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【教師論の基礎】教諭・教師・教員は違うのか?

教諭・教師・教員という言葉の違いについて、意識することはありますでしょうか。実はそれぞれ、ニュアンスが少しずつ異なっている言葉です。

たとえば具体的には、大学で教鞭を執っている私は、教師ですし教員でもありますが、教諭ではありません。私は学生たちに教育学を教えていますが、教諭ではないんですね。というのは、「教諭」とは法律で厳密に規定されている言葉だからです。

教諭とは、教員免許を持ち、学校教育法(第37条)で定められた職階である、正教員を指しています。しかし学校では、教諭以外の人も先生として働いています。たとえば非常勤講師は、教師や教員ではありますが、教諭ではありません。法律に定められた正教員には当てはまらないからです。
また、大学の先生、教授や准教授は、学校教育法に定められた教諭ではありません。ですので、教諭とは呼びませんし、呼べません。が、教員であり、教師です。

一方、「教師」という言葉は、法律や資格に関係なく、人を教え導く人に広く使います。たとえば宗教で人々を教え導く人のことも教師と呼びます。またたとえば、教員免許を持たない人でも「家庭教師」になることはできます。教師になるために、特に資格は必要ありませんし、法律に規定されているわけでもありません。名乗るのも自由です。が、教師は自由に名乗れても、教諭は自由には名乗れません。教諭は法律でしっかり規定されていますので、法律通りに使わなくてはなりません。

また教師と教員の違いですが、教師という言葉には若干の価値観が込められているニュアンスがあるのに対し、教員のほうは価値中立的で客観的な、乾いた言葉です。教師という言葉を使用するときには、そこに何かしらのキャラクターを想定することが多いでしょう。たとえば「教師論」というと、あるべき教師のキャラクターについて考える議論です。
が、「教員論」という言葉は、とても不自然に聞こえます。教員とは価値中立的で客観的なニュアンスの言葉で、あるべきキャラクターが何も込められていないからです。
そもそも「員」という漢字は、「ある組織のメンバー」として、ただ「数の中に入っている」ことだけを示しています。「社」や「職」や「駅」が「満」になったり「定」に達したりしても、そのメンバーの質はまったく考慮に入っていません。
しかし「師」という漢字には、人を引っぱっていくリーダーや先人であるという価値観が込められています。「匠」や「宣教」と言ったときには、ただの数合わせには終わらない、なんらかの特別な資質や能力が想定されます。

そんなわけで、「私は教員です」と言ったときと、「私は教師です」と言ったときでは、そこそこニュアンスの違いが出てきます。教育の専門家としての自負を込めるときは、「教師」という言葉を選ぶことが多いように思います。

【教師論の基礎】教員の職階―副校長と教頭は何が違うのか?

はじめに

職階とは、職の階段ということで、乱暴な言い方をすると「ランク」のようなものです。学校に勤務する同じ教職員といっても、法律によってランクが決まっていて、仕事内容や給料が変わってくる、ということです。
そして、教員の職階は、十数年前とはまるで様子が変わっています。親世代の常識が、現在では通じなくなってきています。いちばん典型的には、「副校長と教頭の違いが分からない」ということがあるのではないでしょうか。
近年の変化も視野に入れつつ、教員の職階について確認していきましょう。

置くか置かないか

学校にどのような職階を設け、それぞれどのような仕事を担うかは、学校教育法第37条に規定されています。

【学校教育法】
第三十七条 小学校には、校長教頭教諭養護教諭及び事務職員置かなければならない

第37条は小学校に関する規定ですが、中学校も同じです。具体的には、中学校については第49条に次のように規定されています。

第四十九条 第三十条第二項、第三十一条、第三十四条、第三十五条及び第三十七条から第四十四条までの規定は、中学校に準用する。この場合において、第三十条第二項中「前項」とあるのは「第四十六条」と、第三十一条中「前条第一項」とあるのは「第四十六条」と読み替えるものとする。

つまり、以下で確認する第37条は小学校の規定ですが、中学校にもあてはまるということでご承知ください。高校は微妙に違っていますので、後に補足します。

さて、学校教育法第37条を読むと、なるほど、小学校には必ず校長、教頭、教諭、養護教諭と事務職員を置くんですね、と思いきや、第37条には続きがあります。

② 小学校には、前項に規定するもののほか、副校長主幹教諭指導教諭栄養教諭その他必要な職員を置くことができる
③ 第一項の規定にかかわらず、副校長を置くときその他特別の事情のあるときは教頭を、養護をつかさどる主幹教諭を置くときは養護教諭を、特別の事情のあるときは事務職員を、それぞれ置かないことができる
⑱ 特別の事情のあるときは、第一項の規定にかかわらず、教諭に代えて助教諭又は講師を、養護教諭に代えて養護助教諭を置くことができる

なにやらいろいろ例外があるようです。
一見複雑に見えますが、学校の教職員には、置くか置かないかで3種類ある、というふうに理解しておくと、全体像が見えやすいでしょう。
(1)置かなければならない
(2)置くことができる
(3)置かないことができる
これを踏まえて学校教育法第37条の規定をまとめますと、以下の通りになります。

職階設置
校長置かなければならない
副校長置くことができる
教頭置かないことができる(副校長を置くとき)
主幹教諭置くことができる
指導教諭置くことができる
教諭置かなければならない
養護教諭置かないことができる(養護をつかさどる主幹教諭を置くとき)
栄養教諭置くことができる
事務職員置かないことができる(特別の事情のあるとき)
その他必要な職員置くことができる
助教諭置くことができる(特別の事情のあるとき)
講師置くことができる(特別の事情のあるとき)
養護助教諭置くことができる(特別の事情のあるとき)

一口に学校の先生といっても、いろいろな種類に分かれていることが分かります。

副校長って?

ところでみなさんが通っていた学校には副校長先生はいましたでしょうか? 副校長は、2007年の学校教育法改正によって登場した職階です。実は現在、東京都は教頭先生を廃止して、すべて副校長先生に変えております。東京都の学校に通っていた方は、副校長という言葉に馴染みがあるかもしれません。が、他の地域では、根付いていないところもあります。副校長がまったく存在しない自治体もあります。副校長というものの存在を知らない方がいても、不思議ではありません。
そして世間的には、副校長と教頭のなにが違うのか、あまり理解されていないところでもあります。学校関係者の中にも、ほとんど同じようなものだと思っている人がいたりします。仕事内容が、現実的には同じだったりしますので、区別がつかなくても無理もないところではあります。
しかし実は、2007年に学校教育法を変えて副校長を設置したときには、学校そのもののあり方を大きく変える目的がありました。それは校長先生の役割の大変化とも関わってきますので、後に詳しく確認します。

高等学校

高等学校について補足しておきます。高校については、学校教育法第60条で以下のように定められています。

第六十条 高等学校には、校長、教頭、教諭及び事務職員を置かなければならない。
② 高等学校には、前項に規定するもののほか、副校長、主幹教諭、指導教諭、養護教諭、栄養教諭、養護助教諭、実習助手技術職員その他必要な職員を置くことができる。

実習助手、技術職員が小中学校と異なっているところです。工業高校や農業高校、あるいは総合高校など、実験や実習系の科目に対応して人材配置をしているわけですね。

職階それぞれの仕事内容

学校教育法第37条は、続いて、職階それぞれの仕事内容を規定しています。④校長から⑩指導教諭までの解説は後回しにして、⑪の「教諭」から見ていきましょう。

⑪ 教諭は、児童の教育をつかさどる
⑫ 養護教諭は、児童の養護をつかさどる。
⑬ 栄養教諭は、児童の栄養の指導及び管理をつかさどる。
⑭ 事務職員は、事務をつかさどる。
⑮ 助教諭は、教諭の職務を助ける。
⑯ 講師は、教諭又は助教諭に準ずる職務に従事する。
⑰ 養護助教諭は、養護教諭の職務を助ける。

管理職(校長・副校長・教頭)は後回しにして、まず11番の「教諭」から見ていきましょう。

教諭の仕事

11番の「教諭」が、ふつう「学校の先生」と呼ばれている人たちのことです。法律によれば、学校の先生の仕事は、「児童の教育をつかさどる」ことなんですね。「つかさどる」とは、職務・任務として取扱う、という意味の法律用語です。これが仕事です、という意味ですね。
ということで、教諭の仕事は「児童の教育」です。ずいぶんざっくりした規定ではあります。が、現実の中身に踏み込むと、法律で規定するには細かすぎることになりますので、こういうざっくりした規定でないと全体を含み込めないということでもあります。

養護教諭の仕事

12番、養護教諭は、いわゆる保健室の先生です。体や心の健康を扱います。近年は、不登校児童への対応や発達障害の子へのケア、さらに虐待児童の発見など、存在感が増してきています。学級担任の先生になったら、養護教諭としっかり連携をとりたいものです。担任の先生が知らない重要な情報を持っていたりします。養護教諭を教員集団の中に組み込んで、しかるべき役割を与えている学校は、荒れにくいものです。

栄養教諭の仕事

13番、栄養教諭は、2005年に食育基本法が制定されると同時に、職階として設定されました。給食に関わる指導ももちろん行ないますが、大学の教職課程を履修しなければ取得できない資格なので、理科や社会や家庭科や保健体育、あるいは総合的な学習の時間に実際に授業を受け持つなど、幅広い総合的な活躍が期待されている仕事です。本来なら各学校に一人は必ず置きたいところですが、いま現在(2020年)全国で6500人ほどしかいません。設置に積極的な自治体と、そうでない自治体とで意識に差があります。徐々に増えてきているところではありますが、もっともっと増えて欲しいものです。

助教諭・講師・養護助教諭

15番、助教諭は、普通免許状ではなく、臨時免許状を持って仕事をする先生のことです。かつて教諭の数が足りなかったときは広く活用されていましたが、現在では例外的な職階になっています。

16番、講師は、様々な事情で教員の数が足りないときに、非正規で授業等にあたる先生のことです。普通免許状、特別免許状、臨時免許状のいずれかが必ず必要となります。高校では、複数の学校の講師を掛け持ちするようなケースもあります。他、小学校の先生が必要にもかかわらず、中学校の免許しか持っていないという場合、臨時免許状を発効して非常勤講師として採用する、というケースなどがあります。

17番、養護助教諭は、養護教諭の臨時免許状を持って仕事をする職階です。

ミドルリーダー(主幹教諭・指導教諭)の位置付け

さて、⑨の主幹教諭と⑩の指導教諭を後回しにしたのは、すこし分かりにくい職階だからです。

⑨ 主幹教諭は、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)及び教頭を助け、命を受けて校務の一部を整理し、並びに児童の教育をつかさどる。
⑩ 指導教諭は、児童の教育をつかさどり、並びに教諭その他の職員に対して、教育指導の改善及び充実のために必要な指導及び助言を行う。

ざっくりいうと、主幹教諭と指導教諭は、教師集団の中でミドルリーダーとして活躍することが期待されています。指導教諭は教育に関するリーダーシップ、主幹教諭は学校運営に関するリーダーシップが期待される、というふうに、それぞれ期待される役割は異なっています。
具体的には、たとえば指導教諭は、若手教員が多い学校に配置するなどして、主に授業や生徒指導に関するアドバイスを行なうことが期待されます。一方主幹教諭は、困難な課題や多様なニーズを抱えて仕事量が多い学校に配置するなどして、授業以外の学校運営面で校長先生の仕事を助けることが期待されています。

鍋蓋型組織からピラミッド型組織への転換

この主幹教諭と指導教諭が学校教育法の改正によって導入されることになったとき、教育界では大きな議論となりました。事情をご存知ない方にとっては「ふーん」という感じでしょうけれども、当時の状況では、これを導入すると従来の学校が壊される、という危機感すら表明されたものでした。
というのは、昭和の学校では、先生はみんな横並びで、平等だ、という意識が強かったのです。こういう平等意識を反映した組織の形を、業界用語で「鍋蓋型組織」などと呼んだりしていました。それぞれの先生が立派な教育の専門家で、教室の中のことはぜんぶ責任を持って切り盛りするんだ、という自覚が、鍋蓋型の組織を維持してきました。いわゆる「学級王国」が成り立っていたのも、鍋蓋型組織あってのことです。
ところが指導教諭や主幹教諭を設置するということは、教員の中にランクをつけ、ピラミッド型組織へ変わることだ、と受けとめられました。意図的に格差を生じさせることだ、というふうに理解されました。
そういう意識も影響しているのかどうか、教員自ら主幹教諭になりたいと志望するケースは、今のところあまり耳にしません。とはいえ、昭和の鍋蓋型組織のままでは21世紀は乗り越えられない、という文部科学省の現状認識から、主幹教諭や指導教諭というミドルリーダーを設置するような改革が断行されました。ミドルリーダーを置くことで、学校をピラミッド型の組織につくり変え、複雑な教育問題や多様化した教育ニーズに応えられる体制をつくっていこう、ということです。
ここ10年ほどの間に、学校の形は急速に変化しています。

管理職(校長・副校長・教頭)の仕事

業界用語では、校長・副校長・教頭のことを「管理職」と呼んでいます。学校の管理運営に当たる「管理職」ということで、一般の先生と区別します。教育業界では「管理職へのホウレンソウを欠かさない」なんていいますが、具体的には校長先生や教頭先生としっかりコミュニケーションしてください、という意味ですね。
では具体的に学校教育法第37条の規定を確認しましょう。

④ 校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。
⑤ 副校長は、校長を助け、命を受けて校務をつかさどる。
⑥ 副校長は、校長に事故があるときはその職務を代理し、校長が欠けたときはその職務を行う。この場合において、副校長が二人以上あるときは、あらかじめ校長が定めた順序で、その職務を代理し、又は行う。
⑦ 教頭は、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)を助け、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる。
⑧ 教頭は、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)に事故があるときは校長の職務を代理し、校長(副校長を置く小学校にあつては、校長及び副校長)が欠けたときは校長の職務を行う。この場合において、教頭が二人以上あるときは、あらかじめ校長が定めた順序で、校長の職務を代理し、又は行う。

校長の仕事

校長先生の仕事は2つ、校務をつかさどることと、所属職員を監督することです。「校務」とは、学校が行なうべき仕事全体のことです。授業など教育活動も含めて、学校の管理運営全体に責任を持つ、ということです。「学校の管理運営全体」とはざっくりしすぎていますので、具体的な中身についてはまた別のところで改めて確認しましょう。
「所属職員の監督」とは、学校で仕事をしている教職員に適切な命令を与えたり、上がってきた報告や意見に対して許可や承認を行なったり、先生や職員が不適切な仕事をしていないか監視し、適切な指導を加えるということです。ですので、所属職員が不適切な行為を行なってしまった場合は、監督者である校長先生が適切な管理や指導を加えなかった結果と見なされ、責任問題となり、処分の対象となります。校長先生がテレビに出て来て頭を下げたりしているところを時々見ますね。

副校長と教頭の違い

続いて、⑤副校長の仕事のひとつは、校務をつかさどることです。また⑦教頭の仕事の一つは、校務を整理することです。ここに出てくる「校務」という言葉は、既に確認した教諭の仕事には影も形もなかったものです。つまり管理職の仕事を考える上でポイントとなるのは、「校務」です。
昭和の学校では、校務はそれほど複雑なものではありませんでした。学校に期待される役割を果たすためには、現場の先生たちが日々の授業をしっかりこなしていけば大丈夫でした。そういう時代では、校長先生に期待されたのは、先生たちの良き見本となることでした。たとえば授業が上手な校長先生は尊敬されました。校長先生が、主に道徳の時間など、実際に教壇に立つこともありました。現場経験が豊富な校長先生には、説得力がありました。
しかし平成に入る頃から、校長に期待される役割が大きく変化しました。もはや模範的な教師である必要も感じられなくなってきました。現場経験は必要ない、と考えられるようになりました。一度も教壇に立ったことのない民間人から校長先生を採用するようになったことなどは、考え方の変化を象徴的に示しています。
もう校長先生には、教壇に立つことなど期待されていません。
授業が上手かどうかは、もはや重要ではありません。校長先生にいま期待されている仕事は、マネジメントです。自分が先頭に立って働くのではなく、部下たちの能力を存分に発揮させるために環境を整える、マネジメント力が期待されています。というのも、学校に期待される役割が、昭和とはまったく違ってきているからです。
いじめ、不登校、特別支援教育、グローバル化、少子高齢化、ICT、英語教育、プログラミング教育などなど、いま学校が対応すべき仕事があまりにも多様化しています。この多様化・複雑化したニーズに対応すべく、校長先生には、現場経験ではなく、指揮官としての能力が期待されています。自分が現場の最前線に立つのではなく、後方から全体像を把握し、必要な資源を調達し、適材定期所の人材配置を行ない、働きやすい環境を整えることが期待されています。つまり、マネジメントです。教育力ではなくマネジメント力が求められる仕事なので、教育現場を経験していない民間人からも校長先生を採用できる、というわけです。
ということで、校長先生に期待される役割は、もはや現場を分かる教師の模範ではなく、民間企業の社長のようなものへと大きく変化しました。

副校長の登場は、このような校長の役割の変化と関係しています。また先に確認した主幹教諭の設置も、校長の役割の変化と関係しています。副校長や主幹教諭に期待されているのは、学校のマネジメント力の強化です。
現実の教育活動は、最前線に配置された教諭が行ないます。しかし副校長や主幹教諭には、教育活動を行なうことはあまり期待されていません。期待されているのは、マネジメント力の発揮です。校長・副校長・主幹教諭がピラミッド型の組織を作り、学校をマネジメントしていくことが期待されています。

昭和の学校と21世紀の学校の違いは、教頭先生と副校長の仕事の違いに如実に現れています。教頭先生の仕事には「必要に応じ児童の教育をつかさどる。」とあります。つまり、教頭先生はまだ教壇に立つことが想定されています。教頭先生は、まだ半分は教育者です。しかし副校長の仕事には「児童の教育をつかさどる。」とは一言も書いてありません。副校長には、教壇に立つことが期待されていません。つまり、副校長は、教育者としては期待されていません。学校がマネジメント力を発揮するための、組織の歯車として期待されているわけです。

今後も、教育者としての役割を果たすために現場の最前線に立つ人と、組織を動かすために管理職の務めを果たす人と、役割分担がさらに進行するのではないかと思われます。

まとめ

・学校に置くべき教員の職階と仕事内容は、学校教育法第37条で規定されています。
・それぞれの職階を、(1)置かなければならない (2)置くことができる (3)置かないことができるの3パターンで押さえておきましょう。
・教諭の仕事は、「教育をつかさどる」ことです。
・校長の仕事は、校務をつかさどることと、所属職員を監督することです。
・学校に期待される役割が複雑化・高度化したので、マネジメント強化のために副校長が新しく設置されました。
・管理職に期待されているのは、教育者としての仕事ではなく、学校のマネジメントです。
・ミドルリーダーも新しく設置され、学校組織の形が鍋蓋型からピラミッド型へと急速に変化しています。

【教師論の基礎】教師の服務義務―地方公務員法と教育公務員特例法

はじめに

公立学校の教師には、法律で定められた服務規程があります。特に「地方公務員法」と「教育公務員特例法」の2つを理解しておく必要があります。他に地方自治体や教育委員会が定める条例や規則があります。規定に違反してしまった場合、懲戒処分(免職・停職・減給・戒告)されますので、しっかり認識しておきましょう。
もちろん教員採用試験にもよく出題されます。たくさん出題されるのでネットで解説しているサイトも多いところですが、根本的に何も理解せずに間違って解説しているサイトも多く、たいへん遺憾なところです。特に憲法や行政法についてまったく無知なサイトが多いのには、閉口するところです。本来は、憲法や「法治主義」に対する本質的な理解を土台にして、具体的な条文を理解するべきところです。
まず、そもそもどうして「義務」に従わなくてはならないのか。その根本的な理由から確認しましょう。

全体の奉仕者

服務の根本基準

地方公務員法第30条(服務の根本基準)
すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

義務に従わなくてはならないのは、「全体の奉仕者として公共の利益のため」に働くためです。しっかりした理由があります。
まずは「全体の奉仕者」と「公共の利益」という言葉の中身と意義について適切に理解しましょう。「全体の奉仕者」という言葉は、もちろん日本国憲法第15条2項に基づいています。

日本国憲法第15条2項
すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

ある特定の個人や団体や集団の利益になるようなことを、公務員はしてはなりません。日本に住む全ての人々の生活を豊かにすることが、公務員の務めです。仕事中は、全力で「公共の利益」のために頑張りましょう。
「公共の利益」という言葉については、「公共」と「公」の区別をしっかりつけておきましょう。「公共」とは「みんなの」という意味です。「公共の利益のために勤務」とは、みんなが幸せになるために自分の能力を働かそうということです。一方「公」となると、ただちに「国家」を意味する場面が多くなります。国家の利益がみんなの利益といつも同じなら問題ないのですが、実は、国家の利益がみんなの利益と同じとは限らない場面がたくさんあります。そういうときは、「国家の利益=公」ではなく「みんなの利益=公共」を優先して働くべきだということです。(※ただ難しいのは、「みんな」の範囲ですけどね。)

服務の宣誓

地方公務員法第31条(服務の宣誓)
職員は、条例の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。

絶対に勘違いしてはいけないことは、誰に対して宣誓するのか、ということです。最悪の勘違いは、知事や教育長など、任命権者に宣誓すると思ってしまうことです。第30条の根本基準を踏まえれば、そんなわけはありません。公務員は「公共の利益」のために働くのであって、任命権者のために働くのではありません。宣誓の対象は、住民です。そもそも知事や教育長も、住民のために働いている、いわゆる「公僕=public servant」です。そういう意味では対等な立場なのであって、教員が知事や教育長に宣誓するいわれなどありません。極めて重要な事実ですので、絶対に勘違いしてはならないところです。
具体的には、宣誓内容はこんな感じになっています。

私は、ここに、主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、且つ、擁護することを固く誓います。
私は、地方自治の本旨を体するとともに公務を民主的且つ能率的に運営すべき責務を深く自覚し、全体の奉仕者として、誠実且つ公正に職務を執行することを固く誓います。
(※東京都の場合)

極めて重要なポイントは、宣誓の内容が「日本国憲法を尊重し、且つ、擁護する」となっているところです。この内容は、日本国憲法第99条に基づいています。

日本国憲法第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

99条において、公務員は日本国憲法を尊重し擁護する義務を負っていると規定されています。この規定をしっかり遵守することを、公務員になる際に「宣誓」するということです。そして、「憲法を守る」ことは、「法律を守る」こととはまったく異なることには、くれぐれも注意しましょう。この違いを認識していなければ、そもそもなぜ「宣誓の義務」が必要なのかが分からないでしょう。ネット記事等を見ると、分かっていない人が多すぎるところです。「ちゃんと仕事をするぞ」とか、そういう低レベルの話ではありません。
「憲法を守る」とはどういうことかについては、別のところでしっかり考えます。

続いて具体的な義務の内容を見ていきますが、すべてこの30条が土台にあることを踏まえていると、全体像が見えやすくなります。
さて、教員の義務は、内容によって、「職務上の義務」2つと、「身分上の義務」5つの2種類に分けられます。

職務上の義務2つ

職務上の義務は、「働いているとき」に守らなければならない義務です。逆に言えば、プライベートの時間では守る必要はありません。
(※ちなみに、教員採用試験関連の参考書等では、職務上の義務が「3つ」とされていることがあります。上ですでに見た「服務の宣誓」を、こちらの職務上の義務に含めている場合が多いです。ただし法的に3つである根拠もありませんし、論理的に考えても「服務の宣誓」は根本規定として理解する方が相応しいので、大半の参考書の記述とは異なり、このページでは「職務上の義務は2つ」と考えます。ご了承ください。)

職務上の命令に従う義務

地方公務員法第32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)
職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

法治主義」を確認している項目です。なぜか日本人は「法治主義」と聞くと、ただちに「刑法」が行き届いていることだと勘違いしてしまう人が多いのですが、大間違いです。犯罪が少ないことと、法治主義が徹底していることは、まるで関係がないことです。法治主義とは、国家機構が「行政法」に基づいて客観的に運営され、人間の恣意的・主観的な判断が差し挟まれないということです。「人が治める=人治主義」ではなく「法が治める=法治主義」ということなので、間違えないようにしましょう。
公務員に関して言うと、「法治主義」とは、公務員は自分の判断ではなく、法律に従って仕事をしてくださいということです。この場合の「法律」とは、もちろん人を殺しちゃダメとか物を盗んじゃダメというような「刑法」ではなく、「行政法」です。公務員のするべき仕事は、すべて法律で規定されています。それ以外のことは、基本的にはやってはいけません。人間の勝手な判断で勝手に仕事をすることは、公務員には期待されていません。法律に従って、粛々と働くことが期待されています。そのような法律を「刑法」や「民法」と区別して「行政法」と呼んでいます。
上司の命令には絶対服従とか、そんなマヌケなことを言っている条文ではありません。ネットではそういう勘違いも蔓延しているようですので、くれぐれもご注意ください。

職務専念義務

地方公務員法第35条(職務に専念する義務)
職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

職務に専念するのは、法律に言われるまでもなく当たり前のことです。ここではむしろ例外規定の「特別の定」について、どういう場合に職務専念義務を外れても大丈夫なのか、しっかり認識しておくべきところです。一般的にはもちろん有給休暇とか育児休暇を指します。教員に関しては、「研修」と「兼業」に絡んで、教育公務員特例法に特別の規定がありますので、そこはしっかり押さえておくのがよいでしょう。

身分上の義務5つ

身分上の義務は、働いていないときにも適用される義務です。プライベートな時間にも適用されます。365日24時間、しっかり守る必要のある義務です。

信用失墜行為の禁止

地方公務員法第33条(信用失墜行為の禁止)
職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

教員採用試験の面接でやたら聞かれるのは、この項目です。個人的には、この項目ばかりが聞かれ、一方で30~32条の極めて重要な規定があまり問われることがないことに、不当な偏りを感じるところではありますが。
ともかく、校長先生や教育委員会が一番関心を持っている規定は、これです。というのは、ただちに自分たちの責任問題に関わってくるからでしょう。
「信用失墜行為」とは、具体的には、刑法に触れる行為(窃盗、殺人、傷害、贈収賄、体罰等)、セクハラやパワハラ、交通事故などを起こして、教師という職に対する世間の信用を貶めてしまうことです。法律に言われるまでもなく、やってはいけないことです。が、教師という職業は全ての人の生活や人生に深く関わってくることもあり、一般的なサラリーマンよりも注目を集めやすいのも、また事実です。何かするとマスコミなどに報道されてしまいます。校長先生や教育委員会がぴりぴりするのも、現実的には仕方がないところなのかもしれません。

守秘義務

地方公務員法第34条(秘密を守る義務)
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。
3 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。

公務員は、国家権力の一部として働いているため、一般人が決して知り得ない情報にアクセスすることができます。法律に則って粛々と仕事をするために知り得た情報ですので、もちろん個人的な利益や興味のために使用するのは、「公共の利益」に反します。
教員の場合は、生徒たちの個人情報だけでなく、家族に関する情報にもアクセスすることになります。本人の口からは絶対に出てこないような情報を知ることになります。興味本位で外部に漏らすなど、常識的に考えても、絶対に許されることではありません。
かつては、通知表を電車の網棚に置き忘れたという事例があったりしましたが、近年では電子機器の扱いに注意が必要です。生徒の個人情報データが入ったUSBメモリを落としてしまったり、パスワードが漏れて学校のパソコンに侵入されるなど、電子機器を通じた情報漏洩が数多く報告されています。
単に倫理的な問題というだけでなく、国家機構の健全な運営という観点から考えても、一部の人間が自分の勝手な判断で情報を扱うことは極めて危険なことです。注意していきたいものです。
ただし、例外規定があります。裁判や国会等で証人となる場合には、国家権力は背後に退かなくてはなりません。仮に国家権力の不利益になる場合でも、一私人の利益を保護するためには「職務上の秘密」を明らかにすることも必要になるかもしれません。

政治的行為の制限

この項目は、地方公務員法ではなく、「教育公務員特例法」が規定します。

教育公務員特例法第18条1(公立学校の教育公務員の政治的行為の制限)
公立学校の教育公務員の政治的行為の制限については、当分の間、地方公務員法第三十六条の規定にかかわらず、国家公務員の例による。

たらい回しされました。国家公務員法を確認しましょう。

国家公務員法第102条(政治的行為の制限)
職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らかの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
2職員は、公選による公職の候補者となることができない。
3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

またたらい回しされました。「人事院規則で定める政治的行為」について確認する必要があります。

人事院規則1417(政治的行為)
6 法第百二条第一項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。
一 政治的目的のために職名、職権又はその他の公私の影響力を利用すること。
二 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し又は提供せずその他政治的目的をもつなんらかの行為をなし又はなさないことに対する代償又は報復として、任用、職務、給与その他職員の地位に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て又は得させようとすることあるいは不利益を与え、与えようと企て又は与えようとおびやかすこと。
三 政治的目的をもつて、賦課金、寄附金、会費又はその他の金品を求め若しくは受領し又はなんらの方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること。
四 政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え又は支払うこと。
五 政党その他の政治的団体の結成を企画し、結成に参与し若しくはこれらの行為を援助し又はそれらの団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となること。
六 特定の政党その他の政治的団体の構成員となるように又はならないように勧誘運動をすること。
七 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。
八 政治的目的をもつて、第五項第一号に定める選挙、同項第二号に定める国民審査の投票又は同項第八号に定める解散若しくは解職の投票において、投票するように又はしないように勧誘運動をすること。
九 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し又は指導しその他これに積極的に参与すること。
十 政治的目的をもつて、多数の人の行進その他の示威運動を企画し、組織し若しくは指導し又はこれらの行為を援助すること。
十一 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。
十二 政治的目的を有する文書又は図画を国又は行政執行法人の庁舎(行政執行法人にあつては、事務所。以下同じ。)、施設等に掲示し又は掲示させその他政治的目的のために国又は行政執行法人の庁舎、施設、資材又は資金を利用し又は利用させること。
十三 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。
十四 政治的目的を有する演劇を演出し若しくは主宰し又はこれらの行為を援助すること。
十五 政治的目的をもつて、政治上の主義主張又は政党その他の政治的団体の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これらに類するものを製作し又は配布すること。
十六 政治的目的をもつて、勤務時間中において、前号に掲げるものを着用し又は表示すること。
十七 なんらの名義又は形式をもつてするを問わず、前各号の禁止又は制限を免れる行為をすること。

いろいろ決められていますが。要するに、教員は地方公務員よりも厳しく政治的行為が制限されるということのようです。他の地方公務員には許されても、教員には許されないことがたくさんあるわけですね。
「全体の奉仕者」という立場から当然できないと主張する人もいれば、「全体の奉仕者」の理念からここまで規定することはできないと主張する人もいて、論争的な問題が含まれるところです。

争議行為等の禁止

地方公務員法第37条(争議行為等の禁止)
職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。

「争議行為」とは、一般的には「ストライキ」のことです。民間企業の労働者には法律で認められた権利ですが、「全体の奉仕者」である公務員には認められないという理屈です。
海外の教員にはストライキの権利が認められているところもありますが、「日本では認めていない」という事実として理解しておきましょう。

兼職の禁止

この項目は、教育公務員特例法による例外規定があります。
まず基本的には、教員に限らず公務員一般は、民間企業への兼業が禁止されています。

地方公務員法第38条(営利企業への従事等の制限)
職員は、任命権者の許可を受けなければ、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下この項及び次条第一項において「営利企業」という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。

公務員は、一般人が知り得ない情報や近づき得ない個人・集団に容易に近づき、強大な国家権力を動かすことができます。そのアドバンテージを営利企業が利用するのは、公共の利益を損なう不当な行為であるということです。

しかし一方、教員には例外が用意されています。

教育公務員特例法第17条(兼職及び他の事業等の従事)
教育公務員は、教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事することが本務の遂行に支障がないと任命権者において認める場合には、給与を受け、又は受けないで、その職を兼ね、又はその事業若しくは事務に従事することができる

他の地方公務員には許されていないことが、教員には許されています。というのは、教育に関する知識や経験は、本来は広く共有すべきもののはずです。兼業の禁止規定は、この利益を損なってしまう可能性が高いものです。たとえば教育に関する記事や本を書いたり、学校で講演をしたり、教員を対象にワークショップを行なったりすることなどが、兼業禁止規定のためにできないとすれば、とても残念なことです。
もちろん条件はあって、本来の仕事に支障がなく、教育に関する知恵や経験を共有しようとする場合に限って、例外として認められます。

【教師論の基礎】教員免許制度

はじめに

教師になるためには、通常は「教員免許状」の取得が必要となります(様々な抜け道が用意されていますが、ここではいったん脇に置きます)。近代国家の中で学校という組織が一定の役割を期待されている以上、教員の能力には一定程度の水準を確保する必要があるからです。

教育職員免許法

教員免許状は、「教育職員免許法」という法律に則って発行されます。たとえば教職課程における必要な取得単位はこの法律で厳密に決められており、大学の裁量でどうにかなるものではありません。

教員免許は国家資格ではない

医師や弁護士の資格は、国家資格です。「国家試験」があって、それにパスしないと取得できないものは、国家資格です。しかし教員には、「国家試験」がありません。つまり、国家資格ではありません。
教員免許を発行しているのは、文科大臣ではなく、都道府県の教育委員会です。なぜ国家ではなく教育委員会が発行しているかというと、「教育行政は一般行政から独立しているべきだ」という理念が土台にあるからです。この理念については、「教育制度論」等で詳しく学んでください。
近年は、教員資格を国家資格化するべきという主張を掲げて活動している人々もいます。

相当主義

免許は学校種(幼・小・中・高)や教科・分野ごとに区別されています。基本的には、中学校の免許を持っていても、小学校で教えることはできません。中学数学の免許を持っていても、中学理科を教えることはできません。ただし何事にも例外はあって、都道府県教育委員会からハンコをもらえれば、可能になる場合もあります。
ちなみに大学の教員には、教員免許が必要ありません。

種類

普通免許状・特別免許状・臨時免許状の3種類があります。大学の教職課程を修了して獲得できるのは、普通免許状です。
普通免許状には、二種免許(短大・専門学校)・一種免許(学士)・専修免許(修士)の3段階があります。給与や職能がそれぞれ違っています。

近年の変化

教員免許更新制度

2009年から教員免許に有効期限(10年)が設けられました。更新するためには教員免許更新講習を受ける必要があります。

複数種の取得

小中連携(2016年に義務教育学校が登場)や中高連携を推進するために、複数種の免許取得を推奨する動きが強まっています。たとえば、小学校一種と中学英語二種を同時取得する例が増えています。

再課程認定―旧カリ/新カリ

教育職員免許法が改訂されたために、各大学は2019年に「再課程認定申請」に対応する必要に迫られました。このタイミングで教職課程をとりやめた大学・学部もたくさんあります。世間一般にはあまり知られていませんが、未来の日本において教師の質が変化したとしたら、これが原因である可能性が高いだろうと推測します。
業界では、2018年以前の教職課程を「旧カリ」、2019年から開始された課程を「新カリ」と呼んで区別しています。変更されたのは、具体的には「教職に関する科目」と「教科に関する科目」の調整(大括り化)でした。詳しくない人から見ればひょっとしたら些細な変更かもしれませんが、教職に関わっている立場からすると、「教職の専門性」の議論に関わって、教師観の大転換に見えます。

【教師論の基礎】教師のなりかた―養成・採用・研修

はじめに

もともと「師」になるための条件は特に決まっていませんし、そもそも決められるものでもありません。誰かが弟子となって自分のことを「師」と仰げば、それでもう「師」でした。多くの人が「人生の師」と呼べる人を持っているだろうと思いますが、その「師」は特に何かしらの資格を持っているわけではありません。どんな観点だろうが、どんな基準だろうが、誰かが誰かを「師」と仰ぐことを止めることはできません。自由です。
しかし一方で、現代日本の学校で働く「教師」となるためには、制度に則った手続きを経なければなりません。

養成・採用・研修

教師になる道筋を一般的には3つの段階に分けています。(1)養成(2)採用(3)研修、の3段階です。
(※それぞれの段階で様々な脇道がありますが、ここでは脇に置きます)

(1)養成=開放制

現在は大学で教職課程を履修すれば教員免許を取得することができます。これが当たり前だと思っている人もいるかもしれませんが、実は当たり前の制度ではありません。
かつて80年ほど前までの日本では、大学に教職課程は設置されていませんでした。教師を志望する人は、大学ではなく、「師範学校」に進学していました。師範学校とは、教師のみを養成することを目的とした教育機関です。師範学校を卒業すると尋常小学校(現在の小学校に当たる)の教員になることができましたし、基本的にならなくてはいけませんでした。尋常中学校の教師を志望する場合は、さらに高度な養成を行なう「高等師範学校」に進学しました。(高等師範学校は全国に2つしかなかった、高レベルな教育機関でした。現在の筑波大学と広島大学に当たります。筑波と広島が教育に強いのは、高等師範の伝統があるからです。また、女子高等師範も全国に2つだけで、現在のお茶の水大学と奈良女子大学に当たります。※ちなみに金沢・岡崎の高等師範、広島女子高等師範は、戦時中設置のため、例外扱いさせていただきます)
このように教員のみを養成する専門教育機関が存在する方が、かつては当たり前だと思われていました。しかし敗戦後の教育制度改革において、教員養成は大学で行なうことが確認されました。単に専門的な知識や技術を身につけただけでは教師としては不十分だと考えられたからです。教員はまず大学で幅広い一般教養(リベラルアーツ)を身につけた学士である必要があり、その上で専門性を身につけなければならない、という考え方が説得力を持ちました。
戦後教育改革から現在に至るまで、教員養成専門機関ではなく、大学という「一般教養」を身につける施設において、教員養成が行なわれるようになりました。これを「開放制」と呼んでいます。
現在は、開放制の理念の下、各大学が建学の精神を土台とした教員養成を行なっています。多様で個性的な教員を供給する上でも、開放制は基本的な考え方となっています。

(2)採用=教員免許を取得しても教師にならない(なれない)

医師や弁護士の資格を取得した人は、だいたいその職に就きます(もちろんならない人もたくさんいますが)。ところが教員免許を取得したからといって、教師になるとは限りません。あるいは、なれるとは限りません。現場に立つためには、教員免許の取得だけでは不十分で、都道府県および政令指定都市の教育委員会が実施する「教員採用試験」に合格しなければなりません。大学の教職課程で免許が取れても、教育委員会による「採用」の段階で弾かれてしまうことがあるわけです。
ところで、従来の教育委員会は「採用」の段階で顔を出してきましたが、20年ほど前から「養成」にも深く関わり始めています。「採用」の段階で影響力を行使するだけでは、教育委員会が望むような即戦力の教師を確保できないという、大学での教員養成に対する忸怩たる思いが背景にあるのでしょう。東京都「教師養成塾」や千葉県「ちば!教職たまごプロジェクト」など、教育委員会主催の「養成」の影響力が大きくなりつつあります。これが「養成と採用の一体化」というものですが、大学における教員養成の理念(開放制)とどう整合性がとれるのか、本質的に考える必要があるところです。

(3)研修=法的に規定されている

採用されたら終わり、というものではありません。教師になった後も、たゆまない研鑽を続けることが期待されています。そのため、教師の研修が、法律で規定され、保障されています。具体的には初任者研修や十年経験者研修が法律で規定されている他、10年ごとの教員免許更新講習も義務化されています。
ただし医師の世界での研修医のような考え方は、教育の世界にはありません。教育の世界では、研修を受けていなくても、採用後すぐに担任を持たされたりします。学校で本番の授業を行ないながら、並行して初任者研修を行ないます。
現在は、養成・採用・研修の一体的改革が急速に進行している最中です。

近年の動き

「開放制」の理念に基づく教員養成が、急速に揺らぎつつあります。具体的には、「教員の養成・採用・研修の一体化」の掛け声の下で、じっくりと腰を据えた一般教養(リベラルアーツ)ではなく、現場で活躍できる即戦力を現場で育てようという動き(OJT)が強まっています。
即戦力を求める上で分かりやすい動きとして、インターンシップの単位化やボランティアの強化と充実が図られています。
大学のほうには「質保証」が求められ、「教職コアカリキュラム」が導入されました。
そういう中で、大学と教育委員会の連携も多面的に強化され、お互いの役割が新たに模索されつつあります。

教員採用試験

教員の採用は、都道府県と政令指定都市の教育委員会が行なっています。したがって、教員を採用するための試験も、教育委員会が実施しています。全国で統一されているものではありません。地域によって大きく特徴が異なります。
とはいえ、もちろん共通した特徴もあります。

筆記試験

普通は筆記試験が課されます。筆記試験の問題は、大きく分けて3種類あります。(1)教職教養、(2)専門教養、(3)一般教養です。

(1)教職教養
教師として必要な知識や考え方を身につけているかをテストします。具体的には、教育に関する法律、文科省答申、教育振興基本計画、学習指導要領、生徒指導提要など公的文書の他、教育史・教育課程論・教育心理等の知識や、各地域の教育政策等が出題されます。

(2)専門教養
同じ教師といっても、学校種(小学校か中学校か高校か)や教科が異なれば、必要となる知識や技術も異なります。それぞれの学校種や教科に特化した問題が出ます。

(3)一般教養
幅広い知識と教養を身につけているかが問われます。自治体によって傾向はまちまちで、センター試験のように国社数理英の問題が出題される一方で、時事問題やローカル問題も扱われたりします。

面接

近年は「人物重視」の掛け声の下、筆記試験よりも面接のほうの比重が重くなる傾向があります。面接には「個人面接」と「集団面接」の二種類がありますが、両方とも「人柄」を見るような出題傾向が強まっています。答える「内容」ももちろん大事なのですが、同じ程度に「答え方」とか「表情」というものが重要になってきます。明るく、元気にいきましょう。自分の良いところや持ち味を自覚して、それを積極的に前面に打ち出しましょう。試験官に「この人を部下に持ちたい」と思わせましょう。

本番で緊張しないための工夫を各自容易しておくといいだろうと思います。個人的に伝授したい技は、面接室に入る前に「コント。面接。」と呟くというものです。

論作文

出題傾向は自治体によって大きく異なります。学習指導要領の中身を理解しているかどうかを確認するものか、人柄を見るようなものかに大きく分かれます。
いずれにせよ、評論家のごとく他人事のように問題を分析するのは御法度でしょう。現場の最前線に出る当事者としての自覚と熱意を示せるかどうかがポイントとなります。採点者に「この人が教師にならないと、日本の損失だ」と思わせましょう。

模擬授業・実技

実際に模擬授業を行なわせる自治体があります。また保健体育や家庭科など、実技が重要な科目に関しては、実技試験が行なわれる場合もあります。自治体によって出題傾向や採点形式などがまったく異なるので、事前に情報は収集しておくのがよいでしょう。

特例

各自治体によって、様々な特例が設けられています。大学推薦枠で一次筆記試験が免除されたり、臨時採用教員経験者が優遇されたり、社会人特別枠があったりなど、優秀な教員を確保しようとして各自治体が様々な工夫をしています。

対策の立て方

自治体によって出題傾向がかなり異なります。まずはどの自治体を受験するか決めた上で、過去3~5年分の過去問に当たり、傾向をつかむのがよいでしょう。
ただし、「人物重視」の傾向が強まっていることを踏まえて、お手軽に場当たり的な対策をするのではなく、本質を見据えて充実した日々を過ごすことをお勧めしたいところです。
教育実習に行くのであれば、ぜひ校長先生と仲良くなりましょう。教員採用試験に合格する人とは、校長先生から「この人をうちの学校のスタッフに欲しい」と思われる人です。校長先生がどういう人材を欲しているかが分かれば、自動的に合格への道が見えてきます。予備校に通うよりは、現場の最前線にいる校長先生と仲良くなる方がはるかに意味があるだろうと思います。しかも校長先生は、採用試験の面接官だったりもするわけですから。教育実習先の校長先生が採用試験の時の面接官というレアケースすらあります。
また、現役の大学生であれば、教職センター(名称は各大学でいろいろ異なります)を有効に活用することをお勧めします。教職センターの先生は優秀な場合が多いので(もちろん例外はたくさんありますが)、高い金を払って予備校に行くまでもなく、教職センターを活用するのが賢いやり方でしょう。細かい情報もよく手に入ります。私の経験から言えば、教職センターによく顔を出す学生は、合格率が極めて高かったです。

私立学校の教員

私立学校の教員になるためには、特に自治体の教員採用試験を受ける必要はありません。民間企業における採用と同じく、私立学校からの求人に応募し、面接等の就職活動を経て、学校の設置者と雇用契約を結ぶことができれば、それで教員になれます。筆記試験がある場合もあれば、ない場合もあります。教育実習で私立学校に行った際に気に入られて、すぐに採用というケースも稀に発生します。公立学校ではあり得ないことですが、民間企業ではアリです。
また都府県によっては、「私学教員適性検査」という筆記試験が用意されている場合があります。この試験で良い成績を収めていると、優秀な教師を欲している私立学校から連絡が来る場合もあります。

非正規採用

残念ながら教員採用試験に合格できなかった場合でも、実はすぐに教壇に立てる手段が用意されています。「臨時的任用教員(省略して臨採と呼ぶことが多い)」や「非常勤講師」と呼ばれる道を選ぶことができます。
実は現在、正規に採用された教員だけでは、学校に期待されるニーズを満たすことができておりません。産休や病欠による一時的な欠員が生じているだけでなく、新学期からの担任すら足りなかったりします。また、自治体によっては、法律で決められた人数よりも多くの教員を配置しようと努力しているところもあります。そこで、正規に採用というわけにはいかないけれども、現場のニーズを満たすための要員が、かなり大量に必要になっております。
自治体によって臨採の制度は異なりますが、基本的には各教育委員会に登録しておけば、向こうで必要になったときに連絡が来るような仕組みになっています。今はどこの教育委員会でも教員の数が足りないので、新学期が近づいた3月になると、大学の教職センターに「余っている学生はいないか?」と教育委員会からよく電話がかかってきます。学生には、大学の教職センターやキャリアセンターから連絡が来ることもあるでしょう。

仕事の内容は、正規採用の教員とまったく同じです。授業は当然ふつうにやりますし、担任を持たされることもあります。校務分掌を任されることもあります。給料も、短期的には正規採用と同じです。
が、やはり非正規ではあるので、いつクビになっても文句は言えません。また身分保障や社会保障、研修の面でも待遇の差があります。そして自治体によっては、正規採用の人数を抑えて非正規を増やそうとしているところもあります。一般社会での非正規問題と同じく、多くの問題を抱えている制度です。