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教育概論Ⅰ(保育)-9

短大保育科 6/14、6/16

前回のおさらい

・個性=代わりがない。
・アイデンティティ=変わらない。
・自由=自分でルールを作って自分で従う。

自己実現

・どのように人格は完成へと向かうのでしょうか。
・自己実現≒ほんとうのわたしデビュー、わたしらしいわたし。社会的な成功とは基本的にはあまり関係がありません。
・直線的な発達ではなく、矛盾と葛藤が連続する、ジグザグの成長です。
・弁証法的発展:自己耽溺(自己中心主義)と自己疎外(世間中心主義)の葛藤から、自由で主体的な決断を経て、責任を引き受けて、自己実現へ向かいます。
・「自分こわし」と「自分つくり」の連続が、人格を完成へと向かわせます。

「児童が、自己の存在感を実感しながら、よりよい人間関係を形成し、有意義で充実した学校生活を送る中で、現在及び将来における自己実現を図っていくことができるよう、児童理解を深め、学習指導と関連付けながら、生徒指導の充実を図ること。」
『小学校学習指導要領』総則、p.9
「(3)自主的、実践的な集団活動を通して身に付けたことを生かして、集団や社会における生活及び人間関係をよりよく形成するとともに、自己の生き方についての考えを深め、自己実現を図ろうとする態度を養う。」『小学校学習指導要領』特別活動の目標、p.164

「近代教育」まとめ:人格の完成とは・・

・個性の尊重:独立。かけがえのないわたし。
・アイデンティティの確立:自主。まさにこのわたし。
・自由の獲得:自律。わたしが作ったルールに従うわたし。
・自己実現:夢。ほんとうのわたし。

近代初期の教育思想

・特定の職業や身分のための人間形成を超えるような、普遍的な人間を作ることを目指す教育思想は、近代から始まります。

コメニウス Johannes Amos Comenius

・宗教改革、プロテスタント。
・1592年~1670年。モラヴィア出身。
・主著『大教授学』、『世界図絵』(世界初の絵本)
・教育学的愛称:近代教授学の父
・キャッチフレーズ:全ての人に全ての事柄を教授する

ロック John Locke

・市民革命、経験主義。
・1632年~1704年。イングランド出身。
・主著『市民政府論』(政治思想)、『人間悟性論』(認識論)、『教育論』あるいは『教育に関する一考察』(教育思想:翻訳が異なるだけです)
・キャッチフレーズ:紳士教育タブラ・ラサ(白紙説)
・名言:健全なる精神は健全なる身体に宿る。←まず体育(食物、睡眠、居住環境など)の重要性を強調しました。
・新しい市民社会を担う紳士(ジェントルマン)を作ることを目指す教育です。子供期の独自性を認めるというより、理性ある大人になることを重視する教育です。詰め込み教育を否定し、大人になってから役に立つ習慣形成を重く見ました。

ルソー Jean-Jacques Rousseau

・市民革命、ロマン主義。
・1712年~1778年。ジュネーヴ出身。
・主著『社会契約論』(政治思想)、『人間不平等起源論』(政治思想)、『新エロイーズ』(恋愛小説)、『エミール』(教育思想)
・キャッチフレーズ:子どもの発見消極教育
・名言:万物を創る者の手を離れるときはすべてよいものであるが、人間の手に移るとすべてが悪くなる
・子供期の独自性を初めて主張しました。消極教育とは、書物による早期教育をいましめ、まず自然による教育(たとえば感覚の訓練など)を重視する姿勢を指します。また、思春期や青年期の持つ独特の意義について意識を向けたのも大きな特徴です。

近代初期教育思想の特徴

・完成した大人の理想像から教育を組み立てる考え(ロック的なもの)と、純粋な子供の理想像から教育を組み立てる考え(ルソー的なもの)の両側面が確認できます。子供の誕生=大人の誕生。
・いずれにせよ、あらゆる人間が共通して持つ「理性」に対して全面的な信頼が置かれています。新しい社会に必要な人間とは、既存の権威に無批判に従うような人間ではなく、自分で考えて行動することができる理性的な人間であることが示されています。
・学校教育を非難し、個人を育てるために家庭教育の意義を強調します。自由権としての教育(国家からの自由)。集団(学校教育の固有性)の軽視。

復習

・時代背景を考慮しながら、各教育思想の本質を押さえよう。

予習

・ペスタロッチー、ヘルバルト、フレーベルの仕事について確認しておこう。

発展的な学習の参考

ジョン・ロック『教育論』:新しい時代にふさわしい紳士教育の形が示されています。

ジャン・ジャック・ルソー『エミール』:普遍的な「人間」をつくるという、まったく新しい教育の姿が描かれています。

教育概論Ⅰ(保育)-8

短大保育科 6/7、6/9

前回のおさらい

・民主主義にとって憲法の役割は決定的に重要です。
・憲法とセットのものとして作られた教育基本法は、教育の目的を「人格の完成」としています。
・「人格」とは、代わりがなく、変わらないような何かです。

人格の完成(つづき)

個性

・個性=Individualityの翻訳語です。日本では明治25年(1892年)頃からヘルバルト主義の流行に伴って普及しました。
・「個」性と見るか、個「性」と見るかで、意味が異なってきます。もともとは「個」性で、長所とか特徴とか持ち味などという言葉とは意味が違います。
・他のものと交換することができない、かけがえのない、それが取り去られたら、私が私でなくなってしまう何かをさして使う言葉です。
・「個性を尊重する」とはどういうことでしょうか?
・教育者が言ってはならない、個性を否定するような言葉があります。
・たとえば「名前」は重要なものです。

【児童の権利条約第7条-1】
「児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。」
*児童の権利条約:1989年に国連総会で採択し、日本は1994年に批准しました。

アイデンティティ

・日本語では「自我同一性」や「存在証明」などと訳されることがあります。「あの私」と「この私」が一致していることを証明したいときなどに用いられます。「IDカード」=Identity card。
・自同律(principle of Identity):「A=A」という式をアイデンティティの法則と呼びます。「わたし は わたし」とはどういうことでしょうか?
・この世に変化しないものなどあるでしょうか? 「A→A’」
・私は常に変化し続けている(新陳代謝)にも関わらず、どうして常に「わたしはわたし」と言うことができるのでしょうか?
・わたしの属性について考えてみましょう。A=X、A=Y、A=Z・・・・。常に一致しているのは何でしょうか?
・主語と述語とは何でしょうか。常に主語であるものにはアイデンティティが成立しています。
・「主体性」とは具体的に何を表しているのでしょうか? 述語に重点を置くか、主語に重点を置くかで、話は大きく変わってきます。

自由と責任

・教育基本法第一条に続けて書かれている「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」とは何でしょうか?
・モノは自由ではないが、人格は自由です。
・教育とは、自由でないようなものを、自由にするための営みであると言えそうです。
・子供は不自由で、大人が自由? →子供は生理現象に無条件に従わざるを得ませんが、大人は同じ生理現象に対しても様々な選択肢を持っています。
・人間は、本当に自由なのでしょうか?

思考実験:自由と責任

case1:殺人 選択肢がある場合
case2:リモコン 選択肢がない場合
case3:運命 選択肢はあったのか?→(余談)悲劇とは何か
case4:隕石 物理法則には選択肢の余地がない
case5:因果関係 因果関係に選択肢はあるか→(余談)決定論
case6:責任 選択肢は、あったはずだ

・「責任をとる」ということは「自由」でなければ起こりえません。自由だから責任があるのではなく、責任をとれるから自由が確認できると言えそうです。
・「自由」であるということは、因果律に支配された「モノ」とは違うということです。
・因果律に支配されないものとは何でしょうか? →人格
*立法能力:自分でルールを作って、自分で守ることができるような力のことです。他人の作ったルールに従う(他律)のではなく、自らの意志でルールに従う(自律)ことができる力のことです。

【『幼稚園教育要領』2018年版】
「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」「(2)自立心 身近な環境に主体的に関わり様々な活動を楽しむ中で、しなければならないことを自覚し、自分の力で行うために考えたり、工夫したりしながら、諦めずにやり遂げることで達成感を味わい、自信をもって行動するようになる。 」(4頁)
【『幼稚園教育要領解説』2018年版】
「幼児期には、幼児は家庭において親しい人間関係を軸にして営まれていた生活からより広い世界に目を向け始め、生活の場、他者との関係、興味や関心などが急激に広がり、依存から自立に向かう。」(9頁)
「自立心は、領域「人間関係」などで示されているように、幼稚園生活において、教師との信頼関係を基盤に自己を発揮し、身近な環境に主体的に関わり自分の力で様々な活動に取り組む中で育まれる。」(51頁)

復習

・「個性を尊重する」というとき、保育士は具体的に何をするべきか、考えてみよう。

予習

・「自己実現」という言葉について調べておこう。

教育概論Ⅰ(保育)-7

短大保育科 5/31、6/2

前回のおさらいと補足

・ヨーロッパが強くなった理由は、欲望を解放した個人主義に加えて、民主主義の仕組みを発明したからです。
・民主主義の世の中を実際に作ったのは市民革命で、その理論的根拠として社会契約論が考えられました。ホッブズ→ロック→ルソーと発展します。
・新しい社会(個人を契約によって結ぶ)を作るためには、新しい人間(身分や属性に縛られない、自由で平等で理性的な個人)を作る教育が必要となります。
・新しい人間を作る教育とは、属性に関係なく「人格の完成」を目指す教育です。
シティズンシップ教育:シティズン=市民。民主主義の世の中に主体的に参画することができるような力と意欲を持った人間を育てようという教育です。参考=日本保育学会「関東地区研究集会」の個人的まとめ

憲法と教育の自由

・自発的に広がったリテラシーの教育(日本の江戸時代や印刷術発明後のヨーロッパ)と、普遍的な人間を作るための教育(市民革命後のヨーロッパ)の違いを考えてみましょう。教育を受ける人や、教育の内容や、教育への国家の関与などが、どのように異なるでしょうか? →決定的な違いは、教育が「人間の権利」であると考えられるようになったことです。
・「人間の権利」としての教育とは、性別や才能や財産や地位などの特殊性に関係なく、あらゆる人間に共通する資質を育てることを目指す普遍的な教育です。知識を注入したり偏差値を上げるような教育でもなければ、または特定の職業を目指すような教育でもありません。 →Instruction=専門教育(特殊性)とEducation=普通教育(普遍性)の違いを考えてみましょう。
・「人間の権利」を保障するために、憲法というものが存在しています。

思考実験:法律を破ったことはありますか?

・市民は、リーダーが作った法律は従う義務があります。法律を破ったときには、ペナルティが課されます。
・法律は、それぞれの市民が平和かつ幸福に暮らすことができるよう、選ばれたリーダーによって定められます。
・市民は、法律を破ることはできますが、憲法を破ることはできません。法律と憲法は、どこがどう違っているのでしょうか?
・そもそも憲法を守る義務があるのは誰でしょうか?→日本国憲法第99条。
・憲法は市民に何を期待しているのでしょうか?→日本国憲法第97条と第98条。

思考実験:憲法がないとどうなるでしょうか?

・もしも多数決だけで世の中がきまるどうなるでしょうか?→「多数の専制」の怖さ。
・誰がリーダーになったとしても「これだけは絶対にやってはいけない」という、リーダーの暴走を防ぐ禁じ手をあらかじめ定めておく必要があります。
・憲法の原理=一般意志 人間性に関する普遍的な原則から導き出すことができるような合理的かつ普遍的なルールに基づいて、法律が作られる必要があります。
・たとえば、どんな人にとっても命は大切であったり、理由なく財産を奪われることは嫌だったり、奴隷にされることは嫌だったりしますし、全ての人は自分が幸福であることを望むはずです。それには男か女か、金持ちか貧乏か、才能があるかないかなどという特殊性にはいっさい関係がない、あらゆる人間に共通すること(普遍)です。

基本的人権

基本的人権:誰がリーダーになったとしても、絶対に人々から奪うことができない生まれながらの人間の権利です。性別や才能などの特殊性に関係なく、あらゆる人が平等に持っている普遍的なものです。
自由権:国家が侵害することができない、個人が持つ権利です。「国家からの自由」のことです。具体的には、身体の自由、財産の自由、居住の自由、職業選択の自由、教育の自由などなどがあります。
教育の自由:自分の子供をどのように教育するかは、国家から関与されることではありません。←信仰の自由:どのような思想信条を持つかについて、国家が個人に命令することはできません。
・Education(教育)とInstruction(教授)の違いを思い出しましょう。国家はEducationには直接関与することができなくとも、Instructionに関与することは必ずしも制限されていないかもしれません。

教育基本法と日本国憲法

・教育基本法は、1947年に日本国憲法と一体のものとして制定され、準憲法的性格を持つと考えられています。→つまり、教育基本法を守らなければいけないのはリーダーの側であって、一般国民は守らせる側ということになります。

人格の完成

・教育基本法第一条に、教育の目的は「人格の完成」であると書いてありました。
人格とは何でしょうか? 目に見えないし、触ることができないし、科学的に存在を確かめることができません。
・「好き」と「愛してる」という言葉の意味の違いをヒントに考えてみましょう。

 好き愛してる
個性代わりがある代わりがない
タイプ言える言えない
数値化表せる表せない
アイデンティティ変わる変わらない
様相主観的な感情存在のあり方
対象モノ(純粋理性)人格(実践理性)

・人格とは、比較できず、束ねられず、代わりがなく、変わらないようなものです。
・モノと人格は決定的に違うものです。
・「人格を尊重する」とは、どういうことでしょうか。

復習

・憲法の性格と、教育基本法との関係について押さえておこう。

予習

・「個性」や「アイデンティティ」という言葉について調べておこう。

発展的な学習の参考

稲垣良典『人格《ペルソナ》の哲学』
「人格」という概念をどのように理解するべきかをキリスト教神学の立場から根本的に考察した本で、歴史的考察としても哲学的思索の参考としてもたいへん読み応えがある。

大澤真幸『恋愛の不可能性について』
好きであることの理由を具体的にいくつ積み重ねていっても、その人だけを好きであることは絶対に証明できないということが、分析哲学の立場から明らかにされている。

プラトン『パイドロス』
プラトン哲学のなかで、恋愛について最も深く語っている著作。恋愛というものが人間の言葉で合理的に説明できるものではなく、存在の深淵に関わることが明らかにされている。

教育概論Ⅰ(保育)-6

短大保育科 5/24、5/28

前回のおさらい

・ヨーロッパが強くなったのは、(1)大航海時代(2)宗教改革(3)ルネサンスをきっかけとしていました。
・それらはすべて印刷術を前提として実現していました。そして結果として、人間の欲望が積極的に肯定されることになりました。
・リテラシーを獲得するために、人々は社会から切り離された場所と時間でトレーニングをする必要が生じました。大人としての義務を免除されてトレーニングに励む期間のことをモラトリアムと呼びます。

市民革命と社会契約論

市民社会:欲望の解放と制御

市民社会:欲望の体系とも呼ばれます(ヘーゲル『法の哲学』)。個人主義(欲望にまみれた利己的人間)を満足させるために組み立てられた世の中のことです。
・経済的発展は「欲望の解放」によって促進されます。「欲望の制御」を厳しくしすぎると、世界は停滞してしまいます。
・しかし人間の欲望には際限というものがありません。解放された欲望は、そのままでは世界そのものを破壊してしまいます。実際に、ヨーロッパの16世紀と17世紀は宗教戦争や侵略戦争が続いて荒れ狂った時代となりました。
・人間の欲望を解放して、自分勝手な利己的人間だらけになって、なおかつ世界を破滅させないような方法はあるでしょうか? →民主主義

市民革命と社会契約論

・ヨーロッパの政治体制を決定的に変えた事件をまとめて市民革命と呼びます。
*市民:農村の生産者ではなく、都市に暮らし、市場でお金を使う人々を指します。基本的にお金持ちです。
*革命:「一揆」と勘違いする日本人が多いですが、いわゆる一揆は支配者の交代を伴いません。支配階級が覆る事態を革命と呼びます。
*市民革命:ヨーロッパでは様々な地域と時期に革命が発生しましたが、全て共通して「市民」が支配者になる革命だったので、「市民革命」と呼びます。

市民革命重要人物政治思想書教育思想書
清教徒革命1642トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
名誉革命1688ジョン・ロック『市民政府論』『教育論』
アメリカ独立戦争1776トマス・ペイン『コモン・センス』
フランス革命1789ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』『エミール』

・市民革命には、それぞれ理論的指導者と代表的な政治思想書が関わっています。市民革命の理論的根拠となったのが、社会契約論と呼ばれる考え方です。ホッブズ『リヴァイアサン』→ロック『市民政府論』→ルソー『社会契約論』というように展開します。
*社会契約論:人間の欲望が解放されてしまって、従来の世の中の仕組み(たとえば身分制)を前提にして世の中を動かしていくことが不可能となったとき、純粋な「個人」という理想状態を仮説的に考察の土台として、人間の本質から合理的に結論を導き出した、欲望をむき出しにした「個人主義」であっても壊れないような世の中、むしろ人々が欲望を持っているからこそ上手く運営されるような世の中のありかたを考える政治思想です。

「社会」とは何でしょうか?

社会:もともと日本語には存在せず、sociaeyやassociationの翻訳語として普及しました。ヨーロッパで成熟した個人主義(人間の欲望を積極的に肯定する考え)を土台として組み立てられた世の中を指します。
・「社会」と伝統的な「共同体」では、個人優先か集団優先かで世の中の形が決定的に違ってきます。
・そもそも、伝統的な共同体理論においては、共同体から独立した純粋な「個人」なるものは想像すらできませんでした。アリストテレスによれば「人間はポリス的な動物」であり、ポリス(=政治的共同体)から独立した人間本性は考えられませんでした。しかし人間の欲望が解放された結果として、どうしても利己的で自分勝手な人間の姿を人間の本質として想定せざるを得なくなっていきます。
・逆に言えば、人間の欲望が解放されず、「人間はポリス的な動物」と言って皆が納得するような状況においては、民主主義はそもそも必要とされないのかもしれません。

「契約」とは何でしょうか?

・自由で平等な個人同士が合理的な判断を下した結果として成立する合意と約束のことです。自由や平等が損なわれ、合理的な意志と判断が存在しない場合には、契約は成立しません。
・西洋社会には古くから「契約」を重んじる伝統がありました。神と人との契約から、人間同士の契約へと理論が展開します。

ホッブズ『リヴァイアサン』

自然状態においては、人間は自由で平等でした。→自然権
・しかし人間の欲望には制限がなく、放置していたら人々は他人の自然権の根幹(いちばん大事な生命)を侵害してしまいます。→万人の万人に対する闘争
・そこで人々は理性的に考えて、一番大事な自分の生命を守るためにこそ、自らの自然権を放棄し、契約を結んで、共通権力を作り上げることが必要だと考えます。→自然法
・もしも自分の生命を脅かすものがいたら、この共通の巨大権力に懲らしめてもらえばいいわけです。
・自分の生命を保護してもらう代わりに、人々は共通権力が決めたルールには従わなくてはなりません。

ロック『市民政府論』

・共通権力(政府)は、単に人々の生命を守るというだけの必要悪に留まるものではなく、積極的に人々の私有財産を保護する義務を持ちます。
・所有権の理論的根拠を、身体の所有権と労働に求めます。(ただしここでロックの言う労働が、本当に彼自身が働くことかどうかについては注意が必要です。実際に肉体労働に従事したのは、彼が私有財産として所有している奴隷たちかもしれません。)
・もしも政府が個々人の生命・自由・財産を侵害するのであれば、もはや政府としての役割を果たしていないのであって、人民には契約を破棄する権利があります。→抵抗権

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはなりません。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則を土台にするべきです。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指します。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意する必要があります。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではありません。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものです。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできません。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければなりません。
・最初は「欲望むき出しで自分勝手でわがままな人間」から考察を始めたにも関わらず、その人間が最終的に「共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間=市民」へと落ち着いてしまうところに、社会契約論のすごさと面白さと意義があります。

新しい社会にふさわしい新しい個人

・「個人」とは、身分や地域の特殊性にはまったく関係がなく、何の特殊な属性も持たない、普遍的な人間のことです。伝統的共同体の様々なしがらみから切り離された、剥き出しの人間のことです。
・人間はわがままで自分勝手な本性(自然権)を持っているからこそ、その本性を外部から押さえ込まずに最後まで貫き通すことによって、自由で平等で平和な世の中を作り上げることができます。
・しかしそう判断できる(自然法を導き出す)ためには、合理的に物事を考える「理性」がなければなりません。
・新しい社会を作ることは、必然的に、新しい社会にふさわしい新しい「個人」を作ることを意味します。だから新しい社会について考えた思想家は、それにふさわしい新しい「個人」についても考えるし、それにふさわしい教育の形についても構想することになります。
・普遍的な人間のための教育とは、人格の完成を目的とする教育です。

復習

・「社会契約論」の理屈を、おさらいしておこう。

予習

・「憲法」とは何かについて、「法律」との違いを中心に調べておこう。

教育概論Ⅰ(保育)-5

短大保育科 5/17、5/26

前回のおさらい

・日本での近代教育の始まり。江戸時代中期頃から生産力が向上したために子供に対する見方が変化し、寺子屋で読み書きや算盤の勉強をするようになりました=リテラシーの獲得。また、長期間にわたる平和のおかげで学問も大きく発展しました。
・明治維新と文明開化。しかし現在の教育制度に発展する直接のきっかけになったのは、ヨーロッパ文明との接触でした。

ヨーロッパはどうして強くなったのか?

・ヨーロッパが急激に強くなり始めた西暦1500前後に、ヨーロッパで起こっていたことは何でしょうか?
(1)大航海時代
(2)宗教改革
(3)ルネサンス
*そして「印刷術」が、これらの共通の土台となっています。

印刷術とリテラシー

印刷術:1450年前後にグーテンベルクが発明し、急速にヨーロッパ全体に広がりました。高価で希少であった本というものが、安価で身近なものへと変化します。印刷物を通じて知識や情報の伝達が行われるようになり、それまでと比べて圧倒的に早く広範囲に情報が届けられるようになります。
リテラシー:前回説明済み。ヨーロッパでも、かつてはリテラシーを持っている人はほとんどいませんでしたし、リテラシーが役に立つ技能だとも認識されていませんでした。しかし印刷術の普及を転換点として、リテラシーが極めて重要な技能として理解されるようになります。

コロンブスの大西洋横断(1492年)

・どうして我々は自分の目で確かめたことがないにもかかわらず、「地球が丸い」ということを知っているのでしょうか?→本に書いてあるから。
・コロンブスも含めて、当時の知識人は地球が丸いことを知っていました。(他の知識人は地球の正確な大きさも把握していたから大西洋横断は不可能だと思っていましたが、コロンブスは地球の大きさを勘違いしていたので冒険に乗り出すことができました。)
・印刷術により科学知識や地理情報が普及します。また、正確な地図や海図も登場します。船乗りに必要な科学的知識も本から知ることができます。
・かつて手写しで作られていた本は、高価で稀少なものでした。写本によって知識を伝えるには、コストがかかりすぎました。印刷術は知識の伝達範囲を格段に拡大し、速度を飛躍的に高めます。
・冒険に出るためには、本を読んで知識を得ることが必須です。知識は力となります。情報を得る決定的な手段として、リテラシーの獲得がとても重要になります。

ルターの宗教改革(1517年)

・カトリックとプロテスタントの違いは、大雑把には「神父/牧師」や「教会/聖書」の重要性の違いにあります。
・「聖書を読む」という行為を可能にするためには、聖書というモノそのものを低価格で供給する印刷術の存在が前提になります。
・ルターとヤン・フスの運命を比べてみると、印刷術が存在しない世界での情報発信の難しさが分かります。印刷術があると、自分の意見を大量かつ広範囲に伝えることができるようになります。リツイートができることも大きな要素です。
・世界を変革するためには、自分の意見を無差別かつ広範囲に、そして正確に発信することが必要です。情報発信の決定的な手段として、リテラシーを持っていることがとても重要になります。

ルネサンス(15世紀)

・音楽や絵画の意味が大きく変わり、芸術家が誕生します。神に捧げるための技術から人間を楽しませるための芸術へ転回します。音楽や絵画は教会に納入するものではなく、一般民衆に売って儲けるための手段となっていきます。
・印刷術の普及によって、一人で本を読むことが人々の日常生活の中に入ってきます。印刷術が発明されるまでは、本は音読して大勢の人で楽しむものでした。本の読み方が、音読から黙読へと変化します。
・孤独に読書する体験を重ねることで、人々は「自分自身」について考えるようになります。リテラシーは、自己実現の決定的な条件となります。

個人主義の誕生

・ヨーロッパに強大な力をもたらした新大陸発見、宗教改革、ルネサンスには、印刷術という新しい技術とリテラシーという新しい経験が共通して前提されています。
・それは同時に人間の欲望を積極的に肯定していくことになります。
(1)大航海時代:リテラシーは、個人的な欲望や野心を達成するためには絶対に欠かせない技術となります。
(2)宗教改革:リテラシーは、自分の理想的な世界を実現するための手段として決定的に重要なものとなります。
(3)ルネサンス:リテラシーは、個人の欲求を充実させるために絶対に欠かせない前提となります。
→富を獲得し、天国を目指し、新たな娯楽に接触し、自己実現するためには、リテラシーを獲得しなければならりません。個人的な欲望を満足させるためにリテラシーを獲得しようとし、リテラシーの獲得が個人の欲望をさらに膨張させていきます。

リテラシーの獲得と、モラトリアム

・生活をしていく上で、なにをするにもリテラシーが必要な世の中へと変化します。リテラシーを身につけることが、人間として生きていく上での必須の条件と見なされるようになっていきます。
・リテラシーを身につける場として学校が大きな意味を持つようになります。リテラシーを身につけるために、モラトリアムと呼ばれる時間が必要とされるようになります。

モラトリアム:執行猶予。労働から免除されている期間を意味します。思春期・青年期が拡張して、大人と子供の距離が広がっていきます。

復習

・印刷術の普及によってリテラシーの有効性が高まり、人々が自発的に勉強を始める動機を持つ経緯を確認しておこう。
・リテラシーを獲得するために、それまでにはなかった特別な修行の時間=モラトリアムが用意されるようになる経緯を押さえておこう。
・学校や教育が、民衆の自発性に任せられていた時期から、強制的に与えられる時代への変化を押さえておこう。

予習

民主主義の意義と市民社会の仕組みについて調べておこう。

発展的な学習の参考

宮崎正勝『海図の世界史』
印刷術の普及によってプトレマイオス『地理学』が大量に出回っており、コロンブス以前から地球が丸いことが人々の間で常識となっていたことがわかります。

ジャック・アタリ『1492西欧文明の世界支配』
貧弱な辺境に過ぎなかったヨーロッパが1492年を境にして世界の頂点に立つ過程を描いた本。コロンブスの識字能力や、印刷術と大航海時代の関連について言及しています。また宗教改革における印刷術の重要性も説かれています。

フェリペ・フェルナンデス=アルメスト『1492コロンブス逆転の世界史』
辺境ヨーロッパが1492年をきっかけに逆転して世界を制覇した過程が描かれています。コロンブスが読んでいた本や識字能力の程度について記述されています。

ミシェル・ルケーヌ『コロンブス 聖者か、破壊者か』
印刷術という技術が背景にあったことを考慮しないと、コロンブスの業績を理解できないことが分かります。

徳善義和『マルティン・ルター』
ルターが印刷術を極めて有効に活用しながら宗教改革を成功に導いていったかが分かります。

アンドリュー・ペティグリー『印刷という革命』
印刷術が宗教改革や新大陸発見と密接に絡みながら展開していったことが分かります。また印刷術の普及によって教育が急成長をとげることにも触れられています。

アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ『そのとき、本が生まれた』
印刷術の普及によってルネサンスが加速していく様子がよく分かります。

上尾信也『音楽のヨーロッパ史』
印刷術とルネサンスが、宗教改革にも大きな影響を与えていたことが分かります。