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【要約と感想】ヴィーヴェス『ルネッサンスの教育論』

【要約】(1531年出版『学問伝授論』の一部を訳出したものです。)
 人々の自分たちの生活を良くしようという努力と経験に、神から与えられた知性と好奇心が加わることで、学問(術知)は立ち上がってきました。学問を身につけるために優れた本を読みましょう。
 学校を建てる場所に気を付けて、教師には豊かな学識を持つことはもちろん人格的にも立派な人を採用しましょう。子どもは堕落しやすいので小さい時から厳しく躾けましょう。中には学問に向いていない子どももいるので、すぐに別の進路を与えましょう。
 教育課程では、ラテン語に精通すべきことはもちろんですが、各国語やアラビア語も学ぶべきです。ギリシャ語は後回しでかまいません。健康のためにスポーツもして、食事にも気をつけましょう。読む本は優れたものを精査しましょう。
 言語に習熟したら高等な学問として論理学と自然研究に進みましょう。自然の観察から確実な知識だけを得る姿勢を身につけたら、次に第一哲学(形而上学)と討論に進み、確実な知識から普遍的な真理を導き出しましょう。討論では名誉を追及するのではなく、真理の認識を心がけましょう。運動も忘れてはいけません。続いて修辞学を身につけ、数学を学びましょう。数学は根気強さや集中力を養います。
 一通りの術知を身につけたら、社会で役に立つ実学的な学びを深めましょう。もはや学びの場は学校ではなく、商店や工場でのインターンです。ちなみに教師は人間の霊魂(感覚・感情・理解・記憶・推理・判断)の作用についての洞察を深め、教育に役立たせましょう。自然観察は人々の生活をより良くし、食物研究は健康を増進し、医学は病から身を守ります。実践的な判断力は歴史や倫理哲学(家政学・政治学)や法律の研究によって養います。
 学者は謙虚な気持ちで研究に熱意を傾けましょう。あなたの力は神から与えられたものだということを忘れて高慢になってはいけません。金儲けや追従阿諛で学問を売ることなどもってのほかです。名声の追及も感心しません。学問的な成果を上げたら、本に書き残して、公共の福祉に還元しましょう。

【感想】なるほど、近代的で包括的な教育論の先駆けと評価されている理由がよく分かった。論旨は素朴でありつつ取っ散らかってまとまりもなく、読後直後は凄さにピンと来ていなかったが、こうやって感想をまとめようとして振り返っているうちにジワジワ来ている。これは確実に新しい。さすが巨匠エラスムスが一目置いた男だけのことはある。
 まず決定的に重要なのは自然科学的な手続きに関する意識的な言及だ。これは同時代の人文主義者たちにはまったく見られなかったものだ。いちおう帰納法の萌芽みたいなものは各所に散見されつつも、ここまで意識的に前面に打ち出したのは管見の限りではあるが本書が最初のような気がする。デカルトはもちろん、ガリレオやフランシス・ベーコンより早い。もちろん自然科学そのものは既に様々な形で展開しているわけだが、本書はその手法を教育論としてカリキュラムの中に位置づける試みを見せているところが画期的なように思う。このあたりは小林博英(1961)「ヴィーヴェスに於ける実学思想の発端」が勉強になる。
 また、14~15世紀の人文主義は日常生活に役立つ実学を徹底的に軽蔑して古典学習と雄弁術ばかりを推奨していたわけだが、本書は実学の価値を極めて高く評価している点が極めてユニークだ。しかも実学は学校で学ぶものではなくインターンで修得するのが良いとまで主張している。また、数学や歴史を現実的に役に立つ学問と理解しているところも新しい。このあたりは小池美穂(2018)「ルネサンスにおける学問の方法化 : 知識の「有用性」」が参考になる。この実学に対する理解の進展が果たしてヴィーヴェスの個人的資質によるものか、それとも新大陸発見が何かしらのインパクトを与えているのか、そこそこ気になるところだ。
 そして学者の人格に関する記述は、身につまされる。学問を金儲けの手段にするのはもってのほかだし、名誉を追及するのも感心せず、公共の福祉に貢献してナンボとか。いやはや、仰る通り。
 ともかく、一応ヴィーヴェスの名は西洋教育史の教科書にも出てきてそこそこ重要人物として扱われてはいるのだが、実際に読んでみるとなるほど、これは重要だと見なされて当然だ。一時代前のルネサンス教育論からは一線を画した出色の出来になっていることは間違いない。大きく一歩近代に踏み込んでいる。しかしそのヴィーヴェスにも「かけがえのない人格」という観念が見当たらないことも確認しておく。

【個人的な研究のための備忘録】
 最初のまとまった教育論ということで気になる表現は非常に多いのだが、まずは個人的関心に即してサンプリングしておきたい。

「人間がそこへ向けて造られた目的に各人が到達すること、これ以外に、人間の完成はないのである。(中略)各々の事物にとっては、それが創造された目的を達成することが結局そのものの完成であり、その全部分での仕上りでもある以上、疑いもなく敬神が人間完成の唯一の道である。」26頁
「しかし聖愛によって自己をより高く引き上げた人の敬神こそ完成なのである。」37頁
「実際、規範は完璧な形で自然の中にある。そして各人はその才能や熱心の度合に応じてこの規範に表現を与えるのであるから、ある者は他の者よりもりっぱに表現することはあっても、誰も充全かつ完全に表すことはないのである。」94頁

「完成」という観念そのものには独自性は認められず、同時代の一般的な使い方(キリスト教的目的論)をしている印象ではある。問題になるとすれば、このキリスト教的目的論の「完成」と、本書がこの後で記述する教育論の内容があまり噛み合っていないように見える点か。

「そして推理と観察とはほとんどすべてこの術知の発見に向けられていた。初めのうちは新規さに感嘆しながら、一つまた一つと獲得した経験を生活上の実益のために記録していった。知性はいくつかの個別的な実験から普遍的なものを集約し、さらにそれは引続いて多くの実験によって補強され、確認されて、確実なもの、確証されたものとして考えられるに至った。」28頁

 明らかに自然科学の経験主義的な手法を祖述している。ブルーノが生まれたのは本書出版から17年後、ガリレオが生まれたのは約30年後、またコペルニクスの主張が広く知られ出すのはほぼ同時期だから、やはり相当早い時期の表現だ。また単に自然科学の手法を叙述するだけでなく、教育課程に組み込んでいこうとする点で画期的なことは間違いないだろう。

「少年の天賦の才が何にもっとも適しているかは、肉親や親戚の者が探し当てることができるが、少年の方でも、自らの才能を示す兆候を多く顕わすものである。学問に適性がない場合は、学校では学科を遊んですごし、さらに学科以上に大切な時間を遊びで失ってしまうのであるから、もっと適していると判断され、したがってこれならば豊かな収穫を得て全うできるであろうと思われる方面へ、早い時期に移してやらなければならない。」77頁
「二カ月ないし三カ月に一度、教師たちは会合をもち、受けもっている生徒たちの才能について熟考し、父親の愛情と冷厳な判断力をもってこれを洞察しなければならない。そして各生徒が適性をもっていると思われる方へ送ってやらなければならない。」87-88頁
「この後、生徒のうちで誰が学問に精進するのに適し、誰が別の道に適しているかを吟味しなければならない。」91頁
「ともあれ術知を伝授する場合には、常にもっとも完全なもの、もっと完璧なものを提供しなければならないとはいえ、教える場合には、生徒の知能に適合した部分を術知から選んで提示してやらなければならない。」95頁
「このようなわけで、一人の青年の知性が結局どの分野に最も適しているかを周到に洞察することが必要である。」179頁
「もし青年が自分で模倣しようと決心したものを下手に描くようであれば、模倣することはやめさせ、自分自身の本来の傾きの方へと移してやり、他人のものではありえない、自分自身のものになるようにさせなければならない。」181頁
「まず初めに、自分はどのような事柄に関して才能があり、どの分野について書くのに適しているかを理解するために、自分自身を知り、自らの力を吟味しなければならない。」270頁

 教授に当たって子どもたちの生まれつきの才能に配慮すべきことは、繰り返し繰り返し、しつこいほどに主張される。この考え方自体はルネサンス期教育論に共通していてヴィーヴェス特有の論理というわけではないが、本書の場合はやはり教育課程に組み込まれる形で活用されている点がユニークなのだろう。そしてここでみられる個性観念が単に教授の有効性や進路の適性に関わって関心の対象になっていることも確認しておきたい。「かけがえのない人格」というニュアンスの表現は見当たらない。

「子どもたちは遊びを通して訓練されなければならない。こうすること自体が子どもの知性の鋭敏さや生来の性格を顕わすものであるが、同じ位の年齢の者や同類の者の間では、虚飾はいっさい行われないし、すべてが自然のままに現れるからとりわけそうなのである。実際、競争というものは天賦の性質を引き出しかつ示すのであって、草や根や果実を温めると香りや生来の能力が引き出し示されるのとほとんど異ならないのである。」87頁

 遊びの重視も、エラスムスなどルネサンス期人文主義に共通する考え方で、特にヴィーヴェスに限った話ではない。が、ご多分に漏れずちゃんと重視しているということは確認しておく。というのは、人文主義一般とは異なる見解も多く示されているからだ。

「人々との対話や会合には節度を失うことなく親しみの心を込めて参加しなければならない。そしてこの悪臭を放つものから身を遠ざけるのではなく、慎重に品性を陶冶することによって能う限り自らを救うべきである。」107頁

 「品性」にはモールム、「陶冶」にはクルトウーラのルビがある。「陶冶」という概念はドイツ疾風怒濤で鍛えられたというのが一般的な理解だが、クルトウーラ(cutureの語源)の考古学については目配せしておいた方がいいのだろう。もちろんキケロが使っている。「Cultura animi philosophia est.」

「しかし、精神の病癖がつのると人間の知能の働きが圧迫されて鈍くなるものであるから、無分別な行動は抑制させ、言葉でたしなめたり、必要な場合は鞭に訴えてでも𠮟責して止めさせなければならない。つまり理性の働きが充分でない少年の場合には、動物的な行為を止めさせるのに苦痛を咥えることが必要なのである。」124頁

 そしてエラスムスをはじめとするルネサンス期人文主義者は共通して体罰を否定しており、その主張は古代のクインティリアヌスに遡るわけだが、なんとヴィーヴェスは体罰を許容している。後のロックやペスタロッチーも体罰を許容する言葉を残しているが、ここに何らかの教育学的論点を見出すべきところか。

「健康についての一切の配慮は、精神が健やかになり、かの詩人[ユニウス・ユヴェナリス]が神々に切に祈り求めたように、「健全な精神が健全な身体の中に住むように」というにつきるのである。」126頁

 「健全な精神は健全な身体に宿る」というスローガンはいろいろなところに繰り返し登場する(たとえばジョン・ロック)が、ここにも出てきたことはメモしておこう。

「第一哲学を教授する場合には、一種の廻り道をして進むべきで、ある箇所まで進んだら、そこからまたもときた同じ処へもどることが必要である。AからBに進み、また逆にBからAに戻るのである。というのは、このような事柄の探究においては、われわれは精神を「存在のあり方に従って」導くのではなく、多くの曲折を含む「感覚の働きに従って」導くからである。それゆえ、より単純なもの、より生のままのもの、つまりいっそう感覚に顕わに知られているものを先に捉えるよう、常に工夫をこらさなければならない。」168頁

 形而上学を後回しにして経験主義的な考え方を重視する主張だ。プラトンが聞いたら卒倒しそうな主張だが、どうもヴィーヴェスは実践的なクセノフォンのほうを重視しているような印象がある。そしてもちろんここで表現されている考え方を突き詰めていくとデカルトに至るわけだが、1531年のヴィーヴェスと1637年のデカルトの間に流れる百年の時間をどう理解するか。(もちろんフランシス・ベーコンはここに入って来るわけだが)

「こういうわけで、母国語で書くことがいっそう望ましいであろう。母国語においては民衆こそ自らの国の言葉の偉大な作者であり、教師であり、判定者だからである。」183頁

 母国語の重視は瞠目すべき主張だ。この時代ではもちろん学術用語としてのラテン語が圧倒的に優位にあり、ルネサンス期人文主義者の大半はラテン語でコミュニケーションを行っており、母国語の意義を主張した論者は他に見当たらない。17世紀初頭ラトケまで待つ必要がある。ただ、本書から母国語を尊重する理由を抽出することが難しいのは残念なところだ。理由として、たとえばヴィーヴェスがスペインで活動していたことが何らかの意味は持ったりするか。深堀するといろいろおもしろいことが出てきそうなところではある。

「しかしこういうこと(円環的知識)に関しては、キケロもいっているように、学校で博学の士が講義するよりも、古老がその仲間や集いの中ではるかにすぐれた知識を披露するものである。(中略)そうであるから、ここで必要なのは学校ではなく、聴きかつ知ろうとする激しい意欲なのである。商店や工場の中にまで入って行き、そこの職人たちから彼らの仕事について詳しく訊ね、教えてもらうことを恥かしく思わないだけの熱意がいるのである。」193頁

 まさにインターンを主張している。実学教育の祖と評価されているだけのことはある。ここはルネサンス期人文主義者には見られない主張、というか逆立ちしても言いそうにないことで、ヴィーヴェスのユニークさを際立たせている。この実学主義というか現実主義はどこから出て来るのだろう。新大陸発見に伴う世界観の転換に関わっていたりするだろうか。「円環的知識」の考古学を進めなければ全体像が見えてこなさそうではある。

「これに対して、人間の霊魂に関する考察研究はあらゆる学問分野に最大の援助をもたらしてくれるものである。なぜなら、ほとんどあらゆる事柄に関してわれわれが下す評価は、存在それ自体に基づくというよりは、霊魂の理解能力や把握力に依存するものだからである。」195頁

 本書の中で繰り返し現れる経験主義的な主張ではあるが、その根拠としてヴィーヴェス特有の教育心理学が大きな役割を果たしていることが理解できる。後のデカルトやカントのモノ自体、あるいはフッサール現象学にまで通底するような認識論は、プラトンにもアリストテレスにも見当たらず、どこから出てきたのか不思議な感じがする。ヴィーヴェスの創案だとしたらとんでもないことだが、そんなことあるのか。中世やルネサンス期になにかモトネタがあって、私の勉強が届いていないだけか。

「歴史がかしずくところ、子どもは大人に成長し、歴史なきところ、おとなは子どもになり下るのである。」213頁
「メガロポリスのポリビウスは「全人類史」を動物の完全な体にたといえ、他との関連から切り離して部分部分を叙述した場合は、四肢に分解された体となり、誰もこのように引き裂かれた部分からは、もとの体の相貌や美しさや力を推定することができないものとなることを指摘している。それゆえわれわれも、歴史の各肢体を、その各々の部分が、たとえ動物の身体のようではなくても、しっかり組み立てられている一つの建築物のように、一つの部分が他の多くの部分と結合しているものと見ることができるように、構成しなければならない。」220頁

 自然科学だけでなく歴史の教育的効果も重視しているのは、さすがに人文主義者らしいと評価すべきか、それとも法律や倫理にも活用できる学問だと見なしている点を新しい発想と見なすべきか。

「また国の道徳習慣が立派であれば、少しの法律で足りるか、ほとんど法律がなくてもよいくらいであり、逆に道徳習慣が腐敗していれば、法律がどんなに多くても充分ではないのである。それゆえ、共和国の訓令においてだけでなく、また人々がその権威を認めて非常に尊重している法律の命令によって児童の教育が汚れない、清廉なものであるように細心の注意を払わねばならない。」246頁
「「立派な子どもたちを持つにはどのようにしたらよいか」との質問に対して、「立派に治められている国で子どもたちを育てるならば」と答えた哲学者もこれに劣らぬ叡智の言葉を語っているのである。」247頁

 この部分の「教育」にはエドウカチオのルビがある。学校で行われる授業ではなく、社会の中で人格を形成するというイメージの言葉だ。適切な法律が立派に守られている社会でこそまっとうな人格が形成できるという考え方はプラトンから見られる。そういう観点から、翻訳で「教育」という言葉が出てきた時も、それがエドゥカティオなのか、それとも学校教育を想起させる言葉なのかには注意して読んでいく必要があるのだった。

「学問の諸分野は人文諸学と呼ばれている。それはわれわれを人間らしくさせるためのものだからである。」266頁

 人文主義の語源に触れたリアルに同時代の表現として、サンプリングしておきたい。

ヴィーヴェス、小林博英訳『ルネッサンスの教育論』明治図書世界教育学選集、1975年

【要約と感想】モンテーニュ『エセー』

【要約】無理せず、自然体でまったりと生きていきましょう。どうせ私は私以外の何かになれないし、別の何かになろうと思ったら必ず不幸になります。金や名誉なんかは追い求めず、手の届く日常生活の幸せを噛みしめて、平凡に生きていきましょう。無学であったとしても、善良であるのが一番です。もちろん快楽を否定してもいいことはありません。たっぷり楽しみましょう。えへへ。

【感想】怪作といって言いのだろう。長く古典として読み継がれてきた理由が、実際に読んでみればよく分かる。飽きずに最後まで読めた。
 随所に見られる「自分語り」は同時代では類がないし、ところどころのコメントが妙に現代の状況にマッチしてドキリとさせられる。最初の方は人文主義的な教養を前面に押し出しているが、やはり本領を発揮して苦笑いを誘うユーモアが増えて来るあたりからがおもしろい。「近代的自我」の萌芽を見たくなる。

【個人的な研究のための備忘録】教育と自己同一
 本編の話題は多岐に渡って興味は尽きないのだが、私の個人的な仕事に関わる教育や子育てに関わる記述はかなり多いので、これを中心にサンプリングしておきたい。当時の状況を具体的に理解する上でも貴重な証言が多いように思う。また世紀の自己語りだけあって、「自己同一」に関わる洞察も興味深い。一緒にサンプリングしておきたい。

「われわれのもっとも大きな悪徳はもっとも若年の頃につくものであるから、もっとも大事な躾けは乳母の手中にあると私は思う。子供が雛の顎をひねったり犬や猫を傷つけたりして、はしゃぐのを見て喜ぶ母親たちがある。また、ある父親は愚かにも、自分の子供が無抵抗の百姓や召使を不当になぐるのを見て、男らしい魂の兆だと思ったり、あるいはその仲間を何かの意地悪い裏切やごまかしでだますのを見て、利発だと思ったりする。だが、これこそまさに残酷や、横暴や、裏切の種となり、根となるものである。」第1巻第23章

 幼少期の教育を重視する姿勢は、エラスムスなどルネサンス期の人文主義者に共通して見られる。第1巻の段階ではモンテーニュ独自の考えというより、人文主義者に共通する観点が示されているような印象だ。

「私は子供の頃、イタリア喜劇の中で、学校の教師がいつも道化役にされ、先生という名前がわれわれの間ではほとんど尊敬の意味をもたないことをしばしば残念に思った。(中略)いや、この習慣は昔からある。現に、プルタルコスも、ローマ人の間では、ギリシア人とか学校の先生とかいう語は非難と軽蔑を意味した、と言っている」第1巻第25章
「私はあの最初の理由を捨てる。そしてこの欠陥は彼らの学問に対する態度が間違っていることに由来するというほうがよいと思う。また、いまの教育法では生徒も教師も、より物識りにはなっても、より有能にならないのは不思議ではないというほうがよいと思う。本当に、われわれの父親たちの心遣いと出費は、われわれの頭に知識を詰め込むことだけを狙って、判断や徳操のことを少しも問題にしない。(中略)われわれがたずねるべきことは、誰がもっともよく知っているかであって、誰がもっとも多く知っているかではない。」第1巻第25章
「われわれは他人の知識で物識りにはなれるが、少なくとも賢くなるには、我々自身の知恵によるしかない。」第1巻第25章
「わが国の高等法院のあるものは、法官を採用するに当たって、知識だけを試験する。また、別の高等法院はそれ以外に、何かの訴訟の判決をさせてみて、良識の試験をする。私は後者の方法がずっとすぐれていると思う。」第1巻第25章

 詰め込み教育を批判して判断力や道徳性を養う教育を推奨する上に実技的入試方法を評価するところなど、現代の状況を想起せざるを得ない記述だ。このあたりから一般的な人文主義者と袂を分かっていく感じか。この姿勢は次の世紀のジョン・ロックで明確な表現を持つようになる。
 ただ、モンテーニュがキリスト教的な反知性主義の伝統を引き継いでいるだろうことも間違いない。トマス・ア・ケンピスとかイグナチオ・デ・ロヨラなどガチンコのキリスト教反知性主義の他にも、ルネサンスの元祖ペトラルカやエラスムスにも似たような姿勢を確認できる。モンテーニュが16世紀当時の状況を踏まえて実践的に考え付いたことなのか、あるいはペトラルカやエラスムスの範に従った修辞学に過ぎないのかの評価は、なかなか難しい。

「けれども実を言うと、私がここで申し上げたいのは、人間の学問のうちでもっとも困難で重大な問題は子供の養育と教育にある、ということにほかなりません。」第1巻第26章
「この世界こそは、われわれが自分を正しく知るために自分を写して見なければならぬ鏡であります。要するに私は、これが生徒であるお子様の教科書であるようにと望むのです。」第1巻第26章
「なおまた、この教育は優しさの中に厳しさをこめておこなわれるべきであります。普通、学校でおこなわれているようではいけません。学校では子供たちを学問へ誘うかわりに、実際には恐怖と残酷を与えるだけです。暴力と強制をやめてください。」第1巻第26章
「まず勉強の意欲と興味をそそることにまさるものはありません。さもないと書物をむやみに背負わされた驢馬が出来上がるだけです。」第1巻第26章

 モンテーニュは暴力一般に対する嫌悪感を前面に打ち出しおり、もちろん子どもに対する体罰も厳しく批判する。これもエラスムスなどルネサンス期人文主義の教育論に共通している。また意欲と興味を重視する観点も共有している。
 しかし教育課程に対する考え方については人文主義と大きく異なっているように思う。人文主義がギリシャ語やラテン語などの教養を最大限重要視するのに対し、モンテーニュは現実世界の在り様を重視する。その根拠については全編を通じても明らかにできないが、なんとなく自然科学の発展(コペルニクスへの言及はある)と新大陸発見(何か所かに言及がある)が関係しているような気はする。目の前で世界の在り方が大きく急激に変化している最中に、古典語よりも目の前の「世界」そのものを注視しようとする姿勢が説得力を持つはずではある。

「けれどもわれわれの習慣や意見が本性上、不定であることを考えると、私にはしばしば、すぐれた著者たちまでが人間について恒常不変な性格を打ち樹てようとやっきになるのは間違いであるように思われた。(中略)私にとっては、人間の恒常を信ずることほど難しいものはないし、人間の不定を信ずることほど易しいものはないように思われる。」第2巻第1章

 後に自分自身は恒常であると主張するモンテーニュだが、第二巻ではむしろ変化の方に傾いている。まあ、そもそもエセーは矛盾だらけの本だ。

「われわれは人を誉めるのに、子供の教育に熱心なことを取り上げはしない。いくら正しいことでも、当たり前のことだからである。」第2巻第7章

 どうやら16世紀には「子供の教育に熱心」なことは「当たり前のこと」だったようだ。重要な証言だ。

「たとえば、いま話している事柄についてもそうですが、生まれたばかりの子供を抱きしめる愛情というものが、私には理解できません。生まれたばかりの子供は、心の動きも体の形も見分けがつかず、どこにも可愛いと思わせるものをもたないからです。(c)ですから私は、彼らが私のそばで育てられることを喜びませんでした。(a)本当の正しい規律ある愛情は、われわれが子供たちを理解するのと同時に生まれて増大すべきものであります。」第2巻第8章
「私は、幼い精神を名誉と自由に鍛えようとする教育においては、あらゆる暴力を非難いたします。厳格と強制には何かしら奴隷的なものがあります。また、理性と知恵と巧妙によってなしえないものは、暴力によってはけっしてなしえないと考えます。」第2巻第8章

 子どもが可愛くないという主張は、実はキリスト教的原罪観からすれば不思議でもないし、中世に同じように子どもをクサすような詩があったことがホイジンガ『中世の秋』でも報告されているが、現代的な観点からは少々意表を突かれる。
 また改めて体罰を否定している。よほど嫌いなのだろう。

「同じ学校と同じ教育からでさえ、これよりも画一で一様な行為が出て来ることがありうるだろうか。」第2巻第12章
「最後まで徹底的に戦う闘技士を訓練する厳しい学校では、次のような宣誓をさせるのがきまりだった。(中略)それでもある年にはこの学校に入って命を失った者が一万人もあった。」第2巻第12章
「人間を害する病毒は、人間が自ら知識があると思うことである。だからこそ無知はわれわれの宗教によって、信仰と服従にふさわしい特性として、あれほどに讃えられたのである。」第2巻第12章
「神の知恵を知るのは知識よりもむしろ無知を介してである。」第2巻第12章
「ある人々は、「ある一つの、母体のように大きな、普遍的な精神があって、すべての個別的な精神はそこから出て行き、そこに帰り、この普遍的なものと常にまじり合う」と言った。」第2巻第12章
「三千年もの間、天と星とが地球のまわりを運行し、皆もそう信じていた。(中略)今日ではコペルニクスがこの説を立派に根拠づけて、あらゆる天文学の結論に正しく利用している。われわれがここから学ぶべきことは、二つの説のどちらが正しいかなどと頭を悩ましてはならないということではないだろうか。それに、これから千年後に第三の説が出て前の二つの説を覆さないとはだれにも保証できないのである、」第2巻第12章
「ところが、今世紀になって、一つの島とか一つの地域とかいうものでなく、われわれの知っている大陸とほとんど同じくらい広い、果てしもなく大きな大陸が発見されたではないか。」第2巻第12章
「われわれは愚かにもある一つの死を恐れているが、すでに多くの死を通過し、また別の多くの死を通過しつつあるのである。実際、ヘラクレイトスが言ったように、火の死滅は空気の誕生であり、空気の死滅は水の誕生であるばかりでなく、同じことはもっと明白にわれわれ自身の中に見ることができるのである。花の盛りの成年期が死んで過ぎ去ると、老年期がやって来る。青年期が終わると盛りの成年期になり、少年期が終わると青年期になり、幼年期が死ぬと少年期になり、昨日が死んで今日になり、今日が死んで明日になる。何一つとして同一のままでいるものはない。」第2巻第12章

 エセー中最大の分量を誇る「レーモン・スボンの弁護」の章だ。一般的に懐疑主義の観点で言及されることが多く、確かに懐疑派セクストゥス・エンピリコスからの引用も見られる。東洋的な無常観の表現も目立つが、これは古代ローマのオイディウスにも見られる考え方だし、実際にモンテーニュも引用している。またルクレティウスが極めて頻繁に引用されていることも目を引く。ルクレティウスはエピクロス派の唯物論者だ。また通奏低音としてキリスト教的反知性主義の考えが響いている。このあたりがモンテーニュの死の4年後に生まれるデカルトの懐疑に引き継がれているかどうかは興味深いところだ。
 教育学的な観点からは、アリストテレス的権威とか人文主義的全能感から完全に距離を置いているところが注目か。この懐疑の姿勢は、エセー全編で繰り返される日常生活に関わる実践的な道徳性を重視する姿勢と響き合っていて、まだデカルト懐疑的な科学主義には繋がっていかない。

「さて、我が国の教育が愚劣であるという問題に戻ろう。わが国の教育はわれわれを善良で賢明にすることではなく、物知りにすることを目指して、その目的に到達した。われわれに徳と知恵を追いかけ、抱きしめることを教えずに、それらの語の派生と語源をたたき込んだ。」第2巻第17章

 全編を通じて見られる教育に対する考え方がここでも繰り返されている。モンテーニュは知識の詰込みを批判し、日常生活を豊かにする道徳性を重視する。

「われわれの肉体の病気や状態は、国家や政体の中にも見られ、王国や共和国も、われわれと同じように、生まれ、花咲き、年老いてしぼむ。」第2巻第23章

 有機体論的国家観の表現があったのでサンプリングしておく。

「(a)プルタルコスはいたるところがすばらしいが、人間の行為を判断しているところは、とくにすばらしい。リュクルゴスとヌマを比較した箇所で、子供の教育と監督を父親に任せておくことがきわめて愚かであると言ったのは見事である。(c)アリストテレスも言っているように、たいていの国家は、キュクロプスたちのように、妻や子供の指導を、男の愚かで無分別な気まぐれに任せている。子供の教育を法律で規定したのは、せいぜい、ラケダイモンとクレタ島の国民くらいである。(a)国家のすべては子供の教育と養育の如何にかかっていることを知らない者があるだろうか。にもかかわらず、人々はこれを実に無分別にも、親の気ままに任せている。親がどんなに愚かで悪者でも一向にお構いなしである。」第2巻第31章

 「じゃあ誰に子どもの教育を任せるんだ」という疑問にモンテーニュは答えてくれない。この章は「怒り」について扱っていて、教育の話は冒頭に出て来るだけだ。とはいえ、教育を「法律で規定」することが良いことだと考えているらしいことまでは伺うことができる。

「だが、われわれの精神や学問や技術が考え出したものに対しては不信をいだいている。われわれはそれの肩を持つあまり、自然と自然の掟を捨て去って、節度と限度を守ることができなくなっている。」第2巻第37章

 この表現は即座にルソーの学問芸術論や自然主義教育を想起させる。モンテーニュがルソーにどの程度の影響を与えているかも気になるところだ。

「すべてのものがたえず動いている。台地も、コーカサスの岩も、エジプトのピラミッドも、世界全体の運動とそれ自身の運動で動いている。恒常不変ということさえ、やや緩慢な動揺にすぎない。私は私の対象[である自己]を確定することができない。それは生れつき酔っ払って、朦朧と、よろめきながら歩いている。」第3巻第2章
「世の著者たちは自分を何かの特別な珍しいしるしによって人々に知らせる。私は、私の全存在によって、文法家とか、詩人とか、法曹家としてでなく、ミシェル・ド・モンテーニュとして、人々に自分を示す最初の人間である。」第3巻第2章
生れつきの傾向は、教育によって、助長され強化されるが、改変され克服されることはほとんどない。今日でも、何千という性質が、反対の教育の手をすりぬけて、あるいは徳へ、あるいは不徳へと走っていった。」
「もしも、自分自身に耳を傾けるならば、自分の中のある特有な支配的な本性が、教育に対し、あるいは、この本性に反する様々な感情の嵐に対して、戦っているのを発見しない人はない。」第3巻第2章
私の判断は、いわば誕生以来、常に同一で、同一の傾向と同一の道筋と同一の力をもっているからである。世間一般の意見については、私は子供のときから、常に私の留まるべき場所に落ち着いている。」第3巻第2章
「うぬぼれるわけではないが、同じような状況の下では、私はいつでも同一であろう。」第3巻第2章

 ここに見られる描写は、もう個人的には「近代的自我」と呼んでみたくなる。肩書きなどには左右されない、一貫した性格としてのわたし。
 そして私の一貫性に対して、教育なるものが無力であるという描写にも注目すべきか。いわゆる「氏か育ちか」論争で、モンテーニュは氏の方に軍配を上げている様子だ。ただし似たような考えはクィンティリアヌスにも見られる。

「われわれは女性を子供のときから恋愛に奉仕するようにと仕立てる。彼女らの魅力や衣装や知識や言葉等、すべての躾けはこの目的だけを目指している。彼女らを躾ける女の家庭教師たちは、恋愛に対して嫌悪の念をいだかせようと絶えず言いきかせながら、かえって恋愛の姿だけを心に刻み込む。」第3巻第5章
「さて、書物を離れて、実質的に、単純に語るならば、恋とは結局、(c)望ましいと思う人を(b)享楽しようとする渇きにほかならない。(中略)ソクラテスにとっては恋愛は美を仲介とする生殖の欲望である。」第3巻第5章

 「恋愛」に対する即物的な見解が示される章だ。ここで表現されている「恋愛」の中身が近代的な自由恋愛を指しているかどうかについては十分な注意を要する。さすがルクレティウスの徒だ、とでも言っておくべきところか。隠語として「ウェヌス」を使い、連発するところは、なかなか滑稽だ。

「われわれは大砲や印刷術の発明を奇跡だなどと叫んでいたが、世界の別の端の支那では別の人々が千年も前からそれを使っていたのである。もしもわれわれが世界について見ていないのと同じ分量だけのものを見ることができたら、おそらく、事物が絶えず増加し変化することを認めるにちがいない。自然にとって唯一のもの、稀有なものは一つもない。」第3巻第6章

 物事が常に変化するというオイディウス的なものの見方が繰り返されている描写だが、「印刷術」というテクノロジーに対する見解が示されているところなのでサンプリングしておく。

「アテナイ人は、いや、ローマ人もそうだが、学校で話合いの練習をすることを大いに重んじた。現代ではイタリア人がいくらかその跡をとどめ、それで大いに得をしている。」第3巻第8章

 第3巻第8章「話し合う方法について」は、論破を良しとする現在の風潮に対しても有効な見解を示しているが、もちろんモンテーニュにとっては宗教改革に伴う世界の分断が念頭にあるだろう。ともかく人間は進歩しない。

「子供のない境遇にもそれなりの幸福はある。子供というものは、それほど強く欲するのに値しないものの一つである。特に子供を立派に育てることがきわめてむずかしい現代ではそうである。(中略)(b)だがそれでも、一度子供を得たあとに失くした人にとって、それが哀惜に値するのは当然である。」第3巻第9章

 なんだか現代のSNSに書いてあっても違和感のない表現ではある。が、モンテーニュが同時代を「子供を立派に育てることがきわめてむずかしい」と理解していたことには注目しておきたい。知識中心主義の詰込み教育によって日常生活を豊かにする道徳教育がないがしろにされている風潮を憂いていると考えていいところか。

ソクラテスについて「彼はまた常に同一であった。一時の衝動からではなく、性格から、もっとも逞しい人間性にまで自己を高めた。いや、もっと正しく言えば、何も高めなかった。むしろ、すべての強さ、激しさ、困難さを、自分の本来の自然の程度にまで引きおろして服従させたのである。」第3巻第12章
「われわれが安穏に生きるためにはほとんど学問を必要としないソクラテスも、学問がわれわれ自身の中にあること、それの見いだし方と用い方を教えている。自然にそなわる能力を超えた能力はすべて、むなしいよけいなものだと言ってよい。」第3巻第12章

 このソクラテスは、プラトンの描くソクラテスではなく、クセノフォンの描くソクラテスだ。政治家としての業績もある実践的なモンテーニュは、観照的なプラトンよりも実践的なクセノフォンんのほうに親和的なのだろう。一方、ここで同一(アイデンティティ)の表現が現れることにも注意しておきたい。

「子供らを育てる仕事は自分で引き受けてはいけない。いわんや、妻になどまかせてはいけない。庶民の、自然の掟の下で、運命が子供らを作り上げてくれるのに任せるがよい。習慣が粗食と艱難に鍛えてくれるのに任せるがよい。」第3巻第13章

 これも直ちにルソーの自然主義教育を想起させる表現だ。というか、『エミール』の要約みたいになっている。ルソーが影響を受けたかどうかだけでなく、モンテーニュによって読者層の側にルソーを受け入れる準備が整っていた可能性も考えていいのかもしれない。

モンテーニュ、原二郎訳『エセー(一)』岩波文庫、1965年
モンテーニュ、原二郎訳『エセー(二)』岩波文庫、1965年
モンテーニュ、原二郎訳『エセー(三)』岩波文庫、1966年
モンテーニュ、原二郎訳『エセー(四)』岩波文庫、1966年
モンテーニュ、原二郎訳『エセー(五)』岩波文庫、1967年
モンテーニュ、原二郎訳『エセー(六)』岩波文庫、1967年

【要約と感想】桑瀬章二郎『今を生きる思想ジャン=ジャック・ルソー―「いま、ここ」を問いなおす』

【要約】ルソーの生い立ちから死までの経歴と活動を辿りながら、一つ一つの著書の内容にそれほど深入りすることはしませんが、様々な知の領域に渡って展開する不可分な思考の枠組みを示しながら現代的な意義を明らかにします。
 ルソーは今も昔も十全に理解することが困難な思想家ですが、それは多面的多角的に読める著書から領域横断的で根源的な「問い」が迫ってくるだけでなく、著者ルソー自身が読み方の「解」を提示するという他に類を見ないような形で人生とテキストが絡み合う作りになっているからです。もしも現代的な意義があるとすれば、もちろんSNSや公衆に向けた自己顕示欲など様々な観点から響き合うトピックはたくさんありますが、すべての前提と先入観を取り去って、誰かに忖度することなく、ものごとの根源を自由に考え抜く姿勢そのものが重要でしょう。

【感想】分量も少なく、著書の内容そのものにそれほど深く立ち入らない一方、ルソーの矛盾に満ちた生涯と作品の全体像をコンパクトに概観できるので、どういう人物でどういう本を残したかをさくっと知りたい人にはまず良い本のような印象だ。高校生までの世界史や倫理の教科書では、ルソーというと近代の政治や社会に関する理論を打ち立てた人ということになっているわけだが、本書はもちろんその教科書的な記述にとどまらず、音楽家や野心的批評家やベストセラー作家や自伝作家としてのルソーをしっかりと描いている。政治社会的な関心からのアプローチだけでは、『新エロイーズ』に対する評価をこういう形でルソーの思想全体に関連付けて表現することはできない。研究者の面目躍如といったところだろう。ある特定の決まった興味関心からルソーを都合よく使ってやろうというのではなく、ある程度無心にルソーの本を読んでいる人には、おそらくところどころに分かり味が深い洞察がちりばめられていて、様々なインスピレーションが湧いてくるのではないか。私個人としては、ぜひ「教育学」の立場から『エミール』以外の著作を深堀りしたいものだ(76頁には法学・経済学・宗教学・社会学は挙げられているけど、教育学は抜けてるんだよね)。

桑瀬章二郎『今を生きる思想ジャン=ジャック・ルソー―「いま、ここ」を問いなおす』講談社現代新書、2023年

【要約と感想】吉田量彦『スピノザ―人間の自由の哲学』

【要約】17世紀オランダの哲学者スピノザの生涯を辿り、著書の要点を解説し、スピノザ研究史についても概略します。
 宗教的不寛容によって自由が失われつつあった時代に、実際にスピノザは自由を奪われましたが、しかし徹底的に自由の意義と可能性を考え抜きました。国家論的な観点からは、寛容性を失った国が必然的に滅び、自由を尊重する国が栄えることを唱えました。その自由とは単に考える自由だけでなく、それを表現し行動する自由でなければなりません。いっぽう倫理的な観点からは、いったん人間の自由など原理的にあり得ないかのような決定論を展開しながら、しかし最終的には現実の人間の在り様を考え抜くことによって「理性」の役割を解き明かし、人間にとっての自由の意味を根拠づけました。人間は目の前の出来事に必ず感情を揺さぶられてしまう受動的な存在ですが、しかし理性と直観を働かせて世界がまさにそうあるべき必然的な姿とその原因を判明に理解することにより、能動的に感情を馴致することができます。
 スピノザの思想は、しばらく宗教的不寛容や哲学的無理解のために不遇な扱いを受けていましたが、「自由」について根源的に考えようとするとき、必ず甦るのです。

【感想】やたらと読みやすく、初学者にも絶賛お勧めだ。平易な語り口で分かりやすいだけでなく、ところどころの悪ふざけがアクセントになっていて飽きが来ない。どうやら学術論文でも「悪ふざけ」していると叱られているとのことで、親近感が湧く。それに加えて語り口だけでなく構成も考え抜かれている印象だ。また主人公スピノザだけでなく、脇役たちの描写にも無駄がない。というか、脇役たちの描写によって時代背景が浮き彫りになり、スピノザ哲学が持つ意味がより鮮明となる。

 本書ではドイツ観念論の論者たちがスピノザ哲学の一部(エチカ第一部)にしか注目せず、政治社会的な議論については完全に無視していたとのことだが、個人的な印象では30年前の学部生の時に読んだ哲学史の概説書にもその傾向が根強かったように思う。単に私の読解力不足だった可能性もなくはないだろうが、実際にスピノザの本(翻訳だが)を読むまでは、スピノザといえば「一つの実体に二つの属性」と「汎神論」というくらいの教科書的理解から「デカルトの下位互換」程度に思い込んでおり、特にいま改めて読む必要なんてあるのかな、という印象だった。が、実際にいくつかの翻訳書に目を通してみると、これが意外にサクサク読めておもしろい。ひょっとしたら翻訳が良かったのかもしれないが、やはり内容そのものがおもしろくないと刺さらないはずで、俄然個人的なスピノザ熱が高まり、改めて基礎から勉強してみようとなった次第。本書を読んで、自分なりにスピノザ哲学の意義が明確になった気がするのだった。特に個人的な興味関心から言えば、ホッブズ社会契約論との相違に関する理解がものすごく深まって、とてもありがたい。

【個人的な研究のための備忘録】近代的自我
 個人的な研究テーマとして「人格」とか「近代的自我」というようなものの立ち上がりの瞬間を見極めようとしており、数年前から改めて西洋古代のテキストから読み始め、ようやく中世を抜けて17世紀に差し掛かりつつあるわけだが。やはり古代はともかく中世には「人格」とか「自我」というものの芽生えを感じさせる表現に出会うことはない。トマス・アクィナスやダンテやペトラルカはいい感じではあるものの、決定打にはならない。そして問題は、いわゆるイタリアルネサンスにも決定打が見当たらないところだ。確かにフィチーノやピコやビーヴェスやヴァッラはいい感じだが、決定打ではない。エラスムスやトマス・モアもまだまだだ。16世紀後半モンテーニュはそうとういい感じだが、明確な表現にまで成熟しているわけではない。そろそろ、近代的な「人格」や「自我」の概念に対してルネサンス人文主義は大した影響力を持っていなかったと結論してもいいような気がしている。そして、だとしたら、ポイントになるのはデカルト、ホッブズ、スピノザ、ライプニッツということになるのだ。
 そういう関心からすると、本書の以下の記述は見逃せない。

「わたしがそれに固執しようとするのは、むしろ現に存在している一人の人間としてのわたし、つまり今ここにこうして生きているわたしが、そうあることを望んでいるようなあり方です。そのあり方はわたしに固有のものであり、同じ一人の人間ではあっても、他のだれかがそう望んでいるあり方とは(もちろん共通点も少なくないでしょうが)どこかが必ず違っています。そういう、それぞれの具体的な人間がそれぞれ具体的に望んでいるあり方に固執しようとする営みこそ、人間のコナートゥスの本質だとスピノザは言いたいのでしょう。したがってそれは、形式面からみればあらゆる人に共通する営みではありますが、内容面から見れば決して同じではなく、あくまで個々の人がそれぞれ現にそうありたがっているあり方に固執しようとする営みであり、その意味では「そのものの現に働いている本質」とでも表現するしかない営みなのです。」294頁
「このように、「自らの存在に固執しようとする」人間の力=コナートゥスは、最初から具体的に内実の決まったものではなく、むしろ一人一人の人間がそれぞれの人生を送る中で「これが自分の存在だ」と考えたことに、つまりひとそれぞれの自己理解に大きく左右されます。人間はどうあがいても結局は自分がそう考えるように生きようとするし、それ以外の生き方をめざすことが精神の構造上不可能になっている生き物なのです。」295頁

 ここで決定的に重要なのは、294頁の「形式面からみればあらゆる人に共通する営みではありますが、内容面から見れば決して同じではなく」という表現だ。この「形式的な共通性」と「内容的な独自性」こそが近代的な「人格」を理解するうえで決定的に重要なポイントであり、古代・中世にはそのどちらか片方を洗練させた表現には出会えても、この両方を満足させる表現には出くわさない(たとえばイタリアルネサンスの「人間の尊厳」という概念は前者にしか響かないし、いっぽうモンテーニュは後者にしか響かない)。さらに295頁の「それぞれの自己理解」という表現にみられるように、再帰的な自己理解まで至れば完璧だ。いよいよ17世紀スピノザで出てきた、というところだが、本書の表現はあくまでもスピノザ本人ではなく研究者による解釈なので、しっかりオリジナルな表現で確認しなければならない。ともかく、個人的には盛り上がってまいりました、というところだ。

【個人的な研究のための備忘録】属性
 スピノザ哲学を把握するうえで「属性」という概念の正確な理解は欠かせないわけで、もちろん本書でも「属性」概念について解説が施されるが、そこで眼鏡が登場したとあっては見逃すわけにいかない。

「一般的には、何かに本質的に属する性質、それがその何かに属していないとその何かをその何かと同定できなくなってしまうような性質、それが属性です。あえて変な例で説明しますが、きわめて個性的な、そこを捨象したらその人らしさが根こそぎ消えてしまうほど特異な性的嗜好を表現するのに「〇〇属性」という言葉を使ったりしませんか。メガネをかけた異性(同性でもいいですが)にしか欲情しない人を「メガネ属性」と呼んだりする、あれです。あれはじつは、属性という概念の基本に意外と忠実な用法なのです。」262頁

 筆者は私より年齢が一つ上でほぼ同世代であり、おそらく我々は文化的な経験を共有している。「属性」という言葉でもって「特異な性的嗜好を表現」することが広がったのは、我々が学生の頃だったはずだ。ひょっとしたら二回り上の世代や、あるいは二回り下の世代には通用しない恐れがある。いま現役のオタクたちは「属性」という概念でもって諸現象を理解していない印象があるし、そもそも使い方を間違っている例(もちろん彼らにとってみれば間違いではない)を散見する。

吉田量彦『スピノザ―人間の自由の哲学』講談社現代新書、2022年

【要約と感想】岡部勉『プラトン『国家』を読み解く』

【要約】プラトン『国家』は長きにわたって誤読されてきました。これは「人間とは何か」について書かれている本です。

【感想】感心しなかった。感心しなかったところはたくさんあるが、特に「正・不正と幸・不幸」の章は頭を抱えた。著者は一生懸命に「満足感」とか「達成感」との関連を考えた末に、「悪く言われるのはソクラテスを死に追いやった人々の方である」などと、ソクラテスが逆立ちしても絶対に言わなさそうなことを結論で示している。いやいや。仮にソクラテスが誤解のうちに無残な死を迎え、一方で実際に悪い奴がこの世の快楽の限りを味わったとしても、それでも本当に幸せなのはソクラテスである、ということを力強く示したのが『国家』という本の神髄でしょう。ソクラテス的幸福とは「わたしがわたしである」という再帰的な自己同一の在り方にあって、他者からどう評価されるかには一切関わらない。悪く言われるとか誤解されるとか、ソクラテス的幸福には一切関係がない。それは『クリトン』で示されたお馴染みの結論でもあったはずなのに、なんでそういう基本中の基本が読み取れていないんだろう? 「満足感」とか「達成感」とか、あまりに俗物主義的な物言いにしか見えない。そういう決定的に重要なところが読み取れていない疑いがある以上、もう論旨全体は素直に入ってこない。最初から全部ボタンを掛け違えているように思えてしまう。
 たとえば「「魂の一性の実現」が正義の必要条件である、それは分かる。そう私は言いたいと思います。しかし、なぜそれが「十分条件でもある」と言えるのか、それは(この前後を見る限りでは)どこにも示されていません。」(52頁)と言っているが、素直にテキストを読んでいる私としては、そうは思えない。『国家』とは「わたしがわたしである」という再帰的な自己の在り方を原理的に解き明かしたテキストであり、「魂の一性」こそが正義の必要条件どころではなく十分条件であることは徹底的に論じられているように読める。そして本書でプラトンが論じたかったテーマは、著者が考えるような「人間とは何か」ではなく、「魂の一性」であるようにしか読めない。プラトン中期以降の著作を踏まえても、そうであるようにしか思えない。
 まあ、百人いれば百人の読み方を許容するのが古典というものの在り方ではあるので、私は私の読みが正しいと思ってこの先もやっていくしかない。

■岡部勉『プラトン『国家』を読み解く』勁草書房、2021年