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【要約と感想】D・エラスムス『エラスムス教育論』

【要約】人間は他の動物と違って生まれつき教育されることに向いている生き物なので、早くから教育を行っても大丈夫です。というか若ければ若いほど柔軟かつ従順に物事を吸収するので、幼少期から教育を施すべきです。しかし現在の学校で広く行われているような教育方法、特に体罰は最悪です。子どもたちの個性を踏まえ、遊びのエッセンスを取り入れて、快活で若々しい教師が楽しく教えれば、子どもたちは自然に教師を敬愛し、学問を尊び、ぐんぐん才能が伸びていきます。

【知りたいことで書いてあったこと】
 以下、解説に書いてあったことの引用だが、ほぼほぼ西洋教育史の教科書にも書かれているような通説からはみ出すような記述は見あたらない。ということで、依拠するにしても反論するにしても、「通説はこうなっている」というときに安心して話せるものだ。

「印刷事業の商業化の波に乗って、エラスムスの著作は瞬時にして欧州全域に広がって行ったのであった。なかでも、エラスムスの教育的著作は”子供を教育する”という親の教育熱に支えられて欧州全域に広がった。」206頁
「当時の欧州社会に見られた子供に対する親の教育熱は、地域的なことを言うならば、まずイタリアからはじまり、それから他の欧州各国へと拡がって行った。この教育熱という現象は、経済的な活動と密接な関係があった。」208頁
「”専門的な高等教育を受けて社会で成功しようとするならば、その人間は基礎的・準備的な知識やラテン語を子供の頃から充分に習得していなければならない”ということをこの時代の市民たちは感じはじめるようになっていたのである。」210頁
「”完全なるものに向けて完成に到る”という高揚した精神を持つ人間観がギリシアからもたらされて、人間の尊厳や人間中心主義の思想がイタリアにおいて生まれることになった。(中略)人間主義の思想は人間が完全体へと到るための教育論であると言えるかも知れない」210-211頁
「エラスムスの生きた時代よりも以前の中世社会では、学習者は社会の中で必要とされる実際的な知識や技能を学校では習得していなかった。中世社会においては、一般民衆の子弟は、学校という形態をとる教育を受けずに、徒弟などの見習い奉公のなかで日常の仕事を通して実際的な知識や技能を習得していたのであった。ところが、エラスムスの生きた時代である一五・六世紀やそれ以後の時代においては、民衆の子弟の学びの形態と学びの内容が徐々に変わって来た。裕福な市民層の中に、自分たちの子供を学校に入学させ、そこで知識や技能を学ばせようとする人々が出て来たのであった。この時代は、学校が裕福な市民層の子弟を吸収することによって発展して来た時代であった。」244頁

 しかしさらなる問題は、どうして15~16世紀にこういう経済的な地殻変動がヨーロッパに発生したかというところだ。当然、ビザンツ帝国の崩壊とオスマントルコの圧迫による商圏の変更(特にヴェネツィアとフィレンツェの対抗関係)に加え、新大陸の発見と開発などが背景として想定される。だとすると、裕福な市民層が必要としたのはエラスムス流のユマニスム的教養(特にラテン語)なんかではなく、もっと実際的な経済活動に役立つ地理学や天文学や商習慣も含む民法の知識だったはずだ。実際、17世紀末には、ジョン・ロックあたりはラテン語の重要性を認めないようになっている。このあたりのズレをどう理解するところか。

【感想】内容としては、ユマニスト(人文主義者)としての面目躍如たる、堂々とした児童教育論だ。体罰を完全否定し、外から知識を注入するのではなく、子どもが本来持っている素質と個性を尊重し、内側から理性を発達させるために、穏健で教養豊かな大人が環境を整える。近代的な教育論の祖型がほぼ固まっているように見える一方で、しかし科学的に自然を分析しようとする姿勢や態度はまったく見られない。自然科学の成果が教育に影響を及ぼすのはまだまだ先のことになる。そういう意味でも、あまりにも典型的に「人文学的」な内容だと言えるかもしれない。

【今後の研究のための備忘録】遊び
 エラスムスが16世紀の段階で既に遊びの教育的効能を説いて、苦しい勉強に対置していることは覚えておきたい。

「子供は勉学の辛苦よりもむしろ遊戯のなかで学ぶのです。」8-9頁

 この視点は、この後もロックやルソーに引き継がれていくことになるだろう。

【今後の研究のための備忘録】植物に喩える
 子どもの成長を植物に喩えることは、教育関連の話ではよく現れる。いちばん有名なのはフレーベルということになるだろうか。この点に関して、エラスムスもご多分に漏れない。

「農民は、木が固まって堅くなるまでじっと待つだけで、木の野生の本性があらわになる前のまだ柔らかい若木の時にすぐに接ぎ木を行うことを学んではいないのでしょうか。木が曲がったままで育たないように、また他のどのような欠点をも負わないように、農民は注意深く見守るものです。」15頁

【今後の研究のための備忘録】教育的人間と理性、教授
 人間を他の動物と区別するものが「理性」だということは、ギリシアやローマの古代から言われ続けており、エラスムスも引き継いでいる。しかし、「教授」が理性を補うものだという発想は古代に広く見られるわけではないと思う。
 「理性」というものが全ての人間に平等に備わっており、それを発達させるのが教育だという考え方は、ソクラテス以来広く見られる考え方だ。それに対し、外から知識を付け加えることは、ソクラテス的に言えばソフィスト的な行為であって、教育の本質に関わるものではない。しかしエラスムスは、外側から知識を与える行為を積極的に肯定する。本書ではその行為を「教授」と呼んでいる。原文ではinstitutだろうか。
 そして教育学的に重要なのは、この「教授」という概念が、「理性」なる概念とは別の形で、人間を他の動物から切り分ける極めて重要な要素となっていることだ。エラスムスの言によれば、動物には多くの英知(原文ではintelectだろうか)を持っているが、教授は受け付けない。実は人間を他の動物から引き離して卓越させているものは、「理性」よりも「教授」のほうなのかもしれない。

「確かに、獣という被造物は彼等に特有の機能を保持する手段を、全てのものの母である自然から与えられています。ところが、神様の摂理におきましては、全ての被造物の中で人間にだけに理性の力が授けられており、そして足りない部分を補うために教授というものが人間にはあるのです。」15頁
「人間は教授に向いた精神を与えられているのです。教えられることがあれば、人間は全ての他の被造物のなかのうちで唯一の存在となるものなのです。動物は教えることにはあまり適してはいないのですが、それでも動物はより多くの生まれながらの英知を持っています。(中略)入念にそして良い時期に教え込むことが行われなければ、人間は無用の被造物になってしまうのではないでしょうか。」16-17頁
「人間性をつくるのは理性です。欲情が全ての振舞を支配しているところでは、理性の位置は適切な場所にはないのです。」23頁

【今後の研究のための備忘録】親の義務
 エラスムスが体罰を完全否定し、子どもの素質や個性を重んじたことを以て、wikipediaは「人類の歴史上最初の、最もはっきりとした子供の人権宣言」としており、確かにそう言えなくもないとは思いつつ、しかしやはり現代の「子どもの人権」とは言っていることはかなり異なる。特に「親」の位置と役割が異なっている。現代的な理解では、子どもの権利を保障するのは第一義的には保護者であり、二義的に社会や国家である。しかしエラスムスにおいては、親が義務を負っているのはあくまでも国家や教会に対してであり、子どもに対してではない。それを踏まえると、「子供の人権宣言」というwikipediaの主張は、やや言い過ぎの感は否めない。

「人は父親であることを欲していますが、それには義務に忠実な父親にならなければなりません。子供を持つということは、その人自身のためにではなく国のためにであり、またキリスト教的に言うならば、その人自身のためにではなく神のためにであるのです。」27頁

【今後の研究のための備忘録】教育可能性と個性
 エラスムスが子どもの教育可能性について、(1)素質(2)学習(3)練習という3つの要素に分析しているのは、教育原理的には注目しておきたいところだ。

「人間の至福への一般的な原理は主として三つの事柄として知られているのですが、それは素質、学習、練習です。善きことに対して教化され得るものとか、善きことに対しての植え付けられた内奥にある傾向のことを素質という名で呼んでいます。警告とか教訓とかで知られていることの教授のことを学習という名で呼んでいます。素質によって植え付けられた習慣の熟練であり、また教授から引き出されたものを練習と呼んでいます。」37頁

 とはいえ、「練習」が具体的に何を指しているかは、この日本語からはよく分からない。訳の問題かどうか。
 また、人間には本質的に教授を受け容れる素質が備わっていると考えるところから、エラスムスは早期教育を厭わない姿勢を繰り返し強調する。

「学識ある方々の考えにおきましては、七歳以前の年齢の子供に学習を行わせないと考える人に対しては正統なる拒絶を致します。」55頁
「クリュシピュースは、人生の最初の三年間は養育者に授けられている、と言っております。この期間は、教育におきましては、殊に振舞や喋り方におきましては、何もしないのではない、と言うのです。というよりも、この期間に、養育者や親によって優しい方法で良習や文学への準備を子供はさせられるべきである、と言うのです。」55-56頁

 そして教育学的に注目したいのは、子どもの個性についてかなり具体的に目を向けているところだ。

「人間の自然にはそれぞれの人に独自の特性があります。例えば、ある者は数学の学習に、別のある者は神学の学習に、また他の者は修辞学や作詩法の学習に、また別の他の者たちは軍務に生まれ付きのものを示しております。大いなる力によってそれらの研究へと各人は駆り立てられており、それ故に何者も人をそれらの研究から遠ざけることは出来ないのです。嫌いな学問に精神を傾けることに更に熱を入れさせて突き進ませても、ますます激しくその学問を嫌いにさせるばかりなのです。」48頁
「ある特定の学問において、例えば音楽とか算術とか地誌とかにおいて、幼い子供たちのなかで特異な性向を自発的に現わす子供がおります。」91頁

  ここからは、いわゆる「ギフテッド」という現象についても観察している様子が伺える。しかし本書全体からは、エラスムスが「普遍的な人間性=理性」と「個別の性向=特性・素質」の関係をどう捉えているかは伺うことができない。このあたりは、内側から理性を発達させる「教育」と、外側から素質に従って与える「教授」との違いに繋がってくるのかどうかが知りたいところではあるのだが。

 また一方、児童理解にかかわって「人相学」について言及しているところもいちおうメモしておく。

「”容貌とか身体の形や状態とかによって才能を推測するということは絶対に偽りである”とは私は思いません。確かに、偉大な哲学者・アリストテレスは『人相学について』という書物を公にすることをためらいはしませんでしたし、その研究は無教養なことでもないし、不十分なものでもありません。」49頁

【今後の研究のための備忘録】愛情の大切さ
 しかしなんといっても本書の一番の見所は、体罰などに典型的に現れる「恐怖」によって子どもを支配することを徹底的に戒め、「愛情」によって子どもたちを惹きつけるべきだと、繰り返し主張しているところだ。

「最初の世話は愛情なのです。それは、恐怖を用いずに、自ずと生ずる敬意によって次第に子供を引き付けていくことであるのです。そして、このことは恐怖よりも有効性を持っております。
 それ故に、子供のことにはしっかりとした十分な警戒がなされるべきです。まだ四歳になったばかりの子供がすぐに読み書きに関する学校に送り込まれるということがあるのですが、そこの場所においては無知で、粗野で、ごく僅かの思慮の徳しか有していない教師によって管理が行われているのです。」67頁
「彼等はただ単に自分の楽しみのためだけに鞭打つのですし、確かに彼等の本性は残酷なものであり、また他人の拷問から快楽を得ているのです。このような種類の人間は、屠殺者とか死刑執行者に適しているのですが、子供の形成者には相応しくありません。」71頁

  もう500年も前に明確に述べられていることなのに、21世紀にもなって体罰を肯定する人間がいるのは悲しいことだ。
 また、子どもたちに愛される教師の条件も、なかなか含蓄に富んでいる。

「子供たちに愛されるためには、教師はある程度は再び子供になるべきです。それにも拘わらず、老人や殆ど老人と言ってもよい者に子供たちを委ねて、読み書きの初歩を習熟させることは良いことではありません。」87頁
「もしも有益な教え方を彼等に明示しましても、彼等は、彼等自身もこの方法によって教えられて来たのだと応答するでしょうし、また彼等自身の子供時代に生じたことよりも今の子供たちの方がより良い状態にあるということを許し難いものだと考えるのです。」101頁

 未だにチョーク&トークの手法にこだわってICTの活用を否定するような人たちがいるが、まあ500年前から教師(というか大人)の傾向が変わっていないということではある。

【今後の研究のための備忘録】ペルソナの用例
 また「ペルソナ」の用例が2つあったので、引用しておく。

「子供が嫌がるような人ではなく、またどのようなペルソナをも受け容れることを厭わないような若々しい年代の人を私は選びます。」88頁
「教師の役割は、この種の想念を幾つもの方法によって子供から取り除くことですし、また勉学に遊び戯れのペルソナを取り入れることなのです。」102頁

 通常であれば「人格」と翻訳されるような言葉なのだが、おそらく翻訳者も「人格」と翻訳したのでは意味が通らないと判断したのでカタカナのまま「ペルソナ」と表記したのだろう。この「ペルソナ」というラテン語は、おそらく英語のpersonalityと同じものだと考えるのでは、文脈全体を理解することはできない。エラスムスの16世紀前半まで生き残っていた意味を復元する必要があり、そしてその意味はおそらくカトリックの教義「三位一体論」で用いられるペルソナ概念とも響き合ってくることを予想する。

【今後の研究のための備忘録】服装
 現代の学校において、校則などで学生の服装を規制するときに、「服の乱れは心の乱れ」などと説き伏せることがある。同じようなことが既に16世紀前半エラスムスによって記されていることは記憶しておいていいのかもしれない。

「身体を包む衣服というものはある意味での身体である、とも言えるからなのです。つまり、身体を包む衣服というものは、その人間の精神の外観がどのようなものであるのかを暗に示しているのです。」160頁

 ただしエラスムスは、時代や地域によって服装の基準が大きく異なり、一意的に決めつけていいものではないことについてはしっかり留保している。
 また、子どもの飲酒について当時どう考えられていたかが伺える記述もあったので、メモしておく。

「ブドウ酒とか、麦酒(ブドウ酒と同じ位に酔うのですが)とかは、子供の健康を損ねるし、もちろん子供の品性をも損ねることになります。」169頁

【今後の研究のための備忘録】親の影響
 16世紀には親の影響がそんなに深刻に考えられていなかったことが伺える記述がある。

「私は、今は、全てに卓越する神に次いで敬意を当然に表すべき御両親のことについては話をしておりません。教師のように特別に強いものではないにせよ、人間の精神を形づくるには、御両親の影響がある程度はあります。」179頁

 御両親の影響が「ある程度は」あるというような言い方は、現代ではものすごい違和感がある。おそらく、決定的にあると理解しているはずだ。逆に言えば、16世紀には子育てに親が関与できる割合が、現代と比較して極めて少なかっただろうことを示唆している。日本でも西洋でも、子育ては親だけに押しつけられるのではなく、大人全体で担うべきものだったのだ。

【今後の研究のための備忘録】トルコ
 教育学とは直接の関係はないが、歴史的な証言なのでメモしておく。1530年に出版された本に残された記述だ。

「トルコ人が私たちの支配者になるかも知れないのですが」179頁

 まさにオスマン帝国スレイマン1世による第一次ウィーン包囲が1529年で、おそらくヨーロッパ中が恐慌に陥っているさなかに書かれたのだろう。エラスムスがオスマン帝国をどう理解していたのかつぶさには分からないのだが、個人的な印象では、平凡なカトリック信者の感覚を超えるようなものはないように思う。だとすると、滅びたビザンツの正教にも冷淡だったと理解しておいてもいいのかどうか。

『エラスムス教育論』中城進訳、二瓶社、1994年

【要約と感想】ダンテ『神曲【完全版】』

【要約】ダンテは地獄・煉獄・天国を巡る数奇な体験を得て、詩を詠みました。
 まず古代詩人ウェルギリウスの案内で地獄を経巡ります。地獄では、カトリック法王を始めとして、様々な罪を犯した人々が呵責ない責めにあって苦しむ様子を見ます。中には旧知の人々もいましたが、地獄に落ちて当然の奴らなので悲しんではいけません。
 煉獄では、天国に行くまでに様々な罪科の禊ぎを済ませるために苦しんでいる人々を見ます。中には旧知の人々もいて、地上に戻ったらよろしく伝えてくれと言われます。
 天国に入ると、それまで案内を努めてくれた頼もしいウェルギリウスの姿は見えなくなり、代わって初恋の女性であったベアトリーチェが至高天まで先導してくれます。ご先祖様から激励されたり、キリスト教の聖人たちと学理問答をしたりして、最終的に神の領域に辿り着きますが、それは言葉にできません。

【感想】予習をぬかりなくしたので噂には聞いていたものの、初恋の人ベアトリーチェをここまで神々しく描くというのは、いやはや、ちょっと私の感覚からは理解しがたい。やり過ぎ感がすごい。単に好きというレベルを遙かに超えるストーカー的偏執も含みこんだような情念を感じて、そこそこ怖い。

 地獄編は、訳者もノリノリに翻訳している感じが伝わってきて、けっこう楽しい。コントのような展開も多い。地獄に落ちた人々は基本的にダンテの独断と偏見で選ばれている。露骨に党派性が現れていて、槍玉に挙げられた人たちがちょっとかわいそうではある。しかし一方、党派性を離れて、キリスト教の原理原則に従って地獄に落ちざるを得なかった人々の立ち居振る舞いには、見所が多い。具体的には例えば男色などカトリック教義的に許容できない人々は、原理原則に従って地獄に落とされるものの、人格的矜持は高潔に保っていたりする。そういうところにキリスト教原理主義をはみ出す「人文主義」の臭いを感じる。
 天国篇は、訳者も言っていたように、確かに抽象度がくんと上がって、物語的に興趣が減じる上に、人文主義の臭いもなくなる感じがする。まあ個人的にはキリスト教神学の構成に興味があるので、そこそこおもしろく読める。

 文体的には、いわゆる「直喩」のオンパレードで、意外性のある喩えも多く、とても楽しい。現代で言えば、お笑いのくりぃむしちゅー上田のツッコミ(まるで○○のようだな!)を想起させる直喩だ。具体的な次元では遠くかけ離れていても形式的には似ている、というものを繋げて表現する才能は、ダンテと上田はよく似ているのかもしれない。

【今後の研究のための備忘録】子どもに関する言及
 各所に子どもに関する言及があったので、サンプリングしておく。というのは、子どもに対する意識が中世と近代を切り分けるメルクマールだ、というアリエス『子供の誕生』が示唆するテーゼを検証する資料になるからだ。ダンテが属するのが中世なのか近代なのか、あるいはアリエスのテーゼそのものが信用に足るのかを検証するために、『神曲』の記述は有力な資料になる。

ウゴリーノ伯爵がおまえ〔ピーサ〕を裏切って
 城を敵方に明け渡したという風評があるにせよ、
 おまえは子供をああした刑に処するべきではなかった。
ああ第二のテーバイよ、ウグイッチョーネやブリガータ、
 また前に詩に出たあと二人の子供たちは
 年端もゆかず無邪気だった。
(地獄編第33歌85-87)

 ウゴリーノ伯爵と共に塔に閉じ込められた幼い子どもたちが餓死に追い込まれるという陰惨な場面で、よほど印象深いのか、訳者も何回も繰り返し言及している。ただ個人的に注目したいのは、ダンテが子どもたちを「年端もゆかず無邪気」と表現し、父親との連帯責任を取らせることに批判的な姿勢を示しているところだ。アリエス的な理論枠組みからは、少々外れている。

そこで私は、人間の罪から免れる〔洗礼の〕前に
 死の歯にかまれてしまった
 あどけない幼児たちと一緒にいる。
三つの聖なる徳に身を包むことをしなかった人たちと
 そこで私は一緒なのだ。
(煉獄篇第7歌31-35)

 ダンテの案内役ウェルギリウスがどうして天国に行けないかを説明している箇所で、子どもへの言及がある。イエス降誕前に死んだウェルギリウスはもちろんイエスに対する信仰を持てるはずがないわけだが、それを理由として天国に行かせてもらえない。日本人からしたらわけが分からない変な理屈だ。ダンテも同じように感じていたらしく、何カ所かでこの理屈に言及して疑問らしきものも呈しているが、最終的には神の摂理として受け容れている。問題は、天国に行けない人々の中に、洗礼を受ける前に亡くなった「幼児」も含まれていることだ。これもやはり日本人からしたら意味が解らない理屈だが、ダンテも不審に思いつつ神の摂理として受け容れている。キリスト教の子ども観を考える上では重要なポイントになる。

だから、自分たちの行いやその功徳とは関係なく、
 もっぱら最初の視力の鋭さの違いによって
 子供たちは違った段に据えられている。
世界がまだ創られたばかりのころには
 ただ両親に信仰がありさえすれば、
 無垢な子供たちはそれで十分救うことができた。
そのはじめの時代が過ぎた後は
 罪のない男の子は割礼を受けることにより
 天へ舞いあがる力をその羽に得た。
しかし恩寵の時代が到来した後は
 キリストのまったき洗礼を受けぬ場合は
 このような無垢な子供たちもあの下界にとどめおかれた。
(天国篇第32歌73-84)

 いわゆる「洗礼」というものの秘儀を担保するためには、洗礼前の用事を犠牲にしても構わない、というところか。目の前の人間に対する救いよりも神学の論理的一貫性の方が大事というカトリック教義。

信仰と清純は幼児たちの中にしか
 見あたらなくなりました。しかもそのいずれもが
 頬に髭が生えるよりも前に逃げ出してしまいます。
口がまだまわらないころは、断食を守る子供も、
 舌がまわりだすと、食物の如何や月日の如何を問わず、
 大食らいとなってしまうのです。
口がまわらないころは、母親になついて言うことを
 よく聞いた子供も、弁が立つようになると、
 母親は墓にいる方がよい、などと思うようになるのです。
(天国篇第27歌127-135)

 子どもたちにピュアさを見出すのは近代的な心性だという見解があるが、これを見るとダンテは近代的だということになってしまう。アリエスのテーゼが間違っているのか、本当にダンテが近代的なのか、あるいは別の解釈があるか。

【今後の研究のための備忘録】個性に関する記述
 「個性」というものを考える上で興味深い箇所があったのでサンプリングしておく。

すると彼がまた尋ねた、「では訊くが、もし地上で人が
 市民生活を営まないとすれば、事態はさらに悪化するだろうか?
 私が答えた、「むろん悪くなります」
「とすると人がさまざまの職務についてさまざまの生活を送ることなしに
 地上で市民生活が満足に営まれるだろうか?〔答えは〕
 否だ。その点は君らの師の書物にもはっきりと出ている」
こうして彼はここまで演繹的に論をひろげ、
 ついで結論をくだした、「そうしたわけだから
 君らの職務には職掌柄さまざまの根が必要とされるのだ。
それである人はソロンに、ある人はクセルクセスに、
 またある人はメルキゼデク、またある人は
 空中飛行をこころみて子をなくした人のように生まれつくのだ。
天球は回転しつつ、正確に仕事を営み、
 人間という蝋に型を捺すが、
 ひとりひとりが生まれる家に区別はつけていない。
それでエサウとヤコブは体内にいるうちからすでに違っていた。
 それでクィリヌスのような男が生まれ出たりするのだ。
 実父の身分が賤しいからマルスが彼の親ということになっている。
もし神の摂理に力がなかったとするならば、
 生まれ出た子は必ず生みの親に似、
 かつ似通った道をたどるはずだ。
これで前に見えなかった点が見えるようになったろう。
 君の訳に立てば私には嬉しいのだ。だから
 いま一つ補足して君の身に着けさせようと思う、
運命が性に合わないと、性に合わぬ土地にまかれた
 種と同じで、およそ生命のあるものは
 どうしても育ちが悪くなる。
自然によって人々各自の中に据えられたこの基盤に
 もし下界の人が留意し、かつそれに従うならば、
 人々はみなその処を得るはずだ。
しかるに君らは剣を帯びるべく生まれついた人を
 無理強いに宗門に入れ、
 説教をするべく生まれついた人を国王に仕立てたりする。
君らが道を踏みはずす原因は実はそこにあるのだ」
(天国篇第8歌115-148)

 人それぞれに持ち味や特徴があって、それに応じて相応しい役割が与えられるのが一番理に適っているという主張だ。これはたとえばガチガチの身分制では成立しない考えで、脱中世的な発想なのかもしれない。またあるいは119行に「市民生活」とあるように、適材適所の経済活動を想定した理屈なので、フィレンツェの卓越した商業活動が背景にあるのだろう。これが「個性」という概念の展開とどう関係してくるのか。

【今後の研究のための備忘録】近代科学観?

実験こそ人間の学芸の流れの変わらぬ泉なのです。
(天国篇第2歌96)

 訳註によれば「フィレンツェ市は(中略)ルネサンス期には自然科学の研究が非常に盛んになった学芸の都市である。その種の実験の精神ははやくもダンテのこの詩行に観取される。」とされる。一般的に科学的な実験で最初に名を挙げたのはイギリスのロジャー・ベーコンで、生年は1214年~1294年だ。ダンテはベーコンの約半世紀後に生まれているので、ベーコンの影響があっても不思議ではない。が、註が指摘しているとおり、ベーコン云々というより、フィレンツェの先進的な学芸を観取するところなのだろう。「ルネサンス」というものを考える上でもかなり気をつけるべき論点になる。

【今後の研究のための備忘録】三位一体

その時が来るに及び、神は造物主から離れていた人性を
 永遠の愛の働きによって
 神に、神の位格において、結びつけました。
(天国篇第7歌31-33)

 三位一体の秘儀について語られているところだが、訳者はペルソナを伝統通り「位格」と訳している。

この人性が結びついていた
 〔神の〕位格が蒙った非礼を考えてみると、
 かつてなく不当な罰といえるわけです。

 こちらは人性と神性の結びつきという観点から神のペルソナについて語った部分だ。問題になるのは、この「位格」という言葉の具体的な中身になる。

ダンテ/平川祐弘訳『神曲【完全版】』河出書房新社、2010年<1966年

【要約と感想】平野啓一郎『私とは何か―「個人」から「分人」へ』

【要約】本当の自分などありません。人間とは、ネットワークの「束」に過ぎません。そう考えた方が楽に生きられます。

【感想】まあ、同じようなことは100年くらい前にG.H.ミードがもっと徹底的に掘り下げていたりする。もっとちゃんと「自分と世界の相互作用」の理屈について分かりたい人は、ミードの1925年の論文『自我の発生と社会的統制』を一読することをお勧めする。
 で、おそらく著者はミードを知らずに同じようなことを言っているわけだが、意図せずに似てしまっているのは、1920年代のアメリカと1980年代の日本の歴史経済的状況が似ているせいでもあるだろう。現代人の人格が細分化されていくのは、生産と消費が一体化していた生活が、消費社会の高度な進展に伴って単なる消費の対象として切り離されてパッケージ化され、仕事も高度な分業体勢で切り刻まれて世界の中での位置づけを見失い、世界の全体像が失われて細分化していくこととパラレルな現象だ。それは人間にとって必ずしも普遍的な現象ではない。「本当の自分はひとつじゃない!」と50年前の日本で主張したら、「何を言ってるんだこの人」となっただろう。この主張が説得力を持つのは、高度に成熟した資本主義社会の下で、現代人の生そのものがズタズタに細分化されているせいだ。そのあたりの歴史的条件には、本書はまったく突っ込んでくれないのであった。

【今後の個人的な研究のための備忘録】
 「個性」という言葉に対する言質を得た。分析の対象というよりは、リード文として活用しやすそうで、ありがたい。

「雑誌の占い特集や自己啓発書などでしょっちゅう目にする「本当の自分」という言葉。これとセットになっているのが、「個性」である。そして、個性とは、一人一人の「個人」に特徴的な性質のことである。
 私たちは、自分の中に、何か人とは違う個性的なところを見つけたいと願い、人に左右されず、その個性を大切にしたいと思っている。
 にも拘らず、その個性がわからないというのは、いつでも煩悶の種だ。
 一体、個性とは何なのか?
 文部科学省(当時の文部省)の中央教育審議会で、「個性の尊重」が明確に目標として掲げられるようになったのは、一九八〇年代前半のことである。七五年生まれの私が小、中学生になったころには、教育現場でも、やかましいくらいに「個性を伸ばせ」、「個性的に生きなさい」と言われていた。
 私が属する段階ジュニア世代は、そもそも人数が多く、受験競争も激化の一途を辿っていたので、詰め込み式の画一化教育からの脱却という問題意識自体は、真っ当だったと思う、しかし、年がら年中、念仏のように聞かされていた「個性」という言葉は、まったくもってうっとうしかった。
 そもそも、個性的に生きろと言われても、その年頃の子供は、何をどうして良いのかわからない。みんな同じ制服を着て、朝から夕方まで、同じカリキュラムに従って勉強している。部活動でもすれば、個性的ということなのか? 仕方がないから、髪型に凝ってみたり、制服を改造してみたりすると、それは個性を履き違えている!と、職員室に呼び出されたりする。
 個性というのは、実のところ、だれにでもある。まったく同じ人間は、この世の中に二人といない、ものの見方から感じ方、考え方まで、十人十色である。そして、際立って個性的である人は、社会との軋轢も大きくなる分、苦しむことも多い。自分は周りから浮いていると感じる人は、むしろ平凡さにこそ、憧れる者だ。
 結局、教育現場で「個性の尊重」が叫ばれるのは、将来的に、個性と職業とを結びつけなさいという意味である。」38-40頁

 で、教育史的な観点からは少々不正確な記述なので、補足しておくと、いちおう文部省もオイルショック後の1977年学習指導要領改訂で「ゆとり」と「個性や能力に応じた教育」を打ち出して詰め込み教育からの転換を図ってはいるが、教育の場面に「個性」を積極的に持ち込んだのは文部省の中央教育審議会ではなく、中曽根康弘総理大臣の直下に置かれた「臨時教育審議会」であり、新自由主義による「教育の自由化」が挫折した結果としてオブラートに包まれて登場したのが「個性の重視」というスローガンだ。まあ、「個性」という言葉に対して当時の「ゆとり第一世代」が抱いた実感であり、貴重な証言である、ということについては間違いはない。引用していきたい。

 また、「人格」という言葉についても大量の言質を得た。

「分人は、相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されてゆく、パターンとしての人格である。」7頁
「一人の人間は、複数の分人のネットワークであり、そこには「本当の自分」という中心はない。」7頁
「私たちは、朝、日が昇って、夕方、日が沈む、という反復的なサイクルを生きながら、身の回りの他者とも、反復的なコミュニケーションを重ねている。人格とは、その反復を通じて形成される一種のパターンである。」70頁

 これだけ見ると、あたかもヒュームのようだ。まあ、ドイツ的というかフンボルト的な教養が後退していることの一つの表現系なのかもしれない。

 それからキリスト教への言及について。

「人間が「(分割不可能な)個人」だという発想は、そもそもは一神教に由来するものである。一なる神と向かい合うのは、一なる人間でなければならない。」49頁

 大雑把に言えばそうかもしれないけれども、大雑把すぎる。キリスト教の中にも、エヴァンゲリオンの人類補完計画のようなことを言っている派閥(というか異端)もあったりして、「一」がなんなのかについては極めて錯綜とした議論が積み重なっており、なかなか一筋縄ではいかない。新プラトン主義との関係も慎重に見極める必要がある。こう断言して許されるのなら、なんと楽なことか。まあこれは新書だからいいんだけれども。

平野啓一郎『私とは何か―「個人」から「分人」へ』講談社現代新書、2012年

【要約と感想】広田照幸『教育改革のやめ方―考える教師、頼れる行政のための視点』

【要約】ここ30年来の教育改革はおかしなことになっていて、成果よりも副作用のほうが大きく、単に現場が疲弊するだけの結果に終わっています。特に、勉強不足の政治家が簡単に教育に口が出せるようなシステムになってから、異常な政策が簡単に通るようになってしまいました。いちど立ち止まって、現実を直視して、本質的なことをじっくり考えた方がいいでしょう。

【感想】教育改革とやらに大学教員として振り回されている立場からしても、「もっとも」だとしか思えない内容なのだった。無駄な書類が多すぎ。
おそらく、政治家や官僚や民間企業などなどが「教育の専門家としての教師」を信頼していないのが根本的な問題なのだろうと思う。現場の教師よりも自分たちのほうが教育についてよく知っているとすら思っているのだろう。根は深い。

【個人的な研究のための備忘録】
「個性」という概念に対して広田先生の考え方が端的に表現されているのが興味深い。

「ここ二〇年くらい、個々の子どもに学校が向き合おうとする改革が続いてきました。八〇年代の臨教審で「個性重視の原則」が打ち出され、日本の学校教育はその方向に向けて大きく変わりつつあります。その中には確かに大事なものが含まれている。そこに視点を向けたことには好感を持ちます。」p.45

「こうした考え方は一九八〇年代半ばの臨教審で打ち出された「個性重視の原則」という考え方に沿って展開してきたものです。臨教審の第一次答申(一九八五年)では「個性重視の原則は、今時教育改革の主要な原則であり、教育の内容、方法、制度、政策など教育の全分野がこの原則に照らして、抜本的に見直されなければならない」とされていました。一九九〇年代には、この「個性重視の原則」に沿って、いじめや不登校、障害を持つ子どもや日本語の指導が必要な子どもなどへの対応が改善されてきました。同時に、「関心・意欲・態度」の重視から「主体的・対話的で深い学び」に至るまでの、主体的な学習への転換が図られてきました。」p.27

「広田 個性を重視する教育というと、一人ひとりに丁寧に教えることも含めて、資源が必要な教育への転換を意味していると思うんです。初中局として個性重視の原則という教育の考え方をどう受け止めたかということをお聞きしたいんですが。
菱村 初中局としてはそれは、どうぞという感じでした。個性重視の教育はいまでも学校教育の中でやっていますからと。特別に何かやらなければいけないという認識はまったくありませんでした。
広田 ああ、そうですか。実は、私はコンセプトの登場を契機に文部省には特別なことを手がけてほしかったと思っています。定員を四〇名にして〔四〇人学級〕ようやくそれが進んでいる時期ですが、一人ひとりの個性を重視するとなると、もっとたくさん先生が必要になるだろう……と思うんですけれど。」p.28

研究者の間では、臨教審が打ち出した「個性重視の原則」の評判は必ずしも良くはない。「個性」という言葉が新自由主義的な「教育の自由化・民営化」の文脈からひねり出されてきた、と理解されているからだ。しかし一方、広田先生は「個性重視の原則」を高く評価する。もちろん新自由主義的な観点から評価しているのではなく、「教育方法」の領域に押し込めた限りで評価するわけだ。そして、「個性重視の原則」という流れを利用すれば、文部科学省はもっとうまくやれた(金を引っ張れた)のではないかと見ている。しかし文科省のほうはうまくやる気はなかったらしいことが分かったのであった。

広田照幸『教育改革のやめ方―考える教師、頼れる行政のための視点』岩波書店、2019年

【要約と感想】大内裕和『教育・権力・社会―ゆとり教育から入試改革問題まで』

【要約】1999年以降の約20年間に発表された論文をまとめた本で、教育に関する幅広いテーマを扱っていますが、新自由主義に対して原理的に批判を加えているところで筋が一本通っています。
現代の教育には様々な課題がありますが、問題の根底で共通しているのは新自由主義の暴力です。自らを拡大再生産するには絶対に「外部」を必要とする資本主義は、人間ひとりひとりの人格を「外部」として商品化することを可能とする技術とレトリックを高度化させてきました。具体的には「個性」や「自由」というレトリックが、人々の人格を商品化する技術として活用されています。教育が歪んでいるのは、そういう新自由主義の圧力が臨時教育審議会以降急速に強くなっているせいです。新自由主義によって、ますます格差が拡大していきます。

【感想】あらゆるものを商品化せずには止まない資本主義の圧力が、どういうふうに教育を草刈り場にしていったかがよく分かる内容になっている。人々の個性とか人格というものも既に商品化されている。商品化されているということは、搾取の対象にできるということだ。そのテクノロジーとレトリックの発展は留まることを知らない。地球上の「物」には限りがあるが、人々の個性や人格というものには限界が見当たらない。「情報化」とは、資本が「無尽蔵な資源:人々の個性や人格」を発見し採掘し加工し商品化し流通し陳列し消費し搾取するテクノロジーのことだ。新自由主義における教育とは、そういう情報化社会に適応して、自らをより価値ある商品として加工していく振る舞いを身に付けていく技術とみなされる。
だとすれば、教育の成果を数字で表せると勘違いしてしまうのも頷ける。そういう観点からすれば、教育による格差拡大は、むしろ大歓迎なのだろう。「総合的に見れば格差が拡大すればするほど資源が増える」くらいにしか考えていないように思える。新自由主義を支持する勢力は、格差が拡大するメカニズムを理解した上で、敢えて格差を拡大する方向に圧力を高めている感じすらする。
まあ、いつかどこかでしっぺ返しを食らうのだろうけれど、巻き込まれるのは嫌だなあ。

【個人的な研究のための備忘録】
「個性」という概念に対して興味深い言質を得た。特に臨時教育審議会において「個性」という概念がどのように変容し流通したかが、けっこうコンパクトにまとまっていて、ありがたい。論文を書く時に、どこかで引用させていただくことになろう。

「こうした労働力の差別化を支える教育改革を正当化するキーワードが「個性」であった。「個性」の登場も臨教審に遡ることができる。臨教審での第一部会「自由化」論に対して、第三部会から強い批判が出され、議論の結果としてまとまったのが「個性重視の原則」という表現であった。この「個性重視の原則」とは第一部会と第三部会の妥協の産物というより、両者の主張を包含した概念であると言えるだろう。
個性重視の原則」は、教育の「自由化」論の文脈で考えれば、学校が市場競争のなかで、それぞれの個性や多様性を発揮することが重視されるということを意味する。「選ばれる個性」をめぐって学校間の競争が激しくなり、その結果格差が生まれる。ここでは「個性」は「能力」とほぼ同義である。しかし「個性」という言葉によって能力主義的差別の強化が覆い隠される。
個性重視の原則」を第三部会の反「自由化」論や国家主義、権威主義の文脈で考えるとどうなるだろうか。「個性」とは、そもそも主体的・能動的な意味を帯びた言葉である。しかし、「個性重視の原則」が教育目標として設定されるとは何を意味しているのか。それはあらかじめ設定されている「与えられた」個性であり、自ら選び取ることのできるものではない。学校は「与えられた」個性を発揮できるか否かで市場評価される。グローバル市場を勝ち抜くことのできる「個性」をめぐる競争に、学校は「強制」的に駆り立てられることとなった。
しかも「個性」の持つ主体的なニュアンスは、その結果を自己責任として甘受する感覚を醸成する。これによって自由競争によって生み出される格差が正当化され、秩序が形成される。これは臨教審第三部会の主張をも満足させるものである。彼らは教育の「自由化」が無秩序をもたらすことを警戒したのであり、自由競争そのものを否定してはいないからである。
こうして「ゆとり」と「個性」の教育改革が、一九九〇年代に急速に進められることとなる。」pp.224-225

まあ、そういうことですね。
また、「象徴資本としての『個性』」という論文は、全編が「個性」の商品化について扱った内容になっている。なかなか読み応えがある。

大内裕和『教育・権力・社会―ゆとり教育から入試改革問題まで』青土社、2020年