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教職基礎論(栄養)-11

▼短大栄養科 7/1(土)

前回のおさらい

・健やかな体:食育、体力、安全、健康。

総合的な学習の時間

『学習指導要領』144頁。
目標:探究的な見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、 よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1) 探究的な学習の過程において、課題の解決に必要な知識及び技能を身に付け、課題に関わる概念を形成し、探究的な学習のよさを理解するようにする。
(2) 実社会や実生活の中から問いを見いだし、自分で課題を立て、情報を集め、整理・分析して、まとめ・表現することができるようにする。
(3) 探究的な学習に主体的・協働的に取り組むとともに、互いのよさを生かしながら、積極的に社会に参画しようとする態度を養う。

内容:探究課題については、例えば、国際理解、情報、環境、福祉・健康などの現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な課題、地域や学校の特色に応じた課題、生徒の興味 ・関心に基づく課題、職業や自己の将来に関する課題などを踏まえて設定する。

配慮事項:他者と協働して課題を解決しようとす る学習活動や、言語により分析し、まとめたり表現したりするなどの学習活動。その際、例えば、比較する、分類する、 関連付けるなどの考えるための技法が活用されるようにする。
・コンピュータや情報通信ネットワーク などを適切かつ効果的に活用して、情報を収集・整理・発信するなどの学習活動が行われるよう工夫する。その際、情報や情報手段を主体的に選択し活用できるよう配慮する。
・自然体験や職場体験活動、ボランティア活動などの社会体験、ものづくり、生産活動などの体験活動、観察・実験、見学や調査、発表や討論など の学習活動を積極的に取り入れる。

特別活動

『学習指導要領』147頁。
目標:集団や社会の形成者としての見方・考え方を働かせ、様々な集団活動に自主的、実践的に取り組み、互いのよさや可能性を発揮しながら集団や自己の生活上の課題を解決することを通して、次のとおり資質・能力を育成することを目指す。
(1) 多様な他者と協働する様々な集団活動の意義や活動を行う上で必要となることについて理解し、行動の仕方を身に付けるようにする。
(2) 集団や自己の生活、人間関係の課題を見いだし、解決するために話し合い、合意形成を図ったり、意思決定したりすることができるようにする。
(3) 自主的、実践的な集団活動を通して身に付けたことを生かして、集団や社 会における生活及び人間関係をよりよく形成するとともに、人間としての生き方についての考えを深め、自己実現を図ろうとする態度を養う。

内容=(1)学級活動(2)生徒会活動(3)学校行事

学級活動

(1) 学級や学校における生活づくりへの参画
ア:学級や学校における生活上の諸問題の解決
イ:学級内の組織づくりや役割の自覚
ウ:学校における多様な集団の生活の向上
(2) 日常の生活や学習への適応と自己の成長及び健康安全
ア:自他の個性の理解と尊重、よりよい人間関係の形成
イ:男女相互の理解と協力
ウ:思春期の不安や悩みの解決、性的な発達への対応
エ:心身ともに健康で安全な生活態度や習慣の形成
オ:食育の観点を踏まえた学校給食と望ましい食習慣の形成
(3) 一人一人のキャリア形成と自己実現
ア:社会生活、職業生活との接続を踏まえた主体的な学習態度の形成と学校図書館等の活用
イ:社会参画意識の醸成や勤労観・職業観の形成
ウ:主体的な進路の選択と将来設計

学校行事

(1)儀式的行事:入学式、卒業式、始業式、朝礼等
(2)文化的行事:文化祭、合唱コンクール、観劇等
(3)健康安全・体育的行事:運動会、水泳大会、球技大会、避難訓練、交通安全教室等
(4)旅行・集団宿泊的行事:遠足、林間学校、臨海学校、修学旅行等
(5)勤労生産・奉仕的行事:ボランティア、施設訪問等

復習

・「総合的な学習の時間」と「特別活動」の意義について、押さえておこう。
・それぞれ具体的な姿をイメージできるようにしよう。

予習

・「生徒指導」について、どのような意味か調べよう。

【要約と感想】プラトン『プロタゴラス』

【要約】徳とはどういうものかについて話し合いましたが、満足な結論には至りませんでした。

【感想】おおまかには議論の柱は2つある。一つは「徳は教えられるか」、もう一つは「徳は一つか」。一つ目の論点では、ソクラテスは「徳は教えられない派」で、プロタゴラスは「徳は教えられる派」だった。二つめの論点では、ソクラテスは「徳は一つ派」で、プロタゴラスは「徳はたくさんある派」となった。しかし「徳は一つ」を突き詰めるうちに、いつのまにかソクラテスは「徳は教えられる派」となってしまって、当初の立場と矛盾することになってしまった。

本書の結論は、一見、ソクラテスもプロタゴラスも同じく自己撞着に陥ってしまったように見える。が、議論の枠組みとして、「善と快」が同じものであるという前提のもとに議論が進められたことが、そもそもの問題となる。プラトンの他の著書では、「善と快」は別のものとして話が進むからだ。だから、本書で「善と快」を同じものだとした前提自体が問われなければならないように思う。表でまとめると、次のようになる。

論点ソクラテスプロタゴラス
徳は教えられるか徳は教えられない徳は教えられる
徳は一つか多様か徳はひとつ徳は多様(特に「勇気」が別物)
善と快は同じか同じ同じ
善と快が同じなら徳はひとつ徳はひとつ(と認めざるをえない)
徳がひとつとすれば徳は教えられる(当初の立場と矛盾)「徳は多様」とした立場が矛盾する
しかし善と快が一致しないなら徳がひとつかも、教えられるかどうかも、わからない「徳は多様」とした立場は守れるが、「徳は教えられる」という立場は守れない

もしも「善と快が同じもの」という前提を外してみると、ソクラテスの立場では「徳が教えられるかどうか分からない」ことになるのに対し、プロタゴラスの立場は矛盾に陥ることになりそうだ。だから、「善と快が同じもの」という前提を外したところから、本当の議論は始まる。善と快の関係に対する探求はたとえば『ゴルギアス』で展開されるだろう。

またあるいは、「徳が知識なら教えられる」とソクラテスは簡単に言うが、それは本当だったか。その場合の「知識」とはどういうものかが、本書では明らかになっていない。知覚と経験の積み重ねによって辿り着くことが可能な「知識」なのか、それとも知覚と経験を超えたところにある「知識」なのか、はたまたそれすら超えて論理の「深淵」を飛び越えて初めて到達できる「知識」なのか。その課題は『メノン』や『国家』で徹底的に吟味されることになるだろう。たとえば『メノン』では、ソクラテスは「人間の行為が正しく立派になされるのは、ただ知識によって導かれる場合だけではない」(96e)と言って、「徳が知識なら教えられる」(89d)という命題を若干ばかり修正している。

そういう意味で本書は、弁論術との真の対決を前にした、前哨戦に過ぎない。ソクラテス自身が「どうかプロタゴラス、私があなたと問答をかわすのは、私自身がいつもいきづまっている問題をくわしく考察しようとすること以外に、何か他意があるとは思わないでください」(348c)と言っているように、いつも行き詰まっている問題を考察したところ、やはり行き詰まったという話である。

とはいえ、本書でのソクラテスの議論の運びは、あまり感心しない。「対偶」を採るべきところで「逆」を採ってプロタゴラスに窘められたり、矛盾律を拡大適用したり、過度な一般化を行ったり、論理学的にはいかがなものか。詭弁と呼んでいいレベルの言いがかりに見える。このあたりも消化不良の感を強くする。他の著書に見えるような爽快感は、ない。

*9/17後記
詭弁の一つは、正義というものはそれ自体が「正しいもの」であり(330c)、敬虔というものはそれ自体が「敬虔であるもの」(330d)という物言いにあるように思う。「自己同一」を過度に要求する詭弁とでも言うべきか。「水という概念」が「水自体」とは全くことなる「もの」であるように、「正義というもの」は「正義自体」とはまるで異なるはずだ。ここで生じたズレが、最終的には決定的な亀裂となる。

とはいえ、その観点は眼鏡っ娘論に大いに示唆を与える。「眼鏡っ娘の概念」は「眼鏡っ娘そのもの」とは異なる。とすれば、「眼鏡っ娘の概念」は必ずしも眼鏡をかけている必要はない。いや、おそらく眼鏡はかけていない。プラトンの言葉で言い直せば、「眼鏡っ娘のイデアは眼鏡をかけていない」となる。つまり眼鏡っ娘にとって「眼鏡」は本質的ではないということだ。逆に、眼鏡をかけているからといって必ずしも「眼鏡っ娘」と呼ぶべきではないということにもなる。

プラトン/藤沢令夫訳『プロタゴラス―ソフィストたち』岩波文庫

→参考:研究ノート「プラトンの教育論―善のイデアを見る哲学的対話法」

教育概論Ⅰ(中高)ー11

▼栄養・環教 6/30
▼語学・心カ・教福・服美・表現 7/1

前回のおさらい

・自由の落とし穴。
・労働力の売買。働いたら負け。
・社会権としての教育。コンドルセ。

義務教育の思想(つづき)

ロバート・オーエン Robert Owen

・1771年~1858年、イギリス出身。
・キーワード:性格形成学院。
・工場法の展開

1802年徒弟の健康と道徳に関する法律制定。
1819年繊維工場では9歳以下の労働禁止。16歳以下は1日12時間以内に制限。
1833年12時間労働。9歳未満の労働禁止。13歳未満は週48時間。
1844年女性労働者の労働時間制限。
1847年若年労働者の労働時間を1日10時間に制限。
1870年教育法制定。公費による学校設立。

教育権の構造

・教育に関わる4つの立場「子供/親(保護者)/教師/国家」が、それぞれどのような「権利/義務」を持っているかを明らかにする。それぞれが教育で果たすべき役割が明確になる。

子供の学習権

・子供は学習権を持つ。教育を受ける権利がある。
・学習する権利が保障されなければ、自分にどのような自由や権利があるかすら分からなくなってしまう。
・この場合の教育とは、「自分自身になる」ための教育。人格の完成を目指す教育。普通教育。特定の知識や技術を身につける職業訓練ではない。

日本国憲法第26条-1

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

親の教育義務

・親には、子供を教育する義務=子どもの権利を保障する義務がある。

日本国憲法第26条-2(前半)

すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。

教育基本法第5条-1

国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。

親の教育権

・子供を教育する第一の権利は、親にある。
・しかしその自由は無限に認められるのではなく、あくまでも「子供の学習権」を保障するために与えられているという責任が伴っている。
→親には「監護権」が与えられるが、それはあくまでも「子の利益」のためである。

民法第820条、822条

*民法第820条:親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
*民法第822条:親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

教育基本法第10条-1

父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

国家による親への支援

・どんな貧乏な親でも義務を果たすことができるよう、国家が支援する必要がある。義務教育。社会権としての教育。

日本国憲法第26条-2(後半)

義務教育は、これを無償とする。

教育基本法第5条3・4

3  国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
4  国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。

教育基本法第16条-4

国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。

国家による教育介入の制限

・国家はあくまでも親に対する支援者であって、積極的に教育の内容へ介入することは期待されていない。自由権としての教育。

教育基本法第14条-2、第15条-2

*14条-2:法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
*15条-2:国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

教育基本法第16条-1

教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

外的事項と内的事項

・国家は外的事項には積極的に関与すべきだが、内的事項に関与することは抑制的であるべき。
*外的事項:財政的措置=学校設立費・水光熱費・授業料・教科書代、法的措置=就学義務・学校制度・教員資格・機会均等、教育環境整備=教員配置・補助員配置・衛生的配慮
*内的事項:教育内容、教育課程、教育方法。

教師の教育権

・教師は、親でもないのに、どうして権力を持ち、どういう根拠で子供を指導することができるのか。
→医師は、親でもないのに、どうして権力を持つのか?
・営造物理論、特別権力関係論:学校は刑務所等と同じか?
・親の教育権の信託。PTA。

教職の専門性

・安心して権利を信託してもらうためには、教師は教育のプロフェッショナルでなければならない。
・教師はどのような点で教育のプロなのか?
(1)教える内容:教科、教育課程、学習指導要領
(2)教え方:教授法、教育理論
(3)子供の個性:心理学、教育相談
(4)集団:学級経営、特別活動、いじめ防止
(5)プロとしての自覚:教職基礎論

現代の問題

・親と子供。
・親と教師。モンスターペアレンツ。PTA問題。
・国家の関与。教科書検定問題等。

復習

・「義務教育」とは、誰の誰に対するどのような義務か、押さえておこう。
・「教職の専門性」について、自覚を持とう。

予習

・「産業革命」について調べておこう。

 

流通経済大学 教育学Ⅰ(11)新松戸

■新松戸キャンパス 6/30(金)

前回のおさらい

・自由の落とし穴。働いたら負け。
・社会権としての教育。

教育権の構造

・教育に関わる4つの立場「子供/親(保護者)/教師/国家」が、それぞれどのような「権利/義務」を持っているかを明らかにする。それぞれが教育で果たすべき役割が明確になる。

子供の学習権

・子供は学習権を持つ。教育を受ける権利がある。
・学習する権利が保障されなければ、自分にどのような自由や権利があるかすら分からなくなってしまう。
・この場合の教育とは、「自分自身になる」ための教育。人格の完成を目指す教育。普通教育。特定の知識や技術を身につける職業訓練ではない。

日本国憲法第26条-1

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

親の教育義務

・親には、子供を教育する義務=子どもの権利を保障する義務がある。

日本国憲法第26条-2(前半)

すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。

教育基本法第5条-1

国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。

親の教育権

・子供を教育する第一の権利は、親にある。
・しかしその自由は無限に認められるのではなく、あくまでも「子供の学習権」を保障するために与えられているという責任が伴っている。
→親には「監護権」が与えられるが、それはあくまでも「子の利益」のためである。

民法第820条、822条

*民法第820条:親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
*民法第822条:親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

教育基本法第10条-1

父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

国家による親への支援

・どんな貧乏な親でも義務を果たすことができるよう、国家が支援する必要がある。義務教育。社会権としての教育。

日本国憲法第26条-2(後半)

義務教育は、これを無償とする。

教育基本法第5条3・4

3  国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
4  国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。

教育基本法第16条-4

国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。

国家による教育介入の制限

・国家はあくまでも親に対する支援者であって、積極的に教育の内容へ介入することは期待されていない。自由権としての教育。

教育基本法第14条-2、第15条-2

*14条-2:法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
*15条-2:国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

教育基本法第16条-1

教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。

外的事項と内的事項

・国家は外的事項には積極的に関与すべきだが、内的事項に関与することは抑制的であるべき。
*外的事項:財政的措置=学校設立費・水光熱費・授業料・教科書代、法的措置=就学義務・学校制度・教員資格・機会均等、教育環境整備=教員配置・補助員配置・衛生的配慮
*内的事項:教育内容、教育課程、教育方法。

教師の教育権

・教師は、親でもないのに、どうして権力を持ち、どういう根拠で子供を指導することができるのか。
→医師は、親でもないのに、どうして権力を持つのか?
・営造物理論、特別権力関係論:学校は刑務所等と同じか?
・親の教育権の信託。PTA。

教職の専門性

・安心して権利を信託してもらうためには、教師は教育のプロフェッショナルでなければならない。
・教師はどのような点で教育のプロなのか?
(1)教える内容:教科、教育課程、学習指導要領
(2)教え方:教授法、教育理論
(3)子供の個性:心理学、教育相談
(4)集団:学級経営、特別活動、いじめ防止
(5)プロとしての自覚:教職基礎論

現代の問題

・親と子供。
・親と教師。モンスターペアレンツ。PTA問題。
・国家の関与。教科書検定問題等。

復習

・教育において、子供・親・国家・教師がどのような権利と義務を持っているか、押さえよう。
・教職の専門性について、理解しておこう。

予習

・「産業革命」について調べておこう。

【要約と感想】プラトン『ゴルギアス』

【要約】大衆に迎合するための経験を積み重ねるより、確かな理論に基づいた知識と技術を学びましょう。大衆に迎合して不正に生きるよりも、真実に基づいて正しく生きる方が圧倒的に幸福です。

【感想】プラトンが厳密に区別した「技術/経験」概念の相違は、現代でも様々な論争の場面で見ることができる。具体的に、プラトンは「医術/料理術」「体育/化粧術」「立法/ソフィスト」「司法/弁論術」を区別した上で、前者を確かな知識と理論に基づいた「技術」とし、後者を単に大衆に迎合しただけの「経験」とした。現代では、たとえば絵を描くときにデッサンや遠近法をしっかり身につけるのは「技術」であって、大衆受けする萌え絵のスタイルを身につけるのは「経験」ということになるだろう。しばしば、大衆迎合的な萌え絵に対して「技術」の側から苦言が呈せられることがあったが、それは遠くギリシア時代からの伝統を保つ感覚といえよう。

一方、最先端のAI開発に関して、名人を倒した将棋ソフトの開発者が「人工知能と黒魔術」という知見を示した。記事によると、現代のAI開発は、プラトン的な意味ではもはや「技術」とは呼べず、「経験」の集積に過ぎない。ソフトが強くなった理由を理論的に説明できず、勘とコツとしてしか表現できないからだ。そういう意味で、それは確かに「科学」とは呼べない。しかし、AI開発の場面で、それはもはや問題とは考えられない。名人を倒すという目的に理論の積み重ねでは到達できないのに対し、経験の積み重ねでは到達できるのだ。

近代は、反プラトン主義として展開していくように見える。社会契約論にしろ、経験主義的科学にしろ、「快」と「善」の同一視にしろ、民主制にしろ、すべてソクラテスに対抗する者が2400年前に既に主張していたことだ。「経験」が「理論」を超える黒魔術も、またしかり。こういう現実を視野に入れたとき、今、どのようにプラトンを読むべきなのか。単に萌え絵を大衆迎合的と非難するだけでは、悲しすぎる。

プラトン/加来彰俊訳『ゴルギアス』岩波文庫

→参考:研究ノート「プラトンの教育論―善のイデアを見る哲学的対話法」