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教育の基礎理論-9

▼短大栄養科 11/13

前回のおさらい

・近代の教育思想。教育学の成立。

義務教育の思想

・近代の教育思想で、教育は本当にすべてうまくいくのでしょうか?
・学校を否定し、個人主義を貫くような、「自由権としての教育」の実態。→現実には貧民の子供が「児童労働」を行っていました。

確認:「義務教育」とは、誰の誰に対するどのような義務でしょうか?
・「子供が教育を受ける権利」はどのように生まれたのでしょうか?

思考実験:自由の落とし穴

・自由を拡大したとき、得をするのはどういう人たちでしょうか?
・自由を拡大すると、実際には強者と弱者の間の格差が拡大します。
・自由を<実質的に>使いこなすことができるのは金持ちだけです。貧乏人はそもそも自由に<実質的に>手が届きません。形式的に自由が与えられても、まったく意味がありません。
・「自由権としての教育」だけでは、金持ちは十分な教育を受けることができたとしても、貧乏人は教育を受けることができません。教育によって、ますます貧富の格差が広がります。
・貧富の格差=資本家と労働者への階層分化。

労働力の売買

・「働く」とは、経済学的にはどういうことでしょうか?
*労働力:「働く」と言うのではなく、「労働力を売る」と言います。「雇う」と言うのではなく、「労働力を買う」と言います。
・労働力の再生産は、家庭で行われます。
・労働力をモノのように売買できるようにしたことで、市場原理によって必要なところに迅速に労働力が供給され、資本主義の展開が加速します。(奴隷労働のままでは労働力の流動化が促進されず、資本主義は加速しません。)

思考実験:働いたら負け

・働いていない人ほどお金儲けができる?
・ワーキングプア:働けば働くほど貧乏になる?
・労働力は、売るよりも買う方が得?
・労働力を買うには、生産手段(土地や工場)がなければなりません。
・生産手段+原材料+労働力→商品
・モノの価格は市場原理(競争)によって決まります→労働力の価格も市場原理(競争)によって決まります。
・失業者問題。
・努力すればするほど悪循環に陥るのはなぜでしょうか。←競争する相手を間違えています。
・最も安いのは、子供の労働力です。→児童労働が発生してしまいます。
・誰もが自由で平等だったからこそ児童労働が発生してしまったのであって、もはや形式的な自由を拡大するだけでは対処不可能です。もはや努力の問題ではありません。
・児童労働を防ぐにはどうしたらよいでしょうか??? →自由を制限しなければなりません。

復習

・自由が拡大すると格差も拡大する理屈について押さえておこう。
・「社会権」の意義について押さえておこう。
・「義務教育」が成立する過程について、理論と実践の両面から押さえておこう。

予習

・「産業革命」について、おさらいしておこう。

教育の基礎理論-8

▼短大栄養科 11/6

前回のおさらい

・民主主義の教育=人間を育てる。
・近代の教育思想家:コメニウス、ロック、ルソー。

近代初期の教育思想(つづき)

ルソー Jean-Jacques Rousseau

・市民革命、ロマン主義。
・1712年~1778年。ジュネーヴ出身。
・主著『社会契約論』(政治思想)、『人間不平等起源論』(政治思想)、『新エロイーズ』(恋愛小説)、『エミール』(教育思想)
・キャッチフレーズ:子どもの発見消極教育
・名言:万物を創る者の手を離れるときはすべてよいものであるが、人間の手に移るとすべてが悪くなる
・子供期の独自性を初めて主張しました。消極教育とは、書物による早期教育をいましめ、まず自然による教育(たとえば感覚の訓練など)を重視する姿勢を指します。また、思春期や青年期の持つ独特の意義について意識を向けたのも大きな特徴です。

近代初期教育思想の特徴

・完成した大人の理想像から教育を組み立てる考え(ロック的なもの)と、純粋な子供の理想像から教育を組み立てる考え(ルソー的なもの)の両側面が確認できます。子供の誕生=大人の誕生。
・いずれにせよ、あらゆる人間が共通して持つ「理性」に対して全面的な信頼が置かれています。新しい社会に必要な人間とは、既存の権威に無批判に従うような人間ではなく、自分で考えて行動することができる理性的な人間であることが示されています。
・学校教育を非難し、個人を育てるために家庭教育の意義を強調します。自由権としての教育(国家からの自由)。集団(学校教育の固有性)の軽視。

近代教育学の展開

・他の学問分野から独立した、固有の教育学が形成されていきます。

ペスタロッチー Johann Heinrich Pestalozzi

・1746年~1827年。スイス出身。
・主著『隠者の夕暮』『シュタンツだより』『ゲルトルートはいかにその子を教えたか』『白鳥の歌』
・キャッチフレーズ:実物教授。直感教授。労作教育。3つのH(Hand、Heart、Head)=知徳体。
名言:「王座の上にあっても、木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間だ」=身分に関係なく、普遍的な人間を教育するということです。「生活が陶冶する」
・孤児や貧民の子供の教育を通じて、身分や階級に関わらない人間一般の教育原理を打ち立てました。ルソーが理論だけだったのに対して、ペスタロッチーは実践を通じて教育原理を明らかにしました。
・アメリカを経由したペスタロッチー主義(開発主義教育)は、明治初期に日本でも流行しました。

伊沢修二

・1851年~1917年。長野県出身。
・アメリカに留学して教育学を学んだ後、日本で開発主義を広めました。
・主著『教育学』。
・音楽教育や体操の普及、植民地での国語教育などにも深く関わりました。

高嶺秀夫

・1854年~1910年。福島県出身。
・アメリカに留学して教育学を学んだ後、日本で開発主義を広めました。
・主著『教育新論』。ジョホノット教育学の翻訳。
・高等師範学校の校長として、開発主義の普及に貢献しました。

ヘルバルト Johann Friedrich Herbart

・1776年~1841年。ドイツ出身。
・主著『一般教育学』『ペスタロッチー直感教授のABC』
・キャッチフレーズ:教育学の父。目的としての倫理学、方法としての心理学。段階教授法。
・名言:「教授のない教育などというものの存在を認めないし、逆に、教育のないいかなる教授も認めない
・ペスタロッチーの実物教授を引き継ぎながら、教育学を体系化された学問へと鍛えました。家庭教師による教育ではなく、学校における教師の教授法を理論化しました。

ヘルバルト主義教育学

・ヘルバルトを引き継いで、科学的な教育学を発展させました。
・チラー、ライン。
五段階教授法。予備→提示→比較→総合→応用。
・中心統合法。宗教(道徳)を中心としたカリキュラム(スコープ)構成の原理。
・開化史的段階。カリキュラム配列(シークエンス)の原理。

谷本富

・1867年~1946年。香川県出身。
・主著『実用教育学及教授法』『科学的教育学講義』
・ヘルバルト主義を日本人にわかりやすく改変し、流行をさせました。後にヘルバルト主義を捨てて、新教育にコミットしました。

フレーベル Friedrich Wilhelm August Fröbel

・1782年~1852年。ドイツ出身。
・キーワード:幼稚園の創始者。恩物
・主著:『人間の教育
・ペスタロッチーの影響を受け、幼児教育に人生を捧げました。

復習

・時代背景を考慮しながら、各教育思想の本質を押さえよう。

予習

・義務教育とは何か、その導入経緯について考えておこう。

発展的な学習の参考

ジャン・ジャック・ルソー『エミール』:普遍的な「人間」をつくるという、まったく新しい教育の姿が描かれています。

ペスタロッチー『隠者の夕暮れ・シュタンツだより』:ペスタロッチーの教育思想のエッセンスが詩という形式で表現されています。

フレーベル『フレーベル自伝』:フレーベルの教育観の一端を伺うことができます。

教育の基礎理論-7

▼短大栄養科 10/30

前回のおさらい

・市民革命の理論的根拠が「社会契約論」です。
・社会契約論は、ホッブズ→ロック→ルソーという流れで発展しました。

市民革命と社会契約論(つづき)

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはなりません。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則を土台にするべきです。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指します。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意する必要があります。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではありません。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものです。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできません。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければなりません。
・最初は「欲望むき出しで自分勝手でわがままな人間」から考察を始めたにも関わらず、その人間が最終的に「共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間=市民」へと落ち着いてしまうところに、社会契約論のすごさと面白さと意義があります。

新しい社会にふさわしい新しい教育

・「個人」とは、身分や地域の特殊性にはまったく関係がなく、何の特殊な属性も持たない、普遍的な人間のことです。伝統的共同体の様々なしがらみから切り離された、剥き出しの人間のことです。
・人間はわがままで自分勝手な本性(自然権)を持っているからこそ、その本性を外部から押さえ込まずに最後まで貫き通すことによって、自由で平等で平和な世の中を作り上げることができます。
・しかしそう判断できる(自然法を導き出す)ためには、合理的に物事を考える「理性」がなければなりません。
・新しい社会を作ることは、必然的に、新しい社会にふさわしい新しい「個人」を作ることを意味します。だから新しい社会について考えた思想家は、それにふさわしい新しい「個人」についても考えるし、それにふさわしい教育の形についても構想することになります。
・普遍的な教育とは、人間を作る=人格の完成を目的とする教育です。
・自発的に広がったリテラシーの教育(日本の江戸時代や印刷術発明後のヨーロッパ)と、普遍的な人間を作るための教育(市民革命後のヨーロッパ)の違いを考えてみましょう。教育を受ける人や、教育の内容や、教育への国家の関与などが、どのように異なるでしょうか? →決定的な違いは、教育が「人間の権利」であると考えられるようになったことです。
・「人間の権利」としての教育とは、性別や才能や財産や地位などの特殊性に関係なく、あらゆる人間に共通する資質を育てることを目指す普遍的な教育です。知識を注入したり偏差値を上げるような教育でもなければ、または特定の職業を目指すような教育でもありません。 →Instruction=専門教育(特殊性)とEducation=普通教育(普遍性)の違いを考えてみましょう。

近代初期の教育思想

・特定の職業や身分のための人間形成を超えるような、普遍的な人間を作ることを目指す教育思想は、近代から始まります。

コメニウス Johannes Amos Comenius

・宗教改革、プロテスタント。
・1592年~1670年。モラヴィア出身。
・主著『大教授学』、『世界図絵』(世界初の絵本)
・キャッチフレーズ:近代教授学の父
・名言:全ての人に全ての事柄を教授する

ロック John Locke

・市民革命、経験主義。
・1632年~1704年。イングランド出身。
・主著『市民政府論』(政治思想)、『人間悟性論』(認識論)、『教育論』あるいは『教育に関する一考察』(教育思想:翻訳が異なるだけです)
・キャッチフレーズ:紳士教育タブラ・ラサ(白紙説)
・名言:健全なる精神は健全なる身体に宿る。←まず体育(食物、睡眠、居住環境など)の重要性を強調しました。
・身分制を反映した古い教育を否定して、新しい市民社会を担う紳士(ジェントルマン)を作ることを目指す教育です。子供期の独自性を認めるというより、理性ある大人になることを重視する教育です。詰め込み教育を否定し、大人になってから役に立つ習慣形成を重く見ました。

ルソー Jean-Jacques Rousseau

・市民革命、ロマン主義。
・1712年~1778年。ジュネーヴ出身。
・主著『社会契約論』(政治思想)、『人間不平等起源論』(政治思想)、『新エロイーズ』(恋愛小説)、『エミール』(教育思想)
・キャッチフレーズ:子どもの発見消極教育
・名言:万物を創る者の手を離れるときはすべてよいものであるが、人間の手に移るとすべてが悪くなる
・子供期の独自性を初めて主張しました。消極教育とは、書物による早期教育をいましめ、まず自然による教育(たとえば感覚の訓練など)を重視する姿勢を指します。また、思春期や青年期の持つ独特の意義について意識を向けたのも大きな特徴です。

復習

・時代背景を考慮しながら、各教育思想の本質を押さえよう。

予習

・ペスタロッチー、ヘルバルト、フレーベルの仕事について確認しておこう。

発展的な学習の参考

ジョン・ロック『教育に関する考察』:新しい時代にふさわしい紳士教育の形が示されています。

ジャン・ジャック・ルソー『エミール』:普遍的な「人間」をつくるという、まったく新しい教育の姿が描かれています。

教育の基礎理論-6

▼短大栄養科 10/23

前回のおさらい

・ヨーロッパが強くなったのは、(1)大航海時代(2)宗教改革(3)ルネサンスをきっかけとしていました。
・それらはすべて印刷術を前提として実現していました。そして結果として、人間の欲望が積極的に肯定されることになりました。
・リテラシーを獲得するために、人々は社会から切り離された場所と時間でトレーニングをする必要が生じました。大人としての義務を免除されてトレーニングに励む期間のことをモラトリアムと呼びます。

市民革命と社会契約論

市民社会:欲望の解放と制御

市民社会:「市民」が中心となって作る「社会」のことです。
・経済的発展は「欲望の解放」によって促進されます。「欲望の制御」を厳しくしすぎると、世界は停滞してしまいます。
・しかし人間の欲望には際限というものがありません。解放された欲望は、そのままでは世界そのものを破壊してしまいます。実際に、ヨーロッパの16世紀と17世紀は宗教戦争や侵略戦争が続いて荒れ狂った時代となりました。
・人間の欲望を解放して、自分勝手な利己的人間だらけになって、なおかつ世界を破滅させないような方法はあるでしょうか? →民主主義

市民革命と社会契約論

・ヨーロッパの政治体制を決定的に変えた事件をまとめて市民革命と呼びます。
市民:農村の生産者ではなく、都市に暮らし、市場でお金を使う人々を指します。基本的にお金持ちです。
革命:「一揆」と勘違いする日本人が多いですが、いわゆる一揆は支配者の交代を伴いません。支配階級が覆る事態を革命と呼びます。
市民革命:ヨーロッパでは様々な地域と時期に革命が発生しましたが、全て共通して「市民」が支配者になる革命だったので、「市民革命」と呼びます。

市民革命重要人物政治思想書教育思想書
清教徒革命1642トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
名誉革命1688ジョン・ロック『市民政府論』『教育論』
アメリカ独立戦争1776トマス・ペイン『コモン・センス』
フランス革命1789ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』『エミール』

・市民革命には、それぞれ理論的指導者と代表的な政治思想書が関わっています。市民革命の理論的根拠となったのが、社会契約論と呼ばれる考え方です。ホッブズ『リヴァイアサン』→ロック『市民政府論』→ルソー『社会契約論』というように展開します。

社会契約の「社会」とは?

社会:もともと日本語には存在せず、sociaeyやassociationの翻訳語として普及しました。ヨーロッパで成熟した「個人」を土台として組み立てられた世の中を指します。
・伝統的な「共同体」と新しい「社会」では、集団優先か個人優先かで世の中の形が決定的に違ってきます。共同体では身分が固定して人々の役割が決まっていましたが、社会では個人の力によって役割や組み合わせを変えることができます。

社会契約の「契約」とは?

・自由で平等な個人同士が合理的な判断を下した結果として成立する合意と約束のことです。自由や平等が損なわれ、合理的な意志と判断が存在しない場合には、契約は成立しません。
・西洋社会には古くから「契約」を重んじる伝統がありました。神と人との契約から、人間同士の契約へと理論が展開します。

ホッブズ『リヴァイアサン』

自然状態においては、人間は自由で平等でした。→自然権
・しかし人間の欲望には制限がなく、放置していたら人々は他人の自然権の根幹(いちばん大事な生命)を侵害してしまいます。→万人の万人に対する闘争
・そこで人々は理性的に考えて、一番大事な自分の生命を守るためにこそ、自らの自然権を放棄し、契約を結んで、共通権力を作り上げることが必要だと考えます。→自然法
・もしも自分の生命を脅かすものがいたら、この共通の巨大権力に懲らしめてもらえばいいわけです。しかし自分の生命を保護してもらう代わりに、人々は共通権力が決めたルールには従わなくてはなりません。

ロック『市民政府論』

・共通権力(政府)は、単に人々の生命を守るというだけの必要悪に留まるものではなく、積極的に人々の私有財産を保護する義務を持ちます。
・所有権の理論的根拠を、身体の所有権と労働に求めます。(ただしここでロックの言う労働が、本当に彼自身が働くことかどうかについては注意が必要です。実際に肉体労働に従事したのは、彼が私有財産として所有している奴隷たちかもしれません。)
・もしも政府が個々人の生命・自由・財産を侵害するのであれば、もはや政府としての役割を果たしていないのであって、人民には契約を破棄する権利があります。→抵抗権

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはなりません。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則を土台にするべきです。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指します。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意する必要があります。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではありません。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものです。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできません。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければなりません。
・最初は「欲望むき出しで自分勝手でわがままな人間」から考察を始めたにも関わらず、その人間が最終的に「共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間=市民」へと落ち着いてしまうところに、社会契約論のすごさと面白さと意義があります。

復習

・「社会契約論」の理屈を、おさらいしておこう。

予習

・ロックやルソーの教育思想について調べておこう。

教育の基礎理論-5

▼短大栄養科 10/16

前回のおさらい

・日本での近代教育の始まり。江戸時代中期頃から生産力が向上したために子供に対する見方が変化し、寺子屋で読み書きや算盤の勉強をするようになりました=リテラシーの獲得。また、長期間にわたる平和のおかげで学問も大きく発展しました。
・明治維新と文明開化。しかし現在の教育制度に発展する直接のきっかけになったのは、ヨーロッパ文明との接触でした。

ヨーロッパはどうして強くなったのか?

・ヨーロッパが急激に強くなり始めた西暦1500前後に、ヨーロッパで起こっていたことは何でしょうか?
(1)大航海時代
(2)宗教改革
(3)ルネサンス
*そして「印刷術」が、これらの共通の土台となっています。

印刷術とリテラシー

印刷術:1450年前後にグーテンベルクが発明し、急速にヨーロッパ全体に広がりました。高価で希少であった本というものが、安価で身近なものへと変化します。印刷物を通じて知識や情報の伝達が行われるようになり、それまでと比べて圧倒的に早く広範囲に情報が届けられるようになります。
リテラシー:前回説明済み。ヨーロッパでも、かつてはリテラシーを持っている人はほとんどいませんでしたし、リテラシーが役に立つ技能だとも認識されていませんでした。しかし印刷術の普及を転換点として、リテラシーが極めて重要な技能として理解されるようになります。

コロンブスの大西洋横断(1492年)

・どうして我々は自分の目で確かめたことがないにもかかわらず、「地球が丸い」ということを知っているのでしょうか?→本に書いてあるから。
・コロンブスも含めて、当時の知識人は地球が丸いことを知っていました。(他の知識人は地球の正確な大きさも把握していたから大西洋横断は不可能だと思っていましたが、コロンブスは地球の大きさを勘違いしていたので冒険に乗り出すことができました。)
・印刷術により科学知識や地理情報が普及します。また、正確な地図や海図も登場します。船乗りに必要な科学的知識も本から知ることができます。
・かつて手写しで作られていた本は、高価で稀少なものでした。写本によって知識を伝えるには、コストがかかりすぎました。印刷術は知識の伝達範囲を格段に拡大し、速度を飛躍的に高めます。
・冒険に出るためには、本を読んで知識を得ることが必須です。知識は力となります。情報を得る決定的な手段として、リテラシーの獲得がとても重要になります。

ルターの宗教改革(1517年)

・カトリックとプロテスタントの違いは、大雑把には「神父/牧師」や「教会/聖書」の重要性の違いにあります。
・「聖書を読む」という行為を可能にするためには、聖書というモノそのものを低価格で供給する印刷術の存在が前提になります。
・ルターとヤン・フスの運命を比べてみると、印刷術が存在しない世界での情報発信の難しさが分かります。印刷術があると、自分の意見を大量かつ広範囲に伝えることができるようになります。リツイートができることも大きな要素です。
・世界を変革するためには、自分の意見を無差別かつ広範囲に、そして正確に発信することが必要です。情報発信の決定的な手段として、リテラシーを持っていることがとても重要になります。

ルネサンス(15世紀)

・音楽や絵画の意味が大きく変わり、芸術家が誕生します。神に捧げるための技術から人間を楽しませるための芸術へ転回します。音楽や絵画は教会に納入するものではなく、一般民衆に売って儲けるための手段となっていきます。
・印刷術の普及によって、一人で本を読むことが人々の日常生活の中に入ってきます。印刷術が発明されるまでは、本は音読して大勢の人で楽しむものでした。本の読み方が、音読から黙読へと変化します。
・孤独に読書する体験を重ねることで、人々は「自分自身」について考えるようになります。リテラシーは、自己実現の決定的な条件となります。

個人主義の誕生

・ヨーロッパに強大な力をもたらした新大陸発見、宗教改革、ルネサンスには、印刷術という新しい技術とリテラシーという新しい経験が共通して前提されています。
・それは同時に人間の欲望を積極的に肯定していくことになります。
(1)大航海時代:リテラシーは、個人的な欲望や野心を達成するためには絶対に欠かせない技術となります。
(2)宗教改革:リテラシーは、自分の理想的な世界を実現するための手段として決定的に重要なものとなります。
(3)ルネサンス:リテラシーは、個人の欲求を充実させるために絶対に欠かせない前提となります。
→富を獲得し、天国を目指し、新たな娯楽に接触し、自己実現するためには、リテラシーを獲得しなければならりません。個人的な欲望を満足させるためにリテラシーを獲得しようとし、リテラシーの獲得が個人の欲望をさらに膨張させていきます。

リテラシーの獲得と、モラトリアム

・生活をしていく上で、なにをするにもリテラシーが必要な世の中へと変化します。リテラシーを身につけることが、人間として生きていく上での必須の条件と見なされるようになっていきます。
・リテラシーを身につける場として学校が大きな意味を持つようになります。リテラシーを身につけるために、モラトリアムと呼ばれる時間が必要とされるようになります。

モラトリアム:執行猶予。労働から免除されている期間を意味します。思春期・青年期が拡張して、大人と子供の距離が広がっていきます。

復習

・印刷術の普及によってリテラシーの有効性が高まり、人々が自発的に勉強を始める動機を持つ経緯を確認しておこう。
・リテラシーを獲得するために、それまでにはなかった特別な修行の時間=モラトリアムが用意されるようになる経緯を押さえておこう。
・学校や教育が、民衆の自発性に任せられていた時期から、強制的に与えられる時代への変化を押さえておこう。

予習

「民主主義」の仕組について調べておこう。