【要約】16世紀以降に西ヨーロッパはアメリカ大陸からの収奪によって原始蓄積を進めることでグローバルな世界システムの覇権を握りましたが、それはヨーロッパの科学や技術や思想や文明にアドバンテージがあったからではなく、ただそれ以前の13世紀から存在した世界システムの衰退による権力の空白にたまたま便乗できただけです。
13世紀には西欧―東地中海ー中東ーインドー東南アジアー中国の各サブシステムが連動して各地域を結ぶ交易が活発に行われ、資本主義的な流通・金融・生産様式が発達しました。モンゴル帝国の覇業によって、中央アジア内陸ルートの終着点である中国北部と、紅海・ペルシャ湾を経由するインド洋ルートの終着点である中国南部が繋がり、世界システムが駆動するようになりました。しかし14世紀半ば以降はペストの流行やモンゴル帝国の衰退に伴って世界システムに綻びが生じ、元を引き継いだ明にもインド洋海上交易ルートを確保する経済的余裕がなく、インド洋海上ルートに権力の空白が生じ、そこに西欧がつけ込みました。
【感想】まあ、広域的な統一権力が成立すると国家が積極的に関与しようがしまいが流通や金融取引のコストとリスクが下がって交易が盛んになり、都市後背地の商品作物生産とマニュファクチュアも発達するという、言ってみればそれだけの話を、世界的規模で地政学的な知見も絡めながら展開したからおもしろく読める本になっているのかな、と思ってしまった。本書でも言及されているように、紀元前後のローマ帝国と漢帝国のように東西に広域権力が並び立った時にはシルクロードを通じた交易が栄えた。本書が扱う14世紀には、モンゴル帝国が中央アジアと中国北部さらに中国南部を広域支配し、ムスリムがエジプトからペルシャまでを広域支配したことで、政治的安定を背景に交易が栄えた。またたとえば江戸時代の日本は幕藩体制による広域的な政治的安定を土台として商品経済が発達した。海賊や山賊の恐れがなければ流通のコストが下がり、ルール違反者を取り締まる治安が良ければ金融のコストが下がる。戦争がなければ商品作物の生産力やマニュファクチュアが発達する。広域的統一権力は、民兵を取り締まり、治安を強化し、戦争を起こさないことで、経済を発展させるための土台となる。
しかしその広域統一権力による平和と安全を土台とした経済発展が永久に続くことはない。なぜなら、商品経済の進展に伴って地域ごとの役割が固定して格差が拡大し、矛盾が看過し得ないところまで拡大したところで広域統一権力の破綻が起きるのは必定だからだ。もちろん21世紀の現在は、大方の世界システム論者が予見したとおり、パックス=アメリカーナが破綻しつつあるところ、ということになるのだろう。やれやれだ。
【個人的な研究のための備忘録】ルネサンス
本書の趣旨からいえば脇筋のテーマになるのだが、ルネサンスに関わるイタリア諸都市の位置づけについてメモしておく。
「もしこの定義を使うとすれば、ジェノヴァとヴェネツィアの都市国家(フィレンツェや他のイタリアの内陸商業都市は言うまでもなく)が、多少のちがいこそあれ、十三世紀までにはほぼ資本主義国家であったことに、疑う余地はほとんどないだろう。」155-156頁
■J.L.アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前(上)』岩波現代文庫、2022年<2001年
■J.L.アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前(下)』岩波現代文庫、2022年<2001年