【要約と感想】サルスティウス『ユグルタ戦争・カティリーナの陰謀』

【要約】紀元前1世紀に活躍したローマの史家によるモノグラフ2編です。
「ユグルタ戦争」はB.C.112年~106年にかけて北アフリカにあったヌミディアを舞台に展開した戦争を描いています。ヌミディア王国の内戦にローマ共和国が介入しましたが、ローマ内部の権力闘争をめぐる思惑や贈賄が複雑に絡まって長期化しました。最終的には首謀者であったユグルタが捕えられて決着がつきました。表の主役は機知に長けた野心家ユグルタですが、影の主役は後にローマ共和国で権力闘争を繰り広げるマリウス(平民派)とスッラ(閥族派)です。
「カティリーナの陰謀」は、B.C.63年に発生したクーデター計画の展開を描いています。カティリーナが計画したクーデターは事前にキケローに露見してあっけなく頓挫し、一味は捕えられて処刑され、カティリーナは戦場で華々しく散りました。表の主役は道徳心の欠片もない悪の権化カティリーナとそれに対抗するキケローですが、影の主役は後にローマ共和国で権力闘争を繰り広げるカエサル(平民派)と小カトー(閥族派)です。

【感想】おそらく訳文の妙もあるのだろうけれど、余計な装飾があまりない軽快な文章で、さくさく読めて、おもしろかった。普通なら悪役で終わるはずのユグルタやカティリーナの経済史的背景がそこかしこに垣間見えて、平板的なストーリーに終わらないところが味わい深い。作者の意図かどうかは分からないが、ピカレスク・ロマンの一種としても読めるように思った。悪役であるユグルタとカティリーナのキャラクター描写は、最後の滅び方まで含めて、なかなか魅力的だ。
また背景となる社会経済史的状況の描写も興味深い。単に表面上の事実経過を記しているだけでなく、背後で蠢く思惑を多面的に描いていて、ローマ共和政末期の様子が俯瞰的に理解できるのが、非常におもしろかった。中間層が崩壊して格差が拡大し、既得権益の固定化が組織全体を腐敗させ内部から崩壊させる様子がよく分かる。賄賂や横領で私腹を肥やすことに心血を注いで国家全体をダメにしていくローマ閥族たちの愚かな行動を見ると、2021年の日本に生きる者としても、他人事とは思えない。2000年経って政体や慣習が変わっても、人間の本質は変わらないということか。
まあ作者が知りえなかった世界史的観点から考えると、共和政ローマの帝国主義戦争(ポエニ戦役)が一段落したことで経済が一気にグローバル化し、資本投下の宛先などカネの回り方が急激に変容した結果、中間層没落と階級的矛盾が激化したことが背景として考えられるか。著者はカティリーナやその一味が悪に染まった根本的な理由を怠惰と欲望に求めているけれども、それは現代で言うところの自己責任論的な考え方だ。しかし当時の経済的大変動を考えると、実は放埒や怠惰といった自己責任的な考え方では回収できないような経済史的必然として、社会の矛盾を個人の生命で解消せざるを得ない彼らのような破滅的立場が生じてしまうのではないだろうか。このあたり、歴史学はかなり深いところまで研究していそうだな。俄然興味が湧いてきたけれど、新学期が始まっちゃうぞ。

ちなみにアウグスティヌス『神の国』は、その歴史哲学パートで本書を盛んに引用している。しかもローマの歴史を大局的に理解しようとする文脈で、盛んに持ち出してくる。本書が単なるモノグラフで終わるものでなく、長く大きな文脈を見据えた歴史哲学を背景としていることを傍証しているようにも思う。

サルスティウス/栗田伸子訳『ユグルタ戦争・カティリーナの陰謀』岩波文庫、2019年