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【要約と感想】ダンテ『神曲【完全版】』

【要約】ダンテは地獄・煉獄・天国を巡る数奇な体験を得て、詩を詠みました。
 まず古代詩人ウェルギリウスの案内で地獄を経巡ります。地獄では、カトリック法王を始めとして、様々な罪を犯した人々が呵責ない責めにあって苦しむ様子を見ます。中には旧知の人々もいましたが、地獄に落ちて当然の奴らなので悲しんではいけません。
 煉獄では、天国に行くまでに様々な罪科の禊ぎを済ませるために苦しんでいる人々を見ます。中には旧知の人々もいて、地上に戻ったらよろしく伝えてくれと言われます。
 天国に入ると、それまで案内を努めてくれた頼もしいウェルギリウスの姿は見えなくなり、代わって初恋の女性であったベアトリーチェが至高天まで先導してくれます。ご先祖様から激励されたり、キリスト教の聖人たちと学理問答をしたりして、最終的に神の領域に辿り着きますが、それは言葉にできません。

【感想】予習をぬかりなくしたので噂には聞いていたものの、初恋の人ベアトリーチェをここまで神々しく描くというのは、いやはや、ちょっと私の感覚からは理解しがたい。やり過ぎ感がすごい。単に好きというレベルを遙かに超えるストーカー的偏執も含みこんだような情念を感じて、そこそこ怖い。

 地獄編は、訳者もノリノリに翻訳している感じが伝わってきて、けっこう楽しい。コントのような展開も多い。地獄に落ちた人々は基本的にダンテの独断と偏見で選ばれている。露骨に党派性が現れていて、槍玉に挙げられた人たちがちょっとかわいそうではある。しかし一方、党派性を離れて、キリスト教の原理原則に従って地獄に落ちざるを得なかった人々の立ち居振る舞いには、見所が多い。具体的には例えば男色などカトリック教義的に許容できない人々は、原理原則に従って地獄に落とされるものの、人格的矜持は高潔に保っていたりする。そういうところにキリスト教原理主義をはみ出す「人文主義」の臭いを感じる。
 天国篇は、訳者も言っていたように、確かに抽象度がくんと上がって、物語的に興趣が減じる上に、人文主義の臭いもなくなる感じがする。まあ個人的にはキリスト教神学の構成に興味があるので、そこそこおもしろく読める。

 文体的には、いわゆる「直喩」のオンパレードで、意外性のある喩えも多く、とても楽しい。現代で言えば、お笑いのくりぃむしちゅー上田のツッコミ(まるで○○のようだな!)を想起させる直喩だ。具体的な次元では遠くかけ離れていても形式的には似ている、というものを繋げて表現する才能は、ダンテと上田はよく似ているのかもしれない。

【今後の研究のための備忘録】子どもに関する言及
 各所に子どもに関する言及があったので、サンプリングしておく。というのは、子どもに対する意識が中世と近代を切り分けるメルクマールだ、というアリエス『子供の誕生』が示唆するテーゼを検証する資料になるからだ。ダンテが属するのが中世なのか近代なのか、あるいはアリエスのテーゼそのものが信用に足るのかを検証するために、『神曲』の記述は有力な資料になる。

ウゴリーノ伯爵がおまえ〔ピーサ〕を裏切って
 城を敵方に明け渡したという風評があるにせよ、
 おまえは子供をああした刑に処するべきではなかった。
ああ第二のテーバイよ、ウグイッチョーネやブリガータ、
 また前に詩に出たあと二人の子供たちは
 年端もゆかず無邪気だった。
(地獄編第33歌85-87)

 ウゴリーノ伯爵と共に塔に閉じ込められた幼い子どもたちが餓死に追い込まれるという陰惨な場面で、よほど印象深いのか、訳者も何回も繰り返し言及している。ただ個人的に注目したいのは、ダンテが子どもたちを「年端もゆかず無邪気」と表現し、父親との連帯責任を取らせることに批判的な姿勢を示しているところだ。アリエス的な理論枠組みからは、少々外れている。

そこで私は、人間の罪から免れる〔洗礼の〕前に
 死の歯にかまれてしまった
 あどけない幼児たちと一緒にいる。
三つの聖なる徳に身を包むことをしなかった人たちと
 そこで私は一緒なのだ。
(煉獄篇第7歌31-35)

 ダンテの案内役ウェルギリウスがどうして天国に行けないかを説明している箇所で、子どもへの言及がある。イエス降誕前に死んだウェルギリウスはもちろんイエスに対する信仰を持てるはずがないわけだが、それを理由として天国に行かせてもらえない。日本人からしたらわけが分からない変な理屈だ。ダンテも同じように感じていたらしく、何カ所かでこの理屈に言及して疑問らしきものも呈しているが、最終的には神の摂理として受け容れている。問題は、天国に行けない人々の中に、洗礼を受ける前に亡くなった「幼児」も含まれていることだ。これもやはり日本人からしたら意味が解らない理屈だが、ダンテも不審に思いつつ神の摂理として受け容れている。キリスト教の子ども観を考える上では重要なポイントになる。

だから、自分たちの行いやその功徳とは関係なく、
 もっぱら最初の視力の鋭さの違いによって
 子供たちは違った段に据えられている。
世界がまだ創られたばかりのころには
 ただ両親に信仰がありさえすれば、
 無垢な子供たちはそれで十分救うことができた。
そのはじめの時代が過ぎた後は
 罪のない男の子は割礼を受けることにより
 天へ舞いあがる力をその羽に得た。
しかし恩寵の時代が到来した後は
 キリストのまったき洗礼を受けぬ場合は
 このような無垢な子供たちもあの下界にとどめおかれた。
(天国篇第32歌73-84)

 いわゆる「洗礼」というものの秘儀を担保するためには、洗礼前の用事を犠牲にしても構わない、というところか。目の前の人間に対する救いよりも神学の論理的一貫性の方が大事というカトリック教義。

信仰と清純は幼児たちの中にしか
 見あたらなくなりました。しかもそのいずれもが
 頬に髭が生えるよりも前に逃げ出してしまいます。
口がまだまわらないころは、断食を守る子供も、
 舌がまわりだすと、食物の如何や月日の如何を問わず、
 大食らいとなってしまうのです。
口がまわらないころは、母親になついて言うことを
 よく聞いた子供も、弁が立つようになると、
 母親は墓にいる方がよい、などと思うようになるのです。
(天国篇第27歌127-135)

 子どもたちにピュアさを見出すのは近代的な心性だという見解があるが、これを見るとダンテは近代的だということになってしまう。アリエスのテーゼが間違っているのか、本当にダンテが近代的なのか、あるいは別の解釈があるか。

【今後の研究のための備忘録】個性に関する記述
 「個性」というものを考える上で興味深い箇所があったのでサンプリングしておく。

すると彼がまた尋ねた、「では訊くが、もし地上で人が
 市民生活を営まないとすれば、事態はさらに悪化するだろうか?
 私が答えた、「むろん悪くなります」
「とすると人がさまざまの職務についてさまざまの生活を送ることなしに
 地上で市民生活が満足に営まれるだろうか?〔答えは〕
 否だ。その点は君らの師の書物にもはっきりと出ている」
こうして彼はここまで演繹的に論をひろげ、
 ついで結論をくだした、「そうしたわけだから
 君らの職務には職掌柄さまざまの根が必要とされるのだ。
それである人はソロンに、ある人はクセルクセスに、
 またある人はメルキゼデク、またある人は
 空中飛行をこころみて子をなくした人のように生まれつくのだ。
天球は回転しつつ、正確に仕事を営み、
 人間という蝋に型を捺すが、
 ひとりひとりが生まれる家に区別はつけていない。
それでエサウとヤコブは体内にいるうちからすでに違っていた。
 それでクィリヌスのような男が生まれ出たりするのだ。
 実父の身分が賤しいからマルスが彼の親ということになっている。
もし神の摂理に力がなかったとするならば、
 生まれ出た子は必ず生みの親に似、
 かつ似通った道をたどるはずだ。
これで前に見えなかった点が見えるようになったろう。
 君の訳に立てば私には嬉しいのだ。だから
 いま一つ補足して君の身に着けさせようと思う、
運命が性に合わないと、性に合わぬ土地にまかれた
 種と同じで、およそ生命のあるものは
 どうしても育ちが悪くなる。
自然によって人々各自の中に据えられたこの基盤に
 もし下界の人が留意し、かつそれに従うならば、
 人々はみなその処を得るはずだ。
しかるに君らは剣を帯びるべく生まれついた人を
 無理強いに宗門に入れ、
 説教をするべく生まれついた人を国王に仕立てたりする。
君らが道を踏みはずす原因は実はそこにあるのだ」
(天国篇第8歌115-148)

 人それぞれに持ち味や特徴があって、それに応じて相応しい役割が与えられるのが一番理に適っているという主張だ。これはたとえばガチガチの身分制では成立しない考えで、脱中世的な発想なのかもしれない。またあるいは119行に「市民生活」とあるように、適材適所の経済活動を想定した理屈なので、フィレンツェの卓越した商業活動が背景にあるのだろう。これが「個性」という概念の展開とどう関係してくるのか。

【今後の研究のための備忘録】近代科学観?

実験こそ人間の学芸の流れの変わらぬ泉なのです。
(天国篇第2歌96)

 訳註によれば「フィレンツェ市は(中略)ルネサンス期には自然科学の研究が非常に盛んになった学芸の都市である。その種の実験の精神ははやくもダンテのこの詩行に観取される。」とされる。一般的に科学的な実験で最初に名を挙げたのはイギリスのロジャー・ベーコンで、生年は1214年~1294年だ。ダンテはベーコンの約半世紀後に生まれているので、ベーコンの影響があっても不思議ではない。が、註が指摘しているとおり、ベーコン云々というより、フィレンツェの先進的な学芸を観取するところなのだろう。「ルネサンス」というものを考える上でもかなり気をつけるべき論点になる。

【今後の研究のための備忘録】三位一体

その時が来るに及び、神は造物主から離れていた人性を
 永遠の愛の働きによって
 神に、神の位格において、結びつけました。
(天国篇第7歌31-33)

 三位一体の秘儀について語られているところだが、訳者はペルソナを伝統通り「位格」と訳している。

この人性が結びついていた
 〔神の〕位格が蒙った非礼を考えてみると、
 かつてなく不当な罰といえるわけです。

 こちらは人性と神性の結びつきという観点から神のペルソナについて語った部分だ。問題になるのは、この「位格」という言葉の具体的な中身になる。

ダンテ/平川祐弘訳『神曲【完全版】』河出書房新社、2010年<1966年

【要約と感想】平野啓一郎『私とは何か―「個人」から「分人」へ』

【要約】本当の自分などありません。人間とは、ネットワークの「束」に過ぎません。そう考えた方が楽に生きられます。

【感想】まあ、同じようなことは100年くらい前にG.H.ミードがもっと徹底的に掘り下げていたりする。もっとちゃんと「自分と世界の相互作用」の理屈について分かりたい人は、ミードの1925年の論文『自我の発生と社会的統制』を一読することをお勧めする。
 で、おそらく著者はミードを知らずに同じようなことを言っているわけだが、意図せずに似てしまっているのは、1920年代のアメリカと1980年代の日本の歴史経済的状況が似ているせいでもあるだろう。現代人の人格が細分化されていくのは、生産と消費が一体化していた生活が、消費社会の高度な進展に伴って単なる消費の対象として切り離されてパッケージ化され、仕事も高度な分業体勢で切り刻まれて世界の中での位置づけを見失い、世界の全体像が失われて細分化していくこととパラレルな現象だ。それは人間にとって必ずしも普遍的な現象ではない。「本当の自分はひとつじゃない!」と50年前の日本で主張したら、「何を言ってるんだこの人」となっただろう。この主張が説得力を持つのは、高度に成熟した資本主義社会の下で、現代人の生そのものがズタズタに細分化されているせいだ。そのあたりの歴史的条件には、本書はまったく突っ込んでくれないのであった。

【今後の個人的な研究のための備忘録】
 「個性」という言葉に対する言質を得た。分析の対象というよりは、リード文として活用しやすそうで、ありがたい。

「雑誌の占い特集や自己啓発書などでしょっちゅう目にする「本当の自分」という言葉。これとセットになっているのが、「個性」である。そして、個性とは、一人一人の「個人」に特徴的な性質のことである。
 私たちは、自分の中に、何か人とは違う個性的なところを見つけたいと願い、人に左右されず、その個性を大切にしたいと思っている。
 にも拘らず、その個性がわからないというのは、いつでも煩悶の種だ。
 一体、個性とは何なのか?
 文部科学省(当時の文部省)の中央教育審議会で、「個性の尊重」が明確に目標として掲げられるようになったのは、一九八〇年代前半のことである。七五年生まれの私が小、中学生になったころには、教育現場でも、やかましいくらいに「個性を伸ばせ」、「個性的に生きなさい」と言われていた。
 私が属する段階ジュニア世代は、そもそも人数が多く、受験競争も激化の一途を辿っていたので、詰め込み式の画一化教育からの脱却という問題意識自体は、真っ当だったと思う、しかし、年がら年中、念仏のように聞かされていた「個性」という言葉は、まったくもってうっとうしかった。
 そもそも、個性的に生きろと言われても、その年頃の子供は、何をどうして良いのかわからない。みんな同じ制服を着て、朝から夕方まで、同じカリキュラムに従って勉強している。部活動でもすれば、個性的ということなのか? 仕方がないから、髪型に凝ってみたり、制服を改造してみたりすると、それは個性を履き違えている!と、職員室に呼び出されたりする。
 個性というのは、実のところ、だれにでもある。まったく同じ人間は、この世の中に二人といない、ものの見方から感じ方、考え方まで、十人十色である。そして、際立って個性的である人は、社会との軋轢も大きくなる分、苦しむことも多い。自分は周りから浮いていると感じる人は、むしろ平凡さにこそ、憧れる者だ。
 結局、教育現場で「個性の尊重」が叫ばれるのは、将来的に、個性と職業とを結びつけなさいという意味である。」38-40頁

 で、教育史的な観点からは少々不正確な記述なので、補足しておくと、いちおう文部省もオイルショック後の1977年学習指導要領改訂で「ゆとり」と「個性や能力に応じた教育」を打ち出して詰め込み教育からの転換を図ってはいるが、教育の場面に「個性」を積極的に持ち込んだのは文部省の中央教育審議会ではなく、中曽根康弘総理大臣の直下に置かれた「臨時教育審議会」であり、新自由主義による「教育の自由化」が挫折した結果としてオブラートに包まれて登場したのが「個性の重視」というスローガンだ。まあ、「個性」という言葉に対して当時の「ゆとり第一世代」が抱いた実感であり、貴重な証言である、ということについては間違いはない。引用していきたい。

 また、「人格」という言葉についても大量の言質を得た。

「分人は、相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されてゆく、パターンとしての人格である。」7頁
「一人の人間は、複数の分人のネットワークであり、そこには「本当の自分」という中心はない。」7頁
「私たちは、朝、日が昇って、夕方、日が沈む、という反復的なサイクルを生きながら、身の回りの他者とも、反復的なコミュニケーションを重ねている。人格とは、その反復を通じて形成される一種のパターンである。」70頁

 これだけ見ると、あたかもヒュームのようだ。まあ、ドイツ的というかフンボルト的な教養が後退していることの一つの表現系なのかもしれない。

 それからキリスト教への言及について。

「人間が「(分割不可能な)個人」だという発想は、そもそもは一神教に由来するものである。一なる神と向かい合うのは、一なる人間でなければならない。」49頁

 大雑把に言えばそうかもしれないけれども、大雑把すぎる。キリスト教の中にも、エヴァンゲリオンの人類補完計画のようなことを言っている派閥(というか異端)もあったりして、「一」がなんなのかについては極めて錯綜とした議論が積み重なっており、なかなか一筋縄ではいかない。新プラトン主義との関係も慎重に見極める必要がある。こう断言して許されるのなら、なんと楽なことか。まあこれは新書だからいいんだけれども。

平野啓一郎『私とは何か―「個人」から「分人」へ』講談社現代新書、2012年

【要約と感想】広田照幸『教育改革のやめ方―考える教師、頼れる行政のための視点』

【要約】ここ30年来の教育改革はおかしなことになっていて、成果よりも副作用のほうが大きく、単に現場が疲弊するだけの結果に終わっています。特に、勉強不足の政治家が簡単に教育に口が出せるようなシステムになってから、異常な政策が簡単に通るようになってしまいました。いちど立ち止まって、現実を直視して、本質的なことをじっくり考えた方がいいでしょう。

【感想】教育改革とやらに大学教員として振り回されている立場からしても、「もっとも」だとしか思えない内容なのだった。無駄な書類が多すぎ。
おそらく、政治家や官僚や民間企業などなどが「教育の専門家としての教師」を信頼していないのが根本的な問題なのだろうと思う。現場の教師よりも自分たちのほうが教育についてよく知っているとすら思っているのだろう。根は深い。

【個人的な研究のための備忘録】
「個性」という概念に対して広田先生の考え方が端的に表現されているのが興味深い。

「ここ二〇年くらい、個々の子どもに学校が向き合おうとする改革が続いてきました。八〇年代の臨教審で「個性重視の原則」が打ち出され、日本の学校教育はその方向に向けて大きく変わりつつあります。その中には確かに大事なものが含まれている。そこに視点を向けたことには好感を持ちます。」p.45

「こうした考え方は一九八〇年代半ばの臨教審で打ち出された「個性重視の原則」という考え方に沿って展開してきたものです。臨教審の第一次答申(一九八五年)では「個性重視の原則は、今時教育改革の主要な原則であり、教育の内容、方法、制度、政策など教育の全分野がこの原則に照らして、抜本的に見直されなければならない」とされていました。一九九〇年代には、この「個性重視の原則」に沿って、いじめや不登校、障害を持つ子どもや日本語の指導が必要な子どもなどへの対応が改善されてきました。同時に、「関心・意欲・態度」の重視から「主体的・対話的で深い学び」に至るまでの、主体的な学習への転換が図られてきました。」p.27

「広田 個性を重視する教育というと、一人ひとりに丁寧に教えることも含めて、資源が必要な教育への転換を意味していると思うんです。初中局として個性重視の原則という教育の考え方をどう受け止めたかということをお聞きしたいんですが。
菱村 初中局としてはそれは、どうぞという感じでした。個性重視の教育はいまでも学校教育の中でやっていますからと。特別に何かやらなければいけないという認識はまったくありませんでした。
広田 ああ、そうですか。実は、私はコンセプトの登場を契機に文部省には特別なことを手がけてほしかったと思っています。定員を四〇名にして〔四〇人学級〕ようやくそれが進んでいる時期ですが、一人ひとりの個性を重視するとなると、もっとたくさん先生が必要になるだろう……と思うんですけれど。」p.28

研究者の間では、臨教審が打ち出した「個性重視の原則」の評判は必ずしも良くはない。「個性」という言葉が新自由主義的な「教育の自由化・民営化」の文脈からひねり出されてきた、と理解されているからだ。しかし一方、広田先生は「個性重視の原則」を高く評価する。もちろん新自由主義的な観点から評価しているのではなく、「教育方法」の領域に押し込めた限りで評価するわけだ。そして、「個性重視の原則」という流れを利用すれば、文部科学省はもっとうまくやれた(金を引っ張れた)のではないかと見ている。しかし文科省のほうはうまくやる気はなかったらしいことが分かったのであった。

広田照幸『教育改革のやめ方―考える教師、頼れる行政のための視点』岩波書店、2019年

【要約と感想】大内裕和『教育・権力・社会―ゆとり教育から入試改革問題まで』

【要約】1999年以降の約20年間に発表された論文をまとめた本で、教育に関する幅広いテーマを扱っていますが、新自由主義に対して原理的に批判を加えているところで筋が一本通っています。
現代の教育には様々な課題がありますが、問題の根底で共通しているのは新自由主義の暴力です。自らを拡大再生産するには絶対に「外部」を必要とする資本主義は、人間ひとりひとりの人格を「外部」として商品化することを可能とする技術とレトリックを高度化させてきました。具体的には「個性」や「自由」というレトリックが、人々の人格を商品化する技術として活用されています。教育が歪んでいるのは、そういう新自由主義の圧力が臨時教育審議会以降急速に強くなっているせいです。新自由主義によって、ますます格差が拡大していきます。

【感想】あらゆるものを商品化せずには止まない資本主義の圧力が、どういうふうに教育を草刈り場にしていったかがよく分かる内容になっている。人々の個性とか人格というものも既に商品化されている。商品化されているということは、搾取の対象にできるということだ。そのテクノロジーとレトリックの発展は留まることを知らない。地球上の「物」には限りがあるが、人々の個性や人格というものには限界が見当たらない。「情報化」とは、資本が「無尽蔵な資源:人々の個性や人格」を発見し採掘し加工し商品化し流通し陳列し消費し搾取するテクノロジーのことだ。新自由主義における教育とは、そういう情報化社会に適応して、自らをより価値ある商品として加工していく振る舞いを身に付けていく技術とみなされる。
だとすれば、教育の成果を数字で表せると勘違いしてしまうのも頷ける。そういう観点からすれば、教育による格差拡大は、むしろ大歓迎なのだろう。「総合的に見れば格差が拡大すればするほど資源が増える」くらいにしか考えていないように思える。新自由主義を支持する勢力は、格差が拡大するメカニズムを理解した上で、敢えて格差を拡大する方向に圧力を高めている感じすらする。
まあ、いつかどこかでしっぺ返しを食らうのだろうけれど、巻き込まれるのは嫌だなあ。

【個人的な研究のための備忘録】
「個性」という概念に対して興味深い言質を得た。特に臨時教育審議会において「個性」という概念がどのように変容し流通したかが、けっこうコンパクトにまとまっていて、ありがたい。論文を書く時に、どこかで引用させていただくことになろう。

「こうした労働力の差別化を支える教育改革を正当化するキーワードが「個性」であった。「個性」の登場も臨教審に遡ることができる。臨教審での第一部会「自由化」論に対して、第三部会から強い批判が出され、議論の結果としてまとまったのが「個性重視の原則」という表現であった。この「個性重視の原則」とは第一部会と第三部会の妥協の産物というより、両者の主張を包含した概念であると言えるだろう。
個性重視の原則」は、教育の「自由化」論の文脈で考えれば、学校が市場競争のなかで、それぞれの個性や多様性を発揮することが重視されるということを意味する。「選ばれる個性」をめぐって学校間の競争が激しくなり、その結果格差が生まれる。ここでは「個性」は「能力」とほぼ同義である。しかし「個性」という言葉によって能力主義的差別の強化が覆い隠される。
個性重視の原則」を第三部会の反「自由化」論や国家主義、権威主義の文脈で考えるとどうなるだろうか。「個性」とは、そもそも主体的・能動的な意味を帯びた言葉である。しかし、「個性重視の原則」が教育目標として設定されるとは何を意味しているのか。それはあらかじめ設定されている「与えられた」個性であり、自ら選び取ることのできるものではない。学校は「与えられた」個性を発揮できるか否かで市場評価される。グローバル市場を勝ち抜くことのできる「個性」をめぐる競争に、学校は「強制」的に駆り立てられることとなった。
しかも「個性」の持つ主体的なニュアンスは、その結果を自己責任として甘受する感覚を醸成する。これによって自由競争によって生み出される格差が正当化され、秩序が形成される。これは臨教審第三部会の主張をも満足させるものである。彼らは教育の「自由化」が無秩序をもたらすことを警戒したのであり、自由競争そのものを否定してはいないからである。
こうして「ゆとり」と「個性」の教育改革が、一九九〇年代に急速に進められることとなる。」pp.224-225

まあ、そういうことですね。
また、「象徴資本としての『個性』」という論文は、全編が「個性」の商品化について扱った内容になっている。なかなか読み応えがある。

大内裕和『教育・権力・社会―ゆとり教育から入試改革問題まで』青土社、2020年

【要約と感想】苅谷剛彦『追いついた近代 消えた近代―戦後日本の自己像と教育』

【要約】日本の教育政策がどうして迷走を続けているかというと、現実に基づいた帰納的思考が貧弱だからです。具体的には、「近代(化)」という言葉を追いかけると、よく分かります。
日本は「追いつき追いこせ」の近代化を進めてきましたが、1980年代に西欧に追いついたと思い込み、「近代は終わった」と公言しはじめました。しかし「近代」とは、我々の生活をより良くしていこうという「現在」を含み込んだ考え方だったはずです。日本は「近代は終わった」と声高に叫ぶことで、むしろ「現在」を考える視点を失っただけでした。そして「近代」という参照軸を失って空虚になった1980年代以降、エセ新自由主義やエセ愛国主義が蔓延することになります。

【感想】著者が本文で何度も断っているように、本書は「言説分析」に終始している。つまり空中戦だ。著者ご本人は教育社会学者として「地上戦(つまり実態分析)」でたくさんの成果を挙げてきた。しかし本書で空中戦に挑むのは、せっかく地上戦で戦果を挙げても、空中戦で全て台無しにされてしまうというふうに、何度も煮え湯を飲まされてきたからなのだろう。本書でも、社会学者の着実な業績を台無しにし続ける官僚=東大法学部に対する恨み辛みが垣間見えるところである。著者は東大法学部に特有の思考様式を分析した上で、それを「エセ演繹思考」と切って捨てる。教育改革が迷走し続けるのは、官僚や学者がエセ演繹思考にしがみついているからだ。そう喝破して、返す刀で新自由主義やナショナリズムを薙ぎ倒す筆致は、迫力に溢れている。とても読み応えがあった。

【要確認事項】
とはいえ、明治期を主戦場とする日本教育史研究者としては、ハテナと思うところもないわけではない。
まず個人・国家・世界の関係について、著者は「個は国家(特殊)を通じて世界(普遍)に至る」という予定調和的な理想主義に触れて臨時教育審議会を分析しているが、こういう理想主義は、戦後どころか、明治20年代後半には既に広く見られる発想である。特に岡倉天心や三宅雪嶺には顕著だ。三宅雪嶺「真善美日本人」などは、そういう「特殊=日本/普遍=世界」理解を素直に体現している。「日本的な「特異」性を否定するのではなく、それを肯定する日本への回帰が強調されるようになる」(97頁)のは、まさに岡倉天心の思想そのものだ(詳細は私の論文「明治10年代の美術における国粋主義の検討」参照)。そして戦後直後においても、南原繁や上原専禄が同じような見解を表明している。臨時教育審議会から始まったわけではない。「特殊/普遍」に対する発想を戦後のものと見なすのは、思想史的に疑問とせざるを得ない。
まあ、この論点が崩れたところで本書全体の趣旨は損なわれないだろうとは思うが、専門家としては気になるところだ。
そして、「近代」という言葉で空中戦を行うなら、柳父章『翻訳語成立事情』の「近代」項目は参照必須文献だと思うのだが、敢えてスルーしたのかどうか。一言も触れられていないのは、ちょっと気持ちが悪いところだ。

【今後の個人的研究のための備忘録】
「人格」と「個性」に対する興味深い言及があった。

「ここでは「日本国民は人間性、人格、個性を十分に尊重しない」という問題を構築したうえで、「人間性、人格、個性」の三つの言葉にわざわざ説明を加えている。これらの概念が日本人には理解されていなかったという暗黙の前提がはたらいたのだろう。今日これらの言葉にこのような説明が不要なことを念頭に置けば、異様な感のする説明である。それほど、これら三つの言葉で示された価値が、戦前の日本には欠落していたとみなされていたのだろう。」(189頁)

驚いた。私は、現在でも日本人の大半が「人間性」「人格」「個性」という言葉を理解していないと思っている。阿部謹也もそう言っている。チコちゃんから街の人に「人格って何?」と聞いてもらえばいい。大半の日本人は「ボーっと生きている」はずだ。私にしても、うまく説明できる自信はない。これらの言葉は、わかったつもりでいるが、改めて聞かれると説明できない類の「翻訳語」だ。きっと柳父章も賛成してくれるだろう。しかし著者は「説明が不要」と言っているわけだ。
まあ、著者としても、本気で言っているというよりは、筆が滑っただけのような気はする。というのも、まさに「人格」とか「個性」という言葉こそ、著者が気迫を込めて批判している「エセ演繹思考」の元凶だろうからだ。帰納的に経験や事実が積み重ねられて鍛えられた言葉ではなく、必要に迫られて(法学や経済学で必要な概念だから)海外から輸入されて、意味も分からないままに使用しているうち、なんとなく理解したようなつもりになっただけの、表面的で浅い言葉なのだ。本書でも「多くの近代法を含め、日本語にはもともとなかった観念や、翻訳によっても、日本の過去に対応物がなかったり、観念レベルでまったく異なる制度を導入しようとする場合には、外来の知識の学習を頼りに、そこからの演繹的な思考によって導きだされる理解に基づいて、制度をつくりだすしかなかったはずだ。」(282頁)と指摘しているところだ。
そしてだからこそ、著者の分析枠組み通り、1980年代以降の「近代の消失」と「経済の前景化」に伴って、「人格」や「個性」という言葉の意味はガラリと変わる。たとえば臨時教育審議会以降に「個性」という言葉から人文科学的な背景が剥落し、単に経済的な適材適所を意味するようになったのは、数々の臨教審研究が明らかにしているところだ。「人格」という言葉についても、今時学習指導要領改訂に関わった人々が、歴史と哲学に基づかない極めて皮相な経済中心的見解を示している(国立教育政策研究所編『資質・能力[理論編]』参照)。「人格」や「個性」という言葉は、日本の現実に基づかず、「エセ演繹思考」のド真ん中(まさに教育基本法第1条)に居座っていたからこそ、逆に意味内容を完全に失いながらも現在まで生き延びていると言える。意味内容を真剣に問われることもないまま、「わかったつもり」の人々が、「エセ演繹思考」に従って使い続けるのである。だから学習指導要領解説編の「人格」という言葉は、極めて薄っぺらいものになっているわけだ。
ちなみに『新教育指針』における「人格・個性・人間性」理解は、明治後期から大正期にかけてカント及び新カント派の受容を踏まえた教養主義的な見解そのままと言える。そしてそれは天野貞祐『国民実践要領』なり『期待される人間像』にまで引き継がれる理解である。1900年から1970年までは、「人格」理解はカント的な背景で一貫している。それががらりと変わるのは、1980年以降のことになる。具体的には、カント的な理解が通用しなくなり、経済(能力)至上主義的な発想と儒教的な発想の2つが忍び込んでくる。その変化を説明する理論枠組みとして、本書が指し示した「近代が消された」という分析は極めて有効だ。「人格」からはカント(近代哲学)が殺されたのだ。実行犯は「経済至上主義」と「薄っぺらい愛国主義」だ。黒幕は、本書全体の行論が指し示すとおりだろう。
そんなわけで、著者自身は理論的な分析枠組みをしっかり提出しているのに、その枠組みを「人格」や「個性」という「エセ演繹思考」の元凶であろう言葉に及ぼさなかったのが、驚いたのであった。

それから、著者が「近代」の本質として「再帰性」を挙げているところは興味深い。自分自身が自分自身を「反省」して自分自身を変えていくというのが「再帰性」である。再帰性の要点とは、「絶え間ない変化」を繰り返しつつも、それでも「自分自身は自分自身のまま」というアイデンティティ(同一性)を保つところである。「変化しても変化しない」というのが再帰性というものが果たす機能である。つまり本書の趣旨から言えば、「近代は終わった」と認識することは、「変化するのか変化しないのか、どこをどう考えていいか分からない」という状態に陥ることを意味している。
実は「人格」というものの本質も、同じく「再帰性」である。私の定義では、「人格」とは「再帰的な一」であることに尽きる。そしてそれは「国家」にも適用できる。いやむしろ、「近代国家」と「近代人格」の本質が「再帰的な一」として相似的であるのが近代という時代の特徴とも言える。そして日本では、良いか悪いかは別として、この「再帰的な一」としての「人格」が決定的に理解されていないだろうと思うのだ。だから「アイデンティティ」という言葉の意味もわからなくなる。
しかし「再帰性」を本当に実現するためには、前期ヴィトゲンシュタインの指摘をまつまでもなく、必ず自分自身の中に「特異点」を必要とする。特異点を一つ以上設定しなければ、「再帰的な一」は成立しない。西欧諸国の場合は、それが「神」だった。日本の場合は「天皇」となった。特異点は何でもよい。「眼鏡」でもよい。本当に「近代」というものを突き詰めようと思ったら、本当はこの「特異点」にまで手を突っ込む必要がある。しかし本書は、その痒いところに手が届く前に終わっている。著者も自覚しているが。

苅谷剛彦『追いついた近代 消えた近代―戦後日本の自己像と教育』岩波書店、2019年