【要約】スピノザ作品の翻訳者として知られる畠中尚志が本人名義で公表した全ての文章を収めた作品集に、御令嬢とスピノザ研究者による解説が付されています。各翻訳書付設の解説では、スピノザの思想内容や執筆の背景の要点が簡潔に示される他、ボエティウス、アベラールとエロイーズ、フランダースの犬について詳説しています。エッセイでは、自身の病状や交友関係に関わる記述を通じて、困難な状況の中で真摯に研究に取り組む姿勢や不屈の人柄を垣間見ることができます。
【感想】全編を通じて、圧倒的な迫力だった。研究者の端くれとしては、背筋が伸びる読書体験だった。これからはスピノザ訳書を繙くときは襟を正して正座しながら読むことにしたいと思う(まあ、おそらくこれまでどおり寝転がりながら読むのだろうが、気持ちだけは背筋を伸ばしたい)。
それから印象的だったのは、戦前知識人たちの教養に裏打ちされた典雅な交遊だ。電子情報が飛び交う殺伐とした現代ではもはや望むべくもない、興趣あふれる生活だ。ご本人が大学や学界に所属しない、いわゆる在野の著述家であったことにどのような感想を持っていたかを伺うべくもないが、思い返せばそれはスピノザの境遇とも重なり合う。知識人のそういうあり方は、今後ますます難しくなっていくのだろう。