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重松清『せんせい。』

【要約】学校の先生(保健室の養護教諭含む)が主人公だったり重要なキャラクターとして登場する短編小説6本のオムニバスです。
ほぼ全ての作品に共通しているのは、おとなになるとはどういうことかということ、そしてそれを受け容れる際のほろ苦さとの付き合い方です。

【感想】40代になってから読むと味わいがある作品群のような気がするんだけど、若い人はどう読むのかなあ。分かるのかなあ。言葉の表面的な意味は追うことができても、ある程度の人生経験を積まないと本当のところは分からないような気がしないでもないのだが、どうだろう。

【言質】「おとな」に関する文章がたくさん出てくる作品群だ。

「センセ、オトナにはなして先生がおらんのでしょう。先生なしで生きていかんといけんのをオトナいうんでしょうか。」51頁、白髪のニール

教育史学の知見から言えば、その通りなのであった。学校教育(すなわち教師)と「大人/子ども」の分離という事態は、理論的に同時に発生する。

「私は両親に言った。「高校は卒業できなかったけど、立派におとなになってました」とつづけると、」243頁、泣くな赤鬼
「悔しさを背負った。おとなになった。私の教え子は、私の見ていないうちに、ちゃんと一人前のおとなになってくれたのだ。」245頁、泣くな赤鬼

「そういうあだ名を付けられる教師は、じつは意外と生徒から好かれているものなのだ。――おとなになったいまなら、なんとなくわかるのだけど。」253頁、気をつけ、礼
「不満が顔に出たのだろう、父親は「子どもじゃのう」と笑い、静かに言った。」268頁、気をつけ、礼

要するにつまり、「おとな」とは現実と折り合いをつけて自己を自己として定位した存在を言うようだ。確かにそれは論理的にも「自己実現」のモードだ。本書では夢に破れ理想を失いながらも、現実の中に自分を定位させていく姿が切なく描かれていく。それが「おとな」になるということと言いたいわけだ。
まあ、いろいろ思うところはあるが、切ないのは間違いない。なれなかった自分や切り捨てていった可能性に対する諦め、そしてそれを抱えながら前に進む姿勢が、切なさを増幅させるのであった。
そして「せんせい」とは、そういう自己実現を強制する役割を課せられているからこそ、おとなになることの意味を扱う作品群で重要なポジションを得るのかもしれない。教育とは自己実現を促すことであり、自己実現とは子どもを断念(止揚)することなのだ。

重松清『せんせい。』新潮文庫、2011年

【要約と感想】小谷川元一『いじめ・学級崩壊―教師と親の「共育」で防ぐ』

【要約】起こってしまったいじめや学級崩壊を対症療法的に解決するための本ではなく、丁寧な学級経営や保護者対応をこころがけることで未然に防ごうという、特に小学校教師向けに書かれた本です。
学級崩壊は、必ずいじめを伴っています。学校だけに責任を押しつけても解決しません。こうなったのは、家庭に大きな原因があるからです。解決するためには、家庭と学校が協力しなければなりません。
教師は、丁寧な学級経営と保護者対応をこころがけましょう。崩壊学級を何度も立ち直らせた学級担任としての知恵と工夫の数々を見てください。

【感想】ひとりの小学校教師としての経験と知恵が詰まっている本だ。まずはその知恵をぜひ次世代に継承していきたいものだ。10年以上前の本ということもあり、多少古いものも混じっているが、そのあたりは読者が取捨選択すればいいだけの話だ。

とはいえ、現代社会そのものが人間の生き方を決定的に変質させ、子どもの生活環境が劇的に変化したことの意味については、本書は直視できていないようにも思う。親が脆弱になったと嘆いても、どうしようもない。現代社会の特質そのものを直視し、冷徹に見透す力は、今後ますます必要になってくる。ひょっとしたら、学級という制度そのものが賞味期限切れを起こした時代に突入しているのかもしれないのだ。
そういう意味では、「子どもの権利」の視点が弱いことも気にかかる。今後学校が生き残れるかどうかは、教師の強力なリーダーシップというより、子どもの参画が鍵になってくるような気もするのだ。

【言質】「自己実現」とか「人格」という言葉の用法に関して様々なサンプルを得た。

「教師の専門性を高め、子どもに優れた人格を陶冶することよりも、形式的に平準化を目指す血の通わない技術論が先行している気がします。」21頁
「いじめという構図は社会全体からすれば極めて特異な人間関係であると捉えられがちですが、人格完成前の子どもたちが集う学校では、ありとあらゆる関係がいじめの構図を孕んでいると考える方がむしろ自然です。」41頁
人格を陶冶するプロの教師としてのほめ方・しかり方の極意をお伝えします。」147頁
「言葉遣いや表情仕草に限ったことではなく、親は子どもの人格の陶冶に唯一無二の影響を与えます。」189頁

本書では「人格」という言葉が「陶冶」という言葉とセットに鳴って使われる場面を散見する。もちろん近代教育的な概念としては、王道である。だがしかし、1970年以降、あるいは「子どもの権利条約」以降、こうした近代教育的概念は急速に説得力を失いつつあるのも確かである。「子どもを独立した人格」として見るのが、現在の考えの主流である。こういう観点からすると、「人格完成前の子ども」という言葉は完全に近代的な物言いであって、逆に言えば「子どもの権利条約」以前の考え方を代表するものでもある。これをどう考えるか。

また「自己実現」について。

「たとえ一教科でも子どもたちが学習の中で自己実現を図れれば、学級崩壊の危機は未然に防ぐことができるでしょう。」121頁
「子どもたちは自己実現をめざし、学校に集ってきます。」155頁

こちらは近代的な「自己実現」の概念からは、多少ズレて拡大解釈されているように見える。「成功体験」や「成長」という言葉とほとんど同義となっているように見えるわけだ。近代的な「自己実現」は、もうちょっと厳密な概念である。

また本書では学力の定義を試みているが、上から論理的に降りてきたものではなく、実戦と経験から機能されたものであるところが尊いように思う。

「①学力とは、単に学業成績ではなく、人間生活の基盤を支える基礎的力であること。
②学力とは、特定の学習で獲得されるものだけではなく、生活全般に必要なバランスのとれた基礎的力であること。
③学力とは、どの子も努力により獲得可能な基礎的力であること。
④学力とは、小学校六年間を見通し、大人になっても必要な最低限度の基礎的力であること。」136頁

小谷川元一『いじめ・学級崩壊―教師と親の「共育」で防ぐ』大修館書店、2007年

【要約と感想】大塚謙二『教師力をアップする100の習慣』

【要約】主に中学校の教師向けの本です。
教育とは、子どもたちの人格形成をお手伝いすることです。そのためには、教師自身の人格を磨き続けなければなりません。上司や先輩の技を盗み、地域や保護者にも気を配り、生徒の気持ちになって、様々な二項対立の極端に走らず、中庸をこころがけましょう。

【感想】「○○力」という言葉が盛んに使用されるようになったのは、いつの頃からか。
ちなみに「教師力」という言葉は、国会図書館デジタルライブラリーの検索によれば、1950-59年では1件、1960-69年では1件、1980-89年では3件、1990-99年は3件なのに対し、2000-09年では54件、2010年以降は61件となっている。21世紀に入ってから急速に使われるようになったことが分かる。(ちなみに50-99の計8件は、単に誤植の疑いが高い)

本書の内容自体は、まあ、ナルホドと思うことが多い。私自身も、自分の実践を振り返り、反省する材料としたい。
とはいえ、「教師力」という言葉を使うこと自体がどういう場を形成するかについては、原理的に考察すべき対象となる。個人的な直感では、けっこう怪しい気がしているわけだ。というのは、「教師力」という言葉を使うと簡単に「何か言った気になる」ことができるわけだが、そういう言葉こそ危険だからだ。
本書のように具体的な事例に噛み砕かれていれば問題ないのだが、抽象的な次元で話が進むと、かなり危ない気がする。

【言質】
「人格」という言葉の用法サンプルを得た。

「罪を非難しても、人格まで否定しないこと。」63頁
「自分自身の人格を高める努力をする」「人格は、地道な長期的なプロセスによってしか形成できないもの。」126頁

まあ、「教師力」とは、要するに完成した人格から発せられる総合的な力のことではある。何も言っていないのと同じという感じがするとすれば、そういうことなのだろう。

大塚謙二『教師力をアップする100の習慣』明治図書、2011年

【要約と感想】鹿嶋真弓『教師という生き方』

【要約】教師はたいへんですが、やりがいのある仕事です。喜びを一度知ったら、やめられません。特に、学級担任の仕事が醍醐味です。
教師として生きるには、「情熱」に加えて、「技」が必要になります。その技として、構成的エンカウンターは効果的です。崩壊した学級を立て直してきました。
女性の教員は確かに大変ですが、担任としては「当たり」です。

【感想】前向きで、元気が出る本だ。学級経営の際に具体的に役に立ちそうな技も紹介している。特に教員を目指す女性にお薦めの本かもしれない。大学生になってからではなく、高校生のうちに読んでおくといいのかも。
出産や育児に関して、状況はいくぶん改善されているので、そのあたりはフォローしておいたほうがいいのかも。

鹿嶋真弓『教師という生き方』イースト新書Q、2017年

【要約と感想】森川正樹『教師人生を変える!話し方の技術』

【要約】話し方が上手になるには、日々のマメな努力と工夫の積み重ねが大切です。

【感想】まあ、そう簡単に話がうまくなる裏技なんて、ないよなあと。コツコツと、日々の努力と工夫で技術を磨いていくしかない。そりゃ、そうだ。
どちらかというと、誰でも使えるパッケージ化された技の紹介ではなく、心の持ちようとか、姿勢とか態度とか、そういったソフトスキルのほうが大事だというメッセージ集だった。まあ、そりゃそうだ。

森川正樹『教師人生を変える!話し方の技術』学陽書房、2017年