【要約と感想】アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』

【要約】プロメーテウスは、天界から火を盗み出して人間に与えたため、ゼウスの怒りを買って岩山に磔にされてしまいました。そこにヘーラーの怒りを買って放浪していたイーオーがたまたま通りかかり、プロメーテウスから自分の運命を聞いて悲嘆に暮れますが、実は遙か未来のイーオーの子孫ヘーラクレースがプロメーテウスを救うことになります。ゼウスの息子ヘールメースがやってきてプロメーテウスに降伏と服従を勧告しますが、プロメーテウスはゼウスに対して悪態をつきながら断固拒否し、理不尽な巨大権力に屈することを肯んぜず、自ら進んで悲惨な境遇に身を任せることとなりました。

【感想】ギリシア悲劇は基本的に「二次創作」で、本編もいくつかの神話素材を繋ぎ合わせた上で、舞台映えする萌え要素を散りばめて出来上がっている。あるいは、「スーパーロボット大戦」と言ったほうが近いか。いちおう説明しておくと、「スーパーロボット大戦」とは、『ガンダム』や『マジンガーZ』など本来はまったく別物だったロボットアニメを統一した世界観の元に一つのパッケージにまとめあげて作品化したものだ。そしていわゆる「ギリシア神話」とは、各地にバラバラに伝えられていた神話・伝承を、統一した世界観の元に一つのパッケージへとまとめあげたものだ。もともと相互に矛盾するバラバラな伝承素材をムリヤリひとつにまとめるわけだから、あちらを立てればこちらが立たず、体系的には歪んだものになる。キャラもカブりまくる(同じような女神が何人いるんだよ!)。だが、それがいい。ギリシア悲劇にも、スーパーロボット大戦にも、いろいろな要素を巧みに組み合わせて、矛盾すら利用して、「そう来たか!」とニヤリとさせる知的な工夫とヒラメキに満ちている。
本作も、プロメーテウスとイーオーというバラバラに伝わる伝承を、ヘーラクレースという未来の焦点で以て繋ぎ合わせているところに「ニヤリ」とするべきなのだろう。(とういかまあ、イーオーの存在自体が後代の創作ではあるが)

また、舞台映えする萌え要素も気になる作品だ。まず岩山に縛り付けられるところが萌え。磔は、萌え。ガッツ星人に磔にされるウルトラセブンや、ヤプール星人に磔にされるウルトラ四兄弟を見れば明らかなように、磔は萌え。
またあるいは、神話では雌牛に姿を変えられたというイーオーが、本作では牛の角だけつけているのが萌え。人から角が生えているのは、プリンス・ハイネルを見れば即座に分かるように、萌え(バッファローマンは知らん)。作者が意図的にやっていても不思議ではない。

まあ表面的なモチーフは、理不尽な権力(僭主)の要求に屈しない自律的精神(アテナイ民主制)の称揚であって、ペリクレス時代を迎えるアテネに相応しいテーマではあるように思った。解説によれば本作の初演がB.C.462と推定されているが、それはまさに民主派のペリクレスが貴族派のキモンを陶片追放に追い込んだ年に当たる。大神ゼウスが成り上がりの僭主風情程度に描かれているのは、このあたりの事情が関係しているのかどうか。

アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』呉茂一訳、岩波文庫、1974年