「歴史散歩」カテゴリーアーカイブ

【和歌山県高野町】高野山金剛峯寺で南無大師遍照金剛と唱える

高野山は空海(弘法大師)が816年に開山し、現在は100以上の寺院が建ち並ぶ宗教的聖地です。奥深い山中にあって交通アクセスは不便なのですが、険しい森を越えると意外なほど開放感ある空間が広がる、不思議な場所です。
今回は露天風呂のある宿坊に泊まって、ゆっくり高野山を巡ったのでした。

麓から歩いてきた巡礼者が最初に辿り着くのは、大門(重要文化財)です。巨大で、たいへん立派です。

が、まあ、私は公共交通機関で来たので、他のところを見て昼食後に辿り着いたのですが。

次回訪れるときは、ぜひ麓から歩いて登って大門を拝みたいと思います。

さて、大門を通過して参道をまっすぐ東に向かい、中門をくぐると、金堂や根本大塔などが立ち並ぶ壇上伽藍に出ます。

壇上伽藍の建物には、それぞれ中に入って参拝することができます。

今回はたっぷり時間があったので、大師教会・教戒堂で受戒して参りました。大勢の巡礼者と一緒に声を上げてお経を唱えるなど、日常的に経験できる儀式ではなく、改まった気持ちになったのでした。

さらに先に進むと、金剛峯寺(国指定史跡・世界遺産)があります。

しかし気になるのは、案内パネルの内容です。

これまで私は「高野山=金剛峯寺」と暗記していたのですが、案内パネルを読んで理解したところでは、金剛峯寺は実は空海とは直接的には関係なく、1131年に建立されたということですね。現在の歴史の教科書等にはどう書かれているのか、ちょっと気になるところでした。

さて、さらに参道を奥に進むと、奥之院一の橋に着きます。ここから雰囲気ががらりと変わります。

杉並木に囲まれた参道に沿って、歴史上の人物のお墓がたくさんあります。たとえば、明智光秀の墓。

そして、織田信長の墓。

死んでしまえばノーサイドで、同じ墓地に葬られるのですね。まあ、光秀や信長の墓は他のところにもあるのですけれども。

さらに奥に進むと、いよいよ弘法大師の廟所に着きます。この御廟橋の向こうは、聖地すぎるので、写真撮影禁止です。

というわけで、日常では不可能な荘厳な体験ができる場所でした。暗黒の地下道を手探りで進む体験とか、とてもおもしろかったです。

さて。で、つい空海(弘法大師)と最澄(伝教大師)を比較してしまうわけですが。高野山で感じたのは、空海個人の圧倒的なカリスマ性です。高野山は空海個人に対する崇拝で成立しているような印象を受けました。一方の比叡山には、確かに伝教大師の廟所をお守りする聖地もあるのですが、全山的に最澄個人のカリスマはそれほど感じませんでした。それは、比叡山では法然・親鸞・日蓮・道元・栄西といった絢爛たる鎌倉新仏教のエースたちが育っており、その痕跡が残されているからかもしれません。逆に高野山には、空海以外には教科書に載るような僧侶を輩出していません。そういう意味では生産性がないようにも思えてしまうわけです。
まあ教科書に載るような僧侶を輩出することが素晴らしいかどうかは一概には言えないのは確かですが、私のような「教育」畑の人間からしてみれば、ここに高野山と比叡山の本質的な違いを見てしまいます。いいか悪いかは別として、空海の個人的なカリスマ性が強い高野山において、教育的想像力を発揮する余地が比叡山と比較してどれほどのものだったのか、という疑問です。
あるいは、仏教本来の考え方から思い起こして、空海に対する個人崇拝でいいのかどうかという疑問にも通じるところです。私も高野山で「南無大師遍照金剛」(意味は、ざっくり言えば、空海を無条件で全面的に信頼しますので私のことをよろしくお願いしますという感じ)と唱え、空海個人への尊敬の念を顕わにして、受戒したわけですが。改めて思い返してみれば、個人崇拝で終わって仏教的に大丈夫なのかという。もちろん真言宗によれば仏教の奥義は言葉で表現し尽くせないものなので、私のような宗教センスのない人間が人間的尺度でどうこう言う問題ではないのかもしれませんが。単に空海への個人崇拝で終わってしまったら、教育的生産性は一切ないのも確かだと思うのです。個人崇拝が単なる通過点という理屈であれば、分からなくもないのですが。
あるいは、自分自身の宗教的能力に対する限界を謙虚に設け、真理の啓示者である聖人個人(空海)を信仰の対象とする在り方は、プロテスタント的であるという点では、一神教的な浄土宗と並んで、実はヨーロッパ的な宗教の観念に近いとは言えるかもしれない。

まあともかく、露天風呂のある宿坊に泊まり、夜は写経会に参加して外国人観光客に混じって般若心経を写し、朝は早くから読経会に参加したりと、極めて充実した時間を過してきたのでありました。
ぜひまた機会を作って訪れたいと思います。
(2015年6/19・20訪問)

【滋賀県大津市】比叡山延暦寺は一隅を照らし続けた教育機関

天台宗の本山・比叡山延暦寺は、最澄(伝教大師)が788年に開山したお寺が発展して現在の姿になったものです。現在はたいへん規模が大きなお寺ですが、当初からここまで大きかったのではなく、様々なお坊さんが関わって、ここまで発展しています。

1994年に世界文化遺産に登録されて、外国人観光客もとても多くなっております。

さて、延暦寺は、もちろん宗教施設です。が、ここでは教育機関として延暦寺が果たした役割に注目していきます。

比叡山延暦寺が教育機関であることは、最澄が朝廷に提出した「山家学生式(さんげがくしょうしき)」に明確に表れています。比叡山で学ぶ学生たちへの教育方針や具体的な心得を説いた内容です。最澄が、日本に正しい仏教を広めるためには教育が重要であることをしっかり認識していたことが分かります。ここで示された「一隅を照らす」という言葉は、現在でも天台宗の方針を示す極めて重要な言葉となっています。

教育に関わって注目したい建物は、重要文化財の「戒壇院」です。

周辺の建物と比較して質素ではあるので観光客はあまり注目しないわけですが、教育史関係者としては見逃すわけにはいきません。教育機関としての延暦寺を考えるときに、決定的に重要な場所です。
案内パネルにもその重要性がしっかり記されています。

案内パネルにも「比叡山中で最も重要なお堂」と明記されておりますね。最澄は、後進僧侶の育成にとって「戒壇」を設けることが決定的に重要だと考え、朝廷に働きかけていたのですが、その生存中にはついに設置を許されることがなかったのでした。
ちなみに僧侶の資格を保証する「戒壇」は、もともと日本に三個所作られたのですが(奈良の唐招提寺、下野薬師寺、太宰府)、最新の仏教理論を携えて日本に戻ってきた最澄は、比叡山延暦寺にもその資格を付与すべきだと考えたのでした。戒壇の設置は、比叡山が僧侶の教育機関として既成仏教勢力から独立することを意味するものでした。

こうして延暦寺は、「山家学生式」を教育方針とし、「戒壇」を権威として、優秀な僧侶を大量に輩出します。
比叡山の教育機関としての生産力の高さの証拠は、山の中のそこかしこに見ることができます。絢爛たる鎌倉仏教宗派の創始者たちが修行した痕跡が、比叡山のいたるところに残っているのです。

たとえば、臨済宗の栄西禅師。

そして、浄土真宗の親鸞聖人。

さらに、浄土宗の法然上人。

加えて、日蓮宗の日蓮上人。

まだあります、曹洞宗の道元禅師。

いやあ、圧倒的に錚々たるメンバーです。いかに比叡山が教育施設として卓越していたかが分かります。鎌倉仏教の新宗派創設者たちは、ことごとく比叡山延暦寺で学んでいるのですね。教育機関としての面目躍如というところです。これは、空海の高野山には見られないものです。最澄の教育構想が優れていたせいなのか、戒壇の権威なのかどうか、興味が尽きないところですね。

入山して大講堂へ向かう道には、比叡山で修行した宗教者たちのプロフィールがパネルで掲示されています。

が、まあ、そういう「教育機関としての比叡山延暦寺」にはまったく関心がなくても、比叡山はとても素晴らしいところです。

重要文化財の大講堂。

国宝の根本中堂。私が訪れたときは、大改修工事が始まっていて、普段近くで見られないような仏像を拝むこともできました。

横川の元三大師堂。

この元三大師は、江戸時代までには圧倒的な人気があって、昭和初期までよく知られていたように思うのですが、最近はあまり目立たないですね。全国に「大師堂」があって、その場合の「大師」とは「元三大師」を指すことが多いのですが、けっこう多くの人が「弘法大師」と勘違いしているように思います。

高野山の弘法大師ではなく、比叡山の元三大師であることは、日本人の教養として正しく認識しておきたいところです。

他にも、最澄の静かな眠りを守る浄土院の佇まいや、にない堂から聞こえてくる荘厳なお経の声とか、見るべきところばかりです。折に触れて訪れたい場所です。
(2015年8/11訪問)

【池袋散歩】池袋の基礎―エリア・ランドマーク・地下構造・東西連絡・五差路で把握しよう

以下、あくまでも池袋歴25年の経験を踏まえた、ただの個人的な見解です。

池袋をエリアで捉える

池袋は、6つのエリアに分けると、わかりやすいです。それぞれのエリアで異なる特徴があります。

【東】若い人の比率が高い繁華街です。ヤマダ電気やビックカメラなどの家電量販店や、サンシャイン・シティを中心としたショッピング施設や飲食街、水族館やナンジャタウン等のアミューズメント施設のほか、ポケモンやラスカル、りらっくま等のキャラクターグッズ店に加え、乙女ロードを軸とした腐女子向けスポットが世界一充実しています。週末の東池袋中央公園はしばしば異世界になり、楽しいです。区役所跡地とサンシャイン東側でさらに大規模開発が進んでおり、さらに進化を遂げそうです。

【西】東京芸術劇場を中心に文化と芸術の薫りが漂っているのは、池袋モンパルナスの名残なのかもしれません。ウエストゲートパークの印象も強いのですが、自由学園など歴史的な建造物もあって、現在はちょっぴり落ち着いた人も楽しめるエリアになっているように思います。駅前広場が大改装中で、装いが新たになりそうです。

【南】ジュンク堂と三省堂という大きな書店が競い合っている上に、こぢんまりとした個性的な本屋もあったりして、本好きにはすこぶる魅力的なエリアです。また豊島区役所や南池袋公園が整備されて、ベビーカー連れのファミリーが落ち着けるエリアとなりました。小洒落た飲食店等が立ち並び、大人も楽しめるエリアです。西武本社の大きなビルが建ちましたので、東西連絡デッキが完成すれば、人の流れが大きく変わるかもしれません。
【参考:法明寺の桜

【北】飲み屋や中華の店が立ち並び、大衆演芸場も残る、昭和な雰囲気が漂うエリアです。東西南の大規模開発からは取り残されていますが、むしろそれがいい味を出しているような気もします。街歩き雑誌等では「西口ナイト」という言葉を使っていましたが、定着しませんでしたね。

【駅】一度も地上に出なくとも、十分に食事ショッピングを楽しめます。西武と東武の両デパートを軸に、地下街も進化を続けています。お土産品や晩ご飯のおかず、スイーツなども、西武と東武の地下で圧倒的に事足ります。

【袋】清掃工場の巨大煙突の麓、東西に線路をまたいで広がる、大人向けエリアです。

池袋をランドマークで捉える

池袋では高い建物が孤立して建っているので、どこからでも見えるランドマークとして機能します。道に迷ったとき、ランドマークを見て、ある程度方角を推測することができます。

【白い巨大煙突】清掃工場の焼却施設の煙突です。池袋スポーツセンターのプールに温水を供給したりしているようです。孤立して屹立しているので、池袋の各所から見ることができます。この白い塔が池袋の北端に位置していることを認識していると、方向感覚を得やすいです。

しかしまあ、巨大ですね。

【ダイヤゲート池袋】西武本社の新ビルで、商業施設は2019年4月に開業します。周囲に高いビルがないので、池袋各所から確認できます。ここが池袋の南端であることを把握していると、道に迷ったときにも自分の位置を確認しやすいです。巨大煙突とダイヤゲート池袋を結ぶ線がJRの線路になりますので、両方のランドマークが見えると方角がしっかり分かります。
目白方面から池袋に向かうときは、このビルがやたらと目立ちます。

【サンシャイン60】周辺に高いビルがないので、目印として役に立ちます。有楽町線「東池袋」駅や都電を利用したとき、どちらが池袋の方向かを把握できて便利なランドマークです。
個人的には、板橋の方から池袋方面を目指しながら適当に知らない道に入って散歩することがあるのですが、どこからでもサンシャイン60が見えるので、迷わず行くべき方向が分かります。

写真では、住宅街の向こうにサンシャイン60が見えます。つまりこのまま真っ直ぐ行けば池袋です。
【参考:人口密度の低いサンシャイン

【豊島区役所】周辺に高いビルがないので、目印になります。ここが池袋の東南端だと理解していると、自分の位置も分かりやすいです。雑司ヶ谷方面から池袋を目指すとき、サンシャイン60とともに目印となります。

【ハレザ池袋】明治通りを北から池袋に向かうと、建設中の巨大ビルが見えます。新しいランドマークとして機能しそうです。2020年に開業予定の複合商業施設で、完成すると人の流れが大きく変わりそうな気がします。

池袋を地下構造で捉える

池袋は、渋谷や新宿と比較したとき、地下街の構造がとてもシンプルです。このシンプルな構造を理解すると、迷わず素早い移動が可能となり、行動範囲が格段に広がります。赤で示した領域は、地下街を利用しながら外に出ないで行けるところです。理解していると、雨の日もへっちゃらです。

さて、池袋の地下は、白い太線で表わしたような「漢字の田の字」の形で考えると、全体を把握しやすいです。そして地下通路の交差点を「東北」とか「中中」とか「西南」というふうに点として考えると、位置を把握しやすくなります。

【東北】待ち合わせ場所として定番の「いけふくろう」があります。確かに繁華街や乙女ロードに向かうには都合のいい場所ではあります。ただ、個人的には人が多すぎるのと臭いがキツいのとで、待ち合わせ場所としてはあまり推奨したくないところではあります。慣れてきたら別の場所(たとえば地下を通って入れるヤマダ電気本店内は居心地が良く、素晴らしいよ)を待ち合わせに使うことをお勧めしたいところです。

【中北】いくふくろうで待ち合わせするよりも、この改札口正面の方が人が少なくてランデブーしやすいような気もします。

【西北】新しいお店がたくさんできた最新ポイントで、まだ認知度が低いのか、他のエリアと比べると人が少なめです。昼食難民やカフェ難民になった時など、こちら方面に来るとすんなり座れたりします。
北地上出口も人通りが少ないので、実は待ち合わせとしてよいかもしれません。

【東中】池袋の東側表玄関で、人でごった返しております。最初のうちはここから地上に出ることが多いかもしれません。しかしここから地上に出ると繁華街へ出るのに信号を待たねばならず、慣れてくると地下通路を使って道を越えるようになります。ここから出てもいいことはあまりないので、ほとんど使わなくなるような気がします。ここから南に行くと、なんか臭いし。

【西中】地下をそのまま行くとショッピング街が延びていて、地下鉄副都心線の改札口へ向かいます。地上方面では東武百貨店へ入るエスカレーターなどもあって、西の正面玄関口として賑わっています。

【東南】西武百貨店の入口で、三省堂やジュンク堂など書店方面へ向かう出口です。しかしこのあたり、何か臭うんだよなあ。

【西南】もう一つの待ち合わせ場所として有力な地下1階エスカレーター広場があります。地上1階の東武東上線改札前あたりも、待ち合わせ場所としてけっこう有力かもしれません。しかし個人的に推奨したいのは、地上2階、メトロポリタン改札に向かう途中の母子像前広場です。ほとんど人がいません。
【参考:あるいは池袋駅での待ち合わせに関して思うこと

薄い黄色で表わしたラインは、地下ショッピング街が延びているところです。

池袋を東西連絡で捉える

池袋では、線路を越えて東西を連絡するための選択肢が限られていて、6つしかありません。それぞれの特徴をつかんでいると、移動が快適になり、行動範囲が広がります。

赤で示した通路(126)は地上、青で示した通路(345)は地下です。

【1】清掃工場の巨大煙突の麓の陸橋です。あまり人が通らない、穴場的な通路です。赤羽方面に向かう埼京線や湘南新宿ラインと大塚に向かってカーブする山手線が交差するポイントなど、電車を大量に見られるので、鉄道マニア系には嬉しい場所かもしれません。が、東側も西側も大人向けエリアなので、カップルで行くときは気をつける必要があります。

【2】西側のJR北出口と東側のPARCOを繋ぐ地下通路です。自転車を含めてかなり通行量が多い道です。まずはこの通路の立地関係を押さえておくと池袋の全体像が見えやすくなるかもしれません。

【3】地下構内、北改札から東西に延びる通路です。この通路の東端に、池袋の待ち合わせ場所としてもっともポピュラーな「いけふくろう」があります。
いけふくろうから地上に出る階段がありますが、階段の脇を抜けてさらに地下を進むと「ISP池袋ショッピングパーク」があり、さらに進むとヤマダ電機に行くことができます。このルートは、風雨がきつい時に重宝します。
【参考:東西の連絡について

【4】地下構内、中央改札から東西に延びる通路です。地下鉄丸の内線の改札もあって、常に大混雑しています。慣れないうちはここから地上に出て目的地を目指すことになるかもしれませんが、移動速度を優先する場合には真っ先に回避したいルートです。
西側方面には地下鉄副都心線の改札ができ、地下街が発展しています。立教大学まで、地下だけを通ってかなり近くに行くことができます。

【5】地下構内、南改札から東西に延びる通路です。地下鉄有楽町線の改札や出店があって、4と同じく大混雑しています。東側は西武池袋線の改札に向かい、西側には待ち合わせ場所としても重宝するエスカレーター広場があります。

【6】西側のメトロポリタン改札と東側の西武南出口をつなぐ地上通路で、自転車用のスロープもあります。鉄道出口は西も東も利用者が極めて少なく、人口密度が低くなっています。移動速度を上げたい場合にはたいへんありがたいルートとなります。ただし西武の新しいビルが軌道に乗ったら、人の流れが変わるかもしれません。
【参考:結婚記念日

池袋を五差路で捉える

もしも池袋の構造が分かりにくいとしたら、中途半端に道が斜めになっていて、方向感覚が狂ってしまうのが一つの理由のように思います。中途半端に斜めの道が多いので、池袋には五差路や六差路がたくさんあります。
しかしそれを逆手にとって、特徴的な五差路を起点にして方向を捉えると、全体像が理解しやすくなります。

【1:東口五差路】池袋初心者が最初に出てくるのが、この東口五差路になるだろうと思います。ここからどちらに向かえばいいのかが分かりにくいのですね。まずはサンシャインに向かう斜めの道を覚えると、東エリアの全体像が見えやすくなります。慣れてくると、ここを起点にして乙女ロードや小洒落た南池袋エリアへ素早く向かうことができます。
注意したいのは、人を騙して金をむしり取ろうとする変なキャッチセールスの連中がキョロキョロしているお登りさんを狙っている場所でもあるということです。この周辺では知らない人に声をかけられても無視しましょう。

【2:サンシャイン五差路】サンシャインの麓にあります。慣れていないと駅の方向が分からなくて困ってしまうことがありますが、この五差路を覚えると、サンシャインを背にして首都高に垂直に歩けばいいだけなので、迷子にならなくなります。まあ、本格的に慣れてくると地下通路を利用するようになって、この五差路自体を使わなくなりますけれども。
また、地下鉄有楽町線東池袋駅への導線としても目印になります。

【3:西武五差路】新しくできた西武本社ビルの麓です。ここを覚えると、小洒落た店の多い東通りや、人通りが少なく穴場的なJRメトロポリタン口へ向かう地下道などへ素早く移動できるようになります。この五差路と(1)東口五差路の位置関係を理解できれば、南池袋の全体像がほぼ分かります。

【4:西口五差路】ここを把握すると、西口で駅の方向が分からなくなるということはなくなります。個人的には下板橋方面から歩いてきてこの五差路に出ると、池袋に着いたなあという気になります。

池袋とわたし

まず1993年から3年間、南池袋に住んでいました。地下鉄有楽町線の東池袋駅から徒歩3分で、サンシャイン60まで徒歩5分という立地です。が、家賃は45,000円。風呂なしキッチンあり6畳の物件でした。現在では風呂無し物件なんて考えられない人も多いでしょうが、実は当時はサンシャイン60から徒歩1分のところに銭湯があって、そんなに困ることはありませんでした。マイ桶にお風呂セットを詰め、サンダル履きで首都高5号の下をくぐって銭湯に通っておりました。当時通っていた銭湯は、今は跡形もありません。
アパートの裏の窓を開けると、すぐ都電が走っていました。都電の向こう側は、雑司が谷霊園が目の前です。当時は昼夜逆転した生活を送っていて、深夜3時にサンシャイン通りに繰り出したりしておりました。渋谷や新宿と違って、池袋の夜は人が極めて少なく、昼間は若者で賑わうサンシャイン通りも烏たちの独擅場となっておりました。まあ、実際は北池袋や西池袋のほうには夜も人がいるのですが、当時はサンシャインの周辺だけうろちょろしていたので、新宿や渋谷に比べたら田舎だなあと思っていたのでした。現在は乙女ロードとして世界に名を馳せておりますが、当時はまだアニメイトも女性専用に特化した感じはありませんでした。
南池袋の「東通り」も、古くからある定食屋や中華屋を利用していました。現在はオシャレなお店が建ち並ぶ通りに変貌して、人の流れが完全に変わったように思います。JR池袋から東通り方面に出る地下道は、当時はかなり異様な感じがしたものでしたが。当時を知る者としては、現在の姿にはなかなか感慨深いものがあります。

96年から2001年までは下板橋に住んでおり、北池袋までは徒歩20分程度、JR池袋駅までは30分程度でした。東武東上線の電車賃を浮かせる目的で、よく池袋までは歩いていました。区立池袋小学校前の劇場通りを歩いていたわけですが、こちらは当時からさほど変わっていないような印象があります。

現在は東池袋まで徒歩20分、JR池袋駅まで徒歩30分くらいのところに住んでおります。サインシャイン60まで徒歩20分程度なので、ちょうど良い散歩コースになっています。区役所跡地には巨大なビルが建ちつつあり、また雰囲気が大きく変わることだろうと思います。歩いていると新たな発見があったりして、なかなか面白い町だと改めて思うようになりました。

【東京都表参道】MEGANE DESIGN LAB. in 表参道

MEGANE DESIGN LAB. in 表参道」に行ってきました。(2019年4/5訪問)
眼鏡デザイナーとめがねを楽しむ試着会というコンセプトのイベントです。

イベント会場の「おにめがねラボ+」は、表参道駅から徒歩7分程度、外国人観光客でごった返す表参道の小路を越えた、落ち着いた佇まいの建物の2Fにあります。

「ふくいのめがね展示会」、入場無料で開催中です。おにめがねラボ+は、ガラス戸を入って2Fですよ。

おおー、かっこいいスペース。
普段はonimeganeさんのオフィシャルショップですが、昨日はイベントということで4つの眼鏡ブランドさんが奥のスペースで展示を行なっておりました。昨日はFascino Ribelleさんにいろいろな話を聞かせてもらいました。藍を使った眼鏡の話が、とても印象に残りました。

しかし、聞いてもいないのにいきなり私がかけている眼鏡ブランドを言いあてるのは、まあデザイナーさんからすれば当たり前なんだろけれども、普段ではあり得ない経験で、ちょっと新鮮でおもしろかったり。

昨日は特別イベントということで、棚にも単行本が飾ってありますが、マンガ家の松本救助先生が、眼鏡橋華子ばりに眼鏡の見立てを行なっておりました。なんと贅沢なイベントだ。かつては声優の若林直美さんが眼鏡を見立てるというイベントをやったメガネ屋さんもありましたが、眼鏡作家さんが見立てるというのは、なかなか画期的ですね。社長さんのツイートを見ると、ものすごい見立て力だったということが分かります。さすがだなあ。

今後も開催される予感がするので、また遊びに行こうと思います。というか気になるフレームがあったから、今回開催期間中にもう一度行こうかな…

【東京都の桜の名所2019】石神井川→飛鳥山公園→上野公園→千鳥ヶ淵→播磨坂

桜が咲いたので、東京都の桜の名所をぐるっと巡ってきました。(2019年3月29日)

飛鳥山公園まで自宅から歩いて行ける距離にあるので、まずは石神井川沿いをぶらぶらします。
途中に「音無もみじ緑地」という公園があるのですが、実は紅葉だけでなく桜も綺麗だったりします。

他に「音無さくら緑地」という公園もあるのですが、さくら緑地よりももみじ緑地の方が桜が綺麗な気がします。

飛鳥山公園は、江戸時代からの桜の名所だけあって、とても綺麗です。

午前中にも関わらず、そこかしこで既に宴会が始まっておりました。

飛鳥山公園(JR王子駅)から上野公園(JR上野駅)まで、京浜東北線で10分程度で行けます。

上野公園はお年寄りから子ども連れ、あるいは外国人の方々まで、大混雑の大賑わいでした。

上野公園から千鳥ヶ淵へ。千鳥ヶ淵は、個人的には半蔵門から九段下へ抜けるルートが好きです。

江戸城の西、内堀沿いに南北に広がる千鳥ヶ淵公園でも既に宴会が始まっておりました。

千鳥ヶ淵公園を抜けた後は、お堀の西側の千鳥ヶ淵緑道ではなく、お堀の東側の北の丸公園の方に向かいます。ボート乗り場がある千鳥ヶ淵緑道はめちゃめちゃ混んでいるのですが、北の丸公園の方は人が少なめで、少しゆっくりできます。

風情から言うと、やはり千鳥ヶ淵がいちばんいいなあ。

最後は播磨坂さくら並木へ。九段下駅から大手町を経由して茗荷谷駅で降ります。茗荷谷駅から東大植物園の方に向かう途中に、播磨坂さくら並木が続いています。

並木の下では酒盛りが始まっておりました。

薄曇りで肌寒かったのが多少残念ではありましたが、春の訪れをたっぷり満喫した一日でした。