【茨城県水戸市】回天神社に幕末水戸藩の悲劇を見た

水戸は何度か訪れていて、メジャーどころは一通り回っているので、今回は行きそびれていたところを廻ってみました。

ということで、回天神社。幕末に国事のために命を落とした水戸藩士が中心となって祀られている神社です。幕末の水戸藩では極めて陰惨な殺し合いが続く(そしてそれは日本全体に及ぶ)のですが、その犠牲となった霊を鎮める神社ですね。

境内にはずらりと殉難志士の墓が並んでいます。これだけの人間を死に追いやるまでに至った「水戸学」の思想というのは、一度きちんと体系的に押さえておかないといけないなと、改めて思いました。「今こそ水戸学を学ぼう」と主張する人々が定期的に現れるけれど、この思想を原理主義に信奉することが政府転覆実行に繋がり、極めて多くの有望な若者を死地に追いやったという事実は、重く受け止めるべきだと思うな。

回天神社の鳥居。「回天」という名前は、個人的には人間魚雷回天という形で知ったんだけど(人間魚雷回天は靖国神社に展示されている)、もともとは水戸学の学者である藤田東湖の『回天詩史』という書物の名前が由来ですね。藤田東湖が生きていたら、水戸学原理主義過激派を押さえることはできたのかなあ。

ここで思い出したのは、2012年5/19に茨城県鹿嶋市の史跡「天狗党の墓」に訪れたこと。とても良く晴れていた日だったのに、この天狗党の墓周辺は薄暗く沈んでいたのが印象深かったです。茨城県各地に、こういった幕末殉難志士の史跡が残っていますね。下はその薄暗い写真。

回天神社には「常磐共同墓地」が隣接していて、ここに有名な学者がたくさん眠っています。たとえば時代劇の水戸黄門で「格さん」として知られている安積澹泊の墓。ドラマでは武闘派として描かれているけれど、もちろん本物は歴とした学者です。

墓地の奥の方には、藤田東湖の墓。この人が生きていたら水戸藩の動きが変わり、ひいては日本の幕末の命運が大きく変わっていたのではないかと思うにつけ、つくづく残念な気持ちになる。

思い出すのは、2013年3/11に水戸を訪れたときに見た東湖神社の光景。なんと東湖神社の境内で猿回しをやっているという。まあ、猿回し自体はいいんだけれども。藤田東湖の業績が地元民にちゃんと伝わっているのかどうか、不安になる事案ではある。下の写真は、東湖神社の境内で猿回しの後片付け中の図。

また回天神社には、保和苑が隣接しています。こちらは散歩に気持ちいい日本庭園。かなり広い敷地で、若者がスケボーの練習をしていたりしました。

ところで、水戸城大手門が復元整備中らしいですね。

まだまだ基礎工事もこれからという感じですが、平成31年には完成ということで、楽しみです。また水戸には遊びに行きたいと思います。
(2017年8/28訪問)