【要約と感想】浅野和生『イスタンブールの大聖堂―モザイク画が語るビザンティン帝国』

【要約】コンスタンティノポリス(現イスタンブール)に建つソフィア大聖堂は、先行するモデルもなく登場し、後続する建築も現れなかった、ビザンティン帝国を代表するユニークな建造物です。アーチを組み合わせた見事な構造が出現する至る経緯や、美麗なモザイク画の解釈を通じて、ビザンティン帝国1000年の栄枯盛衰の歴史を辿ります。

【感想】基本的には美術史の本なのだが、建築やモザイク画を通じて垣間見える人間ドラマがおもしろい。西ヨーロッパとイスラム世界に挟まれて、高校世界史レベルでは無視されがちなビザンツ帝国であったが、とても豊かな世界が広がっているのであった。伊達に千年も続いていない。というか逆に、ビザンツ帝国が視野に入っていないと、「ヨーロッパ」とか「ルネサンス」などの概念を本当に理解したことにならない。ギリシア人が現在でもコンスタンティノポリスを心の故郷のように思っているらしい記述があったが、その場合の「ギリシア」の中身(要するにコンスタンティノポリス)が西欧人が考える「ギリシア」の中身(要するにアテネ)とずいぶん違っていることが印象的なのだった。この勘違いを土台として、ビザンツ帝国を忘却しながら、いわゆる「近代ヨーロッパ」なるものが成立してくるわけだ。しかしその亡霊が「第三のローマ」としてモスクワに跋扈して西ヨーロッパに異議申し立てをしている2022年の現状なのだった。一方が忘れ去ったとしても、もう一方は現実に生き残っている。仮にモスクワの亡霊を消し去ったとしても、必ずまた新たに亡霊が立ちあがってくるのだろう。

浅野和生『イスタンブールの大聖堂―モザイク画が語るビザンティン帝国』中公新書、2003年