジメント)しようかとなったとき、様々な問題が出てきます。学校と民間企業では様々な条件が違うのだから、とうぜん経営の仕方も変わってくるはずです。そのあたり文部科学省がどう言っているのか、学習指導要領に沿って確認していきましょう。

具体的に何をするのか?

まず大雑把に、学校や教師が何をやらなければいけないのか、確認しましょう。

カリキュラム・マネジメントの3指針

『学習指導要領』は、カリキュラム・マネジメントについて以下のように述べています。

各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。(4頁)

まずカリキュラム・マネジメントの指針が具体的に3つ示されていることが読み取れます。まとめれば、次のようになるでしょう。

(1)教科横断的な視点で教育課程を編成する。
(2)教育実践の質の向上のためにPDCAサイクルを確立する。
(3)実践を可能とする資源(人・金・物・時間・情報)を確保する。

学校に求められているのは、要するにこの3点です。が、この3指針の検討については、後回しにします。というのは、3指針を実行する前に認識しておかなければならない重要ポイントがあるからです。

学校運営とカリキュラム・マネジメント

ということで、総則「第5学校運営上の留意事項」がカリキュラム・マネジメントについて述べていることを先に確認しましょう。

各学校においては、校長の方針の下に、校務分掌に基づき教職員が適切に役割を分担しつつ、相互に連携しながら、各学校の特色を生かしたカリキュラム・マネジメントを行うよう努めるものとする。また、各学校が行う学校評価については、教育課程の編成、実施、改善が教育活動や学校運営の中核となることを踏まえつつ、カリキュラム・マネジメントと関連付けながら実施するよう留意するものとする。(11頁)

ここで示されているのは、カリキュラム・マネジメントの実践が、学校運営そのものと密接な関係を持っているということです。学校運営とは「スクール・マネジメント」です。カリキュラムをマネジメントすることが、実はスクールをマネジメントすることと一体ということです。逆に言えば、スクールをマネジメントすることなしにカリキュラム・マネジメントを実現することなど不可能だということをしっかり認識しておく必要があります。
具体的に確認しますと、まず校長にはスクール(学校)をマネジメント(運営)する強力なリーダーシップが求められていることが分かります。実際、校長の役割と位置づけが、昭和の時代とはずいぶん変わってきています。文部科学省は、校長に、教師のリーダーとしての役割ではなく経営者としての才能を求めています。
そして続いて、校長のリーダーシップの下、有機的な組織として学校が機能することが期待されています。有機的な組織として学校が機能するためには、各教職員を適切に配置して役割分担を明確にすると共に、相互の関係性を明らかにして協力体制を推進するような組織作りを進めていかなくてはなりません。カリキュラム・マネジメントを実現するためには、カリキュラムそのものを考える前に、前提として、「組織作り」が極めて重要な工程になるわけです。こういった校長のリーダーシップや組織作りに関する議論に、民間企業で蓄積されたマネジメントに関わる経験や理論が参照されているわけですね。
さらに学習指導要領は、「学校評価」をどう位置づけるかという課題を示しています。マネジメントとは、具体的には一連のPDCAサイクルを構築することですが、「学校評価」とは「C」(つまりCheck)にあたるものです。この「C」のあり方は、マネジメントそのものの性質を左右する極めて重要な要素です。この点も「解説」の記述を踏まえて、後に改めて確認することにしましょう。

小まとめ:具体的に何をするのか

以上、学習指導要領の記述から読み取れたことを確認しましょう。
まずカリキュラム・マネジメントとして学校に求められていることが3つありました。改めて確認すると、
(1)教科等横断的な視点で教育課程を編成する。
(2)教育実践の質の向上のためにPDCAサイクルを確立する。
(3)実践を可能とする資源(人・金・物・時間・情報)を確保する。
の3点です。
ただし、この3指針を実現する前提として、スクール・マネジメント=学校運営が適切に行われている必要があります。学校運営のポイントは次の3つでした。
(1)校長のリーダーシップ。
(2)組織作り。
(3)学校評価。

この要点をしっかり踏まえた上で、続いて「学習指導要領解説」の記述を見ながら、さらに具体的に文部科学省の言い分を確認していきましょう。

具体的に何をするべきか、もっと細かく知る

今時改訂の趣旨との関連

『学習指導要領解説 総則編』は、カリキュラム・マネジメントに関して、以下のように今時改訂との関連について述べています。

総則については、今回の改訂の趣旨が教育課程の編成や実施に生かされるようにする観点から、①資質・能力の育成を目指す「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を進める、②カリキュラム・マネジメントの充実、③生徒の発達の支援、家庭や地域との連携・協働を重視するなどの改善を行った。
(中略)
カリキュラム・マネジメントの充実
カリキュラム・マネジメントの実践により、校内研修の充実等が図られるよう、章立てを改善した。
・ 生徒の実態等を踏まえて教育の内容や時間を配分し、授業改善や必要な人的・物的資源の確保などの創意工夫を行い、組織的・計画的な教育の質的向上を図るカリキュラム・マネジメントを推進するよう改善した。(7頁)

「カリキュラム・マネジメント」が今回の改訂の目玉であることが強調されています。そしてカリキュラム・マネジメントが、校内研修の充実を意図しつつ、章立てそのものを変更するような原理として学習指導要領を貫いていることが表明されています。その章立てそのものの変更は、以下のように説明されています。

また、総則の項目立てについても、各学校におけるカリキュラム・マネジメントを円滑に進めていく観点から、教育課程の編成、実施、評価及び改善の手続を踏まえて、①中学校教育の基本と教育課程の役割(第1章総則第1)、②教育課程の編成(第1章総則第2)、③教育課程の実施と学習評価(第1章総則第3)、④生徒の発達の支援(第1章総則第4)、⑤学校運営上の留意事項(第1章第5)、⑥道徳教育に関する配慮事項(第1章総則第6)としているところである。各学校においては、こうした総則の全体像も含めて、教育課程に関する国や教育委員会の基準を踏まえ、自校の教育課程の編成、実施・評価及び改善に関する課題がどこにあるのかを明確にして教職員間で共有し改善を行うことにより学校教育の質の向上を図り、カリキュラム・マネジメントの充実に努めることが求められる。(41頁)

最優先でやるべきこと:目標の再検討

続いて、「カリキュラム・マネジメントの充実」とは具体的にどういうことか、以下のように示しています。ここでようやく各学校が具体的に何をどうするべきかが見えてきますので、丁寧に確認していきましょう。

ア 生徒や学校、地域の実態を適切に把握すること
教育課程は、第1章総則第1の1が示すとおり「生徒の心身の発達の段階や特性及び学校や地域の実態を十分考慮して」編成されることが必要である。各学校においては、各種調査結果やデータ等に基づき、生徒の姿や学校及び地域の現状を定期的に把握したり、保護者や地域住民の意向等を的確に把握した上で、学校の教育目標など教育課程の編成の基本となる事項を定めていくことが求められる。(41頁)

まず求められているのは「学校の教育目標」の再点検です。ここがまず極めて重要なポイントです。従来の教育目標は、ややもすれば明治時代の三育主義に由来するような「(知)かしこい子・(徳)やさしい子・(体)たくましい子」といった標語を何十年も変わらずに掲げていることがあるわけですが、文部科学省が求めているのは、これの見直しです。
というのも、そもそもマネジメントとは、なんらかの目標を実現するために行うものです。目標が決まっていない組織でマネジメントが機能するはずがありません。マネジメントを適切に行うためには、まずは適切に目標が設定されている必要があります。そう考えたとき、明治時代の三育主義のような教育目標が本当に適切なのかどうか、極めて疑わしいわけです。そしてその目標を定めるとき、ただの思いつきとか、どこかの教育原理書から引っぱってきた先人の言葉とかではなく、しっかりと現実に基づいている必要があります。地域の実態や、目の前の子供たちの個性や持ち味に基づいている必要があります。現実に基づいて、地に足の着いた、本当に意味のある目標を設定できて、初めてマネジメントすることに意義が生じます。そしてこの目標設定の際、「保護者や地域住民の意向等を的確に把握」という言葉に見られるように、「社会に開かれた教育課程」の理念をしっかり踏まえることを、文部科学省は求めています。
ちなみに現実を踏まえた目標設定のため、文部科学省は「各種調査結果やデータ等」の活用を求めていますが、その内容として具体的には「全国学力・学習状況調査」が想定されているでしょう。「全国学力・学習状況調査」が、比較や競争のための試験ではなく、あくまでもマネジメントを適切に回すための参考資料であることは、教育に携わる者としてはしっかり認識しておきたいものです。

優先的にやるべきこと:組織の再編

続いて、カリキュラム・マネジメントを充実するための組織作りについて、以下のように述べています。

イ カリキュラム・マネジメントの三つの側面を通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと
(中略)
組織的かつ計画的に取組を進めるためには、教育課程の編成を含めたカリキュラム・マネジメントに関わる取組を、学校の組織全体の中に明確に位置付け、具体的な組織や日程を決定していくことが重要となる。校内の組織及び各種会議の役割分担や相互関係を明確に決め、職務分担に応じて既存の組織を整備、補強したり、新たな組織を設けたりすること、また、分担作業やその調整を含めて、各作業ごとの具体的な日程を決めて取り組んでいくことが必要である。
また、カリキュラム・マネジメントを効果的に進めるためには、何を目標として教育活動の質の向上を図っていくのかを明確にすることが重要である。第1章総則第2の1に示すとおり、教育課程の編成の基本となる学校の経営方針や教育目標を明確にし、家庭や地域とも共有していくことが求められる。(41-42頁)

『学習指導要領』本文でも示されていた、スクール・マネジメントとしての組織作りについて、具体的に触れられているところです。校内組織の再編や部署の新規創出、役割分担の明確化や日程調整など、校長のリーダーシップや調整役としての管理職の役割が重要であることが分かる記述となっています。この記述だけ読むと、もはや小手先の手直しで許されるようなレベルではなさそうです。学校組織を全体的に、総合的に、根本的に、徹底的に見直すことが求められているようです。
つまり、もう既存の学校をイメージしてはダメだということです。具体的には、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)やチーム学校といったような、これまでにはなかったような新しい学校の姿を、文科省は打ち出してきています。この新しい体制にのっとって、学校組織のありかたを根本から変えていく必要があるということになります。そして新しい学校組織は、あくまでも既に確認したような「学校目標」を実現するための組織として構想されなければなりません。ここが「経営者としての校長」の腕の見せ所となるわけです。
そして一方、各教員の意識のあり方にも変革が要求されています。各教員はマネジメントのサイクルに巻き込まれ、学級王国の王様としてではなく、「組織の一員」の自覚を持って働くことが求められていくことになるでしょう。

確実にやるべきこと:3指針の詳細

さて、目標が定まり、組織が改まって、マネジメントを遂行するための前提条件が揃いました。いよいよマネジメント遂行です。文部科学省は、マネジメントの指針として3つの柱を立てていることは既に見ました。確認すると、
(1)教科等横断的な視点で教育課程を編成する。
(2)教育実践の質の向上のためにPDCAサイクルを確立する。
(3)実践を可能とする資源(人・金・物・時間・情報)を確保する。
の3点です。

(1)教科等横断的な視点

まず「解説編」は、(1)教科等横断的な視点について以下のように述べています。

(ア) 教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと
(中略)
その際、今回の改訂では、「生きる力」の育成という教育の目標が教育課程の編成により具体化され、よりよい社会と幸福な人生を切り拓くために必要な資質・能力が生徒一人一人に育まれるようにすることを目指しており、「何を学ぶか」という教育の内容を選択して組織していくことと同時に、その内容を学ぶことで生徒が「何ができるようになるか」という、育成を目指す資質・能力を指導のねらいとして明確に設定していくことが求められていることに留意が必要である。教育課程の編成に当たっては、第1章総則第2の2に示す教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成を教育課程の中で適切に位置付けていくことや、各学校において具体的な目標及び内容を定めることとなる総合的な学習の時間において教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習が行われるようにすることなど、教科等間のつながりを意識して教育課程を編成することが重要である。(42頁)

文部科学省は、カリキュラム・マネジメントを実践する大前提として、まず「育成を目指す資質・能力」を明確に設定することを求めています。「育成を目指す資質・能力」についての理解が欠けているところにカリキュラム・マネジメントはあり得ません。というのは、「育成を目指す資質・能力」とは、教育のPDCAサイクルで言えば「P」に当たる部分だからです。まず「P」が設定されていなければ、PDCAサイクルも始まりようがありません。そしてこの「育成を目指す資質・能力」は、既に前提条件として確立してあるはずの「教育目標」を踏まえれば、自ずと設定されるはずのものです。
PDCAの「P」を理解した後は、「教科等横断的な視点」に立って、総合的な学習の時間を効果的に使いながら教育課程編成をしていくことを求めています。教科横断的なカリキュラムを構成する際には、「総合的な学習の時間」こそが主役になるべきだと主張しているわけです。逆に言えば、どうやら「総合的な学習の時間」のあり方を再検討しなければ、カリキュラム・マネジメントは始まらないようです。皆さんの学校では、「総合的な学習の時間」の内容が「育成を目指す資質・能力」としっかり噛み合っているでしょうか?
「総合的な学習の時間」と「教科等横断的な視点」を具体的にどのように構想するかは別のページにまとめましたので、そちらをご参照ください。→【参考】教科等横断的な視点とは何か?

(2)PDCAサイクル

文部科学省は続けて(2)「教育実践の質の向上のためにPDCAサイクルを確立する」について説明します。

(イ) 教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと
各学校においては、各種調査結果やデータ等を活用して、生徒や学校、地域の実態を定期的に把握し、そうした結果等から教育目標の実現状況や教育課程の実施状況を確認し分析して課題となる事項を見いだし、改善方針を立案して実施していくことが求められる。こうした改善については、校内の取組を通して比較的直ちに修正できるものもあれば、教育委員会の指導助言を得ながら長期的に改善を図っていくことが必要となるものもあるため、必要な体制や日程を具体化し組織的かつ計画的に取り組んでいくことが重要である。
こうした教育課程の評価や改善は、第1章総則第5の1のアに示すとおり、学校評価と関連付けながら実施することが必要である。(42-43頁)

「P」については既に前節で確認しました。引用個所は、カリキュラム・マネジメントに係る一連のPDCAサイクルのうち、とくにCHECK(評価)とACTION(改善)について具体的に示された記述として読むべきところです。PDCAサイクルがうまく回るかどうかは、適切な「C」と現実的な「A」にかかっています。不適切な「C」と妄想的な「A」は、PDCAサイクルを破壊します。
「C」に関して、評価の基準として独自にルーブリックを開発する学校も一部にはあるでしょうが、具体的に活用されることが想定されているデータは「全国学力・学習状況調査」でしょう。この調査は、学力が上がったとか下がったとか一喜一憂するために行われているのではなく、目標に照らして実践が適切に行われているかを確認するために行われています。ですからこの調査を教員の給料査定に直結させるのは、愚の骨頂と断言して間違いありません。調査結果は、あくまでもPDCAサイクルの「C」に利用する資料と理解し、カリキュラム・マネジメントに活かしていきましょう。
(ただし評価の基準として悉皆調査である「全国学力・学習状況調査」を採用することが適切かどうかは、カリキュラム・マネジメントというものの効果や是非や善悪を判断する上で、極めて重要な論点となります。後に改めて原理的に検討しましょう。)
「A」に関しては、実効的で現実的な対応が求められています。まあ、問題や課題が見つかったら、できることはすぐに対応しましょう、難しそうなら計画的に粘り強く取り組みましょう、ってことですね。そりゃそうですね。そのために、行動できる組織作りが必要となることは言うまでもありません。

(3)実践を可能とする資源を確保する。

そして3指針の3つめは、「資源」の確保です。文部科学省は以下のように述べています。

(ウ) 教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくこと
教育課程の実施に当たっては、人材や予算、時間、情報といった人的又は物的な資源を、教育の内容と効果的に組み合わせていくことが重要となる。学校規模、教職員の状況、施設設備の状況などの人的又は物的な体制の実態は、学校によって異なっており、教育活動の質の向上を組織的かつ計画的に図っていくためには、これらの人的又は物的な体制の実態を十分考慮することが必要である。そのためには、特に、教師の指導力、教材・教具の整備状況、地域の教育資源や学習環境(近隣の学校、社会教育施設、生徒の学習に協力することのできる人材等)などについて客観的かつ具体的に把握して、教育課程の編成に生かすことが必要である。
本項では、こうした人的又は物的な体制を確保することのみならず、その改善を図っていくことの重要性が示されている。各学校には、校長、副校長や教頭のほかに教務主任をはじめとして各主任等が置かれ、それらの担当者を中心として全教職員がそれぞれ校務を分担して処理している。各学校の教育課程は、これらの学校の運営組織を生かし、各教職員がそれぞれの分担に応じて教育課程に関する研究を重ね、創意工夫を加えて編成や改善を図っていくことが重要である。また、学校は地域社会における重要な役割を担い地域とともに発展していく存在であり、学校運営協議会制度や地域学校協働活動等の推進により、学校と地域の連携・協働を更に広げ、教育課程を介して学校と地域がつながることにより、地域でどのような子供を育てるのかといった目標を共有し、地域とともにある学校づくりが一層効果的に進められていくことが期待される。(43頁)

『学習指導要領』の本文では使用されていなかった「資源」という言葉が、解説編では使用されていますね。ここ、注目です。確かにマネジメント用語としては「資源」という単語のほうが相応しいでしょう。
ちなみに「資源」とは、一般的に言えば、人・物・金・時間の4つになるでしょう。民間企業は、「利潤を上げる」という目標を達成するために、この限られた「資源」をやりくりします。この「限られた資源のやりくり」こそが日々のマネジメントの本体です。仮に無限の資源が与えられるのなら、目標を達成するためにそんなに苦労はいりません。与えられる資源が少ないからこそ、マネジメントの才能が必要となってくるわけです。
そして一般企業は「人・物・金・時間」の4つの資源をやりくりして目標に迫っていくわけですが、学校に与えられる資源は極めて限られています。たとえば民間企業は必要とあれば「物」と「金」を新たに調達することができますが、学校にはそれが許されていません。また「人」に関しても、民間企業は自分たちで採用しますが、公立の校長先生には「人」を自力で調達することが許されていません。民間企業と比べたとき、学校は「資源の調達」という点で極めて不利な状況に置かれています。だから民間企業と同じ理屈で教育のマネジメントを語ることは、本来的に不可能なのです。
その現実を踏まえた上で、学校が持つ資源のうち、もっともカリキュラム・マネジメントの充実に必要な資源は、なんといっても「人」です。言い換えれば、「教師の指導力」そのものです。だから教育のマネジメントの世界で「資源の確保」と言ったとき、校長先生=経営者に期待されていることは、民間企業の社長のように金や物を潤沢に揃えることではなく、教師自身の指導力の増強です。というわけで、校長先生=経営者が「人」という資源の増強のために具体的にできることは、まずは校内研修の充実です。そして教師が自発的に研修に参加できるような環境作りです。
学校が「人」の次にマネジメントしやすいのは、「時間」です。たとえば教師の指導力を資源として確保するためには、本来の業務ではない雑用に追われる無駄な時間をどんどんカットしていけばよいわけです。教員がやらなくなった仕事を処理するには、学校外の様々な資源を投入すればよいでしょう。教員の負担軽減を目指して学校外の様々な資源を確保し活用するために、学校運営協議会制度(いわゆるコミュニティ・スクール)などの整備が提言されています。カリキュラム・マネジメントを充実するには、コミュニティ・スクールや「チーム学校」等の制度的条件の整備が必要不可欠であることを示唆しています。
(しかしまあ、考えてみれば、条件整備という点では、そもそも本質的には教員の数を増やすことで対応すべき課題であるはずです。あるいは、一方で教員免許更新講習みたいに教員の負担を増やしておきながら、もう一方でマネジメント努力によって負担を減らそうとするのは、整合性に欠けているようにも見えます。人もカネも出さずに、負担ばかり増やしておいて、一方で「与えられた資源を有効活用して乗り切れ」と指令しているわけだから、現場の先生たちに酷な感じがしてしまいますね。政策担当者がしっかり頭を使っているかどうか、疑問が残るところではあります。)

カリキュラム・マネジメント3指針のまとめ

以上、カリキュラム・マネジメントの具体的な指針について確認しました。まとめれば、子供の資質・能力を育むという目標を明確にし、その目標を達成するために資源を確保・調達し、限られた資源を有効活用しましょう、ということになります。そしてその構造は形式的には民間企業のマネジメントのあり方と同じですが、中身はまるで違っています。特に確保・調達できる資源の質と量に決定的な制限があるのが、学校マネジメントの特徴です。この構造を理解しておくと、マネジメントに詳しいはずの民間企業出身の校長が、現実には学校マネジメントをめちゃくちゃにしてしまうカラクリが見えてくるかもしれませんね。

前提としてやるべきこと:学校運営や学校評価

最後に、カリキュラム・マネジメントと学校運営(スクール・マネジメント)の改革について、確認しましょう。文部科学省は以下のように学校運営改革の必要性を強調します。

カリキュラム・マネジメントは、本解説第3章第1節の4において示すように、学校教育に関わる様々な取組を、教育課程を中心に据えて組織的かつ計画的に実施し、教育活動の質の向上につなげていくものである。カリキュラム・マネジメントの実施に当たって、「校長の方針の下に」としているのは、学校の教育目標など教育課程の編成の基本となる事項とともに、校長が定める校務分掌に基づくことを示しており、全教職員が適切に役割を分担し、相互に連携することが必要である。その上で、生徒の実態や地域の実情、指導内容を踏まえて効果的な年間指導計画等の在り方や、授業時間や週時程の在り方等について、校内研修等を通じて研究を重ねていくことも重要であり、こうした取組が学校の特色を創り上げていくこととなる。
また、各学校におけるカリキュラム・マネジメントの取組は、学校が担う様々な業務の進め方の改善を伴ってより充実することができる。この点からも、「校長の方針の下」に学校の業務改善を図り、指導の体制を整えていくことが重要となる。(118頁)

カリキュラム・マネジメントを充実させるためには、校務分掌のあり方や、校内研修のあり方、様々な業務(要するに雑用)の進め方の改善を伴う必要があることが指摘されています。ここに、校長の資質として、単に教育者としての能力だけでなく、組織を作る経営者としての能力が要求されてくるわけです。校長には、一般企業の経営にも通じる「組織論」や「マネジメント」に対する知識が必要となると同時に、人間的な総合力としてのリーダーシップが求められることになります。
さらに「解説」は、法律に定められた学校評価との関連についても言及します。

また、各学校が行う学校評価は、学校教育法第 42 条において「教育活動その他の学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づき学校運営の改善を図るため必要な措置を講ずる」と規定されており、教育課程の編成、実施、改善は教育活動や学校運営の中核となることを踏まえ、教育課程を中心として教育活動の質の向上を図るカリキュラム・マネジメントは学校評価と関連付けて
実施することが重要である。
学校評価の実施方法は、学校教育法施行規則第 66 条から第 68 条までに、自己評価・学校関係者評価の実施・公表、評価結果の設置者への報告について定めるとともに、文部科学省では法令上の規定等を踏まえて「学校評価ガイドライン」(平成 28 年3月文部科学省)を作成している。同ガイドラインでは、具体的にどのような評価項目・指標等を設定するかは各学校が判断するべきことではあるが、その設定について検討する際の視点となる例が12 分野にわたり示されている。カリキュラム・マネジメントと関連付けて実施する観点からは、教育課程・学習指導に係る項目はもとより、当該教育課程を効果的に実施するための人的又は物的な体制の確保の状況なども重要である。(118-119頁)

法律に定められている以上、学校運営の一環として「学校評価」を粛々と行う義務があるわけですが、これをカリキュラム・マネジメントとの関連で把握せよという要求です。校長先生の経営者としての能力を把握しようというわけですね。
これまでは、文部科学省は学校に対して「P」の部分で統制をしようとしてきました。しかし21世紀に入るころから、民間企業の成果を取り入れて、「P」についてはある程度の自由裁量ができるようにする代わりに、「C」の部分で統制を図ろうとする体制にシフトしてきました。そっちのほうが金がかからないし、効果が上がることが分かってきたからでしょう。逆に言えば、「P」の部分の裁量権が増えたからといって、本当に教育が自由になったと考えてはいけないということです。実は強制されなくとも、自発的に「忖度」するような状況が生まれているかもしれませんね。おっと、個人的な意見に踏み込み始めてしまったので、文部科学省の言い分を確認するのは終わりにしましょう。

まとめ

「学級王国」という言葉に端的に表れているように、これまでの学校教育では、「王様」である各教員がそれぞれ創意工夫することが期待されていたかもしれません。また、各教科はそれぞれ独自に工夫を凝らして発展を続けていきましたが、逆に言えば、全体的・総合的な「カリキュラム」は見えにくくなっていたかもしれません。が、今後の学校は「チーム」として機能しなければなりません。個々の教員は役割分担をしながら組織の一員として働くことが期待されますし、各教科は一体となって「カリキュラム」を構成しなければなりません。そして組織が機能するためには、リーダーが適切なマネジメントを遂行する必要があります。
しかし、一般企業と異なり、これまで学校の文化にはマネジメントの考え方が根付いてきませんでした。だから、学校を「チーム」にするためには、既存の学校文化の常識を根底から疑って、組織の構造そのものを抜本的に改革していく必要があるわけです。カリキュラム・マネジメントは、形式的に書類を作ってどうにかなるような問題ではなく、学校の体制と教員の意識を根底から変革するように迫っています。

教員採用試験の小論文など

そして「カリキュラム・マネジメント」は、教員採用試験の小論文のテーマとして出しやすいものです。というのは、教員としての自覚を測りやすいテーマのひとつだからです。
教員採用試験の小論文の鉄則は、評論家のような態度で客観的に書くのではなく、教育に携わる当事者として主体的に書くということです。教育現場には評論家など必要ありません。実際に動ける人が欲しいのです。それを見るための小論文です。
その鉄則さえ承知していれば、「カリキュラム・マネジメント」がテーマとして出たときに、書くべきことは自ずと見えてきます。評論家のように背景や理屈を長々と述べるのはアウトです。書くべきことは「人が最大の資源」であることを自覚して「研修」に積極的に取り組む意欲であるとか、「教科等横断的な視点」において「教科の本質」が決定的に重要なことを自覚して「深い学び」を実現するための努力と研鑽を惜しまないこと、などです。自分の意欲や姿勢を前面に打ち出し、どのような実践に落とし込むかを示すことです。
「カリキュラム・マネジメント」が論題に出たら、教育に対する自分の姿勢を示す絶好のチャンスだと思いましょう。

参考文献

小学校でのカリキュラム・マネジメントについての入門書。中でも「カリキュラム・デザイン」の具体的な方法について、具体的な実践例を土台として説明しているところが特徴。生活科と総合的な学種の時間を中心として、教科横断的な資質・能力をどのように育むかが、7つの観点から具体的にまとめられており、具体的な実践の参考にしやすそう。
田村学編著『カリキュラム・マネジメント入門―「深い学び」の授業デザイン。学びをつなぐ7つのミッション。』東洋館出版社、2017年

極めて具体的で実践的なチェックシートもついていたり、先進的な実践例のどこがどう凄いかも丁寧に解説されていて、さらに理論的な背景もコンパクトに説明されており、どうして今の学校にカリキュラムマネジメントが必要なのかにも現実的な説得力があり、「いっちょカリキュラムマネジメントでもやってみるか」と思っている向きにはとても参考になるのではないか。
田村知子『カリキュラムマネジメント―学力向上へのアクションプラン』日本標準ブックレット、2014年

『新教育課程ライブラリVol.5 学校ぐるみで取り組むカリキュラム・マネジメント』ぎょうせい、2016年
『学習指導要領』本体や、中教審答申や、「審議のまとめ」が発表される以前の特集で、具体的な実践例というよりは、そもそもの概念定義や意義、歴史的な経緯についての話から始まっている。カリキュラム・マネジメントが学校経営論とカリキュラム論を結ぶ学際的な領域から登場してきた分野であることなどがわかる。

『総合教育技術 2017年 11 月号』小学館、2017年
カリキュラム・マネジメントが特集されている。『学習指導要領』の本文を踏まえて、具体的な取組みのあり方が示されている。カリキュラムのデザインの仕方が、教科単元配列表の作成など、具体的で詳細に示されている。

 

批判的な吟味

PDCAサイクルのCHECKについて

仮にカリキュラムをマネジメントすることが教育実践の質を高めるとしたら、PDCAサイクルを確立することは確かに必須の手続きと言えるでしょう。そしてPDCAサイクルの質を大きく左右するのは、CHECK(評価)のあり方です。CHECKに利用されるべき指標は、学習指導要領や解説に言明されているわけではありませんが、「全国学力・学習状況調査」が想定されているのは間違いないように思われます。実際、カリキュラム・マネジメントの実践報告では、しばしば「全国学力・学習状況調査」の点数の上昇が実践改善の指標として示されています。
しかし「全国学力・学習状況調査」は、カリキュラム・マネジメントのCHECK指標として本当に意味があるでしょうか? この疑問に対する教育原理的な反省が欠けているとき、PDCAサイクルは前提から破綻している可能性があります。そして、「悉皆調査」という方法がCHECK指標として役立たずの可能性が高いことは、様々な学者が指摘しているところです。「全国学力・学習状況調査」を「C」に据えてPDCAサイクルを構想することは、実は前提からマネジメントが破綻している可能性が高いことを疑ってよいでしょう。
翻って、安易に「全国学力・学習状況調査」に依拠せず、独自のルーブリックを作成してCHECK指標としているカリキュラム・マネジメントの実践は、常に教育原理的な問い直しに開かれて、前進の可能性に満ちているように見えます。魅力的な取り組みが全国的に行われています。

マネジメントの権限

マネジメントで有効活用するべき「資源」としては、大雑把には(1)金(2)物(3)人(4)時間の4つの領域が考えられます。一般企業であれば、(1)資金を調達し(2)環境を整え(3)有能な人材を集め(4)工数を区切るというマネジメントの方向性は見えやすいでしょう。
しかし学校においては、(1)金と(2)物についてはあらかじめ条件が定まっており、校長の自由にできるわけではありません。この領域でマネジメントを行うのは教育委員会の仕事です。また校長は、(3)人についても自由にマネジメントできるわけではありません。自分の頭を飛び越えて割り振られた人材を、研修などで育成し、組織を構築するくらいしかできません。勢い、目先で改善できることは(4)時間のマネジメントくらいだということになってきます。委員会の数を減らしたりとか、会議の時間を減らしたりとか、会議を立って行うなどして、5分10分の時間を捻出するという涙ぐましくセコい努力が積み重ねられることとなります。民間企業の華々しいマネジメント(ITCが整備された機能的な会議室や、明るく働きやすいオフィスの改造など)との圧倒的な落差にガッカリです。
校長のリーダーシップの下で行うスクール・マネジメントは、一般企業のマネジメントとはかなり勝手が違うことは踏まえておく必要があるでしょう。一般企業で蓄積されてきたマネジメントのノウハウが、そのまま学校で機能するかどうかは、極めて怪しいわけです。特に「教職の専門性」という要素を考慮に入れないスクール・マネジメントは、おそらく容易に破綻するでしょう。

学校民営化?

それでは、校長先生に学校をマネジメントする権限を大幅に与えてみましょうか。たとえば金もモノも人も自由に調達する権限を校長先生に与えてみたとしましょう。銀行から資金を調達したり、提携企業から寄付金を募ったり、授業料を独自に徴収したり、教員免許を持たない人材を自由に雇ったり。そして銀行から資金を調達するためには、どんな「学校目標」だと受けがいいか、想像してみます。学力を上げて進学実績を作る、あるいはプロスポーツ選手を大量に送り出すなどでしょうか。どちらにせよ市場経済の意向と噛み合った目標となるはずです。それは「人格の形成」を目指す教育ではなく、「カネになる」ようなスキル獲得を目指す教育です。それはもはや現在の公教育とはかけはなれた学校です。というか、学校ではなく「塾」とでも呼んだ方がいいものになっています。
そして実際、臨時教育審議会以降、学校選択制や中高一貫教育の拡大など、教育の市場化は確実に進行しています。学校へのマネジメントの導入も、市場化傾向の一つであるとも考えられます。このマネジメント万能の傾向が行き着く先には、公教育の解体、学校の民営化が待ち受けている恐れがあります。本当に教育はそれで大丈夫なのでしょうか?

「学び」はマネジメントできるのか?

仮に学校はマネジメント(運営)できるとしましょう。実際、学校はマネジメントなしでは成立しません。マネジメントが破綻した私立学校は潰れるし、マネジメントが破綻した公立学校は税金の無駄遣いです。しかしだからといって、その内部で行われる「学び」そのものをマネジメントすることは本当に可能なんでしょうか。仮に「学び」をマネジメントできるとして、そこで言われている「学び」とは具体的に何を指しているのでしょうか。たとえば教育の目的が「人格の完成」だとして、本当に「人格の完成」をマネジメントすることなどできるのでしょうか? 個人的には、「人格の完成」がマネジメントできるなどと、無条件で信じることはできません。「人格の完成」は、マネジメントの領域を超えたところでしか起こりえないものだと思います。逆に、マネジメントできる「学び」とは、その程度の範囲をカバーしているだけでしょう。学習指導要領がマネジメントしようとしている「学び」という言葉が、そもそも具体的に何を指しているのか、その射程距離はどれほどなのか、しっかり吟味されなくてはなりません。
マネジメントでできることとできないことは、教育原理的な観点からしっかり見極めておく必要があります。その上で、マネジメントで改善できることはどんどんやればよいでしょう。逆に、原理的にマネジメントできないことをマネジメントの領域に組み込もうとすると、必ずおかしなことになります。現在のPDCAサイクル万能感に対しては、本来はマネジメントできない領域にまでマネジメントを要求しているように見えるので、不安を感じざるを得ません。「人間とは何か?」とか「教育とは何か?」を真剣に考えていないのに「PDCA!」ばかりを主張する人々は、企業経営は得意かもしれませんが、教育ができるとはとても思えないわけです。