【教師論の基礎】教員の研修―研究と修養の権利と義務

はじめに

 研修は、教員に限らず、もちろん一般企業でも行なわれています。組織にとって「人」というものは最大の資源ですので、その資源を増やし、運用効果を高めるためには、研修というものは有効な手段となります。
 ただし、教員にとっての研修には、それ以上の意味があります。というのは、法律によって「権利と義務」として定められているからです。法律で決められている以上、教員になる人は、その内容と意味をしっかり理解しておく必要があります。

教育基本法に定められた研修

 まず日本の教育にとって最も重要な法律である「教育基本法」の第9条で、研修がしっかり位置付けられています。

(教員)
第九条 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。
2 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない

 「研修」という言葉そのものは第9条第2項に出てきます。が、第1項の「研究と修養」という言葉は、縮めると「研修」になります。この「研究と修養」に励むのが、法律で定められた教員の義務ということになります。まず「研究と修養」について、深く考えてみましょう。

研究

 教員は、「研究」に励まなければなりません。教師の仕事についてあまり真剣に考えたことがない人は、まずこのことに驚くのかもしれません。教師の仕事を誤解している人は、「与えられた内容を、決められたとおりに教える」ことが教師の仕事だと思い込んでいます。違います。
 教育とは、極めて創造的な仕事です。たとえば仮に同じ内容を教えるにしても、児童生徒の個性によって、分かりやすい教え方は変わってきます。多人数で対話する方が身につきやすい子どももいれば、一人で沈思熟考するほうが身につきやすい子どももいます。一人一人の個性に合わせて、その子どもに適した方法を選択できるのが優れた教師です。教育とは、子どもの個性によって毎回毎回異なる、一回限りの創造的な出来事です。
 子どもの個性に合わせて適切な指導法を選択するためには、「教える内容」についての幅広い知識と深い理解が絶対に欠かせません。「教える内容」について広く深く知っていなければ、相手の発達段階や理解度に合わせて適切な素材を引き出すことなどできません。子どもの個性を尊重するためには、教師の側が「教える内容」について熟知していることが最低条件です。教科書に書いてあることだけ知っていても、子どもの個性に合わせて教えることはできません。教科書に現れている表現の何十倍もの背景を持って、初めて個に応じた指導が可能になります。教師が教える内容について常に研究しなければならないのは、教育という仕事の本質を踏まえれば、当然のことになります。単に教科書を読めばいいだけなら、教師など必要ありません。

教材研究

 現場では、「研究」という言葉は、「教材研究」という四文字熟語の形をとって頻繁に登場します。単に教科書をなぞるだけでは授業はうまくいきません。個に応じた指導など望むべくもありません。子どもたちの個性を尊重しながら授業を行なうためには、教師が教科書以上に「教える内容」について熟知していなければなりません。そのために具体的に行なうのが、「教材研究」です。教材研究を行なわずに授業に臨むと、悲惨なことになります。

修養

 「研究」という言葉が客観的な対象の理解を深めるイメージなのに対し、「修養」のほうは「教師の内面的成長」をイメージさせる言葉です。人格的・精神的な成長のために必要なのが、修養です。
 具体的には、仕事ですぐに必要となる知識を追い求めるというよりは、仕事にはあまり関係のなさそうな「深みのある経験」を積みながら「幅広い教養」を身につけることをイメージするといいかもしれません。ジャンルを問わない読書だとか、旅行で知見を深めるとか、美術館や博物館を見学するとか、坐禅を組むとか滝に打たれるとか、教師個人の趣味や特性や長所に即した、様々な成長の在り方があるでしょう。目の前の授業をうまくこなすことにはすぐには役に立たないかもしれませんが、説得力と信頼感のある教師になるためには圧倒的な意味があるはずです。

研修の充実を図る

 以上のような「研究と修養」を実現しようとしても、教師個人の努力だけではどうしようもない場合があります。やる気があっても、お金や時間が不足していて、できないこともあるでしょう。そういうとき、教師の成長のために環境を整えるのが、国家や自治体の仕事です。環境の整備をしないのでは、国家や自治体に存在意義はありません。
 国家や自治体に対して「研修の充実」を義務として課しているのが、第9条第2項になります。教師個人に対しては、研修を権利として保障しよう、ということです。
 今後は、研修の充実を図るためにも、教師の労働環境(特に時間)を大胆に改善していく必要があります。

教育公務員特例法に定められた研修

 教育基本法を受けて、具体的に研修をどうするかが定められているのが「教育公務員特例法」です。第21条から第25条まで、具体的な内容や方法や条件が決められています。

都道府県教育委員会の義務

(研修)
第二十一条 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない
2 教育公務員の任命権者は、教育公務員(公立の小学校等の校長及び教員(臨時的に任用された者その他の政令で定める者を除く。以下この章において同じ。)を除く。)の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。

 第21条では、教育公務員特例法が教育基本法を踏まえて作られていることが示されています。そしてポイントは、第2項で、研修のための環境や条件を整える主体が「教育公務員の任命権者」と名指しで定められていることです。通常なら都道府県教育委員会(加えて政令指定都市教育委員会)となります。この条文を踏まえて、各都道府県教育委員会はそれぞれ個性的な研修システム(施設・奨励・計画・実施)を整備しています。教員採用試験を受ける予定がある場合は、試験を受ける自治体の研修システムについてはしっかり理解しておいた方がよいでしょう。

教員の権利としての研修

 続いて第22条では、教育公務員だけに認められた「研修の権利」が定められています。

(研修の機会)
第二十二条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない
2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる
3 教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる

 第2項にある「本属長」とは、基本的には校長先生のことです。校長先生がハンコを押してくれれば、勤務地である学校を離れて、研修に参加することができます。「教員の義務」には「職務専念義務」というものがありますが、その例外規定となります。学校での通常の仕事から免除されるわけです。ですので、通常の授業に支障がない時間に行なうことが大前提になります。具体的には、夏休みの勤務日に行なうことが多いでしょう。実は子どもたちが夏休みの期間中も、先生は勤務時間だったりします。その時間は、本来なら職務専念義務に基づいて、学校で勤務しなければいけません。が、研修に行くということであれば、学校に来なくてもよいというわけです。勤務時間中に研修に行ける、というのが重要な条文です。ちなみに休みの日のプライベートな時間に勝手に勉強会や研究会に参加する分には、もちろん校長先生のハンコはいりません。

 第3項に記されている「任命権者」とは、通常は都道府県および政令指定都市の教育委員会です。ここがOKをすれば、退職せずに長期の研修を受けられます。長期というのは、だいたい1年~3年くらいをイメージしています。長期の研修ということで具体的に何を考えているかというと、大学院への内地留学です。大学院への内地留学に関しては、教育公務員特例法第26条と第27条で具体的に権利として明記されています。

(大学院修学休業の許可及びその要件等)
第二十六条 公立の小学校等の主幹教諭、指導教諭、教諭、養護教諭、栄養教諭、主幹保育教諭、指導保育教諭、保育教諭又は講師(以下「主幹教諭等」という。)で次の各号のいずれにも該当するものは、任命権者の許可を受けて、三年を超えない範囲内で年を単位として定める期間、大学(短期大学を除く。)の大学院の課程若しくは専攻科の課程又はこれらの課程に相当する外国の大学の課程(次項及び第二十八条第二項において「大学院の課程等」という。)に在学してその課程を履修するための休業(以下「大学院修学休業」という。)をすることができる。
(大学院修学休業の効果)
第二十七条 大学院修学休業をしている主幹教諭等は、地方公務員としての身分を保有するが、職務に従事しない
2 大学院修学休業をしている期間については、給与を支給しない

 これは教員普通免許状の最高ランクである「専修免許状」を取得することを念頭に置いた条文です。大学を卒業してすぐに大学院に行って専修免許状を取得するのではなく、大学を卒業していったん教師になり、ある程度現場を経験したうえで、教員としての身分をもったまま大学院に行き、専修免許状の取得を目指す、ということです。教職大学院では、そういうふうに教員の身分を保ったまま、内地留学で学習・研究している教師の方がたくさんいます。制度で、権利として認めることで、チャレンジしやすくしよう、というわけです。
 ちなみに、臨時任用の教員にはこの権利が認められていません。こういうところで正規採用と臨時任用の間に格差が設定されています。

教員の義務としての研修(法定研修)

 研修は教員の権利ですが、一方で義務でもあります。義務として必ず参加しなければならない研修は教育公務員特例法で定められており、業界用語で「法定研修」と呼ばれています。法定研修には3種類あります。
(1)初任者研修―第23条
(2)中堅教諭等資質向上研修―第24条
(3)指導改善研修―第25条

初任者研修

 教員に正規採用された人は、1年目に必ず初任者研修に参加しなければなりません。法律で定められている以上、絶対に逃れられません。具体的には、学校の中でベテランの先生について教師として必要な知識や技術を伸ばす他、校外で教育委員会主催の研修に参加したりします。他の学校の新任の先生との交流などもあります。
 この初任者研修のあり方は、養成・採用・研修の一体化改革によって、これから急速に変わっていくことが予想されます。

中堅教諭等資質向上研修

 中堅教諭等資質向上研修は、かつては10年経験者研修と呼ばれていましたが、4年ほど前に名称が変わりました。いま、教頭先生や副校長など、管理職を希望する先生が減っています。が、組織としては必ず必要になる役割です。学校全体の運営や、さらにゆくゆくは教育委員会の運営など教育行政に携われるような人材を育てるために、この研修が用意されています。

校内研修

 校内研修とは、法律で決められたものでなく、教員の能力を伸ばすために必要だと校長先生(あるいは管理職や教務部)が企画したものです。
 法律に決められていなくても、各学校が研修を充実させていくことが期待されています。各学校は、教員の力を伸ばすために、自主的に研修会を開いています。学習指導要領等でも、カリキュラム・マネジメントに関わって、校内研修の充実が求められています。
 具体的な内容は、授業のスキルを上げたり、いじめなどの課題に対応したり、学校行事のあり方を考えたりなど、様々です。
方法としては、管理職が主催して学校の中でみんなで勉強することもあれば、外部から講師を呼ぶこともあります。教育委員会の人や、大学の先生が呼ばれます。私もときどき呼ばれます。

校外研修

 学校の枠を超えて、他の学校や団体と連携しながら行なう校外研修も盛んに行なわれています。教育委員会が主催する研修もたくさんありますし、教育関連の学会が企画・主催する研修もあります。また民間教育団体や教員組合が企画・主催する研修もたくさんあります。
教師の皆さんには、各種研修の機会をぜひ積極的に活用して、力をつけていっていただきたいと思います。