【要約と感想】ウィンストン・ブラック『中世ヨーロッパ―ファクトとフィクション』

【要約】中世ヨーロッパに関して、誤解と偏見に満ちた大間違いのイメージが広く流布しています。しかし人が言うほど中世ヨーロッパは「暗黒時代」ではありません。何が真実の中世ヨーロッパだったのか、一次史料を踏まえてお見せしましょう。

【感想】ことさらカトリックを貶めてやろうとするプロテスタントや啓蒙主義者によって中世ヨーロッパの姿が酷く歪んで喧伝されたのは、日本においても明治政府が徳川幕府をことさら貶めてやろうと過剰に「士農工商」や「鎖国」を強調したのと同じ力学が働いている。
 しかし事態がややこしいのは、確かに一方に中世をこき下ろす主張があるのに対して、過度に中世を持ち上げる主張もあるところだ。本書の解説でも指摘されているが、本書の著者が中世研究者ということもあって、筆が滑っているところが実際にあったりする。本書に限らず、たとえばルネサンスをどう評価するかという問題でも、中世を賛美する論者は中世からの連続性を強調するし、近代を賛美するものは中世との断絶性を強調する。ドイツ法学の世界でも、古代との連続性を重視するローマ派と、中世との連続性を強調するゲルマン派があったりするのを連想する。
 もちろん日本でも、江戸時代に対する評価は、そのまま近代の連続性と断続性のどちらを重視するかという立場の違いに直結するし、それはそのまま日本資本主義発達段階をどう理解し、現実の課題をどう設定するかというお馴染みの問題へと連なる。
 ともかく、歴史のストーリーをどう描くかという立場に様々あれども、まず一次史料を押さえておくことの大切さが極めてよく伝わってくる本だった。

【個人的な研究のための備忘録】ルネサンスとペトラルカ
 ルネサンスとペトラルカについての言及をサンプリングしておく。

「中世を歴史上の一時代と特定することは、ヨーロッパの思想家たちが、遠く離れたギリシアやローマの過去に高い価値を置き、自分たちの生きる時代や直近の時代をさかんに貶すことではじめて可能になった。これが生じたのは、十四世紀と十五世紀のイタリアにおいてである。この時代はやがて、古典文化の「再生」を成し遂げたとみなされる「ルネサンス」として知られるようになった。この歴史区分を行った最初の著述家の一人はフランチェスカ・ペトラルカである。」23頁

 日本で言うと本居宣長のような人を想起させるような話ではある。

ウィンストン・ブラック『中世ヨーロッパ―ファクトとフィクション』大貫俊夫監訳、平凡社、2021年