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【要約と感想】トマス・モア『ユートピア』

【要約】私の考えた最強の国家には私有財産がないので、みんな幸せです。

【感想】でも奴隷はいるのだった。
 さて、薄いわりに読み応えのある古典で見どころが盛りだくさん。労働、生産、分配、貨幣、交易、外交、行政、学術、治安、刑罰、婚姻、戦争、宗教と一通りの国家論が語られるが、中でもやはり最大の注目論点は「私有財産」の否定だろう。旧ソビエト連邦など共産圏の研究者がモアに注目するのも、もちろんこの主張のおかげだ。当然マルクスのような経済学的背景はないのだけれども、そのぶん素朴な倫理観と庶民的な常識に訴えかけてきて、現代においても説得力を失っていないと思う。というか、格差拡大を容認(というか促進)しながら公共性の基盤を破壊しようとする新自由主義が跋扈している現代においては、モアの主張は重要性を増してすらいるかもしれない。まさに原始蓄積が進行している様を生々しく描いて鋭く告発する本書は、経済的格差が存在する限り永遠に重要な古典であり続けるのだろう。

【個人的な研究のための備忘録】囲い込み
 中学社会科の教科書にも出てくるイギリスの「囲い込み」という現象について、私はうっかり後の経済学者による分析によって明らかになったものだと思い込んでいたが、実際には同時代のモアにも明確に気づかれていた。

「(前略)イギリスの羊です。(中略)百姓たちの耕作地をとりあげてしまい、牧場としてすっかり囲ってしまうからです。」31頁

 経営者(モアの場合は土地所有者)による合理的な営利活動が浮浪者や窃盗犯の増加という反道徳的な社会現象と明確に関連付けられ、そのネガとしてユートピアの私有財産否定が表現されていることには注意しておきたい。

【個人的な研究のための備忘録】人間の尊厳
 中世までは人間の生命を最優先に尊重しようという見解はまず見られないのだが、モアには明確に見られる。

「私は、金を盗った為に命を奪られるということは、決して正しいことでも道理にかなったことでもない、と思っております。世界中のあらゆる物をもってしても、人間の生命にはかえられない、というのが私の意見なのです。」38頁

 エラスムスの平和主義的な態度も思い起こさせる表現だ。これがルネサンス一般の趨勢なのか、それともエラスムス周辺に限られた見解なのかは、検討を要する(少なくともマキアヴェッリには見られない)。
 これに関して、一か所にだけ登場する「尊厳」という単語にも註も臆しておきたい。

「動物の霊魂も、人間の霊魂には尊厳の点ではるかに劣り」201頁

 しかしこの「尊厳」の原語がdignityだった場合、それを「尊厳」と訳すべきか「位階」と訳すべきかについては注意深い検討が必要だ。上記引用文の場合は「位階」でも意味は問題なく通じる。これを「尊厳」と理解したくなるのは、モアが人間の生命を最優先に尊重する姿勢を見せているからだろうか。

【個人的な研究のための備忘録】教育
 ユートピアには「学校」の具体的な描写がまるで登場しない。モアの関心には「学校」という施設・組織がまったく上がってきていない様子だ。
 いちおう単語として「学校」が出てくる文章はサンプリングしておく。

「殆ど全世界の者が、生徒に口でいってきかせるよりも、むしろ鞭にものをいわせたがる悪い学校教師に似ています。」25頁

 この文は窃盗犯に対して極刑で臨む姿勢に対して批判を加える文脈で出てくる。モアは極刑では窃盗は減らないと主張しており、それは同時に体罰では子どもに言うことを聞かせられないという姿勢となる。エラスムスは明確に体罰を批判しているが、モアも体罰に批判的だと考えて間違いないだろう。
 一方、どうやらユートピアにも「学校」は存在して、そこでは「仕来り」や「規則」を教わることになっているようだが、しかし重要な知識を実体験から身につけることになっているのには注目したい。

「農業は男女の別なくユートピア人全般に共通な知識となっている。彼らはみなこの道における熟練者である。すべて子供の時から教えこまれるが、学校で従来の仕来りや規則を教わる一方、また他方では都市の近郊に遊びがてら連れ出され、人々のやっているのを見るばかりでなく、実際に自分たちの体を働かしてやってみることによっても習得するのである、」98頁

 農業に関する知識の話ではあるが、「遊び」と絡めながら「やってみることによっても習得する」というアクティブラーニングの手法が示されている。このアイデアが16世紀前半に明確に打ち出されていることには注目しておきたい。
 一方、農業のような実学とは異なる「教養」と「学問」にも言及されている。

「ユートピア人がこういったいろいろな考え方をもつようになったのは、一つには、今いったような種類の迷妄とはおよそ縁遠い、彼ら独自の法律・習慣をもった、国家の中で育てられたせいもあるが、一つにはまたすぐれた教養と学問の力にもよるのである。(中略)けれども、ユートピアでは国民全部が子供の時には学問を学ばなければならないのだ。」131頁

 どうやら子どもの頃から「教養」と「学問」を身につけることになっているとのことだが、スコラ的に概念を弄することは明確に批判され、自然科学を踏まえた実学を身につけるべきことが強調されている。
 さらに宗教を語る段になると、教育に当たっていたのが宗教者であることが明らかになる。どうも学校教師という役割はユートピアでは居場所を持たないようだ。

「青少年の教育の任に当るのも司祭たちである。彼らは正しい心や風俗について教えることに熱心なばかりでなく、学問を教えることもこれに劣らず熱心である。子供たちの頭がまだ柔かくてしなやかな間に、国家の発展に必要適切な正しい信念をたたき込むために、彼らは懸命な努力をする。」207頁

【個人的な研究のための備忘録】快楽とエピクロス主義
 本書には「快楽」についてそこそこのボリュームで語るのだが、内容はあからさまにエピクロス主義を彷彿とさせる。魂の物質性を明確に排除している点はエピクロス主義とは一線を画しているものの、「幸福」という概念との絡みなどの基本線はエピクロス主義と基本的な発想を同じくしているように思える。もちろんルネサンス期にはルクレティウスなどを通じてエピクロス主義の考え方は既によく知られており、それを踏まえている可能性は極めて高い。

「彼らにとって一番根本的な問題は、人間の真の幸福はなにを、それがただ一つのものかそれともそれ以上のものかはともかく、その基盤としているか、ということである。しかし、この点における彼らの考えは、快楽を弁護する人々、つまり人間の幸福のほとんどすべては快楽にあるとする人々の考えに、あまりに偏りすぎているように思われる。そして、さらに驚くべきことは、彼らがこのような人間味豊かな考えの根拠を、じつにその峻厳無比な宗教に求めていることである。」134頁
「そういうわけで、この問題を十分に考えた結果、人間のすべての行為は、いやそのすべての徳そのものでさえ究極的には快楽をその目的ともし、幸福の源ともしていると、彼らは考えるのである。」139頁
「健康を人間の主な快楽と考えている人々は非常に多いのである。この点ユートピア人は例外なしに、皆これを人間最大の快楽、いや、いわばあらゆる快楽の根源とさえも考えているのである。」147頁

 このような「快楽」と「幸福」に対する姿勢がどの程度エピクロス主義の影響を受け、同時代のルネサンス作家と比較してどのような性格を持ち、後のホッブズやロック、ヒュームやベンサムやミルなどイギリス経験論者にどう引き継がれていくか、要検討事項になる。

【個人的な研究のための備忘録】技術
 「印刷術」につしては、フランシス・ベーコンやモンテスキューなども極めて高い評価を与えているが、モアもご多分に漏れない。同時代の人々にとっても画期的なテクノロジーであったことは踏まえておいてよい。

「けれどもその彼らにしてなおわれわれに対して感謝してしかるべき技術が二つある。印刷術と製紙術がそれである。」157頁

【個人的な研究のための備忘録】人格 
 「人格」という言葉がいくつか出てきたのでサンプリングしておく。後のホッブズの用法とはずいぶん異なる。

「糸の細い織物をきればそれだけ自分たちの人格の値打も高くなると思っているのである。」140頁
人格と勇気に秀でた人」185頁
「その人格の故にのみかくも尊い地位につくことができたという人」210頁
「なまなかな人格をもってしては不可能なのだ。」210頁

トマス・モア『ユートピア』岩波書店、1957年

【要約と感想】田中浩『人と思想ホッブズ』

【要約】ホッブズは民主主義思想家の元祖ですが、日本では絶対君主主義の権化と誤解されています。ホッブズに至るイギリス政治思想史の研究を怠っているせいです。ホッブズが民主主義者であることを理解するためには、ピューリタン革命前夜のイギリス政治体制の矛盾と課題を正確に認識する必要があります。
 ホッブズの思想は古代エピクロスから決定的な影響を受けており、それが同時代の思想家と際立って異なっている理由です。またルネサンスと宗教改革の思想を体系化し、カトリックの伝統を振り切って、後のロックやルソーに連なる近代的な政治思想を確立しました。

【感想】初心者向けの本である割には、繊細な論点に対して大胆に断定が下されていて、そのぶん話は分かりやすくなっているのだろうけれども、眉に唾をつけながら読む必要もありそうだ。たとえばピューリタン革命については、それを「市民革命の元祖」と見なすかどうか以前に、そもそも「革命」と見なすのかどうかですら議論がある(単なる「内乱」という見解もある)わけだが、そういう論点はバッサリと切り捨てられ、完全に「市民革命の元祖」と見なして話が進む。そういう歴史の単純化は、もちろんホッブズを「民主主義者」と理解する上で決定的な背景となる。逆に言えば、その背景がなくなれば、ホッブズを「民主主義者」とは考えられなくなるかもしれない。
 かつて日本では「日本資本主義発達史論争」というものがあり、明治維新を絶対主義段階と見なす講座派と独占段階にあると見なす労農派に分かれて激しい議論が繰り広げられたわけだが、同じようにイギリスのピューリタン革命(1642年)も、国王処刑という見た目のド派手さに目を奪われて「市民革命」と言いたくなるところ、実質的には伝統的に弱いイギリス王権が大陸の30年戦争に感化されて宗教政策で強権的に出た挙句に貴族層・ジェントリ層からカウンターを食らっただけであって、実は内乱進行の過程においてスコットランド・ウェールズ・アイルランドに対する支配は強化されるなど、むしろ国権の方は伸長しているように見える。これを本当に「市民革命」と評価してよいのか(まあ、民権と国権の伸長は理論的にも実践的にも矛盾するものではないが)。ホッブズにしても、やりたい放題の貴族層や教会勢力の無軌道ぶりの方を「秩序維持」の観点から苦々しく思っていて、貴族と教会の両方をいっぺんに無効化することを目指して神を必要としない「合意」によって権力の基盤を理論づけ、結果として「絶対王政」を正当化する理屈を打ち出しているように見える。仮に結果としては本書の言うような「民主主義」の論理として機能したとしても、ホッブズの本来の意図としてはそうだったようには思えない。そういう意味では、本書はピューリタン革命に関して労農派で、私は講座派という感じだ。まあこのあたり、ヘンリー8世の治世をどう評価するかとか、ジェントリ層の勃興をどう考えるかとか、本書でも丁寧に検討しているコモン・ローの伝統をどう理解するかとか、考えるべき要素が多すぎて、単純化するのが危険なことは自覚しておいて。
 さてしかしもちろんそういう歴史的経緯に対する関心は、ホッブズの時代を超える思想的評価を左右するものではない。近代政治思想史において極めて重要な役割を果たしていることそのものは間違いない。ホッブズ本人の意図として絶対王政の確立を仮に目指していたとしても、その理屈として貴族と教会の支配を排除して「一つの主権」を民衆の「合意」から積み上げて理論化したことは、近代民主政確立のための大きな一歩となった。また本書ではエピクロスとの関係について詳しく書いてあって、勉強になった。特にメルセンヌのサロンにおけるガッサンディとの関係は、類書では言及されることがなく、様々なインスピレーションが湧いてくる。

【個人的な研究のための備忘録】古代エピクロスの影響
  著者の卒論がエピクロスとの関係を扱ったもののようで、本書でもかなり詳しくエピクロスからの影響について語られる。やはりルクレティウスを経由していることなど含めて、なかなか勉強になる。

「われわれが西洋哲学史の著名な教授たち(中略)の著作を読むと、そこにはいずれも、ホッブズの政治思想にはエピクロスの影響がある、という指摘がみられる。(中略)
「人間論」から「社会契約論」を通じて「国家の設立」までを説明するホッブズの政治思想には、エピクロスの政治思想の影響が決定的なものであることがわかる。」118-119頁
「そこ(メルセンヌのサロン)でホッブズは、古代ギリシア・ローマの歴史や哲学にくわしいガッサンディと意気投合し、恐らく、かれから、エピクロスの唯物論や哲学思想を詩の形で書いたルクレティウスの『事物の本性について』という本を紹介され、それが、ホッブズが、母国の危機にさいして、国家論や政治論を各時の貴重な知的財産として用いられたのではないかと思われる。」121頁
「こうした人間論(「認識論」)からはじめて「道徳哲学」、「社会哲学」、「政治哲学」へと積みあげていく体系的手法の創始者は、近代においては、ほかならぬホッブズその人であったが、そのホッブズにヒントを与えたのが、エピクロスであった。エピクロスを発見したこと、それがホッブズを、世界の大思想家へと押し上げた理由であった。」124頁

【個人的な研究のための備忘録】ルネサンスと宗教改革
 ルネサンス及び宗教改革との関係も、順接的なものとして評価されている。そしてこの場合のルネサンスとは一般的なプラトン・アリストテレスの再評価ではなく、「エピクロスの発見」だということは忘れない方がいいのだろう(からメモしておく)。一方、宗教改革との関連については、ルターやカルヴァンの考え方を引き継いだというよりは、30年戦争のような宗教戦争が巻き起こす大混乱を目の当たりにしてドン引きしていたというのが本当のところではないのか。宗教に対しては確かに聖書主義的なアプローチを見せているが、聖書至上主義のルターやカルヴァンよりも、単に都合の良い言質を引き出す源泉として合理的に聖書を使うエラスムスやモンテーニュのほう(つまり人文主義)に似ていると思う。

「「自己保存」という「理性の哲学」(自然法)と「聖書」(啓示)にもとづいて宗教を論じたホッブズの学問的方法は、別の言葉で言えば古代ギリシア・初期ローマの思想にもとづいたルネサンス的思考とルターやカルヴァンなどの宗教改革的思想とを組み合わせた思想的大建築物である、ということができよう。(中略)ホッブズこそが、「ルネサンスと宗教改革の精神」を近代において最初に体系化し、それによって、かれは、その政治思想体系をのちのロックやルソーの近代政治思想へとつなぐことができたのである。」143-144頁

田中浩『人と思想ホッブズ』清水書院、2006年

【要約と感想】髙宮利行『西洋書物史への扉』

【要約】体系的というより、エッセイのように西洋の書誌学に関する話をしています。どんな文字を、何で、何に残したか。巻子本と冊子本の特徴と変遷。写字生の実態。音読と黙読の特徴と変遷。目録と書架。ルネサンスと中世の書誌と蒐集家。戯作者と復元者。電子書籍の未来など。

【感想】基本的に著者の自慢話を軸に話が展開するのだが、実際確かにすごいし、人間の業を浮き彫りにするおもしろい話が多いから、まああまり鼻につかない。知らないことが多くて勉強になった。
 個人的には写本の値段を具体的に知りたかったところだが、ヒントになる記述は多かったもののドンピシャの回答はなかった。また別のところで勉強しよう。

【個人的な研究のための備忘録】ルネサンス
 ルネサンス期の人文主義の没落に関する記述があった。

「奥書に写字生が自ら名前を記す習慣は、中世ゴシック写本の時代にはほとんどなく、イタリア・ルネサンスの個人主義の萌芽とみなしてもよいだろう。」104頁

 ルネサンスにおける個人主義の萌芽についてのメルクマールはいろいろあって、ペトラルカやダンテの作品に見出されてきたが、本書は「奥書に写字生が自ら名前を記す習慣」を挙げている。記憶しておきたい。

「この時代、人文主義者が再発見したギリシャの古典は印刷されて、次々に世に送り出されて行った。同時に大航海時代の地理上の発見に関する情報は印刷本として発売されると、たちまちベストセラーとなった。そして宗教改革も対抗宗教改革も情報合戦の様相を呈していく。新旧のキリスト教会による宗教戦争の武器となったのは、印刷された冊子や本である。さらに次々と各地に誕生した大学では、教科書として多数の印刷本が必要となった。」111-112頁
「新世界、そしてそこからもたらされる科学や医学など、情報の多くは、アリストテレスやプリニウスなど古代の作家たちが描写した世界とはかなり異なっていた。(中略)
 かくして、あれほど人文主義者たちが情熱を込めて掘り起こし、印刷術によって流布した古典や記述の妥当性に、矛盾やかげりが見えるようになったのである。これは由々しきことであった。なぜならば、中世人にとって最高の権威は聖書であったが、ルネサンス人にとってのそれは、古典だったからである。その古典の権威がいまや揺らぎつつあった。」113-114頁

 人文主義と大航海時代は、どちらとも印刷術によってブーストがかかったにも関わらず、どうやら相性がよろしくないことにはなんとなく気がついていたが、本書は明確に相反するものと見なしている。どちらかというと人文主義のほうは印刷術誕生より遥か前のペトラルカに端を発しており、また1453年ビザンツ帝国滅亡による原典流出のほうがインパクトを持つこともあり、相対的には印刷術という技術の持つ重要性が低いかもしれない。一方で大航海時代の情報伝達の質とスピードの向上は、明らかに印刷術のおかげだ。そういう事情を考え合わせると、印刷術の誕生は人文主義にとっては逆風とまではいかなくとも、追い風ではなかったと見なしていいのかもしれない。そしてガリレオやデカルトの科学主義にとっては明らかに追い風であるとも。
 そしてそうなると、「人格の尊厳」という観念の登場について、その淵源をルネサンス期の人文主義(ピコなど)に求める見解についても、どこまで真に受けるべきか慎重に考える必要が出てくる。確かにテキスト上ではルネサンス期人文主義に明らかに「人格の尊厳」という考えが見いだされる。しかしそれが現代の「人格の尊厳」という概念に対してどれほどのインパクトを持っているかという話になると、実際の影響はあまりなかったのではないかとも思えてくる。

髙宮利行『西洋書物史への扉』岩波新書、2023年

【要約と感想】ヴィンツェンツォ・ヴィヴィアーニ『ガリレオ・ガリレイの生涯 他二篇』

【要約】ガリレオの晩年に口述筆記を行った人物による評伝で、ガリレオ本人と実際に対面している人物の証言として重要です。
 もともと父親に医者になるための教育を受けさせられたガリレオは、しかし幾何学に対する天性の才能を発揮して自然学の道へ進み、次々と重要な自然学的発見と実用的発明を行った結果、貴顕王侯からも重要視されて高額な報酬で名誉ある地位に迎えられ、世間からも一目置かれるようになる一方、古代哲学に執着する頑迷な敵対者に悩まされ、異端審問裁判で追及されて軟禁状態に置かれますが、視力を失った晩年まで活動を続けました。

【感想】解説にもあるように、確かに科学的真理の発見そのものよりも、その「応用」のほうに大きなインパクトがあるという書きっぷりだった。あるいは、科学的真理の発見そのものとその応用を区別しているのは単に我々の現代的科学技術観であって、ガリレオの生きた科学黎明期にあっては科学と技術の区別そのものが意味をなさなかったと考えるところか。またあるいはそれは、美術の分野で言えば「美」そのものよりも「実用的な装飾」のほうが重要だという世界観と響き合っているのだろうし、「善」の分野では弁論術や修辞学の権威が高く見積もられていたことと関係するのだろう。真理を真理そのものとして、美を美そのものとして尊重(あるいは絶対視)する態度というものが、真理や美が制度化された後に一般化するのだと考えると、弁論術や修辞学が衰退した過程も併せて説明できそうだ。

【個人的な研究のための備忘録】教育と人文学
 当時のフィレンツェの教育と、人文学に対する距離感について伺える記述がたくさんある。

「少年期の彼は、フィレンツェのありふれた評判の教師について人文学を学んで過ごした。(中略)彼は主要なラテン語の著者の読書に専念し、独力で人文学の幅広い知識を獲得した。(中略)この頃、彼はギリシア語の学習にも没頭したが、もっと重要な研究に役立てるために学んだのである。」15-16頁

 ガリレオ(1564-1642)の少年青年期は16世紀の後半、大航海時代の幕開けから既に半世紀以上が過ぎており、地中海貿易の重要性が相対的に低下して、イタリア都市国家の没落が始まっていた。フランスではユグノー戦争が猖獗を極め、エラスムス(1466-1536)の頃のような希望に満ちたルネサンスの栄光はもう遠い過去の話になっている。そんな中でも、というかそんな状況だからだろうか、フィレンツェでは「人文学」や「ギリシア語」を学ぶことがありふれた出来事だったことが確認できる。

「ガリレオはヴァンブローサの神父から論理学の基本的な規則、そして弁論術の用語、非常に多くの定義と差異、文章の多様さ、教義の序列と進展を学んだが、このすべてが彼には退屈で、役に立たないように思われ、彼のすばらしい知性にはほとんど満足を与えなかった。」16頁
「しかしガリレオは、何世紀ものあいだ、たったひとりの人物の意見と言葉に囚われて人間の心の暗闇のなかに埋もれたままになっている世界の秘密をあばくために自然によってえらばれたのであり、これらの教えを他の人たちがそうしてきたように盲目的に受け入れることができなかった。彼は自由な知性をもっていたから、議論と感覚的経験で同じことがかなえられるのに、古代や現代の著者の言葉と意見にそんなにたやすく同意しなければならないとは思われなかった。だから、自然についての議論では、彼はアリストテレスの述べたことをすべて熱烈に擁護する人びとにいつも反対し、このために反抗の精神をもっているという評判を得た。そして、真実を発見した見返りとして、彼らの憎悪をかき立てた。」18頁
「彼がその頃から学校に共通した強制的な哲学のやり方に自分の自由な個性を順応させることができなかったことがわかる。」185頁

 人文学的なカリキュラムが時代遅れになりつつあることが分かる。しかし思い返してみれば、ペトラルカ(1304-1374)の頃にはアリストテレスは東方ギリシア世界からもたらされた最新の学問であったはずだ。アリストテレスに心酔する若者たちに愚か者と見なされたペトラルカは、頑迷で結構などと韜晦している。本書は「何世紀ものあいだ」アリストテレスが君臨していたかのように記述しているが、具体的には中世後期(トマス・アクィナス)からルネサンスにかけての350年間程のことだ。ペトラルカもガリレオもアリストテレスに反抗したが、ルネサンス夜明け前のペトラルカは保守的な立場から、ルネサンス日没後のガリレオは革新的な立場からそうした。つまりアリストテレスそのものが、ルネサンス期を通じて、革新的であったものから保守的なものへと変化したわけだ。というかそもそも思い返してみれば、理念先行のプラトン主義に対してアリストテレスは感覚的経験を重要視する立場だったはずだ。そんなわけで、アリストテレスの考え方そのものに致命的な問題があったというより、ルネサンス期を通じた「人文学」の在り様のほうに何かしら根本的な問題があったと考えるべきところだ。そんなものをリベラルアーツの起源などとありがたがっている場合か。そして逆に、ガリレオがどうしてその枠から飛び出すことができたのか、単にガリレオ個人の資質に還元するのではなく、ルネサンス期を通じた社会変化を踏まえて探究する必要がある。個人的な直観では、人文学とは関係のない流れから出てきている。

「彼が言うには、そこに書かれている文字は数学的命題、図形、そして証明だった。それらを用いるだけで、自然そのものの無数の秘密のいくつかを洞察することができるのである。」60頁

 時代を遡ればピタゴラスをどう考えるかという厄介な話もあるが、それでもやはり新しい。経験を重視するベーコンやヴィーヴェスにも見られない。デカルトあるいはスピノザに引き継がれるこの新しい世界観は「人格の尊厳」という考え方とどう響き合うのか、あるいは響き合わないのか。今のところ響き合う予感はまったくしない。

「教師は弟子たちの眼が読書で、その心と頭脳があるときは議論に、あるときは文字に、続いて図形に、とぎれとぎれに集中することで疲れてしまうことがないように気を配るしかない。しかし、このような気配りから生徒が真の利益を得ることはほとんどない。幾何学的証明を理解し、我がものとする唯一の方法は、自分自身の学習であって、他人によるものではない。わたしが信じるに、これら二つの学び方には、個人的な興味と注意力をもって世界を自分自身で見、観察しに出かけるのと、単に地図上で、たとえそれが正確であってもとても誠実な著者によって報告されていても、そこに留まること以上に非常に大きな違いがある。」172-173頁

 「幾何学に王道なし」と言ったエウクレイデスを踏まえていると考えていいのだろう。この真理観・学習観は、スピノザに引き継がれていくような印象だ。しかし「暗記の反復」や「教え込み」ではなく「理解のための学習」が決定的に重要で、教師の気配りが何の役にも立たないという観点は、きっと教育の在り方にも大きな変化をもたらすのだろう。

ヴィンツェンツォ・ヴィヴィアーニ/田中一郎訳『ガリレオ・ガリレイの生涯 他二篇』岩波文庫、2023年

【要約と感想】ベーコン『学問の進歩』

【要約】人類の進歩に貢献するため、あらゆる学問の領域に渡って過去の業績を点検して問題点と課題を明らかにし、未来へ向けた展望を示します。学問は様々な誤解や学者たち自身の問題によって批判されることもありますが、本質的には神と人間にとって極めて高い価値を誇るものです。
 学問の領域は(1)歴史(2)詩(3)哲学(4)神の4つの領域に区分できます。歴史には(1)自然誌(2)社会の歴史(3)教会史があります。詩の領域はテコ入れするまでもなく勝手に発展します。哲学の領域は(1)第一哲学(2)神学(3)自然哲学(4)人間学に分かれます。
 現在の学問水準は、真理を発見する手段の整備や様々な発明のおかげで格段に上がっており、ギリシアやローマの時代を超えて進歩しています。確かに乗り越えなければいけない課題はたくさんありますが、人類の未来は明るいのです。

【感想】現代的な感覚からすれば、学問全体の領域を余すところなく点検してこれからの展望を示すなど、途方もない無理無茶無謀な企てだ。本書が公になったのが1605年で、同じような企ては1531年のヴィーヴェスにも見られた。この後、17世紀序盤にはデカルトが出て、中盤には清教徒革命が発生し、終盤ではニュートンが活躍することになる。学問の全体像を個人で描こうとする企ては見られなくなり、ディドロ「百科全書」のような企画に変わっていくこととなる。
 本書全体を通じて印象に残るのは、「ルネサンスが終わったなあ」ということだ。ルネサンスの定義にもいろいろあるが、共通しているのはギリシア・ローマの文芸に憧れ、再現しようとする熱意である。ベーコンには、その憧れも再現しようとする熱意もない。というか、「ギリシア・ローマを超えた」という認識が各所に噴出している。実際、容赦なくプラトンやアリストテレスを槍玉に挙げる。その認識と姿勢を支えているのが、大航海時代によって地球全体の姿を明らかにした学問の成果への自信だ。哲学的観照や文献読解や雄弁術など古代的な教養では不可能な大事業を実現したという、発明発見と真理と活動に対する自信だ。だから、現実の地球の全体像を写す「地球儀」が完成したこのタイミングで、学問の全体像を示す「学問の地球儀」も完成させなければならない。
 そんなわけで、ベーコンの中でルネサンスは完全に終了しており、つまり近代の夜明け前までは来ている。しかしまだ近代は訪れていない。「かけがえのない人格」という発想はまったく見られない。

【個人的な研究のための備忘録】ルネサンスの終わり
 当時の学問水準について窺える記述がたくさんあって面白いのではあるが、個人的な研究に役に立ちそうなところだけサンプリングしておく。特に教育や学校に関する記述と、「ルネサンスの終わり」に関する記述が重要だ。

「なお、注意すべきことに、教師たちの生き方は圧政のサルまねだと芝居などでずいぶん嘲笑されてはいるし、また、最近のだらしないなげやりな風潮は学校の教師や家庭の教師の選択に当然はらうべき顧慮を払わなくなっているが、しかし、とおい昔の最良の時代の知者は、国家はその法律のことにあまりにもいそがしく、教育のことにかけてはあまりにも怠慢であると、いつももっともな不満をもらしていたのであって、そのとおい昔の教育のすばらしいぶぶんが、最近イエズス会員の学院によってある程度まで復活されたのである。」38-39頁

 この部分に至るまでの話の流れは「学者の貧乏」をテーマにしていてなかなか身につまされるのだが、サンプリングしたところは文脈からは少々切り離されて唐突に差しはさまれる。実は本書にはそういう行き当たりばったりの思い付きにしか見えない冗長な記述が極めて多く、前近代的な印象が色濃くなる原因にもおそらくなっている。ともかく、16世紀の教師が嘲笑の的になっていたらしいことが分かるが、こういうエピソードはヴィーヴェスなどにもあって、事欠かない。しかし一方「イエズス会員の学院によって復活された」という記述の具体的な中身はよく分からなくて、気になるところだ。イグナチウス・ロヨラの活動のことを指しているのだろうか。

「マルティン・ルターは、(疑いもなく)一段たかい摂理に導かれてではあるが、理性をはたらかせて、ローマの司教と教会の堕落した伝統とを向こうにまわして、自分がどのような仕事をくわだてたかを悟り、またどのみちかれの時代の世論の支持は得られず、まったく孤立していることを悟って、現代にたち向かう党派をつくるためには、古代のすべての作家をよびさまし、むかしの時代に援軍を求めなければならなかった。こうして、それまで長らく図書館のなかに眠っていた、神学と人文学との両方と、古代の作家たちがひろく読まれ、とくと考えられることとなった。(中略)これを助長し促進したものは、それらの遠いむかしのものでありながら見た目には新しい説を唱えた人びとが、スコラ学者に対してもっていた敵意と敵対であった。(中略)これら四つの原因、古代の作家に対する感嘆と、スコラ学者に対するにくしみと、言語の厳密な研究と、説法の効能とが重なって、当時さかえはじめていた雄弁と能弁とのひたぶるな研究がおこることとなった。これはたちまち極端に走った。」49-50頁

 なんだかいろいろ間違った記述になっている。古典文芸復興はルターと関係がない。こういう勘違いが生じるのは、宗教改革と古典研究をセットとして考えるのが当時の認識枠組みとしては常識だったから、と推測しておこう。エラスムスの存在も考慮していいか。
 事実の間違いはともかく、ベーコンの認識では「スコラ学者への敵意」と人文主義的な「雄弁術」の流行がセットになっていることは確認しておく。

「キリスト教会は、一方では、北西ではスキタイ人の侵入と、他方では、東からサラセン人の侵入とのただなかにあって、異教の学問の貴重な建物をも、その聖なるふところに抱き、膝にのせて保護したのであって、それらの遺物は、この保護がなければ跡形もなく消滅したであろう。」77-78頁

 ここでベーコンが言う「キリスト教会」とは、コンスタンティノープルの東ローマ教会のことだろうか。ウクライナにいたスキタイ人にローマが北西から浸入されるとは思えない。そして、となると、「異教の学問」とはギリシア文化のことになる。そうだとすれば、これはベーコンがビザンツ帝国が果たした文化的役割を認識していた証拠になる記述として理解できるが、そんなことあるのか。

「まず第一にヨーロッパにはずいぶん多くのりっぱな学院が設けられているのに、それらはすべて専門科目(神学、法学、医学)に専念して、教養科目(哲学と一般原理の研究)をやる余裕のあるものが一つもないことを、わたしは不思議に思う。というのは、人びとは、学問は行動を目的とすべきであるというとき、判断を誤ってはいないが、しかしそう信じこんで、むかしの寓話に語られているあやまちに陥っているからである。その寓話では、胃は四肢のするように運動の役目もせず、また頭のするように理解の役目もしないので、身体の他の部分は胃が怠けていると推測したのである。」117頁

 これも事実認識としてはどうか。西洋教育史の教科書によれば、大学に付属する学寮(カレッジ)において基礎教養の自由七科が学ばれていたはずだ。ただしベーコンの言う「哲学と一般原理の研究」が、自由七科を眼中に入れていない可能性は考慮してよいか。
 また「胃」の寓話に触れていることも覚えておきたい。胃の寓話は、後にヘーゲルが多用することになる。

「それは、大学の学生が時期尚早に、未熟なままで、論理学や弁論術といった、年はのいかぬ修行中のものよりも大学をおえたものにふさわしい学問をする習慣である。すなわち、両者は、正しく理解されるなら、諸学のうちもっとも重みのあるもの、学問中の学問であり、論理学のほうは判断のためのもの、弁論術のほうは修飾のためのものである。そしてそれらは、内容をどう表現しどうとり扱うべきかの規則と指図なのである。」121頁

 この記述から、ベーコンが「弁論術」をどう認識していたかが具体的に分かる。クインティリアヌスやそれを引き継いだ人文主義的な教育論とはまったく異なる見解となっている。クインティリアヌスやルネサンス教育論では、雄弁術は人格を形成するために欠いてはならない学問だった。ベーコンにおいては、人格形成に関わらないただのスキルである。雄弁術そのものの位置づけがどう変化したかは別に検討する必要があるが、ともかくベーコンの認識のなかではそうとう価値が低くなっていることを確認しておく。

「すなわち、あるものごとがなされるまでは、はたしてなされるだろうかといぶかっているが、なされるとたちまち、こんどは、どうしてもっと早くなされなかったかといぶかるのである。それはアレクサンドロスのアジア遠征にみられる(中略)そして同一のことがコロンブスにも西方への航海のさいにおこったのである。」62-63頁
「というのは、この世界という大建築物が、われわれとわれわれの父祖との時代になってはじめて、ガラス窓から光線を貫通させるようになったのは、現代にとって名誉なことで、古代と競いそれをしのぐものだと主張してもまちがいないと思われるからである。」141頁
航海者の磁針の使用がまず発見されなかったら、西インド諸島もけっして発見されなかったであろう。一方は広大な地域であり、他方は小さな運動なのではあるが。同じように、発明と発見の術そのものがこれまで見おとされていたら、諸学にいま以上進んだ発見がなかったとしても、あえて異とするには当たらない。」211頁
「たとえば、当代の学者たちは優秀で活気をおびている。むかしの著作家の労苦のおかげでわれわれは高貴な助けと光をもっている。印刷術のおかげで書物はあらゆる境遇の人びとに伝えられる。航海のおかげで世界が開け、それによって多くの経験と莫大な自然誌の資料があかるみに出た。(中略)この第三の時期は、ギリシアとローマの学問の時期をはるかにしのぐであろう。」354頁

 コロンブスの西インド諸島到達をはじめとする大航海時代の成果によって「世界という大建築物」の姿が明らかになったことを極めて重要な出来事だと記述している。そもそも本書に見られるベーコンの企てそのものが「地球儀」を完成させようという発想に発している。現実世界の「地球儀」は船乗りたちの冒険によって完成しつつあるわけだが、「知の地球儀」を完成させようとするベーコンの企ても相当の冒険だし、それを自負してもいる。ここに、古典文芸復興として古代ギリシア・ローマ文化にひたすら憧れるルネサンス精神は完全に終わった。
 また、大航海時代を支えた「発明と発見」を高く評価している点も見逃せない。ベーコンがこれからの学問ん課題として設定しようとしているのは、この「発明と発見」の技術だ。「印刷術」への高い評価も記憶しておきたい。
 大航海時代がヨーロッパに与えた知的刺激は低く見積もらない方がいい、と改めて思う。(しかし同じような発明と発見の時代にいて同じ対象の言及しながら完全に冷めているモンテーニュが一方にいることも忘れてはならない)

「それゆえ、デモクリトス一派は、万物の構成のなかに精神とか理性とかを想定せずに、持続してゆくことのできる万物の形態を、自然の無限の試み、あるいはためし、かれらのいわゆる運命(必然性)に帰したので、かれらの自然哲学は、(残存する記録と断片によって判断することのできるかぎり)個々の現象の自然学的原因の説明においては、アリストテレスとプラトンの自然哲学よりも真実で、よく研究されたもののようにわたしには思われる。」171頁

 ここで挙がっている固有名詞はデモクリトスだが、実はルネサンス期からデモクリトス一派としてのエピクロスやルクレティウスの評価も高い。このベーコンの文脈ではもちろん唯物主義的な自然科学の体系に親和的だということだが、社会科学的にも「社会契約論」の文脈で重要な役割を果たしている可能性を考慮したほうがいい。

「第二に、論理学者たちが口にする、そしてプラトンには熟知であったらしい帰納法は、それによって諸学の諸原理が発見され、したがってまたそれらの諸原理からの演繹によって中間の命題が発見されると主張されるかもしれないが、くりかえしていうが、かれらの帰納法の形式はまったく欠点だらけで、無力である。そしてこの帰納法において、自然を完璧にし、ほめそやすことが技術の義務であるのに、かれらはそれとは反対に、自然をきずつけ、はずかしめ、そしったのであるから、かれらの誤りは、なおさらひどいのである。」214頁

 ベーコンの言う「プラトンには熟知であったらしい帰納法」とは、プラトン自身は「仮設廃棄」の方法と呼んでいて、確かに近代科学の言う帰納法とはまったく別のものだ。個人的には「前提さかのぼり法」と呼びたい。そしてベーコンが「自然をきずつけ、はずかしめ、そしった」と評価しているように、プラトンの仮設廃棄の手続きは最終的に「善のイデア」にたどりつき現実の自然や人間の感覚を否定する根拠となる。ベーコンの言う本物の「帰納法」がどういう手続きかは別の本で明らかになるわけだが、ここではベーコンが帰納法について「自然を完璧にし、ほめそやすことが技術の義務である」と言っていることは記憶しておきたい。

「つぎに知識の教育的な伝達についていえば、これには、若者に特有な、伝達上の特異性があるので、それには、大きな効果をうむさまざまな考慮が必要である。
 たとえば、第一に、知識を授ける時期をあやまたず、時節到来を待つ考慮であって、若者に何から教えはじめ、何をしばらく教えずにおくかなどである。
 第二に、どこからもっともやさしいものを手がけて、次第にむずかしいものに進んでゆくか、また、どんな道をとって、かなりうずかしいものをおしつけ、それから比較的やさしいものに若者を向かわせるかの考慮が必要である。(中略)
 第三は、若者の知能の特性に応じた学問の応用についての考慮である。(中略)そしてそれゆえ、どのような種類の知力と性質がどのような学問にもっともよく向いているかを調べることは、すぐれた知恵を必要とする研究である。
 第四に、修練の順序を決めることは、害になったり役にたったりする、重大な問題である。(後略)」258-259頁
「しかし、セネカは雄弁に対して、「雄弁は、内容よりも雄弁そのものを愛好する人びとに害を及ぼす」とすばらしい反撃を加えている。教育は、人びとを教師にではなく、課業にほれこませるようなものでなければならない。」263頁

 ベーコンは、同じような企て(学問の全体像を示す)を完遂したヴィーヴェスとは異なり、教育の論理そのものに対しては大きな関心を示していない。ここにサンプリングした文章も、本書によく見られるように思い付きで挿入されているようにしか見えない形で紛れ込んでいる。とはいえ、ベーコンの教育観を示す記述ではあるので、読み込んでおきたい。好意的に見れば、近代的なカリキュラム論に親和的な論点を示しているようには思える。

「この(全体の善が部分の善に優越する)ことは、たしかな真理として確立されているのであるから、道徳哲学がかかりあっているたいていの論争に裁断と決定を下すものである。というのは、それはまず、観想の生活と活動の生活とのうち、どちらをよしとするかという問題を解決して、アリストテレスとは逆な判定を下すからである。」267頁

 イギリス経験論の面目躍如といったところか。

「人間か神の本性、あるいは天使の本性に近づき、あるいはそれに似ようとすることは人間の本質を完成することであり、そうした完成しようとする善にしくじり、あるいはそれをまちがえて模倣することは、人間の生活のあらしとなる。」275頁

 中世からよく見られる表現ではあるが、果たしてベーコンがどれほど本気で言っているか。ともかく、本気だろうが韜晦だろうが死刑にならないための保険だろうが、ベーコンでもまだスルーできない表現だったということは確認しておく。

「同じようにまた、人間の精神の耕作と治療においても、二つのことがわれわれの意のままにならない。それは天性に関することと運命に関することとである。というのは、生まれつきそなわった性格は、細工を施すようにと与えられた材料であり、境遇は、そのなかでつくりかえの仕事をやりとげるべき条件であって、われわれはそれによって制限され、拘束されるからである。それゆえ、これら二つのものについては、せっせと活用してゆくより手はないのである。」287頁
「それで、この知識の第一項は、人間の天性と傾向とのいろいろちがった性格と気質との確実で正しい分類と記述を書きとめるということである。」288頁

 人間に様々な異なった性格があるということを学問の対象にまで鍛え上げようということで、「個性」という観念を生じさせる必要条件ではあるが、「かけがえのない人格」という概念に至るための十分条件はまだ欠けている。

「信条は、神の本性と神の属性と神のみわざとの教理をふくんでいる。神の本性は、一体である三位から成っている。神の属性は、三位一体である神に共通であるか、三位のそれぞれに特有であるか、どちらかである。(中略)天地創造のみわざは、質量の塊を創造することにおいては父なる神に、形をととのえることにおいては子なる神に、存在を維持し保存することにおいては精霊なる神に関係している。」373頁

 適当な記述である。あまり関心はないのだろう。

ベーコン/服部英次郎・多田英次訳『学問の進歩』岩波文庫、1974年