「古典」タグアーカイブ

【要約と感想】デカルト『情念論』

【要約】昔の人が情念について語っていることは全部デタラメです。
 第1部では身体と精神を区別した上でそれぞれのメカニズムを解明し、相互の関係性を踏まえて情念の動きを説明します。第2部では情念を6つの基本形に分類してそれぞれ説明します。第3部ではさらに特殊な情念について個別に説明します。
 情念とは外界からやってくる刺激に対する受動的な反応なので、意図してなくすことはできませんし避けられませんが、欲望の達成は大きな満足を与えるので、情念を操縦してよいものを取り出す知恵と習慣と理性を兼ね備えている人が最も幸福です。

【感想】現代的な科学的水準からすれば、松果腺や心臓のメカニズム、動物精気に関する議論は荒唐無稽ではあるが、もちろんそのデカルトの限界はデカルトの個人的資質のせいではなく、時代的な制約だ。
 本書の見どころは、古代から中世を通じて押さえつけるべき悪として語られてきた「欲望」を完全に解放しているところだろう。あっけらかんと解放している。これもデカルト個人の資質に還元するのではなく、当時の社会的状況を踏まえて考える必要がある。デカルトが活躍した17世紀前半は、科学革命と産業革命の前夜であり、資本主義の揺籃期に当たる。対外貿易で栄えたオランダ(デカルトはフランス生まれだがオランダで活動していた)は商品経済の最先端地域だった。商品経済を活発に回すためには、人々の購買意欲を煽る必要がある。資本主義にとって、欲望とは押さえつけるものではなく、煽るものである。商品経済と無縁だった古代と中世においては、人間の欲望を煽って良いことなど何もない、というかロクなことがない。キリスト教は(に限らず仏教もイスラム教も儒教もストア派も)欲望を押さえつけるよう努力していた。しかし、資本主義は欲望を煽ることで発展する。欲望を(煽らないまでも)積極的に肯定するデカルトが立っているのは、もちろん資本主義の側である。
 そんなわけで、本書は単に心理学や生理学の古典として読むというより、経済史的な関心を持って当たるべきテクストだと思う。資本主義の発展を土台から支える「人間の欲望の肯定」は、フランスのモンテーニュとデカルトによって明示された。(いちおうさらに早いところではイタリアルネサンスのロレンツォ・ヴァッラに見られるが、まだ表現は抑制的だ)

【個人的な研究のための備忘録】
 人格や個性に関わる記述は皆無である。気になったところをサンプリングしておく。

「子供と老人は、中年のひとより泣きがちであるが、異なる理由でそうなっている。(中略)子どもたちは、喜びのために泣くことはめったになく、悲しみのためによく泣く。」111-112頁

 本書内で子どもに関する記述は驚くほど少ない。デカルトがまったく子どもに関心を持っていないことがよく分かる。

欲望については、異なる認識から生じたとき、それが過度でなく、しかもその異なる認識によって統御されていれば、悪いものでありえないことは明白だ。」119頁
「このように運命を偶然的運から区別する修練をつむとき、欲望を統御することをたやすく自ら習慣とし、そのようにして、欲望の達成はわたしたちにのみ依存するわけだから、欲望はつねにわたしたちに完全な満足を与えることができるのは確かである。」126-127頁
「なお、精神は精神独自の快楽を持ちうる。だが、精神が身体と共有する快楽については、まったく情念に依存するものであり、したがって、情念に最も動かされる人間は、人生において最もよく心地よさを味わうことができる。」180-181頁

 エピクロスもびっくりの快楽と欲望肯定だ。しばしばエピクロスは快楽主義者と決めつけられるが、実際には情念から解放されることで真の快楽を得ようと主張していて、情念を積極的に肯定するデカルトとは真逆の主張をしている。デカルトに見られる快楽肯定は、モンテーニュに近い。デカルトがどの程度モンテーニュから影響を受けているかは、本書テクストからは分からない。

「自由意志はわたしたちを自身の主人たらしめ、そうしてわたしたちをある意味で神に似たものとするからである。」134頁

 ストア派的な文脈から出て来る文章だが、ここだけ見ればアウグスティヌスが聞いたら卒倒しそうな、ペギラウス主義だ。いやむしろ、ペギラウスが自由意志でもって善行を積むことを唱えていたことを思えば、自由意志によって情念をコントロールしようというデカルトの主張は論外ということになりそうだ。

■デカルト/谷川多佳子訳『情念論』岩波文庫、2008年

【要約と感想】デカルト『哲学原理』

【要約】哲学とは、人間が知りえるすべての完全な知識を扱い、最初の原因からあらゆることを導き出す原理を解き明かすものです。私が示す原理は、極めて明白で、あらゆる他の事物を導き出すので、完璧です。
 初めに、まず怪しいものは全て疑います(でも普段の生活は普通にね)。すると、我疑う故に我あり。だから思惟と物体は異なります。よって神あり。おかげで我々が明晰判明に下す判断には間違いがありません。そんなわけで物体は存在し、運動法則に従います。
 この原理を理解できるようになるために、第一に道徳的な生活を確立し、続いて数学の練習を通じて理性を正しく導く論理学を習得し、続いて根として形而上学、幹として自然学の原理と全宇宙の構成の在り方、さらに枝として他の諸学(空気、水、火、鉱物、植物、動物、人間、医学、道徳、機械学)を学びましょう。この原理を土台として正しく理性を働かせると、どんどん世界の真理が見いだされ、生活が発展し、人間は幸福になるでしょう。
 続いて第二部では人間の身体を含めた物体と、その運動の原理について解説します。物体の本性は三次元の「延長」で、他の性質は属性です。真空はありません。(第三部と第四部は略)

【感想】本編第一部には例の「我惟ウ故ニ我アリ」のコギトテーゼが極めて整然と体系的に述べられている。本格的な概説書では細かいところも押さえていて誤解は生じにくいように思うが、一般的な哲学の教科書だと雑に扱われていて、デカルトの本意が伝わりにくいかもしれない。「切り抜き」ではなく、しっかりデカルト本人のテクストに当たって確認しておきたいところだ。丁寧に読むと、いくつかの疑念は解消できるようにちゃんと書いてある。

 ただ、個人的な印象では、本書の見どころは序文にあたる「仏訳者への著者の書簡」にある。というのは、デカルトの哲学観・哲学史観・知識観・教育観・進歩史観が有機的に示されているからだ。
 まず哲学観に関して、哲学があらゆる知識の原理的な土台となるべきことがしつこく繰り返されるわけだが、それは哲学が人間の「進歩」のための原理として役割を果たすべきだからだ。この素朴な「進歩」への信仰があって、初めて哲学の果たすべき役割が明確になる(だから逆にこの「進歩」への信仰が崩れたところからデカルトの失墜が始まる)。
 哲学史観に関しては、プラトンとアリストテレスに直接言及しているところが注目だ。個人的にはプラトンの評価にやや「?」となるが、それはデカルト個人の理解の問題というより、当時の書誌的水準の問題と考えた方がいいのだろう。(気になるのは、明らかにプラトンを引き継いでいるアウグスティヌスの主著『神の国』は「我疑う故に我あり」というアイデアを示しているのに、それをデカルトが完全に無視しているところだ。意図的にスルーしているのか、単に不勉強なのか、それとも深い理由があるのか)。ともかくデカルトは、プラトンを「疑い」の元祖、アリストテレスを「確実性」の元祖と見なした上で(しかもエピクロスがそれを引き継ぐと主張する!)、両者とも誤っていると切り捨てる。現在の哲学史的な水準からすれば無茶苦茶だが、デカルト本人が何を目指しているかはよく分かる話になっている。
 教育観については、まず、すべての人間に共通する教育可能性を前提としているところが注目だ。デカルトは他の著書で「特に頭がいいわけではない」などと韜晦しているが、本書でも、自分が到達した「真実」はあらゆる人間が共通して理解できると断言する。そしてご丁寧にも、「三回読んだら必ず分かる」と読書指南までしている。どれだけ自信があるんだ。さらにデカルトは学問を身につける際のカリキュラムのようなものも提示する。そのいちばん土台にあるのが「正しい生活習慣」という意味での「道徳」というところは特に注目だ。そして確かに、他の本でも、ストア的な「正しい生活習慣」の重要性はしっかり指摘されている。一般的な哲学教科書ではスルーされがちなところだが、実は後の教育学の展開を考える上でもしっかり押さえておきたい。「正しい生活習慣」の身についていない人間が「我惟ウ」をやったら必ずおかしなことになるのである。

 ところで第二部の物体論は、現代的な知識から見れば、衝突に関する説明が間違いだらけだ。ちょっと確かめればわかりそうな間違いが堂々と書いてあって、何やってるんだろうと思う。この間違いは、解説にもあったが、デカルトが「質量」というものをまったく度外視して、物事をすべて幾何学的なメカニズムで説明しようとしたことに由来するのだろう。本書には化学の観点も、熱力学の考え方も皆無だ。「有機物」に対する無関心も付け加えておくか。まあそれはデカルトの個人的な資質の問題ではなく、時代の制約だったと考えるべきところなのだろう。

【個人的な研究のための備忘録】アリストテレスをディスる
 ガリレオ・ガリレイはアリストテレス学説に反したかどで異端審問を受けたわけだが、デカルトがその事件に大きな衝撃を受けて自著の出版を見送った事実はよく知られている。だがそれからしばらく時間が経ち(本書出版はガリレオ裁判から11年後)、ほとぼりが冷めたということかどうか、本書ではアリストテレスへのディスが止まらない。

「ここ幾世紀の間、自ら哲学者たろうと欲した大部分の人は、盲目的にアリストテレスに従い、その結果しばしば彼の著作の意味を曲解し、彼がこの世に生き返ってきたとしたら、自分の意見とは認めないであろうような見解を、彼に帰するに至りました。」20頁

 デカルトの言う「ここ幾世紀」とは具体的にはトマス・アクィナス以降の約400年を指しているのだろう。そしてこの引用箇所でデカルトは、アリストテレス本人の学説が間違っているというより、その追随者が無能であったと主張している。しかし実は別のところでは、「アリストテレスの原理の誤りは、これに従ってきた幾世紀いらい、この手段では、何の進歩もなし得なかった」(34頁)と言っている。そしてその指摘はブーメランとしてデカルト自身に突き刺さってしまったのであった。

【個人的な研究のための備忘録】子ども観
 理性を重んじるデカルトは、必然的に子どもを歯牙にもかけない。

「我々は幼年のとき、自分の理性を全面的に使用することなく、むしろまず感覚的な事物について、さまざまな判断をしていたので、多くの先入見によって真の認識から妨げられている。」43頁
「しかも精神は幼年期には、身体に融合していたので、多くのものを明晰にではあっても判明には知覚しなかった。にも拘らず、当時も多くのことについて判断を下していたので、ここから多くの偏見が生じ、大多数の人においては、後に至っても取り除かれていないのである。」81頁
「即ち、幼年期には我々の精神は、身体と密に結合していたので、身体を刺激するものを感覚する思惟(心的現象)だけを受け入れ、他の思惟を受ける余地がなかった。」105頁

 ということで、発達論的な視点が微塵もなかったことをしっかり確認しておきたい。

デカルト/桂寿一訳『哲学原理』岩波文庫、1964年

【要約と感想】ヴィンツェンツォ・ヴィヴィアーニ『ガリレオ・ガリレイの生涯 他二篇』

【要約】ガリレオの晩年に口述筆記を行った人物による評伝で、ガリレオ本人と実際に対面している人物の証言として重要です。
 もともと父親に医者になるための教育を受けさせられたガリレオは、しかし幾何学に対する天性の才能を発揮して自然学の道へ進み、次々と重要な自然学的発見と実用的発明を行った結果、貴顕王侯からも重要視されて高額な報酬で名誉ある地位に迎えられ、世間からも一目置かれるようになる一方、古代哲学に執着する頑迷な敵対者に悩まされ、異端審問裁判で追及されて軟禁状態に置かれますが、視力を失った晩年まで活動を続けました。

【感想】解説にもあるように、確かに科学的真理の発見そのものよりも、その「応用」のほうに大きなインパクトがあるという書きっぷりだった。あるいは、科学的真理の発見そのものとその応用を区別しているのは単に我々の現代的科学技術観であって、ガリレオの生きた科学黎明期にあっては科学と技術の区別そのものが意味をなさなかったと考えるところか。またあるいはそれは、美術の分野で言えば「美」そのものよりも「実用的な装飾」のほうが重要だという世界観と響き合っているのだろうし、「善」の分野では弁論術や修辞学の権威が高く見積もられていたことと関係するのだろう。真理を真理そのものとして、美を美そのものとして尊重(あるいは絶対視)する態度というものが、真理や美が制度化された後に一般化するのだと考えると、弁論術や修辞学が衰退した過程も併せて説明できそうだ。

【個人的な研究のための備忘録】教育と人文学
 当時のフィレンツェの教育と、人文学に対する距離感について伺える記述がたくさんある。

「少年期の彼は、フィレンツェのありふれた評判の教師について人文学を学んで過ごした。(中略)彼は主要なラテン語の著者の読書に専念し、独力で人文学の幅広い知識を獲得した。(中略)この頃、彼はギリシア語の学習にも没頭したが、もっと重要な研究に役立てるために学んだのである。」15-16頁

 ガリレオ(1564-1642)の少年青年期は16世紀の後半、大航海時代の幕開けから既に半世紀以上が過ぎており、地中海貿易の重要性が相対的に低下して、イタリア都市国家の没落が始まっていた。フランスではユグノー戦争が猖獗を極め、エラスムス(1466-1536)の頃のような希望に満ちたルネサンスの栄光はもう遠い過去の話になっている。そんな中でも、というかそんな状況だからだろうか、フィレンツェでは「人文学」や「ギリシア語」を学ぶことがありふれた出来事だったことが確認できる。

「ガリレオはヴァンブローサの神父から論理学の基本的な規則、そして弁論術の用語、非常に多くの定義と差異、文章の多様さ、教義の序列と進展を学んだが、このすべてが彼には退屈で、役に立たないように思われ、彼のすばらしい知性にはほとんど満足を与えなかった。」16頁
「しかしガリレオは、何世紀ものあいだ、たったひとりの人物の意見と言葉に囚われて人間の心の暗闇のなかに埋もれたままになっている世界の秘密をあばくために自然によってえらばれたのであり、これらの教えを他の人たちがそうしてきたように盲目的に受け入れることができなかった。彼は自由な知性をもっていたから、議論と感覚的経験で同じことがかなえられるのに、古代や現代の著者の言葉と意見にそんなにたやすく同意しなければならないとは思われなかった。だから、自然についての議論では、彼はアリストテレスの述べたことをすべて熱烈に擁護する人びとにいつも反対し、このために反抗の精神をもっているという評判を得た。そして、真実を発見した見返りとして、彼らの憎悪をかき立てた。」18頁
「彼がその頃から学校に共通した強制的な哲学のやり方に自分の自由な個性を順応させることができなかったことがわかる。」185頁

 人文学的なカリキュラムが時代遅れになりつつあることが分かる。しかし思い返してみれば、ペトラルカ(1304-1374)の頃にはアリストテレスは東方ギリシア世界からもたらされた最新の学問であったはずだ。アリストテレスに心酔する若者たちに愚か者と見なされたペトラルカは、頑迷で結構などと韜晦している。本書は「何世紀ものあいだ」アリストテレスが君臨していたかのように記述しているが、具体的には中世後期(トマス・アクィナス)からルネサンスにかけての350年間程のことだ。ペトラルカもガリレオもアリストテレスに反抗したが、ルネサンス夜明け前のペトラルカは保守的な立場から、ルネサンス日没後のガリレオは革新的な立場からそうした。つまりアリストテレスそのものが、ルネサンス期を通じて、革新的であったものから保守的なものへと変化したわけだ。というかそもそも思い返してみれば、理念先行のプラトン主義に対してアリストテレスは感覚的経験を重要視する立場だったはずだ。そんなわけで、アリストテレスの考え方そのものに致命的な問題があったというより、ルネサンス期を通じた「人文学」の在り様のほうに何かしら根本的な問題があったと考えるべきところだ。そんなものをリベラルアーツの起源などとありがたがっている場合か。そして逆に、ガリレオがどうしてその枠から飛び出すことができたのか、単にガリレオ個人の資質に還元するのではなく、ルネサンス期を通じた社会変化を踏まえて探究する必要がある。個人的な直観では、人文学とは関係のない流れから出てきている。

「彼が言うには、そこに書かれている文字は数学的命題、図形、そして証明だった。それらを用いるだけで、自然そのものの無数の秘密のいくつかを洞察することができるのである。」60頁

 時代を遡ればピタゴラスをどう考えるかという厄介な話もあるが、それでもやはり新しい。経験を重視するベーコンやヴィーヴェスにも見られない。デカルトあるいはスピノザに引き継がれるこの新しい世界観は「人格の尊厳」という考え方とどう響き合うのか、あるいは響き合わないのか。今のところ響き合う予感はまったくしない。

「教師は弟子たちの眼が読書で、その心と頭脳があるときは議論に、あるときは文字に、続いて図形に、とぎれとぎれに集中することで疲れてしまうことがないように気を配るしかない。しかし、このような気配りから生徒が真の利益を得ることはほとんどない。幾何学的証明を理解し、我がものとする唯一の方法は、自分自身の学習であって、他人によるものではない。わたしが信じるに、これら二つの学び方には、個人的な興味と注意力をもって世界を自分自身で見、観察しに出かけるのと、単に地図上で、たとえそれが正確であってもとても誠実な著者によって報告されていても、そこに留まること以上に非常に大きな違いがある。」172-173頁

 「幾何学に王道なし」と言ったエウクレイデスを踏まえていると考えていいのだろう。この真理観・学習観は、スピノザに引き継がれていくような印象だ。しかし「暗記の反復」や「教え込み」ではなく「理解のための学習」が決定的に重要で、教師の気配りが何の役にも立たないという観点は、きっと教育の在り方にも大きな変化をもたらすのだろう。

ヴィンツェンツォ・ヴィヴィアーニ/田中一郎訳『ガリレオ・ガリレイの生涯 他二篇』岩波文庫、2023年

【要約と感想】デカルト『方法序説』

【要約】学校で学ぶことはデタラメで何の意味もないことを悟り、自分自身の内部と世界そのものだけに真実を求めて旅に出ました。そしたら旅先でもみんな言っていることがそれぞれ違うので、人が言っていることは何も信じてはいけないことを確信しました。
 これまでに教師からデタラメを教え続けられたことが分かった以上、曖昧でいい加減な知識は全部捨て去り、焦らず時間をかけて、確実な思考を進めるための原理を考えた結果、4つの規則に落ち着きました。
(1)疑う余地のない明晰で判明な真実以外は判断の材料としない。
(2)解決すべき問題はできるだけ細かい部分に分割する。
(3)もっとも単純で認識しやすいものから階段を上るようにして順番に理解し、最終的に複雑なものの認識に至る。
(4)あらゆる要素を完全に枚挙して見落としがなかったと確信する。
 この思考法を数学で試すとたちまち難問を解きまくることができるようになり、これでいけるという自信を持ったので、最も重要な哲学で同じことができるかチャレンジしてみることにしましたが、焦らず時間をかけて丁寧に考えようと思ったので、決定的な答えを見出す前に暫定的な行動方針を立てました。
(1)わたしの国の法律と慣習、そして最も良識ある穏健な人の意見に従う。
(2)一度決断を下したら、多少怪しくても首尾一貫してそれに従う。
(3)他人を変えようと無駄なことはせず、自分を変える。
 この方針でしばらく大丈夫そうだったので、予定通り少しでも疑わしいものはどんどん捨て去りました。しかしあらゆるものを疑い続けるうちに、考えている自分自身の存在だけは疑えないことは、何があっても揺るぎない確実な真理であることを見つけました。「われ惟う故にわれ在り」こそ探し求めていた哲学の第一原理ということでファイナルアンサーです。そうなるとたちまち(2)仮に身体(物体)がなくても考えるわたし(精神)は存在する。(3)わたしたちが明晰かつ判明に捉えることはすべて真実である。(4)完全な神が存在する。(5)われわれの理性には何かしら真理の基礎がある、という真理が演繹されます。
 この原則に立って考え始めると、これまで哲学上の難問と思われてきたことにも簡単に答えを出すことができます。たとえば地球を含むこの世界全体の成り立ちやあらゆる現象、さらに人間の体の仕組みは、古代哲学やスコラ学が駆使する概念なんかなくても、すべてメカニカルに説明し尽くせます。ただし人間の魂は物質ではないので、別に考えなければいけません。
 ここまでの考えを論文にまとめて出版する準備を進めていましたが、宗教裁判でガリレオが有罪になったのを見て、やめました。しかしやはり自分が到達した真実へ至る方法は人々を幸福に導くものです。なぜなら自然の原理を解明し、それを応用することで、われわれは自然の主人となり所有者となることができるからです。わたしが到達した地点はごくごく初歩的なところにすぎませんが、この方法を貫徹すれば、人間はますます発展していきます。今後の探究では実験が重要になります。序説はこれで終わりますので、次の章から具体的な成果をご覧ください。(翻訳はここでおしまい)

【感想】まあ私が改めて評価するまでもないことだが、新しい時代の幕開けを告げる画期的な論考だ。いよいよ近代に突入した。
 まず重要な事実は、中世的スコラ学を徹底的に排除しているのに加えて、ルネサンス的人文主義も完全に排除している点である。デカルト的近代は人文主義(ヒューマニズム)の伝統から完全に切り離されている。ルネサンス的人文主義の研究者たちはもちろん人文主義こそが近代の幕開けだと主張するわけだが、虚心坦懐に本書を読めば、そんなことはない。むしろ人文主義は近代化を妨げるような世迷言に過ぎない。古代哲学など、現実を理解するのに何の役にも立たない。デカルトに直接連なるのは、コペルニクス、ブルーノ、ベーコン、ガリレオなど、自然科学の発展に果敢に尽くした人々だ。
 とはいえ判断が難しいのは、デカルトの自己主張にも関わらず、既存の権威を相対化するという批判的な姿勢や態度を育む上で人文主義が何の貢献もしていないと即断するわけにはいかない、というところだ。15世紀後半から17世紀前半に至る100年強の時間の中で、人文主義の活動(そして宗教改革)によって少しずつ既存の権威が失われていく。この既存の権威への批判と相対化という地ならしがなければ、デカルトの画期的な論考も芽生えることがなかったかもしれない。というか、たぶんそうだろう。となると、人文主義とデカルトの間に直接的な繋がりがなくとも、時代背景や土台づくりという点で人文主義の意義を認めることはできる。
 また、実は「我惟う故に我在り」というアイデアそのものが既にアウグスティヌス『神の国』に見られるという事実には配慮しておいていいのだろう。デカルト自身がアウグスティヌスに言及することはもちろんないし、残されている書簡によればアウグスティヌスの著作を本当に知らなったようなのだが、あれほどデカルトが「完璧にマスターした」と豪語するイエズス会の学校でアウグスティヌス(しかも主著『神の国』)について聞いていないなんてことがあるのか。
 そんなわけで、ルネサンスや人文主義の歴史的意義については、デカルトの方針に従って、少ない情報のみで即断することなく、時間をかけて丁寧に見ていかなければならない。

 次に個人的な関心から問題になるのは、「かけがえのない人格」という近代的自我の観念形成に対してデカルトがどれほどの貢献をしているか、というところだ。
 まず「我惟う故に我在り」という例のテーゼそのものが「かけがえのない我」という観念を浮上させるのは間違いない。しかも哲学の第一原理ということで、荘子など中国哲学的な独我論とも異なり、あるいは仏教で乗り越える対象となる「欲望の主体としての我」とも異なり、間主観的な議論に発展させることが可能な、つまり民主主義の土台となる健全な個人主義の原理として意味を持つ。デカルトそのものには「かけがえのない人格」という表現を明確に見ることはできないが、ここに個人主義の哲学的土台を見ることは許されるだろう。
 そして本書を通読して改めて思ったのは、デカルトは自身の主張を論理形式のみにおいて成立させようとしているのではなく、自分の独自な生育史を踏まえて説得力を持たせようとしている、ということだ。本書の書き方そのものが「過剰な自分語り」になっていて、たとえば扱っている内容や主張がまったく違うように見えるモンテーニュ『エセー』における「私」と立ち位置が実はよく似ている。こういう「自分語り」は古くはペトラルカやダンテあたりの詩的表現には見られるが、哲学の領域において、プラトンのような対話形式でもなく、アリストテレスのような客観的論文調でもなく、過剰に自分語りをしながら表現してみせたのは実はけっこうすごいことではないか。そもそもデカルトは真理の「伝え方」にそうとう意図的で、客観的な真理として他人に押し付けようとはしておらず、あくまでも「自分自身がたどりついた確信」について述べるという表現形式を徹底している。つまり、自分がたどりついた真理を自分自身の表現形式に忠実に適用している。デカルトが画期的なのは、内容だけでなく表現形式と伝達手法においても「我惟う」を貫いたところだ。ここに近代的自我(かけがえのない人格)の始まりを見たくなるわけだ。

 ちなみに評判が悪い「神の存在証明」は、確かに無理筋だ。「完全性」という中世スコラ的概念を持ち込んだ瞬間に話がおかしくなった。逆に、いかに「完全性」という概念が中世を支配していたかを照射する表現としては注目できる。そして、実はここにこそ「人格の完成」という概念の根っこがあるのかもしれないので、侮れない。ちなみに「神」を必要としない「我惟う」哲学第一原理の確立は、フッサールを待つことになる。

【個人的な研究のための備忘録】
 スコラ学や人文主義に対する批判については直接的な表現を確認できる。

「わたしは子供のころから文字による学問(人文学)で養われてきた。そして、それによって人生に有益なすべてのことについて明晰で確実な知識を獲得できると説き聞かされてきたので、これを習得すべくこのうえない強い願望をもっていた。けれども、それを終了すれば学者の列に加えられる習わしとなっている学業の全課程を終えるや、わたしはまったく意見を変えてしまった。」11頁
「わたしは雄弁術をたいへん尊重していたし、詩を愛好していた。しかしどちらも、勉学の成果であるより天賦の才だと思っていた。」14頁
「以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問(人文学)をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。」17頁
「われわれが人生にきわめて有用な知識に到達することが可能であり、学校で教えているあの思弁哲学の代わりに、実践的な哲学を見いだすことができ、この実践的な哲学によって、火、水、空気、星、天空その他われわれをとりまくすべての物体の力や作用を、職人のさまざまな技能を知るようにはっきりと知って、同じようにしてそれらの物体をそれぞれの適切な用途にもちいることができ、こうしてわれわれをいわば自然の主人にして所有者たらしめることである。」82頁
「これまでの医学で知られているすべてのことは、今後に知るべく残されているものに比べたら、ほとんど無に等しい」83頁
「しかも実験については、知識が進めば進むほど、それが必要になることをわたしは認めていた。」86頁

 あとはスコラ学や人文主義を批判する文脈で「自然の主人にして所有者たらしめる」という近代の人間中心主義が露骨に表明されていることについては、やはり見逃すわけにはいかない。

「われわれはみな、大人になる前は子供だったのであり、いろいろな欲求や教師たちに長いこと引き回されねばならなかった。しかしそれらの欲求や教師は、しばしば互いに矛盾し、またどちらもおそらく、つねに最善のことを教えてくれたのではない。」22頁

 大人と子どもの比較が表現されていたのでサンプリングしておきたい。またここでさりげなく「教師」に対する批判が見られることも確認しておく(ただしヴィーヴェス等に見られるような倫理的人格に対する批判ではないのだろう)。

「しかし、だからといってわたしは、疑うためにだけ疑い、つねに非決定でいようとする懐疑論者たちを真似たわけではない。」41頁

 モンテーニュと比較されることに対する牽制だと理解していい表現か。ともかく16世紀前半の段階で一般的に「懐疑論」について理解されていただろうことは確認しておく。
 確認しておけば、デカルトは「方法的」に懐疑しているだけで、結論として懐疑を容認しているわけではない。デカルトの「我惟う」は独我論に陥らず、間主観的な議論が成立する土台となる健全な個人主義に結びつく。そういう意味で、フッサール現象学が方法論としてエポケー(判断停止)するのは、確かにまったくデカルト的である。

「続いてわたしは、わたしが疑っていること、したがってわたしの存在はまったく完全ではないこと――疑うよりも認識することのほうが、完全性が大であるとわたしは明晰に見ていたから――に反省を加え、自分よりも完全である何かを考えることをわたしはいったいどこから学んだのかを探求しようと思った。そしてそれは、現実にわたしより完全なある本性から学んだにちがいない、と明証的に知った。(中略)完全性の高いものが、完全性の低いものからの帰結でありそれに依存するというのは、無から何かが生じるというのに劣らず矛盾しているからだ。そうして残るところは、その観念が、わたしよりも真に完全なある本性によってわたしのなかに置かれた、ということだった。その本性はしかも、わたしが考えうるあらゆる完全性をそれ自体のうちに具えている。つまり一言でいえば神である本性だ。」48-49頁

 デカルト自身が「スコラ学」から言葉を借りてきていると正直に表明している通り、この神の存在証明に近代的な表現は見当たらない。荒唐無稽だ。
 ただし、「完全性」という概念がヨーロッパ思想史で極めて重要な役割を果たしてきたことだけは明瞭に理解できる。そして近代の「人格の完成」という概念は、私の感想では、おそらくこの「完全性」の概念を背景として成立している。デカルトのこの荒唐無稽でデタラメな神の存在証明には、しかし繰り返し立ち戻ることになるだろう。

デカルト/谷川多佳子訳『方法序説』岩波文庫、1997年

【要約と感想】ベーコン『学問の進歩』

【要約】人類の進歩に貢献するため、あらゆる学問の領域に渡って過去の業績を点検して問題点と課題を明らかにし、未来へ向けた展望を示します。学問は様々な誤解や学者たち自身の問題によって批判されることもありますが、本質的には神と人間にとって極めて高い価値を誇るものです。
 学問の領域は(1)歴史(2)詩(3)哲学(4)神の4つの領域に区分できます。歴史には(1)自然誌(2)社会の歴史(3)教会史があります。詩の領域はテコ入れするまでもなく勝手に発展します。哲学の領域は(1)第一哲学(2)神学(3)自然哲学(4)人間学に分かれます。
 現在の学問水準は、真理を発見する手段の整備や様々な発明のおかげで格段に上がっており、ギリシアやローマの時代を超えて進歩しています。確かに乗り越えなければいけない課題はたくさんありますが、人類の未来は明るいのです。

【感想】現代的な感覚からすれば、学問全体の領域を余すところなく点検してこれからの展望を示すなど、途方もない無理無茶無謀な企てだ。本書が公になったのが1605年で、同じような企ては1531年のヴィーヴェスにも見られた。この後、17世紀序盤にはデカルトが出て、中盤には清教徒革命が発生し、終盤ではニュートンが活躍することになる。学問の全体像を個人で描こうとする企ては見られなくなり、ディドロ「百科全書」のような企画に変わっていくこととなる。
 本書全体を通じて印象に残るのは、「ルネサンスが終わったなあ」ということだ。ルネサンスの定義にもいろいろあるが、共通しているのはギリシア・ローマの文芸に憧れ、再現しようとする熱意である。ベーコンには、その憧れも再現しようとする熱意もない。というか、「ギリシア・ローマを超えた」という認識が各所に噴出している。実際、容赦なくプラトンやアリストテレスを槍玉に挙げる。その認識と姿勢を支えているのが、大航海時代によって地球全体の姿を明らかにした学問の成果への自信だ。哲学的観照や文献読解や雄弁術など古代的な教養では不可能な大事業を実現したという、発明発見と真理と活動に対する自信だ。だから、現実の地球の全体像を写す「地球儀」が完成したこのタイミングで、学問の全体像を示す「学問の地球儀」も完成させなければならない。
 そんなわけで、ベーコンの中でルネサンスは完全に終了しており、つまり近代の夜明け前までは来ている。しかしまだ近代は訪れていない。「かけがえのない人格」という発想はまったく見られない。

【個人的な研究のための備忘録】ルネサンスの終わり
 当時の学問水準について窺える記述がたくさんあって面白いのではあるが、個人的な研究に役に立ちそうなところだけサンプリングしておく。特に教育や学校に関する記述と、「ルネサンスの終わり」に関する記述が重要だ。

「なお、注意すべきことに、教師たちの生き方は圧政のサルまねだと芝居などでずいぶん嘲笑されてはいるし、また、最近のだらしないなげやりな風潮は学校の教師や家庭の教師の選択に当然はらうべき顧慮を払わなくなっているが、しかし、とおい昔の最良の時代の知者は、国家はその法律のことにあまりにもいそがしく、教育のことにかけてはあまりにも怠慢であると、いつももっともな不満をもらしていたのであって、そのとおい昔の教育のすばらしいぶぶんが、最近イエズス会員の学院によってある程度まで復活されたのである。」38-39頁

 この部分に至るまでの話の流れは「学者の貧乏」をテーマにしていてなかなか身につまされるのだが、サンプリングしたところは文脈からは少々切り離されて唐突に差しはさまれる。実は本書にはそういう行き当たりばったりの思い付きにしか見えない冗長な記述が極めて多く、前近代的な印象が色濃くなる原因にもおそらくなっている。ともかく、16世紀の教師が嘲笑の的になっていたらしいことが分かるが、こういうエピソードはヴィーヴェスなどにもあって、事欠かない。しかし一方「イエズス会員の学院によって復活された」という記述の具体的な中身はよく分からなくて、気になるところだ。イグナチウス・ロヨラの活動のことを指しているのだろうか。

「マルティン・ルターは、(疑いもなく)一段たかい摂理に導かれてではあるが、理性をはたらかせて、ローマの司教と教会の堕落した伝統とを向こうにまわして、自分がどのような仕事をくわだてたかを悟り、またどのみちかれの時代の世論の支持は得られず、まったく孤立していることを悟って、現代にたち向かう党派をつくるためには、古代のすべての作家をよびさまし、むかしの時代に援軍を求めなければならなかった。こうして、それまで長らく図書館のなかに眠っていた、神学と人文学との両方と、古代の作家たちがひろく読まれ、とくと考えられることとなった。(中略)これを助長し促進したものは、それらの遠いむかしのものでありながら見た目には新しい説を唱えた人びとが、スコラ学者に対してもっていた敵意と敵対であった。(中略)これら四つの原因、古代の作家に対する感嘆と、スコラ学者に対するにくしみと、言語の厳密な研究と、説法の効能とが重なって、当時さかえはじめていた雄弁と能弁とのひたぶるな研究がおこることとなった。これはたちまち極端に走った。」49-50頁

 なんだかいろいろ間違った記述になっている。古典文芸復興はルターと関係がない。こういう勘違いが生じるのは、宗教改革と古典研究をセットとして考えるのが当時の認識枠組みとしては常識だったから、と推測しておこう。エラスムスの存在も考慮していいか。
 事実の間違いはともかく、ベーコンの認識では「スコラ学者への敵意」と人文主義的な「雄弁術」の流行がセットになっていることは確認しておく。

「キリスト教会は、一方では、北西ではスキタイ人の侵入と、他方では、東からサラセン人の侵入とのただなかにあって、異教の学問の貴重な建物をも、その聖なるふところに抱き、膝にのせて保護したのであって、それらの遺物は、この保護がなければ跡形もなく消滅したであろう。」77-78頁

 ここでベーコンが言う「キリスト教会」とは、コンスタンティノープルの東ローマ教会のことだろうか。ウクライナにいたスキタイ人にローマが北西から浸入されるとは思えない。そして、となると、「異教の学問」とはギリシア文化のことになる。そうだとすれば、これはベーコンがビザンツ帝国が果たした文化的役割を認識していた証拠になる記述として理解できるが、そんなことあるのか。

「まず第一にヨーロッパにはずいぶん多くのりっぱな学院が設けられているのに、それらはすべて専門科目(神学、法学、医学)に専念して、教養科目(哲学と一般原理の研究)をやる余裕のあるものが一つもないことを、わたしは不思議に思う。というのは、人びとは、学問は行動を目的とすべきであるというとき、判断を誤ってはいないが、しかしそう信じこんで、むかしの寓話に語られているあやまちに陥っているからである。その寓話では、胃は四肢のするように運動の役目もせず、また頭のするように理解の役目もしないので、身体の他の部分は胃が怠けていると推測したのである。」117頁

 これも事実認識としてはどうか。西洋教育史の教科書によれば、大学に付属する学寮(カレッジ)において基礎教養の自由七科が学ばれていたはずだ。ただしベーコンの言う「哲学と一般原理の研究」が、自由七科を眼中に入れていない可能性は考慮してよいか。
 また「胃」の寓話に触れていることも覚えておきたい。胃の寓話は、後にヘーゲルが多用することになる。

「それは、大学の学生が時期尚早に、未熟なままで、論理学や弁論術といった、年はのいかぬ修行中のものよりも大学をおえたものにふさわしい学問をする習慣である。すなわち、両者は、正しく理解されるなら、諸学のうちもっとも重みのあるもの、学問中の学問であり、論理学のほうは判断のためのもの、弁論術のほうは修飾のためのものである。そしてそれらは、内容をどう表現しどうとり扱うべきかの規則と指図なのである。」121頁

 この記述から、ベーコンが「弁論術」をどう認識していたかが具体的に分かる。クインティリアヌスやそれを引き継いだ人文主義的な教育論とはまったく異なる見解となっている。クインティリアヌスやルネサンス教育論では、雄弁術は人格を形成するために欠いてはならない学問だった。ベーコンにおいては、人格形成に関わらないただのスキルである。雄弁術そのものの位置づけがどう変化したかは別に検討する必要があるが、ともかくベーコンの認識のなかではそうとう価値が低くなっていることを確認しておく。

「すなわち、あるものごとがなされるまでは、はたしてなされるだろうかといぶかっているが、なされるとたちまち、こんどは、どうしてもっと早くなされなかったかといぶかるのである。それはアレクサンドロスのアジア遠征にみられる(中略)そして同一のことがコロンブスにも西方への航海のさいにおこったのである。」62-63頁
「というのは、この世界という大建築物が、われわれとわれわれの父祖との時代になってはじめて、ガラス窓から光線を貫通させるようになったのは、現代にとって名誉なことで、古代と競いそれをしのぐものだと主張してもまちがいないと思われるからである。」141頁
航海者の磁針の使用がまず発見されなかったら、西インド諸島もけっして発見されなかったであろう。一方は広大な地域であり、他方は小さな運動なのではあるが。同じように、発明と発見の術そのものがこれまで見おとされていたら、諸学にいま以上進んだ発見がなかったとしても、あえて異とするには当たらない。」211頁
「たとえば、当代の学者たちは優秀で活気をおびている。むかしの著作家の労苦のおかげでわれわれは高貴な助けと光をもっている。印刷術のおかげで書物はあらゆる境遇の人びとに伝えられる。航海のおかげで世界が開け、それによって多くの経験と莫大な自然誌の資料があかるみに出た。(中略)この第三の時期は、ギリシアとローマの学問の時期をはるかにしのぐであろう。」354頁

 コロンブスの西インド諸島到達をはじめとする大航海時代の成果によって「世界という大建築物」の姿が明らかになったことを極めて重要な出来事だと記述している。そもそも本書に見られるベーコンの企てそのものが「地球儀」を完成させようという発想に発している。現実世界の「地球儀」は船乗りたちの冒険によって完成しつつあるわけだが、「知の地球儀」を完成させようとするベーコンの企ても相当の冒険だし、それを自負してもいる。ここに、古典文芸復興として古代ギリシア・ローマ文化にひたすら憧れるルネサンス精神は完全に終わった。
 また、大航海時代を支えた「発明と発見」を高く評価している点も見逃せない。ベーコンがこれからの学問ん課題として設定しようとしているのは、この「発明と発見」の技術だ。「印刷術」への高い評価も記憶しておきたい。
 大航海時代がヨーロッパに与えた知的刺激は低く見積もらない方がいい、と改めて思う。(しかし同じような発明と発見の時代にいて同じ対象の言及しながら完全に冷めているモンテーニュが一方にいることも忘れてはならない)

「それゆえ、デモクリトス一派は、万物の構成のなかに精神とか理性とかを想定せずに、持続してゆくことのできる万物の形態を、自然の無限の試み、あるいはためし、かれらのいわゆる運命(必然性)に帰したので、かれらの自然哲学は、(残存する記録と断片によって判断することのできるかぎり)個々の現象の自然学的原因の説明においては、アリストテレスとプラトンの自然哲学よりも真実で、よく研究されたもののようにわたしには思われる。」171頁

 ここで挙がっている固有名詞はデモクリトスだが、実はルネサンス期からデモクリトス一派としてのエピクロスやルクレティウスの評価も高い。このベーコンの文脈ではもちろん唯物主義的な自然科学の体系に親和的だということだが、社会科学的にも「社会契約論」の文脈で重要な役割を果たしている可能性を考慮したほうがいい。

「第二に、論理学者たちが口にする、そしてプラトンには熟知であったらしい帰納法は、それによって諸学の諸原理が発見され、したがってまたそれらの諸原理からの演繹によって中間の命題が発見されると主張されるかもしれないが、くりかえしていうが、かれらの帰納法の形式はまったく欠点だらけで、無力である。そしてこの帰納法において、自然を完璧にし、ほめそやすことが技術の義務であるのに、かれらはそれとは反対に、自然をきずつけ、はずかしめ、そしったのであるから、かれらの誤りは、なおさらひどいのである。」214頁

 ベーコンの言う「プラトンには熟知であったらしい帰納法」とは、プラトン自身は「仮設廃棄」の方法と呼んでいて、確かに近代科学の言う帰納法とはまったく別のものだ。個人的には「前提さかのぼり法」と呼びたい。そしてベーコンが「自然をきずつけ、はずかしめ、そしった」と評価しているように、プラトンの仮設廃棄の手続きは最終的に「善のイデア」にたどりつき現実の自然や人間の感覚を否定する根拠となる。ベーコンの言う本物の「帰納法」がどういう手続きかは別の本で明らかになるわけだが、ここではベーコンが帰納法について「自然を完璧にし、ほめそやすことが技術の義務である」と言っていることは記憶しておきたい。

「つぎに知識の教育的な伝達についていえば、これには、若者に特有な、伝達上の特異性があるので、それには、大きな効果をうむさまざまな考慮が必要である。
 たとえば、第一に、知識を授ける時期をあやまたず、時節到来を待つ考慮であって、若者に何から教えはじめ、何をしばらく教えずにおくかなどである。
 第二に、どこからもっともやさしいものを手がけて、次第にむずかしいものに進んでゆくか、また、どんな道をとって、かなりうずかしいものをおしつけ、それから比較的やさしいものに若者を向かわせるかの考慮が必要である。(中略)
 第三は、若者の知能の特性に応じた学問の応用についての考慮である。(中略)そしてそれゆえ、どのような種類の知力と性質がどのような学問にもっともよく向いているかを調べることは、すぐれた知恵を必要とする研究である。
 第四に、修練の順序を決めることは、害になったり役にたったりする、重大な問題である。(後略)」258-259頁
「しかし、セネカは雄弁に対して、「雄弁は、内容よりも雄弁そのものを愛好する人びとに害を及ぼす」とすばらしい反撃を加えている。教育は、人びとを教師にではなく、課業にほれこませるようなものでなければならない。」263頁

 ベーコンは、同じような企て(学問の全体像を示す)を完遂したヴィーヴェスとは異なり、教育の論理そのものに対しては大きな関心を示していない。ここにサンプリングした文章も、本書によく見られるように思い付きで挿入されているようにしか見えない形で紛れ込んでいる。とはいえ、ベーコンの教育観を示す記述ではあるので、読み込んでおきたい。好意的に見れば、近代的なカリキュラム論に親和的な論点を示しているようには思える。

「この(全体の善が部分の善に優越する)ことは、たしかな真理として確立されているのであるから、道徳哲学がかかりあっているたいていの論争に裁断と決定を下すものである。というのは、それはまず、観想の生活と活動の生活とのうち、どちらをよしとするかという問題を解決して、アリストテレスとは逆な判定を下すからである。」267頁

 イギリス経験論の面目躍如といったところか。

「人間か神の本性、あるいは天使の本性に近づき、あるいはそれに似ようとすることは人間の本質を完成することであり、そうした完成しようとする善にしくじり、あるいはそれをまちがえて模倣することは、人間の生活のあらしとなる。」275頁

 中世からよく見られる表現ではあるが、果たしてベーコンがどれほど本気で言っているか。ともかく、本気だろうが韜晦だろうが死刑にならないための保険だろうが、ベーコンでもまだスルーできない表現だったということは確認しておく。

「同じようにまた、人間の精神の耕作と治療においても、二つのことがわれわれの意のままにならない。それは天性に関することと運命に関することとである。というのは、生まれつきそなわった性格は、細工を施すようにと与えられた材料であり、境遇は、そのなかでつくりかえの仕事をやりとげるべき条件であって、われわれはそれによって制限され、拘束されるからである。それゆえ、これら二つのものについては、せっせと活用してゆくより手はないのである。」287頁
「それで、この知識の第一項は、人間の天性と傾向とのいろいろちがった性格と気質との確実で正しい分類と記述を書きとめるということである。」288頁

 人間に様々な異なった性格があるということを学問の対象にまで鍛え上げようということで、「個性」という観念を生じさせる必要条件ではあるが、「かけがえのない人格」という概念に至るための十分条件はまだ欠けている。

「信条は、神の本性と神の属性と神のみわざとの教理をふくんでいる。神の本性は、一体である三位から成っている。神の属性は、三位一体である神に共通であるか、三位のそれぞれに特有であるか、どちらかである。(中略)天地創造のみわざは、質量の塊を創造することにおいては父なる神に、形をととのえることにおいては子なる神に、存在を維持し保存することにおいては精霊なる神に関係している。」373頁

 適当な記述である。あまり関心はないのだろう。

ベーコン/服部英次郎・多田英次訳『学問の進歩』岩波文庫、1974年