【要約と感想】マーヴィン・ミンスキー/大島芳樹訳『創造する心―これからの教育に必要なこと』

【要約】「考えること」を考えてみましょう。どんなに大がかりで複雑なシステムでもごく単純な部品から組み立てられるし、小さな部品はそれ自体が何であっても構いません。大切なのは小さな部品同士の関係性によって表現された「状態」であり、「状態の変化」です。どのような「状態」を理想とするかが「目標」であり、「現在の状態」との「差異」を理解してそのギャップを埋めるために試行錯誤を繰り返すことが「学習」です。このような「状態の変化」を起こす構造を身につけるためには、特定のカリキュラムに従って何らかの教科を幅広く学ぶ必要はなく、子ども自身の趣味を突きつめていくのが一番です。大事なのは「目標」に向かって「状態の変化」を引き起す効果的な行動とは何かを理解し、身につけ、実行することであり、それが「創造性」というものです。既存の教科教育では、創造性を育むのは無理でしょう。コンピューター・サイエンスが大きな意義を持つはずです。

【感想】小学生の頃からコンピュータに慣れ親しめる環境にあった私にとってみれば、極めて納得感の高い本だった。言っていることが、よく分かる気がする。逆に、コンピュータにまったく触れたことのない人が理解できる内容と形式なのかどうか、気になるところでもある。

教育学的に言えば、「転移」という概念に対して示唆を与える内容だったように感じた。大昔の教育では、「転移」という概念がしばしば持ち出された。具体的には、「ラテン語のような実際に使用しない言語を学んで何の役に立つのか?」という疑問に対して、「ラテン語で身につけた論理的な力が転移して様々な場面に役に立つ」というような形で持ち出された。これを専門用語で「形式的陶冶」という。なんらかの「形式」を身につければ、それがあらゆる「内容」に適用できるという考え方だ。しかしソーンダイクという心理学者によって「転移」は否定されることになる。学んで身につけた知識は、学んだ領域でしか役に立たない。これを「実質的陶冶」という。ラテン語を学んだら確かにラテン語を話せるようになるが、フランス語やドイツ語など他の語学を学ぶ上ではまったく意味がない。ラテン語を学んで身につけたものは、フランス語やドイツ語の学習に「転移」をしないということだ。
しかし一方、本書では身につけたことの「転移」が発生することが示唆される。ポイントは、単なる「知識」や「スキル」のレベルで転移が起こると言っているのではなく、ひとつ上のメタレベルである「問題解決」の領域で応用が効くということだ。そして単に「条件反射の繰り返しで身についたこと」ではなく、「フィードバックの過程で考えて身についたこと」は転移するということだ。「条件反射」は「S→R」という一方向の単純な結果しか導かないが、フィードバックは双方向で再帰的で複雑な構造そのものを作っていくことが決定的に重要ということだ。古典的な心理学と現代的な認知心理学では、環境との相互的なフィードバックの論理を含み込んでいるかどうかが決定的に異なっているということになるのだろう。

しかしまったく別の部分で印象に残ったのは、著者やその弟子たちが、芸能人やスポーツ選手に対する敵意を隠さず、逆に「オタク」への敬意を高めるよう努力しているところだ。これは認知心理学者の先輩であり、本書でもところどころで名前が挙がっていたブルーナーにも同じく見られた傾向だった。どうやらアメリカでは、日本以上に「反知性的」なスクールカーストの風潮が蔓延しているようだ。いやはや。

【個人的な研究のための備忘録】
人格というものの「一性」に関して示唆をするような文章があったのでメモしておく。

「もし、あなたが自分自身のことを私(単数形のI)だと思っている時には、自分自身を単一の「何か」であるかのように考えていて、その中には部分ごとに変更できるようなものはないとみなしていることになるだろう。しかし、もし「私の何か(My)」からなっていると考えてみれば、自分自身を部品から構成されたものだとみなして、特定の部位を変更しながら考え方を改良できると考えられる。言い換えれば、もし自分の心が修理可能な機械だと思うことができれば、その改良法について考えることができるわけである。」194頁

まず思い浮かべるのは、フロイトが人間の心を「自我/エス/超自我」に三分割したことだ。人間は「単数形のI」ではなく、複数の部品が組み合わさったものだという観点が示されている。また同じくプラトンは、人間の心を「哲学者(理性)/戦士(気概)/生産者(欲望)」に分類した。そして「正義」とは、この三者の調和がとれて、心が統一されている状態のことだと説明した。本書では「部分と全体」の関係については言及されるが、「全体」を全体たらしめる原理については言及されていないように思える。プラトンが「正義」に求めた全体の原理を、本書は直接的に明示しているわけではないが、ひょっとしたら「創造」という言葉に込めているのかもしれない。

マーヴィン・ミンスキー/大島芳樹訳『創造する心―これからの教育に必要なこと』オライリー・ジャパン、2020年