「教育学でポン」タグアーカイブ

【教育学でポン!?】2020年3月27日

不安の大部分は「先が分からないこと」ですが、ソクラテスの知恵によれば「分からないことを考えても意味がないし、正直に分からないことさえ認めてしまえば、恐れる意味もない」とのことです。今できることを粛々と進めていきます。

コロナウイルス

コロナウイルス終息後「学校に行かなくてもいい」時代が来るワケ(PRESIDENT Online)

個性を伸ばすための脱学校という考え方自体は40年前の臨時教育審議会や30年前の「学校スリム化」のときと大差ありません。30年前と違っているのはテクノロジーの発達とコロナウイルスという現実の脅威ですが、果たしてどうなるでしょうか。

群馬大学 全授業をオンライン化 新型コロナ対策で新年度 全学生6400人 画面越しで受講へ(上毛新聞社)

注目しましょう。

新型コロナで大学新学期はオンライン授業化、大学生はWi-Fi求めて密集で感染や受講できないリスクも(高橋暁子)

インフラが整っていないとオンライン授業ができないとは、御指摘の通りです。

新型コロナ、休校で子育て家庭が大混乱した3つの背景(Newsweek)

おおむね御指摘通りなので、それを踏まえて今後どうしていくかですね。

教育全般

学ぶ姿勢を入試で見る「主体性評価」とは? 活用法や公平性に問題ありとの指摘も(朝日新聞EduA)

教育哲学の専門家は、自発性とか主体性のようなものは「教育を断念したところ」から生まれるというようなことを言っていますね。それから技術的なことを言えば、仮に大学に「主体性」を評価させたいなら、代わりに高校側に「到達度」を測定する役割を担っていただく必要があるでしょう。そもそも「高校卒業程度の到達度」を大学側が測定すること自体が原理的におかしいのですから。

【教育学でポン!?】2020年3月26日

身につけた動画編集の技が役に立つ機会が、こんなに早く訪れるとは。

コロナウイルス

都立学校版感染症予防ガイドライン(東京都教育委員会 ※PDFファイルが開きます)

具体的な方策が出たわけですが。授業においては「グループや少人数による話し合い・教え合いなどの活動は控える」(5頁)と、いきなりアクティブ・ラーニングが完全挫折していたり、「音楽においては、歌唱の活動や管楽器(リコーダー等)を用いる活動は行わない」(5頁)とか、まあ、苦渋の判断が滲み出ている文章となっています。教育学的に考えようにも、「20世紀型の授業が成立する条件が欠けている」としか言いようのない異常事態です。

学校再開にともなう保護者の責任と役割(妹尾昌俊)

いちおう東京都教育委員会も上記ガイドラインで「感染者、濃厚接触者等に対する偏見や差別への対処」は掲げていますね。とはいえ現場はまだそこまで考えが回らなそうというのが正直なところかもしれません。とにかく人が足りないです。

大阪で給食無償化条例成立 4月から、新型コロナ対策(共同通信)

今回は非常時の条例ということではありますが、平常時にも考えてよい政策のように思います。「子ども食堂」という民間の取組みも大切ですが、行政が税金を使ってやれることはまだたくさんあるように思います。

手作りマスク積極使用を 学校再開へ準備促す 文科省(時事通信社)

今が21世紀であることを忘れさせるような記事です。

休校のいま提案したい、新学期は9月始まりにしてみては?(Newsweek)

斬新なアイデアではあります。少なくとも東大は留学対応で9月始まりにしたかったはず。

「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々(東洋経済ONLINE)

ささやかながら、私も試行錯誤の過程に参入したいと思います。

教育全般

教育界は「話し合えたことに意味がある」の先を目指した議論を!(教員養成セミナー)

苫野氏の見解そのまま丸パクリじゃないかと思ったら、苫野氏の原稿でした。

【教育学でポン!?】2020年3月25日

自発的にICTの知識と技術を蓄えてきたことが、今こそ役に立つのか!?

コロナウイルス

学校再開は学校丸投げ? 現場任せで懸念される、管理強化とゆるみ過ぎ問題(妹尾昌俊)

まあ仮に、この非常時に、現場に丸投げということでも、いいんですよ。地域によって状況は違いますから。でもだとしたら、平常時にも丸投げしてもらいたいんですね。平常時には締め付けてくるのに、非常時に丸投げというのは、ワケが分からないのです。こういう機会に、学習指導要領の法的拘束力はナシということにしていただいてほしいものです。

「子供のマスクは手作りを」 学校再開に向け文科省が呼びかけ(毎日新聞)

本気で言っているのかと、二度見してしまいましたが、どうやら本気のようです。今は本当に21世紀なのか。私はICTを活用しようと思います。

世界の生徒ら約8割通学できず(共同通信)

前代未聞の事態になっています。

教育全般

「学校教育の圧倒的なムダ」日本の教師が直面している現実(幻冬舎GOLD ONLINE)

現在指摘されている問題の多くは、教育にお金をかけ、正規の教員を増やすことで解決できますが。

市の再編計画で小学校が半減 跡地活用に課題(両丹日日新聞)

昭和の学校スタイルを前提にせず、21世紀型の新しい「生涯教育施設」を構想していく機会なのかもしれません。

【教育学でポン!?】2020年3月24日

強風で桜が散り始めていました。

コロナウイルス

秋田・国際教養大 春学期は全てオンラインで遠隔授業(河北新報)

注目しましょう。

東京都、都立大生に「転入自粛」要請 上京予定の新入生は不安に…大学広報「対応を検討中」(JCastニュース)

これは新しい動きです。どうすればいいのでしょう?

クラスター量産したいのか!学校再開指針に怒りの声(日刊スポーツ)

判断材料が複雑すぎて、結果論でしかモノが言えないわけですが。決断する人は大変だとは思いますけど、責任者とはそういうものですね。

教育全般

中学教科書検定、全教科で「アクティブ・ラーニング」実現を目標…対話を重視(讀賣新聞オンライン)

結果論ではありますが、「ゆとりの理念」を実現しようとしたときに、教科書を薄くするという間違った方策を採用したことが問題となります。「ゆとり」そのものの理念よりも、「自由化と自己責任」の論理がその都度の判断を歪めているように思います。

小学生に「アイアムバナナ」と言わせる英語授業のダメダメさ(PRESIDENT Online)

英語早期教育を目指す背景は分からないでもないのですが、「学校でできることとできないこと」については教育学の知見を踏まえて丁寧に考えなければいけないわけです。

入学早々「偏差値カースト」に苦しむ中学生が増えている背景(FRIDAY)

私の観測では、偏差値カーストはむしろ説得力を失って、「モテ・カースト」の方が酷くなっています。成績上位より、異性にモテるほうが発言力が高いです。

【教育学でポン!?】2020年3月23日

今となってみればJOKERを掴まされてしまった恐れが半端ない我が日本。ですが、愚痴を言っている場合でもないので、みんなで知恵を出し合いたいものです。

コロナウイルス

原則として全校再開すると萩生田文科相(共同通信)

形の上では一段落です。文科省の意向については承知しました。まずここまでの判断に対する総括をする段階に入りました。(まだ事態は収束していないので予断を許しませんが)

一斉休校で働き方一変…先生たちの本音は?(西日本新聞)

前例のなかった事態と判断に対して、様々な立場から総括が始まっております。現場からの風景です。本文中に「本気で改革を進めるなら教師を増やすしかない」とありますが、いやはや、まさにまさに。

一斉休校、あさのあつこさんの憤り「子どもの一日はかけがえがない」 「自己責任」にした国のずさんさ(withnews)

様々な立場から総括が始まっています。「子どもの学習権を保障する」という観点から見えた風景です。

休校をチャンスに!公立小教師が実践する「革命的オンライン授業」の中身(現代ビジネス)

オンライン授業の具体例として注目したいと思います。

教育全般

中学教員4割が保護者にストレス 仕事は世界最長、OECD調査(共同通信)

文科省の見立てでは、保護者が学校に注文をつけるようになった理由は、保護者の学歴が教師の学歴を上回るようになったことだと見ています。私は文科省とは違った見立てで、教育が「消費」の対象とみなされるようになったせいだと考えております。40年前の臨時教育審議会以降に進められた教育の市場化が根本的な原因です。

プログラミング、特別支援、学校組織改革など、ICTで学びを支え・進める教育者たちの成果が集結(Impress Watch)

ワクワクするような実践報告がいっぱいです。21世紀の教育は、私が体験してきた教育とはまるで違っています。それでいいはずです。
逆に考えると、人文科学の研究スタイルは、旧態依然というか、19世紀からそんなに変わっていません。これでいいのかな、という疑問は、なくはないです。テクノロジーを上手に使う賢いやり方はないものでしょうか。