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【要約と感想】吉田量彦『スピノザ―人間の自由の哲学』

【要約】17世紀オランダの哲学者スピノザの生涯を辿り、著書の要点を解説し、スピノザ研究史についても概略します。
 宗教的不寛容によって自由が失われつつあった時代に、実際にスピノザは自由を奪われましたが、しかし徹底的に自由の意義と可能性を考え抜きました。国家論的な観点からは、寛容性を失った国が必然的に滅び、自由を尊重する国が栄えることを唱えました。その自由とは単に考える自由だけでなく、それを表現し行動する自由でなければなりません。いっぽう倫理的な観点からは、いったん人間の自由など原理的にあり得ないかのような決定論を展開しながら、しかし最終的には現実の人間の在り様を考え抜くことによって「理性」の役割を解き明かし、人間にとっての自由の意味を根拠づけました。人間は目の前の出来事に必ず感情を揺さぶられてしまう受動的な存在ですが、しかし理性と直観を働かせて世界がまさにそうあるべき必然的な姿とその原因を判明に理解することにより、能動的に感情を馴致することができます。
 スピノザの思想は、しばらく宗教的不寛容や哲学的無理解のために不遇な扱いを受けていましたが、「自由」について根源的に考えようとするとき、必ず甦るのです。

【感想】やたらと読みやすく、初学者にも絶賛お勧めだ。平易な語り口で分かりやすいだけでなく、ところどころの悪ふざけがアクセントになっていて飽きが来ない。どうやら学術論文でも「悪ふざけ」していると叱られているとのことで、親近感が湧く。それに加えて語り口だけでなく構成も考え抜かれている印象だ。また主人公スピノザだけでなく、脇役たちの描写にも無駄がない。というか、脇役たちの描写によって時代背景が浮き彫りになり、スピノザ哲学が持つ意味がより鮮明となる。

 本書ではドイツ観念論の論者たちがスピノザ哲学の一部(エチカ第一部)にしか注目せず、政治社会的な議論については完全に無視していたとのことだが、個人的な印象では30年前の学部生の時に読んだ哲学史の概説書にもその傾向が根強かったように思う。単に私の読解力不足だった可能性もなくはないだろうが、実際にスピノザの本(翻訳だが)を読むまでは、スピノザといえば「一つの実体に二つの属性」と「汎神論」というくらいの教科書的理解から「デカルトの下位互換」程度に思い込んでおり、特にいま改めて読む必要なんてあるのかな、という印象だった。が、実際にいくつかの翻訳書に目を通してみると、これが意外にサクサク読めておもしろい。ひょっとしたら翻訳が良かったのかもしれないが、やはり内容そのものがおもしろくないと刺さらないはずで、俄然個人的なスピノザ熱が高まり、改めて基礎から勉強してみようとなった次第。本書を読んで、自分なりにスピノザ哲学の意義が明確になった気がするのだった。特に個人的な興味関心から言えば、ホッブズ社会契約論との相違に関する理解がものすごく深まって、とてもありがたい。

【個人的な研究のための備忘録】近代的自我
 個人的な研究テーマとして「人格」とか「近代的自我」というようなものの立ち上がりの瞬間を見極めようとしており、数年前から改めて西洋古代のテキストから読み始め、ようやく中世を抜けて17世紀に差し掛かりつつあるわけだが。やはり古代はともかく中世には「人格」とか「自我」というものの芽生えを感じさせる表現に出会うことはない。トマス・アクィナスやダンテやペトラルカはいい感じではあるものの、決定打にはならない。そして問題は、いわゆるイタリアルネサンスにも決定打が見当たらないところだ。確かにフィチーノやピコやビーヴェスやヴァッラはいい感じだが、決定打ではない。エラスムスやトマス・モアもまだまだだ。16世紀後半モンテーニュはそうとういい感じだが、明確な表現にまで成熟しているわけではない。そろそろ、近代的な「人格」や「自我」の概念に対してルネサンス人文主義は大した影響力を持っていなかったと結論してもいいような気がしている。そして、だとしたら、ポイントになるのはデカルト、ホッブズ、スピノザ、ライプニッツということになるのだ。
 そういう関心からすると、本書の以下の記述は見逃せない。

「わたしがそれに固執しようとするのは、むしろ現に存在している一人の人間としてのわたし、つまり今ここにこうして生きているわたしが、そうあることを望んでいるようなあり方です。そのあり方はわたしに固有のものであり、同じ一人の人間ではあっても、他のだれかがそう望んでいるあり方とは(もちろん共通点も少なくないでしょうが)どこかが必ず違っています。そういう、それぞれの具体的な人間がそれぞれ具体的に望んでいるあり方に固執しようとする営みこそ、人間のコナートゥスの本質だとスピノザは言いたいのでしょう。したがってそれは、形式面からみればあらゆる人に共通する営みではありますが、内容面から見れば決して同じではなく、あくまで個々の人がそれぞれ現にそうありたがっているあり方に固執しようとする営みであり、その意味では「そのものの現に働いている本質」とでも表現するしかない営みなのです。」294頁
「このように、「自らの存在に固執しようとする」人間の力=コナートゥスは、最初から具体的に内実の決まったものではなく、むしろ一人一人の人間がそれぞれの人生を送る中で「これが自分の存在だ」と考えたことに、つまりひとそれぞれの自己理解に大きく左右されます。人間はどうあがいても結局は自分がそう考えるように生きようとするし、それ以外の生き方をめざすことが精神の構造上不可能になっている生き物なのです。」295頁

 ここで決定的に重要なのは、294頁の「形式面からみればあらゆる人に共通する営みではありますが、内容面から見れば決して同じではなく」という表現だ。この「形式的な共通性」と「内容的な独自性」こそが近代的な「人格」を理解するうえで決定的に重要なポイントであり、古代・中世にはそのどちらか片方を洗練させた表現には出会えても、この両方を満足させる表現には出くわさない(たとえばイタリアルネサンスの「人間の尊厳」という概念は前者にしか響かないし、いっぽうモンテーニュは後者にしか響かない)。さらに295頁の「それぞれの自己理解」という表現にみられるように、再帰的な自己理解まで至れば完璧だ。いよいよ17世紀スピノザで出てきた、というところだが、本書の表現はあくまでもスピノザ本人ではなく研究者による解釈なので、しっかりオリジナルな表現で確認しなければならない。ともかく、個人的には盛り上がってまいりました、というところだ。

【個人的な研究のための備忘録】属性
 スピノザ哲学を把握するうえで「属性」という概念の正確な理解は欠かせないわけで、もちろん本書でも「属性」概念について解説が施されるが、そこで眼鏡が登場したとあっては見逃すわけにいかない。

「一般的には、何かに本質的に属する性質、それがその何かに属していないとその何かをその何かと同定できなくなってしまうような性質、それが属性です。あえて変な例で説明しますが、きわめて個性的な、そこを捨象したらその人らしさが根こそぎ消えてしまうほど特異な性的嗜好を表現するのに「〇〇属性」という言葉を使ったりしませんか。メガネをかけた異性(同性でもいいですが)にしか欲情しない人を「メガネ属性」と呼んだりする、あれです。あれはじつは、属性という概念の基本に意外と忠実な用法なのです。」262頁

 筆者は私より年齢が一つ上でほぼ同世代であり、おそらく我々は文化的な経験を共有している。「属性」という言葉でもって「特異な性的嗜好を表現」することが広がったのは、我々が学生の頃だったはずだ。ひょっとしたら二回り上の世代や、あるいは二回り下の世代には通用しない恐れがある。いま現役のオタクたちは「属性」という概念でもって諸現象を理解していない印象があるし、そもそも使い方を間違っている例(もちろん彼らにとってみれば間違いではない)を散見する。

吉田量彦『スピノザ―人間の自由の哲学』講談社現代新書、2022年

【紹介と感想】沖田行司編著『人物で見る日本の教育 第2版』

【紹介】近世から近現代まで、教育史に関わる人物の簡単なプロフィールと思想を簡潔に紹介しています。それぞれその道の専門家が書いており、簡にして要を得た内容となっています。人物とその仕事を通じて、その時代の教育の特徴や課題も分かるようになっています。

【感想】教員採用試験に出てこないような人物も扱っているけれど、教職課程の学部生レベルでも読んでおいて損はないでしょう。近現代に厚い代わりに、菅原道真や世阿弥のような古代・中世の人物を扱っていなかったり、近世でも池田光政やシーボルト、近代では高嶺秀夫や井上毅が落選していることを云々しようと思えばできるのだろうが、そういう人選に教育観が具体的に出てくるもので、本書の在り方にはナルホドの説得力を感じている。天野貞祐、林竹二あたりを語ることで埋まってくるものはけっこう大きい。

【個人的な研究のための備忘録】人格
 倉橋惣三に関して言質を得た。こういう予定になかった出会いが生じるので、概説書は定期的に読んでおく必要がある。本書は倉橋が1919年から欧米留学に赴き、米国進歩派教育に学んだことに触れ、以下の文章を引用する。

「フレーベルの説は哲学的な人格本位教育であつて、従つて其の社会生活観も、個人の人格を完全なものとして、その個人が集まつて一つのよき社会を創るというのでありました。処が、現今は、非常に社会的生活を主体とする傾向になりまして、従つて教育も、個人的よりは一層社会的に考へねばならなくなつてまゐりました。……ミスヒル、及びキルバトリツク教授二人は、此の考へに基いて、社会的教育主義を幼稚園に実現さす事に力を尽したのでります。即ち、一般教育の原理なる社会生活を主体とした教育目的を幼稚園の日々の保育の実際に取り入れる事に尽力したのであります。(『幼児教育』22-10・11、1922年)

 これを踏まえて本文はこうなっている。

「アメリカにおいて倉橋が学んだもの、それは個人の人格の完成を目指す従来の「人格本位教育」から、社会的場面の学習を通じて、社会的性格や態度の形成を目指す「社会的教育主義」への大きな転換であり、それこそ複雑化し変動する社会に適応しつつ、主体的に生きるために必要な教育であるということであった。」200-201頁

 ところで私の理解では、「個人の人格の完成を目指す教育」はようやく1890年代以降に始まる。1880年代の「開発主義」は、徹底的に自然科学および能力心理学に基づく発想で組み立てられていた。だから倉橋が1922年段階で「従来の」と言っていても、それはしょせん20~30年の浅い歴史しか持たないものだ。そしていわゆる「社会的教育学」は日露戦争の後にヘルバルト主義に代わってナトルプ等の受容から勃興している(アメリカではなく)はずで、1922年段階では一周遅れだ。むしろ「個人の人格の完成を目指す教育」はグリーンを経由した新カント主義(ナトルプでない方)の受容を通じて「大正教養主義」として盛り上がっているはずで、1922年時点でことさら「人格の完成を目指す教育」を否定して「社会的教育」を称揚する姿勢には何かしらの意図を感じざるを得ないが、どんなもんか。

■沖田行司編著『人物で見る日本の教育 第2版』ミネルヴァ書房、2015年

【要約と感想】工藤勇一・植松努『社会を変える学校、学校を変える社会』

【要約】教育が変われば社会が変わります。人口増加時代の成功体験を引きずった賞味期限切れの教育(暗記中心・前例主義・集団主義・学歴主義)をおしまいにし、人口減少時代に対応した新しい形の教育(主体性・好奇心・チャレンジ精神・失敗上等・個別最適化)に取り組みましょう。

【感想】工藤先生はいつも通りの工藤節で安心するわけだが、対談相手の植松氏のキャラが立っていて、時折工藤先生を圧倒しているように見えるところがすごい。面白く読んだ。ロケットを飛ばす実践の話には、感動した。実は似たような経験は私にもあるが、こういう奇跡的な瞬間に立ち会うことができる(かもしれない)のが教育という仕事の醍醐味だ。
 個人的には、ときどき学生指導に対して自信を喪失するようなタイミングもなくはないのだが、そういうときに思い返したい本だ。もう一度子どもたちが本来的に持っている力を思い出すことができる。

【個人的な研究のための備忘録】人格の完成
 工藤先生が他の本でも主張しているところで、だから単なる思い付きなどではなく確固とした持論であるところの教育基本法一条批判をサンプリングしておく。

「教育基本法の第1条も僕から見ると問題で、教育の目標として「人格の完成を目指し」から入るのですが、そもそも、「人格の完成」って何でしょうか(中略)。しかも、「人格の完成」と条文にあるから、「人格」とは何かという解説書を作る人が出てくるんですよ。解説しないと分からないようなことを法律にするのかって話ですよね。」127-129頁

 まあ仰る通りで、教育基本法が誕生した1947年の時点ではある程度解説なしでも理解できたことのはず(とはいっても旧制高等学校の教養主義の文脈において)だが、おそらく1960年代の天野貞祐や高坂正顕など京都学派あたりの策動を最後に、もはや理解するための文脈が途絶えている。現在、主に道徳教育関連の研究者や実践者が「人格の完成」について分かったかのような解説をすることもあるが、法制当初の精神のかけらも残っていない、頓珍漢なタワゴトになってしまっている。工藤先生が時代に合わせて法律をアップデートさせるべきだと主張する気持ちも分からなくもない。

工藤勇一・植松努『社会を変える学校、学校を変える社会』時事通信社、2024年

【要約と感想】三好信浩『教育観の転換―よき仕事人を育てる―』

【要約】伝統的な講壇教育学は「教育」の目的を人格や教養という概念で語ってきましたが、それは現実と噛み合っておらず、様々な問題を引き起しています。江戸以来の日本人の仕事観を踏まえ、これまで傍系として軽視されてきた職業教育や産業教育を見直し、教育の目的を「よき仕事人を育てる」という観点から組み替えましょう。明治以降の工・農・商・医などの実業教育が担ってきた人作りの成果を踏まえ、現代の高等専門学校や専修学校や各種学校、あるいは企業内職業訓練等も含めて文科省管轄学校以外の人材育成機関が担っている大切な役割に改めて注目すると、現代の教育問題を解決するための様々な可能性が見えてきます。

【感想】著者御専門の教育史的事実を踏まえつつ、本来の守備範囲を大きく超えて現代教育の根本的な問題を突き、「教育」という概念そのものの規定に切り込んでいくことを企図している本だった。ところどころに自身の長年の仕事に対する誇りと責任を土台とした「教育学の徒」としての矜恃が垣間見えて、なかなか味わい深かった。
 気になるのは、職業教育とかキャリア教育に関して様々な研究を引用しているのだが、なぜか東大教育学(の史哲)を意図的にかどうなのか排除しているところだ。特にかつては乾彰夫先生(まさに「「学校から仕事へ」の変容と若者たち」という本を書いている)、近年では児美川先生が職業教育・あるいはキャリア教育についてなかなかの仕事をしているように思うのだが、まったく名前が出てこない。教育社会学系の本田由紀や苅谷剛彦の名前は出てくるので、東大系研究者を視野に入れていないというよりも、史哲系研究者を視野に入れていないという印象だ。まあパージの事実自体は特に構わないのだけれども、どういうことか理由は少々気になる。

【個人的な研究のための備忘録】人格
 私自身は、教育学の徒として、教育の中核概念である(と信じるところの)「人格」について歴史的・哲学的に研究を続けているわけだが、本書は「仕事」という観点で以て「人格」概念を外堀から埋めるような作業をしている。

「現今の教育、特に学校教育では、「学力」とか「学歴」とか「知力」とか「科学技術力」とか、果ては、「教養」とか「人格」とかが目標とされているが、それらの諸力は、ひとかたまりとなって「仕事」の中で開花し、一人一人の「個性」となり、「生き甲斐」となる。仕事こそが、人間の学習の到達すべき花園である。」3頁
「教育とは、「よき仕事人を育てる」という一語に尽きる。この一語の中には、教育界で大切な目標とされてきた、「人格」とか、「教養」とか、「道徳」とか、「学力」とか、「創造力」とか、「実践力」などの諸概念を包み込める気がする。しかも、産業だけでなく、人間の営むあらゆる職業の教育にまで拡張して適合するのではないかと考える。」10頁

 私なりに解釈すれば。日本近代における「人格」概念は、伝統的な共同体から身も心も「個人」を切り離すモメントとして作用した。その作用は親族内の労働集約を前提とした伝統的な働き方から近代的な雇用労働への転換に親和的だったはずだ。あるいは逆に、伝統的共同体から切り離された近代的な雇用労働が現実的に可能となって初めて「人格」という概念に説得力が生じたと言えようか。本書が現代教育の基礎概念としてあげている「学力」も「教養」も「道徳」も「創造力」も「実践力」も、伝統的共同体では必要がなく、すべて近代的な資本主義社会で生きる「個人」として必要なものだ。おそらく「仕事」の意義というものは、伝統的な共同体から「個人」が引き剥がされたところで初めて意識されたり追求されたりするものだろう。(そういう意味で、江戸時代をおもしろく感じるのは、おそらく西洋近代的な文脈と関係ないところで、純粋に日本社会が資本主義へと離陸する過程で「個人」が抽出されつつあり、それが「仕事」の意義と響き合う条件を整えていったからではないか)
 とするなら、高度経済成長を経て既存の共同体が破壊され、「人格」を形成する努力をするまでもなく「個人」が剥き出しにされてしまうような現代社会においては、「人格」を形成する努力に何の意味(あるいは力)があったかが見失われ、それに伴って単刀直入に「仕事の意義」を追求する動機や欲求が浮上した、ということになるのではないか。著者が揶揄する(ように私には読める)戦後教育学の素朴な「人格形成」への熱意というものは、いまだに「個人」が伝統的な共同体に埋没しているところから「個人」を抽出しようとする意図と欲望に由来し、そして60年代後半からそれが機能不全を起こしているように見えるのは、その意図と欲望を支えていた現実そのものが高度経済成長によって失われたからなのではないか。

三好信浩『教育観の転換―よき仕事人を育てる―』風間書房、2023年

【要約と感想】アンリ・ピレンヌ『中世都市―社会経済史的試論』

【要約】西欧の資本主義は10世紀の経済ルネサンスから始まりました。それを証明するために、具体的に中世都市(主にフランドル)の発展の様子に注目します。
 そもそも古代ローマ時代に栄華を誇っていたヨーロッパ地中海世界が衰退したのは、なにも5世紀のゲルマン民族大移動が原因ではありません。ゲルマンの野蛮人どもはことごとくローマ文明に圧倒されたのであって、仮に西皇帝がいなくなったとしても、たいした問題ではありません。精神的なローマと、実質的な地中海交易圏は無傷で残ります。本当に衰退したのは7世紀にムスリムに東地中海を封鎖され、かつての地中海経済圏が崩壊してからのことです。それはローマ的なメロヴィング朝と封建的なカロリング朝の経済や制度や文化の違いに注目すれば明らかです。
 この衰退したヨーロッパが10世紀に復活するのは、ビザンツ帝国との繋がりを保っていたヴェネツィアを先頭に北イタリアの商業が活発化し、ノルマン人によるバルト海・北海交易に伴ってアルプス北側に勃興したフランドル商工業と繋がって、交換経済が甦ったからです。商人たちはかつての宗教都市あるいは城塞都市の周りに集団で定住し始め、農村経済とは相容れない自由で才気に溢れる生活を営みながら、封建的旧慣に依らない独自の特権を得たり、自治的な共同体経営を積み重ねることによって、貴族や聖職者と並ぶ第三の特権階級に育っていきました。不動産中心だった農村経済は、商人階級の勃興によって動産中心の資本主義へと展開していくことになります。ついでに宗教改革の種も。

【感想】原著出版がほぼ100年前、訳が50年以上前という古典ではあるけれども、今でも楽しく読める。時代の変化によっても簡単に変わらない確固たる事実を踏まえて、シンプルな理屈を分かりやすく表現しているからなのだろう。歴史叙述はこうありたいというお手本のような文章だ。

 それにしても、ゲルマン人を下げすぎで、笑う。いかにドイツ人のことを嫌っていたかが伺える(まあ捕虜として無体な扱いを受けたから当然だ)。逆に言えば、実はゲルマン民族大移動のインパクトを過剰に評価したがるのはドイツ人のナショナリズムを反映しているだけかもしれない。冷静に見れば、確かにピレンヌの言うとおり、ゲルマン民族大移動の後もビザンツ帝国は健在(千年も!)だし、むしろいっそう繁栄して、ユスティニアヌスの中興もある。いっそ、ローマ教皇がカール大帝に戴冠したことを以て、本当にローマ的な西ローマが滅亡してゲルマン化が完了したと見なしていいのかもしれない。しかしそうなると、ヨーロッパが地中海世界から乖離した理由は、実はイスラムの軍事的圧迫ではなく、ビザンツ帝国(東ローマ)に対するコンプレックスかもしれない。

 ともかく、いわゆるピレンヌ・テーゼ、7世紀の経済圏封鎖による封建(自給自足的農業経済)化と、10世紀の商人階級勃興に伴う貨幣経済化のコントラストは、図式的に非常に明快で、分かりやすい。あまりにも分かりやすすぎて、日本の状況にもなんとか適用したくなる誘惑が持ち上がる。
 たとえばすぐ気がつくのは、やや小さな経済圏封鎖による封建化は江戸幕府誕生時(17世紀初頭)に発生し、続く18世紀には商人階級勃興に伴う貨幣経済化が進展(荻原重秀や田沼意次)して、19世紀半ばの天保改革まで流れが止まらないことだ。徳川幕府による経済圏封鎖(世界的にも国内的にも)は、豊織政権によるグローバル経済圏への参入をはっきりと拒絶し、自給自足に基づく農村経済を志向したものだ。それを壊したのは、三代将軍家光による参勤交代制度など、国内移動の促進だったかもしれない。江戸や大阪が大量消費地となるのに伴って、当然のように物流システムが整備され、交換経済が発展する。軍事的中心地(城下町)が同時に経済的な中心地となるのも、まさにピレンヌ・テーゼの図式とおりだ。
 また、大きな観点からは、飛鳥~奈良・平安初期まで中国大陸と繋がりを持っていた列島経済が、唐の没落によって経済圏が封鎖(894年の遣唐使廃止)され、同時期に荘園制度が発達し、また農業経済圏であった関東の存在感が増して(939年の平将門~1051年の前九年役)、土地に根付いた武士による封建制度の確立に繋がっていったことを想起する。付け加えれば、平清盛による瀬戸内海を中心とした軽やかな交換経済構想(日宋貿易)が挫折して、鎌倉幕府による関東を中心とした鈍重な農業経済が勝利して封建制度に落ち着いたことも想起する。南北朝の争乱も、事によっては土地に根付いた封建的農業経済と軽やかな交換経済(いわゆる悪党や倭寇)との相克が根底にあるのかもしれない。
 そんなことは日本史研究プロパーは普通に織り込み済みで、それを踏まえて荘園制度の発達過程とか、土倉の役割とか徳政令の意味とか、悪党や倭寇や石清水八幡宮神人の経済活動とか楽市楽座とか、幕末マニュファクチュアなどを個別具体的に史料に即して解明しようとしているのではある。
 ここらへんまで掘り下げようとすると、無駄な知識は何一つなくなり、あらゆる事象が一本のストーリーに絡んでくるので、まあ、歴史は面白い。

【要検討事項】中世とはどんな時代だったか
 一つ気にかかるのは、ベルギー人ピレンヌとオランダ人ホイジンガの理論的関係だ。ピレンヌはフランドルを対象として中世に近代の前兆を見ているが、ホイジンガはブルゴーニュを対象として中世の独自性を強調する。ルネサンスや西洋近代の意義を理解するうえでも、どちらの立場に親近感を抱くかによって極めて大きな違いを生じさせる。個人的な印象では、ホイジンガは感傷的に過ぎて、唯物的なピレンヌの見解を推したくなる。

【個人的な研究のための備忘録】教育
 本書は教育が主要な関心ではないが、言及は興味深いので引用しておく。

「一〇世紀になると既にヴェネツィアの商業実践がどれほど完成されていたかを知るならば一驚を喫する。ヨーロッパの他の地方ではどこでも教育が聖職者の完全な独占物である時期に、ヴェネツィアでは文字を書くことが広く普及してい、この興味ある現象を商業の発展と関連づけてみずにはいられない。」113頁
「都市の知的文化は、何よりもまず、すぐれて世俗的な文化であるというあの性格を示している。十二世紀の半ばになると、市参事会は、古代の終焉以降におけるヨーロッパ最初の世俗学校である学校を、市民の子弟のためにつくることに熱心であった。この学校の出現によって、教育は、修道院の修練士や未来の聖堂区司祭だけにその恩沢を頒ち与えるものではなくなる。読み書きの知識は、商業を営む上に必要不可欠であるからして、もはや聖職者身分に属する者だけが独占するものではなくなる。市民は、貴族にとっては知的贅沢にすぎなかったものが市民にとっては日常欠くことのできないものであったが故に、貴族よりも先に読み書きの知識を身につけた。教会はただちに都市の設けた学校に対する監督権を要求することを忘れなかったが、この監督権が教会と都市当局の間における数多くの紛争のたねとなった。宗教上の問題は無論これらの紛争とは無関係である。これらの紛争の原因は、自分達のつくった、そして自分達にその管理を保留しておくことを欲していた学校、その学校に対する支配権を自分達の手に保留したいという都市の欲求に尽きていた。」230-231頁

 読み書きの知識(原文ではリテラシーか)が商業の発達に伴って要求されるという話は、特に不思議でもなく現在では常識に属する基本事項ではあるが、古典的研究でも言及されていたことは記憶しておきたい。

【個人的な研究のための備忘録】集合人格
 都市そのものを一つの「人格」とみなす記述があった。

「すべての都市が等しくコミューンである。というのは、すべての都市において、市民は一つの団体、一つのウーニヴェルシタースuniversitas、一つのコムーニタースcommunitas、一つのコムーニオーcommunioを形成してい、そのメンバーはすべて、相互に連帯責任を負い、分かつことのできない部分を構成しているからである。その解放の起源が何であれ、中世の都市は単なる諸個人の集合体ではない。都市それ自体が個人である。但しこの個人は集団的個人であり、法人である。」180頁
「愛郷心の熱烈さには、その排他主義が照応する。その発達の極限に達した都市はそれぞれに一つの共和国――そう呼びたいのであれば――一つの集団的領主権を形成しているというまさにそのことによって、各都市は、他の諸都市に好敵手あるいは敵だけを見る。各都市は、自分の都市の利害関係の埒外に出ることができない。各都市は自分の都市にだけ関心を中心し、各都市が近隣の諸都市に対して抱いている感情は、より限られた範囲においてではあるが、かなりよく現代のナショナリズムに似ている。」209-210頁
「中世の都市は、十二世紀に入って現れてくるところでは、防備施設のある囲いの保護の下に、商工業によって生活を営み、都市を特権的な集団的人格とするところの特別の法、行政、裁判を享受する、コミューンである、と。」211頁

 この記述に個人的な関心を持つのは、「個人の人格」が認められる前に「集団の人格」が認められた、という歴史的な順序が示されているからだ。個人的にはこれまで「国家の人格に対する認識に伴って個人の人格に対する認識が生じた」のではないかという仮説を立てていたが、実は「都市の集団的人格」への承認が先行しているらしい。この「都市の集団的人格」と「個人の人格」の歴史的・論理的関係は、もちろん本書の関心ではないので明らかになっていないわけだが、もちろん即座に思い出すのは北イタリアの都市国家で活躍したフィチーノやピコ・デラ・ミランドラが「人間の尊厳」を打ち出しているという事実だ。フィチーノやピコの話をする際、もちろん北イタリア自由都市の影響には言及されるものの、「都市の集団的人格」との歴史的・論理的関係にまで視野を広げることはない。個人的に、たいへん気にかかるところである。

アンリ・ピレンヌ/佐々木克巳訳『中世都市―社会経済史的試論』講談社学術文庫、2018年<1970年