「読書感想」カテゴリーアーカイブ

【要約と感想】中野信子『ペルソナ―脳に潜む闇』

【要約】おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。

【感想】タイトルだけ見て、脳科学的な観点から「人格」の理解に光を当てた本だろうと手に取ったけど、ぜんぜん違って、著者の自伝的エッセイ集だった。まあ、こういう意図せざる出会いがあるのがタイトル買いの醍醐味だから、いいんだけれど。
 で、私が1991年東大入学で、1回留年して大学院に進み、2003年までうろちょろしているので、著者とは本郷キャンパス内ですれ違っているかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、まあ、どっちであってもどうでもいいことではある。で、経歴も考え方もぜんぜん違うようだけれども、アカデミックな研究に対しては、どうも違和感を共有しているような気もする。私もなぜか大学スタッフの末席に名を連ねているけれども、「ここにいていいのだろうか?」という存在論的な違和感は、未だにぬぐえなかったりする。というか、加速しつつある。大学院生の頃はまだ純粋に学術論文を書くということに喜びを感じていたような気がするのだけれども、昨今の大学改革を経て、学問的意味をさほど持たない論文を戦略的に量産しなければポストにしがみつけなくなって、「研究する喜び」というものが後回しになっている結果、なんのために研究しているのか意味を見失っていく。これはいけない、本質的なものを取り戻そう、と頑張ってみると、今度はポストにしがみつく意味が分からなくなってくる。これなら、大学じゃなくて、別にいいじゃない。東大で尊敬していた先生が2人、任期前に退職したけれども、そういう気持ちだったのかどうか。

【研究のための備忘録】ペルソナ=人格
 で、業績のためにやっているわけではなく、そしてあるいは社会の役に立つためにやっているわけではなく、もはやただただ私個人の知的関心を満たすためにライフワークのように研究を進めているテーマが「人格」とか「個性」とか「アイデンティティ」といった類の概念史なわけで、それに関わる言葉をサンプリングしておくのだった。

「むしろ、脳は一貫していることの方がおかしいのだ。自然ではないから、わざわざ一貫させようとして、外野が口を出したり、内省的に自分を批判したりするのである。一貫させるのは、端的に言えば、コミュニティから受けとることのできる恩恵を最大化するためという目的からにすぎない。」p.8
「一貫性がないと困る、という一件不必要な制約が、脳に植え付けられているのだとしたら、それはどんな目的のためなのだろう? この答えは、残念ながら脳科学的にもまだクリアにはなっていない。」p.76

 人格心理学の分野では、しばらく前に「一貫性論争」というものがあった。一貫性という概念そのものに疑問を投げかけた論争だ。また19世紀教育学(ヘルバルト主義)では、教育の目的と方法は人格の一貫性を保つために構成しなければいけないと明言していた。が、20世紀にはボルノーが「不連続性」の教育を主張して、極めて大きな影響力を持った。あるいは社会学の領域では、100年ほど前にG.H.ミードが、アイデンティティなんてものは状況によって変わるもので一貫性などないと主張した。文学の世界では、それこそ一貫性を無化あるいは破壊しようとする試みがいくらでもある。経済史的に言えば、高度に発達した資本主義が人間存在を疎外していることが自覚されたことが背景にある。脳科学のような自然科学は、そういう動きを遅れて実証しつつあるように見える。さて「一貫性」の明日はどっちだ。

「わたしのペルソナ(他者に対する時に現れる自己の外的側面)は、わたしがそう演じている役である、といったら言い過ぎだと感じられるだろうか?」p.9
「私たちは、誰もが社会の中にあって役割を持って生活している。その役割をこなすには、本来の自分であることをしばしば覆い隠し、求められたペルソナを演じる必要がある。本来持っている性格そのままに、自然に振る舞いたいという衝動と、その衝動を空気を読む前頭前皮質が抑え込んでいるという均衡の上に私たちは存在している。」p.130

 いつの間にか「ペルソナ」という言葉は「人間の不可分で代替可能な何か」を指し示す言葉になっているけれども、もともとの意味は本書が言うような「役割」に過ぎなかった。G.H.ミードは100年前にそれを確認している。脳科学的な教養を背景にしながらも、100年前と同じような感想が繰り返されていると見ていいか。あるいは小説家平野啓一郎が同じように「本当の自分などありません」と言っていたことを思い出す(平野『私とは何か』)。ちなみに従来personalityという言葉が担っていた意味領域がかなりぼやけてしまったので、いま代わりにagencyという言葉が使われ始めている。

中野信子『ペルソナ―脳に潜む闇』講談社現代新書、2020年

【要約と感想】ボッカッチョ『デカメロン』

【要約】Wooooわかちこわかちこ!
 ペストの大流行を避けてフィレンツェ郊外に逃れた男3人と女7人が、無聊の慰めのため、お互いに物語を語り合います。一人一話で十日間、合計百話が語られます。百話物語の舞台となるのは同時代(14世紀)のヨーロッパ(一部イスラム含む)全体で、主人公になるのは貴族だったり商人だったり農民だったり貧しい画工だったりしますが、14世紀当時にまさに生活していた人々です。話の内容は100話様々ではありますが、基本的に男女の恋愛が絡んだ話で、多くが肉体関係を含みます。しかも純愛はほとんど扱われず、既婚男女の不倫関係を扱う話が極めて多い上に、詐欺やペテンに満ちあふれ、3Pや4Pもあってやりたい放題な上、ウンコまみれになるとか、教会の僧侶や修道院の尼をバカにするようなエピソードも多く、自分の性的欲望に忠実に従って大胆かつ狡猾(しかし迂闊)に振る舞う有様に対して、既に当時から作者に対する倫理的批判が喧しかったようで、著書内でたくさん言い訳をしています。わかちこ!

【感想】艶笑譚の類いだとは噂に聞いていたものの、聞きしに勝るというのはこういうことかもしれない。まあ、酷い酷い。細部に至るまで下品で酷い。しかも作者がそれを自覚して意図的にやっていることも分かって、酷さにも拍車がかかるのであった(←褒め言葉)。まあこれが恋愛先進国イタリアが誇る伝統ってやつよ(←偏見)。さらに訳者の博識とこだわりが詰まった名解説と訳注も相まって、非常に楽しく読めるのであった。
 気になるのは、出てくる女性がみな絶世の美人なのはともかくとして、ほぼほぼ人妻であるところ。単に著者が人妻好きなのか、中世騎士物語で主君の奥方に恋愛的中世を誓う伝統を引き継いでいるのか、それとも当時の一般的な世相を反映したものなのか、ともかく処女崇拝的なものが一切出てこないところは中世の特徴かもしれない。いわゆる処女崇拝的なセンスが近代以降に顕著になったことは各所で指摘されているわけだが(ちなみに古代にはある)、中世にそういうセンスがなかった証拠の一つにはなるのかもしれない。
(※2022.12.22追記)本書に影響を受けて約半世紀後に現れたチョーサー『カンタベリー物語』では、処女崇拝的なエピソードを数多く見ることができる。だから処女崇拝的なセンスが中世になかったわけではない。これはもう間違いない。だから問題は時代ではなく、人妻好きなのがボッカッチョ個人の性癖なのか、それともフィレンツェ全体の傾向に関わっているのか、あるいは階級的な傾向を示しているのか、ということになる。

【研究のための備忘録】識字率
 で、教育史的な関心からは、こういう艶笑譚が可能になった歴史的・社会的背景が気にかかるわけだ。常識的には、中世ヨーロッパではキリスト教が世の中を厳粛に支配しており、破廉恥な物語が入りこむ余地はなさそうに思える。逆に言えば、デカメロンを可能にした14世紀のフィレンツェという場所が歴史的に特別な意味を持っていたということなのだろう。羊毛産業の隆盛を背景に金融業も勃興し(その様子は本作中でも描かれる)、従来の支配者階級に代わって商人の存在感が大きくなり(本作中でも商人が活き活きと活躍する)、教会の聖職者に対する容赦のない批判を可能にするような言論の自由が保証され、共和政を謳歌する社会から、本作のような問題作が生じてくる。中世の封建的生産関係にあった他地域では、こんな本が許されるとは考えられない。
 そして問題は、デカメロンが印刷術発明前の作品というところだ。印刷できないのだから、出回るとしたらとうぜん写本の形になる。しかし当時は、聖書を始めとするキリスト教関係の書物(時祷書など)が、しかもラテン語写本によって流通していたに過ぎない。このデカメロンが現地語(イタリア語トスカーナ方言)で書かれ、しかも写本として流通したというのは、そうとう驚異的なことだ。もちろんこれを社会的・経済的に支えるには、高い識字率が必須条件になる。金融業で栄え、ヨーロッパ中に支店を持っていたフィレンツェだからこそ、印刷術発明前にあって高い識字率を実現することができたのだろう。本書にも文字を習う子どもの様子が描かれていて、興味深い。

「先生は林檎の上にABCを書いて字を覚えようとする豚児どもと違って、瓜の上に書いて覚えました。」第8日第9話(下巻p.150)

 子どもたちが字を覚える時に林檎をつかっているということだが、それはもちろん「紙」がないからだ。(ちなみに「瓜」というのは、相手をバカにしている表現らしい)。ともかく、特に才能のない子どもも文字を学んでいるだろうことが伺える描写になっている。印刷術発明以降であれば文字を習う子どもの姿は日常的な光景になるが、印刷術発明以前であることを考えると、ヨーロッパ全体でこういう教育を行なっていたのはフィレンツェ(あるいはイタリア都市国家)くらいだったのではないか。この高い文化的水準が、いわゆるルネサンス(あるいは人文主義)を下支えする条件になっていたのは間違いないだろう。
 日本の江戸時代においても、寺子屋が普及して識字率が向上するのは1750年あたりのことになるが、やはり江戸に出荷する商品作物の栽培の隆盛を背景に金融・流通が発展したことが大きく影響している。また訳者も解説で触れてているが、商人であった井原西鶴の活動や作品内容との類似は、地中海貿易流通の拠点だったフィレンツェと瀬戸内海流通の拠点だった大阪の類似も相まって、興味深いところだ。
 で、ボッカッチョや井原西鶴のような印刷術発明前の商人階級を担い手とした識字文化がかつてあり、仮にそれをルネサンスと呼んでみたとして、現代の我々が目にしているのは印刷術を前提に国民すべてを巻き込んだ識字文化なわけだが、それはどの程度ルネサンスと連続していると考えていいのか。個人的には、本質的なところから大きく異なっているように見えている。そういう観点から言えば、確かにデカメロンには様々に近代的(あるいはルネサンス的)な要素が仄めかされているものの、本質的には中世に属するように思える。それは、14世紀フィレンツェ・ルネサンスそのものが中世的かどうか、近代とどの程度連続してくるのか、という問題にもなる。デカメロンは、そういうことを具体的に考えるための素材として極めて重要な位置を占めている。そんなわけで、ただの艶笑譚として笑っている場合ではないのだ。わかちこ!

ボッカッチョ『デカメロン』上、平川祐弘訳、2017年<2012年
ボッカッチョ『デカメロン』中、平川祐弘訳、2017年<2012年
ボッカッチョ『デカメロン』下、平川祐弘訳、2017年<2012年

【要約と感想】深井智朗『プロテスタンティズム―宗教改革から現代政治まで』

【感想書き直し2022/2/12】実は著者が論文の「捏造」をしていたことが、読後に分かった。捏造していたのは他の本ではあるが、本書が捏造から免れていると考える根拠もない。信用できない。読後の感想で、「論文や研究書の類ではズバリと言えず、言葉の定義や歴史的社会的背景を注意深く整理した上で奥歯にものが挟まったような言い方をせざるを得ないような論点を、端的に言葉にしてくれている」と書いたが、それがまさに研究にとって極めて危うい姿勢だということがしみじみと分かった。今後、本書から何か引用したり参考にしたりすることは控えることにする。

【要約】一口にプロテスタンティズムといっても内実は多様で、ルターに関する教科書的理解にも誤解が極めて多いのですが、おおまかに2種類に分けると全体像が見えやすくなります。ひとつは中世の制度や考え方を引き継いで近代保守主義に連なる「古プロテスタンティズム」(現代ではドイツが代表的)で、もうひとつはウェーバーやトレルチが注目したように近代的自由主義のエートスを準備する「新プロテスタンティズム」(現代ではアメリカが代表的)です。前者は中世的な教会制度(一領域に一つ)を温存しましたが、後者は自由競争的に教会の運営をしています。

【感想】いわゆる教科書的な「ルターの宗教改革」の開始からちょうど500年後に出版されていてオシャレなのだが、本書によれば「1517年のルター宗教改革開始」は学問的には極めて怪しい事案なのであった。ご多分に漏れず、ドイツ国家成立に伴うナショナリズムの高揚のために発掘されて政治的に利用された、というところらしい。なるほど音楽の領域におけるバッハの発掘と利用に同じだ。そんなわけで、でっちあげとまでは言わないが、極めて意図的な政治的利用を経て都合良く神話化されたことは、よく分かった。
 古プロテスタンティズム=ドイツ保守主義、新プロテスタンティズム=アメリカ自由主義という区分けも、やや図式的かとは思いつつ、非常に分かりやすかった。ウェーバーを読むときも、この区分けの仕方を知っているだけでずいぶん交通整理できそうに思った。
 全体的に論点が明確で、情報が整理されていて、とても読みやすかった。が、分かりやすすぎて、逆にしっかり眉に唾をつけておく必要があるのかもしれない。(もちろん著者を疑っているのではなく、自分自身の姿勢として)。

【研究のための備忘録】中世の教会の状態と印刷術
 そんなわけで新書ということもあって、論文や研究書の類ではズバリと言えず、言葉の定義や歴史的社会的背景を注意深く整理した上で奥歯にものが挟まったような言い方をせざるを得ないような論点を、端的に言葉にしてくれている。ありがたい。
 まず、宗教改革以前(というか「印刷術」以前)の教会の状態を簡潔に説明してくれている本は、実は意外にあまりない。

「また人々は、教会で聖書やキリスト教の教えについての解き明かしを受けていたわけではない。たしかに礼拝に出かけたが、そこでの儀式は、すでに述べた通りラテン語で執り行われていた。一般の人々には何が行われているのかわからない。もちろん人々の手に高価な聖書があるわけではない。仮にあったとしても、聖書はラテン語で書かれているので理解できなかった。」p.28

 こういう印刷術前の状況は、「教育」を考える上でも極めて重要だ。たとえば印刷されたテキストそのものが存在しない場合、今日と比較して「朗読」とか「暗誦」という営み、あるいは「声」というメディアの重要性が格段に上がっていく。そういう状況をどれくらいリアルに思い描くことができるか。
 で、現代我々がイメージする「教育」は、「文字」というメディアが決定的に重要な意味を持ったことを背景に成立している。もちろん印刷術の発明が背景にある。ルターの見解が急速に広がったのも、印刷術の効果だ。

「ルターの提言は、当時としては異例の早さでドイツ中に広まった。(中略)この当時は、版権があったわけではないから、ヨーロッパ各地で影響力を持つようになっていた印刷所や印刷職人が大変な勢いで提題の複製を開始した。」p.45
「いわゆる宗教改革と呼ばれた運動が、すでに述べた通り出版・印刷革命によって支えられていたことはよく知られている。ルターはその印刷技術による被害者であるとともに受益者でもある。」p.49

 これに伴って「聖書」の扱いが大きな問題になる。

「一五二〇年にルターはさまざまな文章でローマの教皇座を批判しているが、その根拠となったのは聖書である。(中略)しかし、すでに触れたようにこの時代の人々のほとんどは聖書が読めなかった。その理由は写本による聖書が高価なため、個人で所有できる値段ではなく、図書館でも盗難防止のために鎖につながれていたほどであったからである。もう一つ、聖書はラテン語訳への聖書がいわば公認された聖書で、知識人以外はそれを自分で読むことはできなかった。
 この問題を解決したのは、一つはグーテンベルクの印刷機である。写本ゆえに高価であった聖書が印刷によって比較的廉価なものとなったからだ。しかしなんと言っても重要なのはルターがのちに行う聖書のドイツ語訳である。(中略)これは画期的なことであった。聖書を一般人も読めるのである。文字が読めなくても朗読してもらえば理解できる。」pp.58-59

 本書では「近代」のメルクマールを人権概念や寛容の精神に求めていて、もちろんまったく問題ないが、一方でメディア論的にはそういう法学・政治学的概念にはまったく関心を示さず、印刷術の発明による「知の流通量増加」が近代化を促した決定的な要因だと理解している。「教育」においても、印刷されて同一性を完璧に担保されたテキストが大量に流通したことの意味は、極めて大きい。

【研究のための備忘録】フスとの関係
 ルターの主張と宗教改革の先輩ボヘミアのヤン・フスの主張との類似性は明らかだと思うが、教育思想史的にはコメニウスとの関係が気になるところだ。フス派だったコメニウスにはどの程度ルター(あるいはプロテスタンティズム)の影響があるのか。本書で説明される「リベラリズムとしてのプロテスタンティズム」の説明を踏まえると、コメニウスの主張にも反映していないわけがないようにも思える。(先行研究では、薔薇十字など神秘主義的な汎知学との親和性が強調されているし、そうなのだろう。)

「エックは、ルターがフスの考えを一部でも支持して、フスは正しかったと言ってくれれば、それでこの二人は同罪だと指摘すべく準備していたのだ。エックは事前にルターの考えを精査し、ルターとフスの考えの類似性を感じ取っており、また内容それ自体で勝負しようとしているルターを陥れるとしたら、この点だと確信していたのである。」p.54

【研究のための備忘録】中世と近代
 で、歴史学的な問題は「中世と近代の境界線」だ。はたして「宗教改革」は中世を終わらせて近代を開始したのか。本書は懐疑的だ。

「トレルチの有名な命題は、「宗教改革は中世に属する」というものである。ルター派もジュネーブのカルヴァンの改革もそれは基本的に中世に属し、「宗教改革」という言い方にもかかわらず、教会の制度に関しては社会史的に見ればカトリックとそれほど変わらないのだという。」p.107
「近代世界の成立との関連で論じられ、近代のさまざまな自由思想、人権、抵抗権、良心の自由、デモクラシーの形成に寄与した、あるいはその担い手となったと言われているのは、カトリックやルター派、カルヴィニズムなど政治システムと結びついた教会にいじめ抜かれ、排除され、迫害を受けてきたさまざまな洗礼主義、そして神秘主義的スピリチュアリスムス、人文主義的な神学者であったとするのがトレルチの主張である。」pp.108-109

 ということで、本書は中世の終わりをさらに後の時代に設定している。それ自体は筋が通っていて、なるほどと思う。とはいえ、メディア論的に印刷術の発明をメルクマールに設定すると、いわゆる「宗教改革」は派生的な出来事として「知の爆発的増加」の波に呑み込まれることになる。このあたりは、エラスムス等人文主義者の影響を加味して具体的に考えなければいけないところだ。

【研究のための備忘録】市場主義と学校
 教会の市場化・自由化・民営化を、学校システムと絡めて論じているところが興味深かった。

「「古プロテスタンティズム」の場合には、国家、あるいは一つの政治的支配制度の権力者による宗教史上の独占状態を前提としているのに対して、「新プロテスタンティズム」は宗教市場の民営化や自由化を前提としているという点である。」p.112
「それ(古プロテスタンティズム:引用者)はたとえて言うならば、公立小学校の学校区と似ているかもしれない。」p.113
「その点で新プロテスタンティズムの教会は、社会システムの改革者であり、世界にこれまでとは違った教会の制度だけではなく、社会の仕組みも持ち込むことになった。それは市場における自由な競争というセンスである。その意味では新プロテスタンティズムの人々は、宗教の市場を民営化、自由化した人々であった。」p.117

 現代日本(あるいは世界全体)は、いままさに学校の市場化・自由化・民営化に向けて舵を切っているが、コミュニティ主義からの根強い反対も続いている。なるほど、これはかつて教会の市場化・自由化・民営化のときにも発生していた事態であった。つまり、教会改革の帰結を見れば、学校改革の帰結もある程度予想できるということでもある。

【研究のための備忘録】一と多
 本書の本筋とは関係ないが、「一と多」に関する興味深い言葉があったのでメモしておく。

トレルチ講演原稿の結び「神的な生は私たちの現世での経験においては一ではなく多なのです。そしてこの多の中に存在する一を思うことこそが愛の本質なのです」p.208

 カトリックの思想家ジャック・マリタンの発言との異同を考えたくなる。

【要約と感想】鹿子生浩輝『マキァヴェッリ―『君主論』をよむ』

【要約】マキァヴェッリ『君主論』は誤読されています。単に権謀術数を推奨する内容の本ではありません。普遍的・一般的に読むのではなく、当時のフィレンツェが置かれた状況を踏まえた上で、マキァヴェッリがメディチ家に就職するために用意した論文として読みましょう。そしてローマ史を論じた『ディスコルシ』と合わせて読むと、マキァヴェッリが共和政の自由を重んじる姿勢が見えてきます。また、近代国民国家などまったく考えておらず、中世的な枠内でフィレンツェという都市国家の統治を考察しています。ただし運命に唯々諾々と従うのではなく、人間の力量(ヴィルトゥ)の意義を前面に打ち出した世俗的な精神は、キリスト教的世界観から離れて近代的です。

【感想】『君主論』は実際に自分で読んだけれども、古代ローマ史批評『ディスコルシ』は読めていないので、これがマキァヴェッリを理解する上で極めて重要な補助線になることがよく分かった。勉強になった。
 たしかにマキァヴェッリの祖国フィレンツェは、ローマと同じ地方(イタリア)の同じ共和政の都市であって、偉大な先例として古代ローマの政治や文化を参考にしたくなる気持ちはよく分かる。さらに言えば、ローマとは別に、トスカーナ地方の先輩であるエトルリアを参考にしようとしているところも興味深い。これは日本人が唐虞三代(古代中国)の政治思想を理想としつつ、一方で聖徳太子を参照しているようなものだろうか。

 で、マキァヴェッリの近代性を否定して、あくまでも中世およびルネサンスの思想家だとする見解は、個人的には腑に落ちた。私も『君主論』を自分で読む限り、確かにそう判断したくなる。マキァヴェッリは共和政における「市民の自由」を重視しているものの、それは古代ローマ共和政に由来していて、近代的な国民国家をイメージして言っているわけではない。マキァヴェッリの主張に過度に近代性を読み込むのは、著者の言うように、確かに単に後知恵に過ぎないだろう。
 一方、キリスト教的世界観から離脱して近代に足を一歩踏み入れているという評価はどうか。個人的には、そういう観点で言えばフィレンツェの先輩ボッカッチョのほうが遙かに世俗的のように思える。しかし、それで以てボッカッチョを近代的に理解していいかというと、そういう単純な話でもないだろう。同様に、確かにマキァヴェッリは世俗性に突き抜けているように思えるが、果たしてそれは近代性のメルクマールたりえるのか。ひょっとしたら、ボッカッチョから続く「フィレンツェ(あるいはイタリア)のみに特有の人文主義」が世俗性として表面に現れているだけで、それを近代性と理解してよいかどうかについては改めて別の指標を踏まえて考える必要があるのではないか。
 ともかく改めて、フィレンツェの14世紀~16世紀初等は特別な場所と時間であることを感じたのであった。中世やルネサンスについて云々しようと思ったら、どうやらフィレンツェに対する具体的な知識と理解が必須のようだ。

鹿子生浩輝『マキァヴェッリ―『君主論』をよむ』岩波新書、2019年

【要約と感想】マキアヴェッリ『君主論』

【要約】君主の中でも特に新しく権力を奪取した立場に限れば、綺麗事を言っている場合ではありません。権力を維持したければ、現実を直視し、ありとあらゆる手練手管を用いて、果敢に運命に立ち向かいましょう。特に重要なのは、自前の軍事力を確保することです。

【感想】岩波文庫版は注釈と解説で分量のほぼ半分を占め、半ば研究書のようで読み応えがある。
 教科書にも出てくる本で書名はよく知られていると思うのだが、中身を実際に読んでみると、世間一般で言ういわゆる「マキアヴェリズム」とは、なんとなく様子が違っている。まず、確かに「目的のためなら手段を選ばない」という話を展開してはいるのだが、前提として条件をかなり限定している。たとえば、歴史が長い国の正統性ある君主であれば特に無理をして策を弄する必要はないと言う。無理をする必要があるのは、無理をしなければいけない条件の君主に限られる。具体的には、新たに権力を奪取して政権基盤の安定しない君主は、権力を維持するために、ありとあらゆる手練手管を用いなければならない。まあ、そりゃそうだ。
 また、無闇矢鱈に権力闘争を推奨しているわけではなく、古典的な教養に基づいて具体例を豊富に提示しながら議論を進めているのも印象的だ。マキアベッリが活躍したのは15世紀後半から16世紀前半で、北イタリアでは印刷術が隆盛し始めた時期に当たる。まったく同時期に、ピコ・デラ・ミランドッラ、エラスムス、トマス・モアたちが活躍している。印刷術を土台にした人文主義の雰囲気が背景にあるのは間違いないように思う。いわゆる「マキアヴェリズム」も、プラトン『国家』なり「君主の鑑」などに対する知的パロディのようにも読める。
 またタイトルが「君主論」となっているので表面的には絶対王政的なものを推奨しているように思えるものの、実際には共和政の精神を尊重しているように見える。やはりフィレンツェという街の歴史と伝統の影響は極めて大きいだろうと思う。商工業で発展し、自由と世俗性を謳歌し、しかも古代ローマ共和政の伝統を引き継いでいるという自負を持つフィレンツェの伝統と文化を背景に、本書は成り立っているのだと思う。
 キリスト教に対する冷淡な姿勢も気になるところだ。教会をコケにする点ではフィレンツェの大先輩ボッカッチョに較べて大したことがないとはいえ、本書が成立した時期がまさにルター宗教改革(1517年)の前年(1516年)だということを考え合わせると(出版は宗教改革後)、「人間中心主義」へ結実する流れの一つとして考えてみたくもなる。実際に、カトリック教会からは禁書に指定されている。中世から近代へと時代が移り変わる流れを考えると、1516年~1517年はそうとう重要なタイミングだったように見えてくる。

 さて同じ頃に我が国は戦国時代に突入しているわけだが、フィレンツェが置かれていた状況は信州真田家を彷彿とさせる。西から武田、北から上杉、南から北条に圧力をかけられる上田の状況は、まさにフランス・神聖ローマ帝国・ローマ教皇の三者に囲まれて右往左往するフィレンツェの状況とよく似ているように思えてしまう。真田昌幸が『君主論』を読んだとしたら、「そりゃそうだ」と言いそうなものだが、どうか。逆に言えば、織田信長や豊臣秀吉が読んだとしたら、「違う違うそうじゃない」で終わりそうでもあるのだった。帝王学の本ではない。話がセコいのである。
 マキアヴェッリから遡ること250年(モンゴル帝国の最前線がヨーロッパにまで届いている時期)、シチリア王シャルル・ダンジューが画策していたのは、北イタリア統一どころか、ビザンツ帝国をやっつけてコンスタンティノープルを占領し、十字軍も絡めてシリアやエルサレムをも包含し、南仏から東地中海一帯を総攬する大帝国(まさにかつてのローマ帝国)を作り上げることだった。いいか悪いかは別として(平和の観点からは最悪だが)、壮大な天下統一構想だ。織田信長や豊臣秀吉なら、断然こっちの話に身を乗り出すだろう。こういう天下統一を志す世界戦略の視点に立つと、『君主論』の話はセコすぎて何の役にも立たない。逆に、信州真田家には役に立つ。つまり『君主論』は、天下統一を目指すための指南書なんかではなく、生き馬の目を抜く苛酷な現実の中で、それでも弱者が自由を維持して生き残るために知恵を振り絞った、切実な本だったと理解するところだろう。

 さて、この後、フィレンツェは共和政体を失い、急激に存在感を失っていく。レオナルド・ダ・ビンチがイタリアを去ってフランスへ向かったのは、まさに『君主論』が成立しただろう年のことだ。ルネサンス期にはヨーロッパ最先端を走っていた街が急激に落ちぶれてしまったのは、新大陸発見によって地政学的な位置関係が急激に変化したという事情が大きいだろうけれども、ダンテ・ペトラルカ・ボッカッチョと続いたフィレンツェの人文主義が最後っ屁のように放ったのが、マキアヴェッリだった。美術史においてはラファエロの死(1520年)を以て「ルネサンスの終わり」としているようだが、思想史的には『君主論』を以て「ルネサンスの終わり」と見なすのも一興かもしれない。

マキアヴェッリ『君主論』河島英昭訳、1998年、岩波文庫