【要約と感想】藤田正勝『日本哲学入門』

【要約】普遍的であるはずの哲学に「日本」と冠する意味に配慮しつつ、明治以降の日本人が何を考えてきたかをトピック(経験、言葉、自己と他者、身体、社会・国家・歴史、自然、美、生と死)に分けて説明します。特に西田幾多郎と田辺元を中心とする京都学派の活躍を中心に描きます。共通するポイントは変化(動)と主客一致の観点です。

【感想】新書とはいえ、タイトルに偽りありというか、正確には「明治以降京都学派入門」だ。「日本哲学」と冠するのなら、本来であれば聖徳太子や空海、西行や世阿弥、伊藤仁斎や荻生徂徠、本居宣長や藤田東湖について語らなければならない。しかしどうやら本書によればそれらは「哲学」ではなく「思想」らしいので、仮に明治以降にターゲットを絞ったとしても、井上円了や三宅雪嶺、高山樗牛や清澤満之といったところには言及されないし、なんなら鶴見俊輔や吉本隆明はどういう扱いになるのか。ということで、もう、話はもっぱら明治後期から昭和戦前期の極めて短い時間(たかだか40年程度)の京都学派に尽きている(いちおう「美」のテーマだけは多様)。京都学派の仕事が立派なことにはまったく異論がないのだが、それで「日本哲学」が語り尽くせるかと言われると、疑問なしとはしない。主語が大きすぎる。現実はもっと多様だ。本当に、タイトルが「京都学派入門」であれば、まったく問題ない。

【個人的な研究のための備忘録】愛と死
 まあ、とはいえ、知らないことも多く、とても勉強になった。本の内容自体は悪くない、というかとても良い。今後役に立ちそうなテキストをサンプリングしておく。

「田辺の理解では、死者との関わりを可能にするのは「愛」である。「生の存在学か死の弁証法か」のなかで田辺は次のように記している。「自己のかうからんことを生前に希って居た死者の、生者にとってその死後にまで不断に新にせられる愛が、死者に対する生者の愛を媒介にして絶えずはたらき、愛の交互的なる実存協同として、死復活を行ぜしめるのである」。」261頁

 迫力のある考察だ。「愛」について考えるときにはぜひ田辺元の仕事を参照したい。

藤田正勝『日本哲学入門』講談社現代新書、2024年