【要約と感想】岡部勉『プラトン『国家』を読み解く』

【要約】プラトン『国家』は長きにわたって誤読されてきました。これは「人間とは何か」について書かれている本です。

【感想】感心しなかった。感心しなかったところはたくさんあるが、特に「正・不正と幸・不幸」の章は頭を抱えた。著者は一生懸命に「満足感」とか「達成感」との関連を考えた末に、「悪く言われるのはソクラテスを死に追いやった人々の方である」などと、ソクラテスが逆立ちしても絶対に言わなさそうなことを結論で示している。いやいや。仮にソクラテスが誤解のうちに無残な死を迎え、一方で実際に悪い奴がこの世の快楽の限りを味わったとしても、それでも本当に幸せなのはソクラテスである、ということを力強く示したのが『国家』という本の神髄でしょう。ソクラテス的幸福とは「わたしがわたしである」という再帰的な自己同一の在り方にあって、他者からどう評価されるかには一切関わらない。悪く言われるとか誤解されるとか、ソクラテス的幸福には一切関係がない。それは『クリトン』で示されたお馴染みの結論でもあったはずなのに、なんでそういう基本中の基本が読み取れていないんだろう? 「満足感」とか「達成感」とか、あまりに俗物主義的な物言いにしか見えない。そういう決定的に重要なところが読み取れていない疑いがある以上、もう論旨全体は素直に入ってこない。最初から全部ボタンを掛け違えているように思えてしまう。
 たとえば「「魂の一性の実現」が正義の必要条件である、それは分かる。そう私は言いたいと思います。しかし、なぜそれが「十分条件でもある」と言えるのか、それは(この前後を見る限りでは)どこにも示されていません。」(52頁)と言っているが、素直にテキストを読んでいる私としては、そうは思えない。『国家』とは「わたしがわたしである」という再帰的な自己の在り方を原理的に解き明かしたテキストであり、「魂の一性」こそが正義の必要条件どころではなく十分条件であることは徹底的に論じられているように読める。そして本書でプラトンが論じたかったテーマは、著者が考えるような「人間とは何か」ではなく、「魂の一性」であるようにしか読めない。プラトン中期以降の著作を踏まえても、そうであるようにしか思えない。
 まあ、百人いれば百人の読み方を許容するのが古典というものの在り方ではあるので、私は私の読みが正しいと思ってこの先もやっていくしかない。

■岡部勉『プラトン『国家』を読み解く』勁草書房、2021年