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【要約と感想】汐見稔幸編著『学校とは何か―子どもの学びにとって一番大切なこと』

【要約】公立学校の中で、内在的な問題意識から自覚をもって学びの転換を試みている実践を紹介します。テーマは、探究活動、不登校対応、院内学級、ICTの活用、自由進度学習、プロジェクト学習、インクルーシブ教育、教員研修と様々ですが、「教えの教育から、学びを支える教育」への転換という点がすべての実践に共通しています。

【感想】公立学校でもこれくらいの改革はできるという点で、確実な試金石となる実践ばかりだ。実際にできている公立校があるのだから、「うちの学校ではできない」というのはただの言い訳に過ぎない。できないとしたなら、他の学校(しかも公立)はできているのだから、どうしてできないかという原因を探し出し、潰していくべきなのだ。
 そしておそらく2027年に公示される次期学習指導要領では、これらの実践を踏まえた形でより柔軟な教育課程が提示されると予測する。社会や保護者の意識の変化もめまぐるしい。学校だけが旧態依然というのは、もう許されない。各学校(特に管理職)が本書なども参考にしながら、勇気をもって変化に対応しなくてはいけない。そしてそういう学校を支えるために、文部科学省や財務省が従来の圧力的な姿勢を改め、先生たちが活き活きと能力を発揮できる環境を整えなければならないのだが・・・
 そして私としては教員養成に関わる専門家としてできる仕事を精一杯やっていくしかない。がんばろう。

汐見稔幸編著『学校とは何か―子どもの学びにとって一番大切なこと』河出新書、2024年

【要約と感想】代田昭久『校長という仕事』

【要約】民間企業で社長を務めた後に公立高校の校長になりました。一日やることだらけでけっこう忙しく、一年の仕事は変化に富んでいます。教育委員会からは時々変な問い合わせがあるし、教員や保護者との関係には気を遣います。様々な問題に対応するために、民間企業で培った経験を生かしてマネジメントに取り組み、成果を挙げました。

【感想】杉並区立和田中学校の校長ということで、もちろん藤原和博元校長については様々なメディア報道を通じて「よのなか科」や「夜スペ」などについての話を耳にしていたわけだが、その後任の校長先生(やはり民間出身)が書いた本だ。現場にいた人にしか書けない話(たとえば教育委員会とのやり取り)にはナルホドと思ったし、教育課程論の観点からもマネジメントの話はなかなか勉強になった。現在のホームページを見ても、和田中学校の独創的な取り組みは健在のようだ。著者はその後教育監や教育長を歴任して、教育改革に取り組んだ。
 10年以上前の本ということで、教育委員会の構造や学習指導要領の内容、GIGAスクール構想、部活動の地域移行など現在の制度や文科省の方針と異なっているところはもちろん多々ある。そういう意味で、現在進行形の教育について知ろうと思っている向きには、あまり参考にならないだろう。しかし逆に現在の教育制度や方針をよく知っていると、本書に描かれていることの多くが実は文科省が現在推奨している試みの先行事例であることに気づく。iPADの活用や、コミュニティスクールや、部活動の地域移行や、民間教育産業へのアウトソーシングなど、大枠ではその後に文科省が制度化する方針の先触れとなっている。そういう意味で、単に校長の仕事の内容(あるいは民間校長の有り様)を理解したい向きだけでなく、新しい制度や方針にどう対応すべきか迷っている管理職および教育委員会の中の人には考え方の指針を示してくれる有用な本かもしれない。そしていくつかの方針の先触れになっているという観点からすると、「校内研修の廃止」や「45分授業」や「民間教育産業との協力」について、今後文科省がどういう方針を示してくるか注目だ。
 個人的な印象では、もちろん私の教育観とは様々なところで違っているわけだが、確かな理念を土台にして明確な方針を打ち出しながら丁寧なコミュニケーションを心がけつつ多方面のステイクホルダーに対する配慮を欠かさない熱心で誠実で精力的な仕事ぶりに素直に感心せざるを得ない。文面からは、民間校長の理想的な姿が浮かび上がってくる。こういう人材を採用できるのであれば、民間校長も悪くないのだろう。とはいえ、本書にもちょっとした仄めかしがある通り、問題は起こしている。著者に限らず、民間校長は様々な問題を起こしている。しかし考えてみれば、叩き上げの校長だって様々な問題を起こしている。茨城県や堺市など積極的に民間校長を採用している自治体もあって、今後どういう成果を挙げるか(あるいは問題を起こすか)注目したい。

代田昭久『校長という仕事』講談社現代新書、2014年

【要約と感想】工藤勇一・植松努『社会を変える学校、学校を変える社会』

【要約】教育が変われば社会が変わります。人口増加時代の成功体験を引きずった賞味期限切れの教育(暗記中心・前例主義・集団主義・学歴主義)をおしまいにし、人口減少時代に対応した新しい形の教育(主体性・好奇心・チャレンジ精神・失敗上等・個別最適化)に取り組みましょう。

【感想】工藤先生はいつも通りの工藤節で安心するわけだが、対談相手の植松氏のキャラが立っていて、時折工藤先生を圧倒しているように見えるところがすごい。面白く読んだ。ロケットを飛ばす実践の話には、感動した。実は似たような経験は私にもあるが、こういう奇跡的な瞬間に立ち会うことができる(かもしれない)のが教育という仕事の醍醐味だ。
 個人的には、ときどき学生指導に対して自信を喪失するようなタイミングもなくはないのだが、そういうときに思い返したい本だ。もう一度子どもたちが本来的に持っている力を思い出すことができる。

【個人的な研究のための備忘録】人格の完成
 工藤先生が他の本でも主張しているところで、だから単なる思い付きなどではなく確固とした持論であるところの教育基本法一条批判をサンプリングしておく。

「教育基本法の第1条も僕から見ると問題で、教育の目標として「人格の完成を目指し」から入るのですが、そもそも、「人格の完成」って何でしょうか(中略)。しかも、「人格の完成」と条文にあるから、「人格」とは何かという解説書を作る人が出てくるんですよ。解説しないと分からないようなことを法律にするのかって話ですよね。」127-129頁

 まあ仰る通りで、教育基本法が誕生した1947年の時点ではある程度解説なしでも理解できたことのはず(とはいっても旧制高等学校の教養主義の文脈において)だが、おそらく1960年代の天野貞祐や高坂正顕など京都学派あたりの策動を最後に、もはや理解するための文脈が途絶えている。現在、主に道徳教育関連の研究者や実践者が「人格の完成」について分かったかのような解説をすることもあるが、法制当初の精神のかけらも残っていない、頓珍漢なタワゴトになってしまっている。工藤先生が時代に合わせて法律をアップデートさせるべきだと主張する気持ちも分からなくもない。

工藤勇一・植松努『社会を変える学校、学校を変える社会』時事通信社、2024年

【要約と感想】三好信浩『手島精一―渋沢栄一が敬愛した日本の名校長』

【要約】東京工業大学の前身である東京職工学校の校長を勤め、黎明期の実業教育に大きな足跡を残した手島精一の事績と教育思想を、特に「名校長」という観点からコンパクトにまとめた評伝です。帝国大学のような高等教育と比較すると傍系に見られがちな実業系教育ですが、日本の近代化を支えた極めて重要な柱であったことが、手島の事績と思想から分かります。

【感想】伝統ある東京工業大学が、2024年秋から東京医科歯科大学と統合して「東京科学大学」となるらしい。最前線で近代化を支える「職工」を育成する使命を帯びて「東京職工学校」としてスタートした東京工業大学は、「頭と手」のバランスを重視して理学(Science)と工学(engineering)を統合を目指して、帝国大学の理学部・工学部とは一線を画す人材育成を行ってきたが、ここにきて工学(engineering)の看板を下ろして科学(science)の旗を掲げることとなった。これも時勢か。草葉の陰から手島精一は何を思うか。

 個人的には、手島も創立に関わった女子職業学校(現・共立女子大学)について何かヒントがあればと思って手に取ったわけだが、本文に敢えて触れない旨が述べられていて、少々残念ではあったが、まあ、勉強になった。

三好信浩『手島精一―渋沢栄一が敬愛した日本の名校長』青簡舎、2022年

【要約と感想】神辺靖光・長本裕子『花ひらく女学校―女子教育史散策明治後期編』

【要約】明治後期に創立された女学校の沿革史をコンパクトに記述しています。明治前期に引き続き発展するプロテスタント系ミッションスクール、それに対抗する仏教系学校、中等教育段階にあたる高等女学校の制度化、女子高等教育の発展、医者・画家などの高等専門教育を扱います。現存の中等・高等教育機関に引き継がれている学校が多数あります。

【感想】前著に引き続き、基本的にそれぞれの学校の沿革史を土台に構成されてはいるのだが、女性教育にとどまらない幅広い教育史的観点から学校の意義が位置付けられており、勉強(復習)になった。
 ただ、誤字が散見されたのは残念なところで、特に静岡英和女学校の創立に関して「鵜殿長道」(鳥取藩家老・大参事12代か?)とあるべきところが「鶴殿長道」になっていた(しかも二か所)のはションボリなのだった。元のニューズレターではしっかり「鵜殿」だったので、著者自身は正確に記述していたものがOCRか何かの段階で誤字ったのだろうと推測する。

神辺靖光・長本裕子『花ひらく女学校―女子教育史散策明治後期編』成文堂、2021年