【要約と感想】D・エラスムス『エラスムス教育論』

【要約】人間は他の動物と違って生まれつき教育されることに向いている生き物なので、早くから教育を行っても大丈夫です。というか若ければ若いほど柔軟かつ従順に物事を吸収するので、幼少期から教育を施すべきです。しかし現在の学校で広く行われているような教育方法、特に体罰は最悪です。子どもたちの個性を踏まえ、遊びのエッセンスを取り入れて、快活で若々しい教師が楽しく教えれば、子どもたちは自然に教師を敬愛し、学問を尊び、ぐんぐん才能が伸びていきます。

【知りたいことで書いてあったこと】
 以下、解説に書いてあったことの引用だが、ほぼほぼ西洋教育史の教科書にも書かれているような通説からはみ出すような記述は見あたらない。ということで、依拠するにしても反論するにしても、「通説はこうなっている」というときに安心して話せるものだ。

「印刷事業の商業化の波に乗って、エラスムスの著作は瞬時にして欧州全域に広がって行ったのであった。なかでも、エラスムスの教育的著作は”子供を教育する”という親の教育熱に支えられて欧州全域に広がった。」206頁
「当時の欧州社会に見られた子供に対する親の教育熱は、地域的なことを言うならば、まずイタリアからはじまり、それから他の欧州各国へと拡がって行った。この教育熱という現象は、経済的な活動と密接な関係があった。」208頁
「”専門的な高等教育を受けて社会で成功しようとするならば、その人間は基礎的・準備的な知識やラテン語を子供の頃から充分に習得していなければならない”ということをこの時代の市民たちは感じはじめるようになっていたのである。」210頁
「”完全なるものに向けて完成に到る”という高揚した精神を持つ人間観がギリシアからもたらされて、人間の尊厳や人間中心主義の思想がイタリアにおいて生まれることになった。(中略)人間主義の思想は人間が完全体へと到るための教育論であると言えるかも知れない」210-211頁
「エラスムスの生きた時代よりも以前の中世社会では、学習者は社会の中で必要とされる実際的な知識や技能を学校では習得していなかった。中世社会においては、一般民衆の子弟は、学校という形態をとる教育を受けずに、徒弟などの見習い奉公のなかで日常の仕事を通して実際的な知識や技能を習得していたのであった。ところが、エラスムスの生きた時代である一五・六世紀やそれ以後の時代においては、民衆の子弟の学びの形態と学びの内容が徐々に変わって来た。裕福な市民層の中に、自分たちの子供を学校に入学させ、そこで知識や技能を学ばせようとする人々が出て来たのであった。この時代は、学校が裕福な市民層の子弟を吸収することによって発展して来た時代であった。」244頁

 しかしさらなる問題は、どうして15~16世紀にこういう経済的な地殻変動がヨーロッパに発生したかというところだ。当然、ビザンツ帝国の崩壊とオスマントルコの圧迫による商圏の変更(特にヴェネツィアとフィレンツェの対抗関係)に加え、新大陸の発見と開発などが背景として想定される。だとすると、裕福な市民層が必要としたのはエラスムス流のユマニスム的教養(特にラテン語)なんかではなく、もっと実際的な経済活動に役立つ地理学や天文学や商習慣も含む民法の知識だったはずだ。実際、17世紀末には、ジョン・ロックあたりはラテン語の重要性を認めないようになっている。このあたりのズレをどう理解するところか。

【感想】内容としては、ユマニスト(人文主義者)としての面目躍如たる、堂々とした児童教育論だ。体罰を完全否定し、外から知識を注入するのではなく、子どもが本来持っている素質と個性を尊重し、内側から理性を発達させるために、穏健で教養豊かな大人が環境を整える。近代的な教育論の祖型がほぼ固まっているように見える一方で、しかし科学的に自然を分析しようとする姿勢や態度はまったく見られない。自然科学の成果が教育に影響を及ぼすのはまだまだ先のことになる。そういう意味でも、あまりにも典型的に「人文学的」な内容だと言えるかもしれない。

【今後の研究のための備忘録】遊び
 エラスムスが16世紀の段階で既に遊びの教育的効能を説いて、苦しい勉強に対置していることは覚えておきたい。

「子供は勉学の辛苦よりもむしろ遊戯のなかで学ぶのです。」8-9頁

 この視点は、この後もロックやルソーに引き継がれていくことになるだろう。

【今後の研究のための備忘録】植物に喩える
 子どもの成長を植物に喩えることは、教育関連の話ではよく現れる。いちばん有名なのはフレーベルということになるだろうか。この点に関して、エラスムスもご多分に漏れない。

「農民は、木が固まって堅くなるまでじっと待つだけで、木の野生の本性があらわになる前のまだ柔らかい若木の時にすぐに接ぎ木を行うことを学んではいないのでしょうか。木が曲がったままで育たないように、また他のどのような欠点をも負わないように、農民は注意深く見守るものです。」15頁

【今後の研究のための備忘録】教育的人間と理性、教授
 人間を他の動物と区別するものが「理性」だということは、ギリシアやローマの古代から言われ続けており、エラスムスも引き継いでいる。しかし、「教授」が理性を補うものだという発想は古代に広く見られるわけではないと思う。
 「理性」というものが全ての人間に平等に備わっており、それを発達させるのが教育だという考え方は、ソクラテス以来広く見られる考え方だ。それに対し、外から知識を付け加えることは、ソクラテス的に言えばソフィスト的な行為であって、教育の本質に関わるものではない。しかしエラスムスは、外側から知識を与える行為を積極的に肯定する。本書ではその行為を「教授」と呼んでいる。原文ではinstitutだろうか。
 そして教育学的に重要なのは、この「教授」という概念が、「理性」なる概念とは別の形で、人間を他の動物から切り分ける極めて重要な要素となっていることだ。エラスムスの言によれば、動物には多くの英知(原文ではintelectだろうか)を持っているが、教授は受け付けない。実は人間を他の動物から引き離して卓越させているものは、「理性」よりも「教授」のほうなのかもしれない。

「確かに、獣という被造物は彼等に特有の機能を保持する手段を、全てのものの母である自然から与えられています。ところが、神様の摂理におきましては、全ての被造物の中で人間にだけに理性の力が授けられており、そして足りない部分を補うために教授というものが人間にはあるのです。」15頁
「人間は教授に向いた精神を与えられているのです。教えられることがあれば、人間は全ての他の被造物のなかのうちで唯一の存在となるものなのです。動物は教えることにはあまり適してはいないのですが、それでも動物はより多くの生まれながらの英知を持っています。(中略)入念にそして良い時期に教え込むことが行われなければ、人間は無用の被造物になってしまうのではないでしょうか。」16-17頁
「人間性をつくるのは理性です。欲情が全ての振舞を支配しているところでは、理性の位置は適切な場所にはないのです。」23頁

【今後の研究のための備忘録】親の義務
 エラスムスが体罰を完全否定し、子どもの素質や個性を重んじたことを以て、wikipediaは「人類の歴史上最初の、最もはっきりとした子供の人権宣言」としており、確かにそう言えなくもないとは思いつつ、しかしやはり現代の「子どもの人権」とは言っていることはかなり異なる。特に「親」の位置と役割が異なっている。現代的な理解では、子どもの権利を保障するのは第一義的には保護者であり、二義的に社会や国家である。しかしエラスムスにおいては、親が義務を負っているのはあくまでも国家や教会に対してであり、子どもに対してではない。それを踏まえると、「子供の人権宣言」というwikipediaの主張は、やや言い過ぎの感は否めない。

「人は父親であることを欲していますが、それには義務に忠実な父親にならなければなりません。子供を持つということは、その人自身のためにではなく国のためにであり、またキリスト教的に言うならば、その人自身のためにではなく神のためにであるのです。」27頁

【今後の研究のための備忘録】教育可能性と個性
 エラスムスが子どもの教育可能性について、(1)素質(2)学習(3)練習という3つの要素に分析しているのは、教育原理的には注目しておきたいところだ。

「人間の至福への一般的な原理は主として三つの事柄として知られているのですが、それは素質、学習、練習です。善きことに対して教化され得るものとか、善きことに対しての植え付けられた内奥にある傾向のことを素質という名で呼んでいます。警告とか教訓とかで知られていることの教授のことを学習という名で呼んでいます。素質によって植え付けられた習慣の熟練であり、また教授から引き出されたものを練習と呼んでいます。」37頁

 とはいえ、「練習」が具体的に何を指しているかは、この日本語からはよく分からない。訳の問題かどうか。
 また、人間には本質的に教授を受け容れる素質が備わっていると考えるところから、エラスムスは早期教育を厭わない姿勢を繰り返し強調する。

「学識ある方々の考えにおきましては、七歳以前の年齢の子供に学習を行わせないと考える人に対しては正統なる拒絶を致します。」55頁
「クリュシピュースは、人生の最初の三年間は養育者に授けられている、と言っております。この期間は、教育におきましては、殊に振舞や喋り方におきましては、何もしないのではない、と言うのです。というよりも、この期間に、養育者や親によって優しい方法で良習や文学への準備を子供はさせられるべきである、と言うのです。」55-56頁

 そして教育学的に注目したいのは、子どもの個性についてかなり具体的に目を向けているところだ。

「人間の自然にはそれぞれの人に独自の特性があります。例えば、ある者は数学の学習に、別のある者は神学の学習に、また他の者は修辞学や作詩法の学習に、また別の他の者たちは軍務に生まれ付きのものを示しております。大いなる力によってそれらの研究へと各人は駆り立てられており、それ故に何者も人をそれらの研究から遠ざけることは出来ないのです。嫌いな学問に精神を傾けることに更に熱を入れさせて突き進ませても、ますます激しくその学問を嫌いにさせるばかりなのです。」48頁
「ある特定の学問において、例えば音楽とか算術とか地誌とかにおいて、幼い子供たちのなかで特異な性向を自発的に現わす子供がおります。」91頁

  ここからは、いわゆる「ギフテッド」という現象についても観察している様子が伺える。しかし本書全体からは、エラスムスが「普遍的な人間性=理性」と「個別の性向=特性・素質」の関係をどう捉えているかは伺うことができない。このあたりは、内側から理性を発達させる「教育」と、外側から素質に従って与える「教授」との違いに繋がってくるのかどうかが知りたいところではあるのだが。

 また一方、児童理解にかかわって「人相学」について言及しているところもいちおうメモしておく。

「”容貌とか身体の形や状態とかによって才能を推測するということは絶対に偽りである”とは私は思いません。確かに、偉大な哲学者・アリストテレスは『人相学について』という書物を公にすることをためらいはしませんでしたし、その研究は無教養なことでもないし、不十分なものでもありません。」49頁

【今後の研究のための備忘録】愛情の大切さ
 しかしなんといっても本書の一番の見所は、体罰などに典型的に現れる「恐怖」によって子どもを支配することを徹底的に戒め、「愛情」によって子どもたちを惹きつけるべきだと、繰り返し主張しているところだ。

「最初の世話は愛情なのです。それは、恐怖を用いずに、自ずと生ずる敬意によって次第に子供を引き付けていくことであるのです。そして、このことは恐怖よりも有効性を持っております。
 それ故に、子供のことにはしっかりとした十分な警戒がなされるべきです。まだ四歳になったばかりの子供がすぐに読み書きに関する学校に送り込まれるということがあるのですが、そこの場所においては無知で、粗野で、ごく僅かの思慮の徳しか有していない教師によって管理が行われているのです。」67頁
「彼等はただ単に自分の楽しみのためだけに鞭打つのですし、確かに彼等の本性は残酷なものであり、また他人の拷問から快楽を得ているのです。このような種類の人間は、屠殺者とか死刑執行者に適しているのですが、子供の形成者には相応しくありません。」71頁

  もう500年も前に明確に述べられていることなのに、21世紀にもなって体罰を肯定する人間がいるのは悲しいことだ。
 また、子どもたちに愛される教師の条件も、なかなか含蓄に富んでいる。

「子供たちに愛されるためには、教師はある程度は再び子供になるべきです。それにも拘わらず、老人や殆ど老人と言ってもよい者に子供たちを委ねて、読み書きの初歩を習熟させることは良いことではありません。」87頁
「もしも有益な教え方を彼等に明示しましても、彼等は、彼等自身もこの方法によって教えられて来たのだと応答するでしょうし、また彼等自身の子供時代に生じたことよりも今の子供たちの方がより良い状態にあるということを許し難いものだと考えるのです。」101頁

 未だにチョーク&トークの手法にこだわってICTの活用を否定するような人たちがいるが、まあ500年前から教師(というか大人)の傾向が変わっていないということではある。

【今後の研究のための備忘録】ペルソナの用例
 また「ペルソナ」の用例が2つあったので、引用しておく。

「子供が嫌がるような人ではなく、またどのようなペルソナをも受け容れることを厭わないような若々しい年代の人を私は選びます。」88頁
「教師の役割は、この種の想念を幾つもの方法によって子供から取り除くことですし、また勉学に遊び戯れのペルソナを取り入れることなのです。」102頁

 通常であれば「人格」と翻訳されるような言葉なのだが、おそらく翻訳者も「人格」と翻訳したのでは意味が通らないと判断したのでカタカナのまま「ペルソナ」と表記したのだろう。この「ペルソナ」というラテン語は、おそらく英語のpersonalityと同じものだと考えるのでは、文脈全体を理解することはできない。エラスムスの16世紀前半まで生き残っていた意味を復元する必要があり、そしてその意味はおそらくカトリックの教義「三位一体論」で用いられるペルソナ概念とも響き合ってくることを予想する。

【今後の研究のための備忘録】服装
 現代の学校において、校則などで学生の服装を規制するときに、「服の乱れは心の乱れ」などと説き伏せることがある。同じようなことが既に16世紀前半エラスムスによって記されていることは記憶しておいていいのかもしれない。

「身体を包む衣服というものはある意味での身体である、とも言えるからなのです。つまり、身体を包む衣服というものは、その人間の精神の外観がどのようなものであるのかを暗に示しているのです。」160頁

 ただしエラスムスは、時代や地域によって服装の基準が大きく異なり、一意的に決めつけていいものではないことについてはしっかり留保している。
 また、子どもの飲酒について当時どう考えられていたかが伺える記述もあったので、メモしておく。

「ブドウ酒とか、麦酒(ブドウ酒と同じ位に酔うのですが)とかは、子供の健康を損ねるし、もちろん子供の品性をも損ねることになります。」169頁

【今後の研究のための備忘録】親の影響
 16世紀には親の影響がそんなに深刻に考えられていなかったことが伺える記述がある。

「私は、今は、全てに卓越する神に次いで敬意を当然に表すべき御両親のことについては話をしておりません。教師のように特別に強いものではないにせよ、人間の精神を形づくるには、御両親の影響がある程度はあります。」179頁

 御両親の影響が「ある程度は」あるというような言い方は、現代ではものすごい違和感がある。おそらく、決定的にあると理解しているはずだ。逆に言えば、16世紀には子育てに親が関与できる割合が、現代と比較して極めて少なかっただろうことを示唆している。日本でも西洋でも、子育ては親だけに押しつけられるのではなく、大人全体で担うべきものだったのだ。

【今後の研究のための備忘録】トルコ
 教育学とは直接の関係はないが、歴史的な証言なのでメモしておく。1530年に出版された本に残された記述だ。

「トルコ人が私たちの支配者になるかも知れないのですが」179頁

 まさにオスマン帝国スレイマン1世による第一次ウィーン包囲が1529年で、おそらくヨーロッパ中が恐慌に陥っているさなかに書かれたのだろう。エラスムスがオスマン帝国をどう理解していたのかつぶさには分からないのだが、個人的な印象では、平凡なカトリック信者の感覚を超えるようなものはないように思う。だとすると、滅びたビザンツの正教にも冷淡だったと理解しておいてもいいのかどうか。

『エラスムス教育論』中城進訳、二瓶社、1994年