【教師論の基礎】教師のなりかた―養成・採用・研修

はじめに

 もともと「師」になるための条件は特に決まっていませんし、そもそも決められるものでもありません。誰かが弟子となって自分のことを「師」と仰げば、それでもう「師」でした。多くの人が「人生の師」と呼べる人を持っているだろうと思いますが、その「師」は特に何かしらの資格を持っているわけではありません。どんな観点だろうが、どんな基準だろうが、誰かが誰かを「師」と仰ぐことを止めることはできません。自由です。
 しかし一方で、現代日本の学校で働く「教師」となるためには、制度に則った手続きを経なければなりません。

養成・採用・研修

 教師になる道筋を一般的には3つの段階に分けています。(1)養成(2)採用(3)研修、の3段階です。
 (※それぞれの段階で様々な脇道がありますが、ここでは脇に置きます)

(1)養成=開放制

 現在は大学で教職課程を履修すれば教員免許を取得することができます。これが当たり前だと思っている人もいるかもしれませんが、実は当たり前の制度ではありません。
 かつて80年ほど前までの日本では、大学に教職課程は設置されていませんでした。教師を志望する人は、大学ではなく、「師範学校」に進学していました。師範学校とは、教師のみを養成することを目的とした教育機関です。師範学校を卒業すると尋常小学校(現在の小学校に当たる)の教員になることができましたし、基本的にならなくてはいけませんでした。尋常中学校の教師を志望する場合は、さらに高度な養成を行なう「高等師範学校」に進学しました。(高等師範学校は全国に2つしかなかった、高レベルな教育機関でした。現在の筑波大学と広島大学に当たります。筑波と広島が教育に強いのは、高等師範の伝統があるからです。また、女子高等師範も全国に2つだけで、現在のお茶の水大学と奈良女子大学に当たります。※ちなみに金沢・岡崎の高等師範、広島女子高等師範は、戦時中設置のため、例外扱いさせていただきます)
このように教員のみを養成する専門教育機関が存在する方が、かつては当たり前だと思われていました。しかし敗戦後の教育制度改革において、教員養成は大学で行なうことが確認されました。単に専門的な知識や技術を身につけただけでは教師としては不十分だと考えられたからです。教員はまず大学で幅広い一般教養(リベラルアーツ)を身につけた学士である必要があり、その上で専門性を身につけなければならない、という考え方が説得力を持ちました。
 戦後教育改革から現在に至るまで、教員養成専門機関ではなく、大学という「一般教養」を身につける施設において、教員養成が行なわれるようになりました。これを「開放制」と呼んでいます。
 現在は、開放制の理念の下、各大学が建学の精神を土台とした教員養成を行なっています。多様で個性的な教員を供給する上でも、開放制は基本的な考え方となっています。

(2)採用=教員免許を取得しても教師にならない(なれない)

 医師や弁護士の資格を取得した人は、だいたいその職に就きます(もちろんならない人もたくさんいますが)。ところが教員免許を取得したからといって、教師になるとは限りません。あるいは、なれるとは限りません。現場に立つためには、教員免許の取得だけでは不十分で、都道府県および政令指定都市の教育委員会が実施する「教員採用試験」に合格しなければなりません。大学の教職課程で免許が取れても、教育委員会による「採用」の段階で弾かれてしまうことがあるわけです。
 ところで、従来の教育委員会は「採用」の段階で顔を出してきましたが、20年ほど前から「養成」にも深く関わり始めています。「採用」の段階で影響力を行使するだけでは、教育委員会が望むような即戦力の教師を確保できないという、大学での教員養成に対する忸怩たる思いが背景にあるのでしょう。東京都「教師養成塾」や千葉県「ちば!教職たまごプロジェクト」など、教育委員会主催の「養成」の影響力が大きくなりつつあります。これが「養成と採用の一体化」というものですが、大学における教員養成の理念(開放制)とどう整合性がとれるのか、本質的に考える必要があるところです。

(3)研修=法的に規定されている

 採用されたら終わり、というものではありません。教師になった後も、たゆまない研鑽を続けることが期待されています。そのため、教師の研修が、法律で規定され、保障されています。具体的には初任者研修や十年経験者研修が法律で規定されている他、10年ごとの教員免許更新講習も義務化されています。
 ただし医師の世界での研修医のような考え方は、教育の世界にはありません。教育の世界では、研修を受けていなくても、採用後すぐに担任を持たされたりします。学校で本番の授業を行ないながら、並行して初任者研修を行ないます。
 現在は、養成・採用・研修の一体的改革が急速に進行している最中です。

近年の動き

 「開放制」の理念に基づく教員養成が、急速に揺らぎつつあります。具体的には、「教員の養成・採用・研修の一体化」の掛け声の下で、じっくりと腰を据えた一般教養(リベラルアーツ)ではなく、現場で活躍できる即戦力を現場で育てようという動き(OJT)が強まっています。
 即戦力を求める上で分かりやすい動きとして、インターンシップの単位化やボランティアの強化と充実が図られています。
大学のほうには「質保証」が求められ、「教職コアカリキュラム」が導入されました。
 そういう中で、大学と教育委員会の連携も多面的に強化され、お互いの役割が新たに模索されつつあります。

教員採用試験

 教員の採用は、都道府県と政令指定都市の教育委員会が行なっています。したがって、教員を採用するための試験も、教育委員会が実施しています。全国で統一されているものではありません。地域によって大きく特徴が異なります。
 とはいえ、もちろん共通した特徴もあります。

筆記試験

 普通は筆記試験が課されます。筆記試験の問題は、大きく分けて3種類あります。(1)教職教養、(2)専門教養、(3)一般教養です。

(1)教職教養
 教師として必要な知識や考え方を身につけているかをテストします。具体的には、教育に関する法律、文科省答申、教育振興基本計画、学習指導要領、生徒指導提要など公的文書の他、教育史・教育課程論・教育心理等の知識や、各地域の教育政策等が出題されます。

(2)専門教養
 同じ教師といっても、学校種(小学校か中学校か高校か)や教科が異なれば、必要となる知識や技術も異なります。それぞれの学校種や教科に特化した問題が出ます。

(3)一般教養
 幅広い知識と教養を身につけているかが問われます。自治体によって傾向はまちまちで、センター試験のように国社数理英の問題が出題される一方で、時事問題やローカル問題も扱われたりします。

面接

 近年は「人物重視」の掛け声の下、筆記試験よりも面接のほうの比重が重くなる傾向があります。面接には「個人面接」と「集団面接」の二種類がありますが、両方とも「人柄」を見るような出題傾向が強まっています。答える「内容」ももちろん大事なのですが、同じ程度に「答え方」とか「表情」というものが重要になってきます。明るく、元気にいきましょう。自分の良いところや持ち味を自覚して、それを積極的に前面に打ち出しましょう。試験官に「この人を部下に持ちたい」と思わせましょう。

 本番で緊張しないための工夫を各自容易しておくといいだろうと思います。個人的に伝授したい技は、面接室に入る前に「コント。面接。」と呟くというものです。

論作文

 出題傾向は自治体によって大きく異なります。学習指導要領の中身を理解しているかどうかを確認するものか、人柄を見るようなものかに大きく分かれます。
 いずれにせよ、評論家のごとく他人事のように問題を分析するのは御法度でしょう。現場の最前線に出る当事者としての自覚と熱意を示せるかどうかがポイントとなります。採点者に「この人が教師にならないと、日本の損失だ」と思わせましょう。

模擬授業・実技

 実際に模擬授業を行なわせる自治体があります。また保健体育や家庭科など、実技が重要な科目に関しては、実技試験が行なわれる場合もあります。自治体によって出題傾向や採点形式などがまったく異なるので、事前に情報は収集しておくのがよいでしょう。

特例

 各自治体によって、様々な特例が設けられています。大学推薦枠で一次筆記試験が免除されたり、臨時採用教員経験者が優遇されたり、社会人特別枠があったりなど、優秀な教員を確保しようとして各自治体が様々な工夫をしています。

対策の立て方

 自治体によって出題傾向がかなり異なります。まずはどの自治体を受験するか決めた上で、過去3~5年分の過去問に当たり、傾向をつかむのがよいでしょう。
 ただし、「人物重視」の傾向が強まっていることを踏まえて、お手軽に場当たり的な対策をするのではなく、本質を見据えて充実した日々を過ごすことをお勧めしたいところです。
 教育実習に行くのであれば、ぜひ校長先生と仲良くなりましょう。教員採用試験に合格する人とは、校長先生から「この人をうちの学校のスタッフに欲しい」と思われる人です。校長先生がどういう人材を欲しているかが分かれば、自動的に合格への道が見えてきます。予備校に通うよりは、現場の最前線にいる校長先生と仲良くなる方がはるかに意味があるだろうと思います。しかも校長先生は、採用試験の面接官だったりもするわけですから。教育実習先の校長先生が採用試験の時の面接官というレアケースすらあります。
 また、現役の大学生であれば、教職センター(名称は各大学でいろいろ異なります)を有効に活用することをお勧めします。教職センターの先生は優秀な場合が多いので(もちろん例外はたくさんありますが)、高い金を払って予備校に行くまでもなく、教職センターを活用するのが賢いやり方でしょう。細かい情報もよく手に入ります。私の経験から言えば、教職センターによく顔を出す学生は、合格率が極めて高かったです。

私立学校の教員

 私立学校の教員になるためには、特に自治体の教員採用試験を受ける必要はありません。民間企業における採用と同じく、私立学校からの求人に応募し、面接等の就職活動を経て、学校の設置者と雇用契約を結ぶことができれば、それで教員になれます。筆記試験がある場合もあれば、ない場合もあります。教育実習で私立学校に行った際に気に入られて、すぐに採用というケースも稀に発生します。公立学校ではあり得ないことですが、民間企業ではアリです。
 また都府県によっては、「私学教員適性検査」という筆記試験が用意されている場合があります。この試験で良い成績を収めていると、優秀な教師を欲している私立学校から連絡が来る場合もあります。

非正規採用

 残念ながら教員採用試験に合格できなかった場合でも、実はすぐに教壇に立てる手段が用意されています。「臨時的任用教員(省略して臨採と呼ぶことが多い)」や「非常勤講師」と呼ばれる道を選ぶことができます。
 実は現在、正規に採用された教員だけでは、学校に期待されるニーズを満たすことができておりません。産休や病欠による一時的な欠員が生じているだけでなく、新学期からの担任すら足りなかったりします。また、自治体によっては、法律で決められた人数よりも多くの教員を配置しようと努力しているところもあります。そこで、正規に採用というわけにはいかないけれども、現場のニーズを満たすための要員が、かなり大量に必要になっております。
 自治体によって臨採の制度は異なりますが、基本的には各教育委員会に登録しておけば、向こうで必要になったときに連絡が来るような仕組みになっています。今はどこの教育委員会でも教員の数が足りないので、新学期が近づいた3月になると、大学の教職センターに「余っている学生はいないか?」と教育委員会からよく電話がかかってきます。学生には、大学の教職センターやキャリアセンターから連絡が来ることもあるでしょう。

 仕事の内容は、正規採用の教員とまったく同じです。授業は当然ふつうにやりますし、担任を持たされることもあります。校務分掌を任されることもあります。給料も、短期的には正規採用と同じです。
 が、やはり非正規ではあるので、いつクビになっても文句は言えません。また身分保障や社会保障、研修の面でも待遇の差があります。そして自治体によっては、正規採用の人数を抑えて非正規を増やそうとしているところもあります。一般社会での非正規問題と同じく、多くの問題を抱えている制度です。