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【要約と感想】篠原一『市民の政治学』

【要約】16世紀西洋に始まった「第一の近代」は、20世紀には「第二の近代」へと変容しました。第一の近代が揺らいでいる現在、新しいデモクラシーの形が必要とされています。その鍵が「討議」です。

■確認したかったことで、期待通り書いてあったこと=近代の始まりと終わりについての簡潔な見解。近代への道は中世後期(10世紀)から徐々に用意されていたが、16世紀に初期近代が開始され、18世紀半ばに本格的に確立した。まあ、教科書的にはこれで特に問題ない見解と言えますよね、という確認。ルネサンスに近代性を見るか中世性を見るかなんて、マニアックな関心だよなあ。

「ポストモダン」論のように近代が完全に終焉したと極論するのではなく、「第二の近代」というふうに近代を段階的な展開過程として捉える見方。注目する事象そのものは諸々のポストモダン論とそう変わらないけれど、断定口調で時代の断絶を煽るようなポストモダン論とは異なっていて。「第二の近代」と理解する方が、漸進的に議論を積み重ねていこうとする実践的な知恵に優れているように思う。

■図らずも得た知識=日本において「市民社会」概念が議論されていたこと。市民社会論の系譜を辿りつつ、「私」とも「公」とも異なる「公共」という第三の領域を際立たせるという論の運びっぷりは、抽象的に鮮やかで、とても参考になった。真似する。

【感想】今から13年前に出版された本だけど、ものすごく古く感じてしまうのは、現実の変化が早すぎるからなのか。イギリスのEU離脱とトランプ大統領誕生を目の当たりにすると、本書の内容は残念ながら牧歌的に見えてしまう。仕方ない。
筆者が推奨している「討議的デモクラシー」の概念にしても、twitter等でろくに相手の文章も吟味せずに短絡的に「敵-味方」感覚だけで条件反射で吹き上がっている人々を見ると、異なる価値観の人々の間での合理的な討議なんてものが可能かどうか、つい短絡的に悲観してしまう。いや、言葉を発せるだけ、まだマシなのかもしれない。誰の視界からも消えているような、左にも右にもなれない声なき人々の残念な姿を見ると、デモクラシーなんて言っている場合か、と意気消沈してしまう。日本はサバルタンだらけですよ。

短絡的には悲観的になっちゃうにしても、10年スパンで大局的に見たときには、まだ本書が言うところの「楽観主義」は有効であり得る。それを信じて、少なくとも自分の声が届く範囲では、合理的かつ誠実な言葉を吐き続けるしかない。

篠原一『市民の政治学―討議デモクラシーとは何か』岩波新書、2004年

教育概論Ⅰ(保育)-5

▼短大保育科 5/18(木)

前回のおさらい

・日本で現在のような子供観が生じてきたのは、江戸時代半ば(1750年ごろ)から。
・寺子屋のような庶民の教育機関は、支配者から命令されたり押しつけられたりしてできたのではない。読み書きそろばん等の知識が人生の役に立つことが理解され、教育の必要を感じた人々によって、自発的に成長した。
・日本の近代化は、明治維新(1868年)以降に本格的に展開する。日本の教育を理解するためには、ヨーロッパの事情を確認する必要がある。

ヨーロッパはどうして強くなったのか?

・ヨーロッパが急激に強くなり始めた西暦1500前後に、ヨーロッパで起こっていたこと。
(1)大航海時代
(2)宗教改革
(3)ルネサンス
・これらを共通に可能にする技術としての印刷術。

印刷術とリテラシー

*リテラシー:文字を読んだり書いたりすることができる能力。文字を使って情報を得たり発信したりすることができる能力。
*印刷術:1450年前後にグーテンベルクが発明。

・「保育」と「教育」の違い。それぞれにとって「文字」というものが持っている位置を考えてみよう。

コロンブスの大西洋横断(1492年)

・どうして我々は自分の目で確かめたことがないにもかかわらず、「地球が丸い」ということを知っているのか? →本に書いてあるから。
・実際は、コロンブス以外の知識人も地球が丸いことを知っていた。他の知識人は地球の正確な大きさも把握していたから大西洋横断は不可能だと思っていたが、コロンブスは無知で無謀だったために冒険に乗り出した。
・印刷術による科学知識の普及。地理情報の伝播。正確な地図や海図。船乗りに必要な科学的知識。
・かつて手写しで作られていた本は、高価で稀少なものだった。これによって知識が伝播するには、コストがかかりすぎた。印刷術は知識の伝播範囲を格段に拡大し、速度を飛躍的に高める。
・冒険に出るためには、本を読んで知識を得ることが必須。知識は力。情報を得る決定的な手段としてのリテラシー。
・個人的な欲望や野心を達成するための技術。

ルターの宗教改革(1517年)

・カトリックとプロテスタントの違い。
・「聖書を読む」という行為を可能にするためには、聖書というモノそのものを低価格で供給する印刷術の存在が前提。
・印刷術が存在しない世界での情報発信の難しさ。ルターとヤン・フスの比較。
・世界を変革するためには、自分の意見を無差別かつ広範囲に、そして正確に発信することが必要。情報発信の決定的な手段としてのリテラシー。
・個人的な欲望や野心を実現するための手段。

ルネサンス(15世紀)

・芸術家の誕生。神に捧げるための技術から人間を楽しませるための芸術への転回。
・孤独な読書体験。音読から黙読へ。
・自己実現の決定的な条件としてのリテラシー。
・個人的な欲望や野心を醸成する経験。

個人主義の誕生

・ヨーロッパに強大な力をもたらした新大陸発見、宗教改革、ルネサンスには、印刷術という新しい技術とリテラシーという新しい経験が共通して前提されている。
・それは同時に人間の欲望を積極的に肯定していく。原始的な個人主義(わがまま、自分勝手、自己満足)の進展。
・富を獲得し、天国を目指し、新たな娯楽に接触し、自己実現するためには、リテラシーを獲得しなければならない。
・リテラシーを獲得する手段=教育。
・リテラシーを獲得する場所=学校。

欲望の解放と制御

・市民社会:欲望の体系(ヘーゲル『法の哲学』)。個人主義(欲望にまみれた利己的人間)を満足させるために組み立てられた世の中。
・世界の経済的発展は「欲望の解放」によって促進される。「欲望の制御」を厳しくしすぎると、世界は停滞する。
・しかし人間の欲望には際限というものがない。解放された欲望は、そのままでは世界そのものを破壊してしまう。
・欲望を解放して、自分勝手な利己的人間だらけになって、なおかつ世界を破滅させないような方法はあるか? →民主主義

復習

・「リテラシー」という言葉の意味と、それが教育に対して持っている意義をしっかり理解しよう。

予習

・「社会契約論」について、調べておこう。

課題

・締め切り:2週間 6/1(木)
・形式:800字程度。手書きOK、コンピュータOK。用紙サイズなど、日本語で読めれば何でも可。
・内容「新聞や雑誌などから、現代日本の教育に関わる問題のうち、最も重要だと思うものを選んで、問題の概要を説明し、自分の見解を述べよ。」

【要約と感想】田中浩『ホッブズ』

【要約】ホッブズは社会契約説を理論化して、現代の民主主義の基礎となる近代的な政治哲学を打ち立てました。

■確認したかったことで、期待通り書いてあったこと=ホッブズ社会契約論のアイデアがエピクロスとルクレティウスに由来していること。つまり社会契約論はルネサンスの文脈に位置づけられる。

ホッブズの意図が、宗教改革以来のローマ教皇と世俗領邦君主との争いの最終決着にあったこと。単に近代国家論を提唱したのではなく、宗教からの国家の分離が極めて重要なテーマとなっている。

■要確認事項=1640年に発表された『法の原理』第一部は、「自立的人格としての人間について」となっている。個人的な研究範囲では、近代的な意味で「personality=人格」という言葉を使い始めたのはホッブズだと思っているのだが、まだ『法の原理』は読んでいなかった。すぐ読もう。

また、近代国家の原則として「権力は一つ」ということをホッブズは強調するのだが、その見解がプラトン『国家』やプロティノスに由来するなんてことはあるのか。プラトン『国家』は、最高の善は「一なること」と言っている。社会契約論がエピクロスに由来するなら、「権力は一つ」の出自もギリシアにあっておかしくない。

ルネサンスと宗教改革を総合したということで「ホッブズこそが封建から近代へと転換する思想を最初に構築した」(p.51)と書いてあるけど、真に受けて言質にして引用しても学会的に大丈夫ですか?

そして、ホッブズが構想する国家の基本単位が、従来の家族やポリスやギルドといった集団ではなく、「個人」であるとされているが(p.88)、本当に個人主義は貫徹されているのか? 少なくとも『リヴァイアサン』では、明らかに男性を中心とした「家父長制家族」を前提としているように読めるのだが。

【感想】personalityの近代的用法の起源に関して、ホッブズは避けて通れない超重要人物に違いないという認識がますます強まってきた。

田中浩『ホッブズ―リヴァイアサンの哲学者』岩波新書、2016年

教育概論Ⅰ(栄養)-5

▼短大栄養科 5/16(火)

前回のおさらい

・ヨーロッパが強くなったのは、「人間の欲望」を積極的に肯定したからだった。
・だがしかし、人間の欲望には際限がなく、放置していたら世の中が成り立たなくなってしまう。
・人間の欲望を肯定し、利己的な人間だらけでも世の中が壊れないような仕組みはあるのか? →民主主義
・民主主義とは何かを考えるとき、その成立過程を捉えるために市民革命について見ていく必要がある。

社会契約論

市民革命重要人物政治思想書教育思想書
清教徒革命1642トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
名誉革命1688ジョン・ロック『市民政府論』『教育論』
アメリカ独立戦争1776トマス・ペイン『コモン・センス』
フランス革命1789ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』『エミール』

・現実に世の中を変えたのは市民革命。市民革命の理論的根拠となったのが、社会契約論
*社会契約論:アプリオリに世の中の存在を前提することが不可能となったとき、「剥き出しの個人」という理想的な状態を仮説的な考察の土台として、個体としての人間の本質から合理的に結論を演繹した、理想的な世の中のありかたを考える政治思想。
・ホッブズ『リヴァイアサン』→ロック『市民政府論』→ルソー『社会契約論』

「社会」とは何か?

*社会:もともと日本語には存在せず、sociaeyやassociationの翻訳語として普及した。ヨーロッパで成熟した個人主義(人間の欲望を積極的に肯定する考え)を土台として組み立てられた世の中。
・「社会」と伝統的な「共同体」の違いとは何か。個人優先か、世の中優先か。
・そもそも、伝統的な共同体理論においては、共同体から独立した「個人」なるものは想定されるべくもなかった。アリストテレスが言うように、「人間はポリス的な動物」であり、ポリス(=政治的共同体)から独立した人間本性は考えられなかった。しかし貨幣経済の進展の末に人間の欲望が解放された結果として、どうしても利己的な人間の姿を人間性の正体として想定せざるを得なくなる。
・逆に言えば、人間の欲望が解放されず、「人間はポリス的な動物」と言って皆が納得するような状況においては、民主主義はそもそも必要とされない。

「契約」とは何か?

・自由で平等な個人同士が合理的な判断を下した結果として成立する合意と約束。自由や平等が損なわれているところでは成立しない。
・西洋社会における「契約」の伝統。
・神と人との契約から、人間同士の契約へ。

ホッブズ『リヴァイアサン』

自然状態においては、人間は自由で平等だった。→自然権
・しかし人間の欲望には制限がなく、放置していたら人々は他人の自然権の根幹(いちばん大事な生命)を侵害してしまう。→万人の万人に対する闘争
・そこで人々は理性的に考えて、自分の生命を守るために、自らの自然権を放棄し、契約を結んで、共通権力を作り上げる。→自然法
・もしも自分の生命を脅かすものがいたら、この共通の巨大権力に懲らしめてもらう。
・自分の生命を保護してもらう代わりに、人々は共通権力が決めたルールには従わなくてはならない。

ロック『市民政府論』

・共通権力(政府)は、単に人々の生命を守るというだけの必要悪に留まるものではなく、積極的に人々の私有財産を保護する義務を持つ。
・所有権の理論的根拠を、身体の所有権と労働に求める。(ただしここでロックの言う労働が、本当に彼自身が働くことかどうかについては注意。実際に肉体労働に従事したのは、彼が私有財産として所有している奴隷たちかもしれないのだ。)
・もしも政府が個々人の生命・自由・財産を侵害するのであれば、もはや政府としての役割を果たしていないのであって、人民には契約を破棄する権利がある。→抵抗権

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはならない。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則が引き出される。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指す。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではない。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものである。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできない。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければならない。
・単なる欲望の単位としての人間から、共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間へ。

新しい社会を作るために、まず新しい個人を作る

・「個人」とは、身分や地域の特殊性にはまったく関係がない、普遍的な人間。伝統的共同体から切り離された、剥き出しの人間=自然人。
・新しい社会を作る=新しい「個人」を作る→普遍的な人間のための教育=人格の完成を目的とする教育

復習

・「社会契約論」の理屈を、おさらいしておこう。
・「自由権としての教育」の論理について、確認しておこう。

予習

・ロックとルソーの教育論のあらましを押さえておこう。

課題

・締め切り:2週間 5/30(火)
・形式:800字程度。手書きOK、コンピュータOK。用紙サイズなど、日本語で読めれば何でも可。
・内容「新聞や雑誌などから、現代日本の教育に関わる問題のうち、最も重要だと思うものを選んで、問題の概要を説明し、自分の見解を述べよ。」

流通経済大学 教育学Ⅰ(6)

■龍ケ崎キャンパス 5/15(月)
■新松戸キャンパス 5/19(金)

前回のおさらい

・ヨーロッパが強くなったのは、「人間の欲望」を積極的に肯定したからだった。
・だがしかし、人間の欲望には際限がなく、放置していたら世の中が成り立たなくなってしまう。
・人間の欲望を肯定し、利己的な人間だらけでも世の中が壊れないような仕組みはあるのか? →民主主義
・民主主義とは何かを考えるとき、その成立過程を捉えるために市民革命について見ていく必要がある。

社会契約論

市民革命重要人物政治思想書教育思想書
清教徒革命1642トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
名誉革命1688ジョン・ロック『市民政府論』『教育論』
アメリカ独立戦争1776トマス・ペイン『コモン・センス』
フランス革命1789ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』『エミール』

・現実に世の中を変えたのは市民革命。市民革命の理論的根拠となったのが、社会契約論
*社会契約論:アプリオリに世の中の存在を前提することが不可能となったとき、「剥き出しの個人」という理想的な状態を仮説的な考察の土台として、個体としての人間の本質から合理的に結論を演繹した、理想的な世の中のありかたを考える政治思想。
・ホッブズ『リヴァイアサン』→ロック『市民政府論』→ルソー『社会契約論』

「社会」とは何か?

*社会:もともと日本語には存在せず、sociaeyやassociationの翻訳語として普及した。ヨーロッパで成熟した個人主義(人間の欲望を積極的に肯定する考え)を土台として組み立てられた世の中。
・「社会」と伝統的な「共同体」の違いとは何か。個人優先か、世の中優先か。
・そもそも、伝統的な共同体理論においては、共同体から独立した「個人」なるものは想定されるべくもなかった。アリストテレスが言うように、「人間はポリス的な動物」であり、ポリス(=政治的共同体)から独立した人間本性は考えられなかった。しかし貨幣経済の進展の末に人間の欲望が解放された結果として、どうしても利己的な人間の姿を人間性の正体として想定せざるを得なくなる。
・逆に言えば、人間の欲望が解放されず、「人間はポリス的な動物」と言って皆が納得するような状況においては、民主主義はそもそも必要とされない。

「契約」とは何か?

・自由で平等な個人同士が合理的な判断を下した結果として成立する合意と約束。自由や平等が損なわれているところでは成立しない。
・西洋社会における「契約」の伝統。
・神と人との契約から、人間同士の契約へ。

ホッブズ『リヴァイアサン』

自然状態においては、人間は自由で平等だった。→自然権
・しかし人間の欲望には制限がなく、放置していたら人々は他人の自然権の根幹(いちばん大事な生命)を侵害してしまう。→万人の万人に対する闘争
・そこで人々は理性的に考えて、自分の生命を守るために、自らの自然権を放棄し、契約を結んで、共通権力を作り上げる。→自然法
・もしも自分の生命を脅かすものがいたら、この共通の巨大権力に懲らしめてもらう。
・自分の生命を保護してもらう代わりに、人々は共通権力が決めたルールには従わなくてはならない。

ロック『市民政府論』

・共通権力(政府)は、単に人々の生命を守るというだけの必要悪に留まるものではなく、積極的に人々の私有財産を保護する義務を持つ。
・所有権の理論的根拠を、身体の所有権と労働に求める。(ただしここでロックの言う労働が、本当に彼自身が働くことかどうかについては注意。実際に肉体労働に従事したのは、彼が私有財産として所有している奴隷たちかもしれないのだ。)
・もしも政府が個々人の生命・自由・財産を侵害するのであれば、もはや政府としての役割を果たしていないのであって、人民には契約を破棄する権利がある。→抵抗権

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはならない。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則が引き出される。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指す。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではない。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものである。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできない。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければならない。
・単なる欲望の単位としての人間から、共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間へ。

新しい社会を作るために、まず新しい個人を作る

・「個人」とは、身分や地域の特殊性にはまったく関係がない、普遍的な人間。伝統的共同体から切り離された、剥き出しの人間=自然人。
・新しい社会を作る=新しい「個人」を作る→普遍的な人間のための教育=人格の完成を目的とする教育

教育の自由

・個人の自由を最大限に保障する→国家の権限と責任を最小限度に抑える。夜警国家。
・教育もまた同じ。普遍的な人間性を最大限に尊重しようというとき、個々に独自な内面の信仰(=道徳教育)に対して国家が積極的に関与することは認められない。
・教育の目的とは、全ての人々に共通する普遍的な人間性を引き出すことである。それは、身分制や地域性に支配された中世的な世界観を乗り越えて、人間を中心とした新しい社会を作り出すことである。
・全ての人間に対して普遍的に妥当することは、教育によって教えることができるし、教えるべきだろう。→理性によって導かれた、普遍的に妥当する諸原理。全ての人間は自由で平等であるということや、演繹的に導かれる数学的命題、自然科学的真理など。

結論:近代教育(自由権としての教育)の原則

・教育とは、特定の身分や職業に必要な専門的知識を身につけるための営みではない。身分や地域の違いを超え、あらゆる職業や立場に共通する、普遍的な人間性を身につけるものである。社会及び国家の形成者として、自由で平等な個人となるために、人格の完成を目的とする。
・よって、教育は個人の自由を尊重して行われるべきであり、国家の積極的な関与は否定されなければならない。

復習

・「社会契約論」の理屈を、おさらいしておこう。
・ホッブズ、ロック、ルソーについて、調べておこう。

予習

・「憲法」の存在理由と、その働きについて調べておこう。
・「憲法」と「法律」は、どこがどのように異なっているのか、考えておこう。