柴田純『日本幼児史』

【要約】昔、子供はそんなに大切には扱われていませんでした。

■確認したいことで、本書に書いてあったこと=江戸時代中期まで、日本人は子供の保護や教育にまるで関心を持っていなかった。道ばたに子供が捨てられて泣いていても、特に関心を持つ者などいなかった。人々の無関心のうちに、大量の子供が死んでいった。子供が死んでも正式に埋葬せず、袋に詰めて山に捨てていた。しかし江戸中期以降、子供の教育や福祉に対する関心が浮上してくる。子供に対する愛情が決して普遍的な感覚ではなく、歴史的に形成されたものだということを教えてくれる。

【感想】教育学研究者としては、「七つ前は神の内」というキャッチフレーズが、実は日本人の伝統的心性となんの関係もなく、近代以降に形成されたただの俗説だという説明に、かなり安心した。授業でアリエスなどを扱う際に日本の話に及ぶとき、この「七つ前は神の内」という言葉のせいで整合性が失われてしまうような違和感があったからだ。

説得力を感じたのは、7歳という境界線が、物忌みに対する合理的な判断に由来してるという説明だ。古代から中世にかけて、現在では考えられないほど「儀式」というものの重要性が高かった。そして物忌みに対する神経質なこだわりは、我々の想像を絶する(伝染病等に対する当時の合理的な対処であったかもしれないが)。しかし当時の子供の死亡率は極めて高かったため、子供が死ぬたびに物忌みを行っていたら、儀式の円滑な遂行が不可能になってしまう。儀式を滞りなく行うためには、子供を無視する必要があった。これは子供への愛情があったかどうかという問題ではなく、制度として子供の位置をどのように定めるかという問題である。勉強になった。

要確認事項=いっぽう、どうして江戸中期に子供へのまなざしが変化したかという説明には、多少の違和感は残る。本書では、「天道=人知を越えるもの」から「政治=人間の手で可能なこと」へという意識の変化が、子供への福祉への意識を高める結果となったと見ている。確かに同時代に起こった変化だろうが、それは相関関係であっても因果関係ではないような気がする。私の個人的な研究視点からすれば、商品経済の展開という下部構造が両者に共通する土台のような印象がある。

柴田純『日本幼児史―子どもへのまなざし』吉川弘文館、2013年