【教師論の基礎】教師の服務義務―地方公務員法と教育公務員特例法

はじめに

 公立学校の教師には、法律で定められた服務規程があります。特に「地方公務員法」と「教育公務員特例法」の2つを理解しておく必要があります。他に地方自治体や教育委員会が定める条例や規則があります。規定に違反してしまった場合、懲戒処分(免職・停職・減給・戒告)されますので、しっかり認識しておきましょう。
 もちろん教員採用試験にもよく出題されます。たくさん出題されるのでネットで解説しているサイトも多いところですが、根本的に何も理解せずに間違って解説しているサイトも多く、たいへん遺憾なところです。特に憲法や行政法についてまったく無知なサイトが多いのには、閉口するところです。本来は、憲法や「法治主義」に対する本質的な理解を土台にして、具体的な条文を理解するべきところです。
 まず、そもそもどうして「義務」に従わなくてはならないのか。その根本的な理由から確認しましょう。

全体の奉仕者

服務の根本基準

地方公務員法第30条(服務の根本基準)
すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

 義務に従わなくてはならないのは、「全体の奉仕者として公共の利益のため」に働くためです。しっかりした理由があります。
 まずは「全体の奉仕者」と「公共の利益」という言葉の中身と意義について適切に理解しましょう。「全体の奉仕者」という言葉は、もちろん日本国憲法第15条2項に基づいています。

日本国憲法第15条2項
すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 ある特定の個人や団体や集団の利益になるようなことを、公務員はしてはなりません。日本に住む全ての人々の生活を豊かにすることが、公務員の務めです。仕事中は、全力で「公共の利益」のために頑張りましょう。
 「公共の利益」という言葉については、「公共」と「公」の区別をしっかりつけておきましょう。「公共」とは「みんなの」という意味です。「公共の利益のために勤務」とは、みんなが幸せになるために自分の能力を働かそうということです。一方「公」となると、ただちに「国家」を意味する場面が多くなります。国家の利益がみんなの利益といつも同じなら問題ないのですが、実は、国家の利益がみんなの利益と同じとは限らない場面がたくさんあります。そういうときは、「国家の利益=公」ではなく「みんなの利益=公共」を優先して働くべきだということです。(※ただ難しいのは、「みんな」の範囲ですけどね。)

服務の宣誓

地方公務員法第31条(服務の宣誓)
職員は、条例の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。

 絶対に勘違いしてはいけないことは、誰に対して宣誓するのか、ということです。最悪の勘違いは、知事や教育長など、任命権者に宣誓すると思ってしまうことです。第30条の根本基準を踏まえれば、そんなわけはありません。公務員は「公共の利益」のために働くのであって、任命権者のために働くのではありません。宣誓の対象は、住民です。そもそも知事や教育長も、住民のために働いている、いわゆる「公僕=public servant」です。そういう意味では対等な立場なのであって、教員が知事や教育長に宣誓するいわれなどありません。極めて重要な事実ですので、絶対に勘違いしてはならないところです。
 具体的には、宣誓内容はこんな感じになっています。

私は、ここに、主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、且つ、擁護することを固く誓います。
私は、地方自治の本旨を体するとともに公務を民主的且つ能率的に運営すべき責務を深く自覚し、全体の奉仕者として、誠実且つ公正に職務を執行することを固く誓います。
(※東京都の場合)

 極めて重要なポイントは、宣誓の内容が「日本国憲法を尊重し、且つ、擁護する」となっているところです。この内容は、日本国憲法第99条に基づいています。

日本国憲法第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

 99条において、公務員は日本国憲法を尊重し擁護する義務を負っていると規定されています。この規定をしっかり遵守することを、公務員になる際に「宣誓」するということです。そして、「憲法を守る」ことは、「法律を守る」こととはまったく異なることには、くれぐれも注意しましょう。この違いを認識していなければ、そもそもなぜ「宣誓の義務」が必要なのかが分からないでしょう。ネット記事等を見ると、分かっていない人が多すぎるところです。「ちゃんと仕事をするぞ」とか、そういう低レベルの話ではありません。
 「憲法を守る」とはどういうことかについては、別のところでしっかり考えます。

 続いて具体的な義務の内容を見ていきますが、すべてこの30条が土台にあることを踏まえていると、全体像が見えやすくなります。
 さて、教員の義務は、内容によって、「職務上の義務」2つと、「身分上の義務」5つの2種類に分けられます。

職務上の義務2つ

 職務上の義務は、「働いているとき」に守らなければならない義務です。逆に言えば、プライベートの時間では守る必要はありません。
 (※ちなみに、教員採用試験関連の参考書等では、職務上の義務が「3つ」とされていることがあります。上ですでに見た「服務の宣誓」を、こちらの職務上の義務に含めている場合が多いです。ただし法的に3つである根拠もありませんし、論理的に考えても「服務の宣誓」は根本規定として理解する方が相応しいので、大半の参考書の記述とは異なり、このページでは「職務上の義務は2つ」と考えます。ご了承ください。)

職務上の命令に従う義務

地方公務員法第32条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)
職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

 「法治主義」を確認している項目です。なぜか日本人は「法治主義」と聞くと、ただちに「刑法」が行き届いていることだと勘違いしてしまう人が多いのですが、大間違いです。犯罪が少ないことと、法治主義が徹底していることは、まるで関係がないことです。法治主義とは、国家機構が「行政法」に基づいて客観的に運営され、人間の恣意的・主観的な判断が差し挟まれないということです。「人が治める=人治主義」ではなく「法が治める=法治主義」ということなので、間違えないようにしましょう。
 公務員に関して言うと、「法治主義」とは、公務員は自分の判断ではなく、法律に従って仕事をしてくださいということです。この場合の「法律」とは、もちろん人を殺しちゃダメとか物を盗んじゃダメというような「刑法」ではなく、「行政法」です。公務員のするべき仕事は、すべて法律で規定されています。それ以外のことは、基本的にはやってはいけません。人間の勝手な判断で勝手に仕事をすることは、公務員には期待されていません。法律に従って、粛々と働くことが期待されています。そのような法律を「刑法」や「民法」と区別して「行政法」と呼んでいます。
 上司の命令には絶対服従とか、そんなマヌケなことを言っている条文ではありません。ネットではそういう勘違いも蔓延しているようですので、くれぐれもご注意ください。

職務専念義務

地方公務員法第35条(職務に専念する義務)
職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

 職務に専念するのは、法律に言われるまでもなく当たり前のことです。ここではむしろ例外規定の「特別の定」について、どういう場合に職務専念義務を外れても大丈夫なのか、しっかり認識しておくべきところです。一般的にはもちろん有給休暇とか育児休暇を指します。教員に関しては、「研修」と「兼業」に絡んで、教育公務員特例法に特別の規定がありますので、そこはしっかり押さえておくのがよいでしょう。

身分上の義務5つ

 身分上の義務は、働いていないときにも適用される義務です。プライベートな時間にも適用されます。365日24時間、しっかり守る必要のある義務です。

信用失墜行為の禁止

地方公務員法第33条(信用失墜行為の禁止)
職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

 教員採用試験の面接でやたら聞かれるのは、この項目です。個人的には、この項目ばかりが聞かれ、一方で30~32条の極めて重要な規定があまり問われることがないことに、不当な偏りを感じるところではありますが。
 ともかく、校長先生や教育委員会が一番関心を持っている規定は、これです。というのは、ただちに自分たちの責任問題に関わってくるからでしょう。
 「信用失墜行為」とは、具体的には、刑法に触れる行為(窃盗、殺人、傷害、贈収賄、体罰等)、セクハラやパワハラ、交通事故などを起こして、教師という職に対する世間の信用を貶めてしまうことです。法律に言われるまでもなく、やってはいけないことです。が、教師という職業は全ての人の生活や人生に深く関わってくることもあり、一般的なサラリーマンよりも注目を集めやすいのも、また事実です。何かするとマスコミなどに報道されてしまいます。校長先生や教育委員会がぴりぴりするのも、現実的には仕方がないところなのかもしれません。

守秘義務

地方公務員法第34条(秘密を守る義務)
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合においては、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない。
3 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない。

 公務員は、国家権力の一部として働いているため、一般人が決して知り得ない情報にアクセスすることができます。法律に則って粛々と仕事をするために知り得た情報ですので、もちろん個人的な利益や興味のために使用するのは、「公共の利益」に反します。
 教員の場合は、生徒たちの個人情報だけでなく、家族に関する情報にもアクセスすることになります。本人の口からは絶対に出てこないような情報を知ることになります。興味本位で外部に漏らすなど、常識的に考えても、絶対に許されることではありません。
 かつては、通知表を電車の網棚に置き忘れたという事例があったりしましたが、近年では電子機器の扱いに注意が必要です。生徒の個人情報データが入ったUSBメモリを落としてしまったり、パスワードが漏れて学校のパソコンに侵入されるなど、電子機器を通じた情報漏洩が数多く報告されています。
 単に倫理的な問題というだけでなく、国家機構の健全な運営という観点から考えても、一部の人間が自分の勝手な判断で情報を扱うことは極めて危険なことです。注意していきたいものです。
 ただし、例外規定があります。裁判や国会等で証人となる場合には、国家権力は背後に退かなくてはなりません。仮に国家権力の不利益になる場合でも、一私人の利益を保護するためには「職務上の秘密」を明らかにすることも必要になるかもしれません。

政治的行為の制限

 この項目は、地方公務員法ではなく、「教育公務員特例法」が規定します。

教育公務員特例法第18条1(公立学校の教育公務員の政治的行為の制限)
公立学校の教育公務員の政治的行為の制限については、当分の間、地方公務員法第三十六条の規定にかかわらず、国家公務員の例による。

 たらい回しされました。国家公務員法を確認しましょう。

国家公務員法第102条(政治的行為の制限)
職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らかの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
2職員は、公選による公職の候補者となることができない。
3 職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

 またたらい回しされました。「人事院規則で定める政治的行為」について確認する必要があります。

人事院規則1417(政治的行為)
6 法第百二条第一項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。
一 政治的目的のために職名、職権又はその他の公私の影響力を利用すること。
二 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し又は提供せずその他政治的目的をもつなんらかの行為をなし又はなさないことに対する代償又は報復として、任用、職務、給与その他職員の地位に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て又は得させようとすることあるいは不利益を与え、与えようと企て又は与えようとおびやかすこと。
三 政治的目的をもつて、賦課金、寄附金、会費又はその他の金品を求め若しくは受領し又はなんらの方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること。
四 政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え又は支払うこと。
五 政党その他の政治的団体の結成を企画し、結成に参与し若しくはこれらの行為を援助し又はそれらの団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となること。
六 特定の政党その他の政治的団体の構成員となるように又はならないように勧誘運動をすること。
七 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。
八 政治的目的をもつて、第五項第一号に定める選挙、同項第二号に定める国民審査の投票又は同項第八号に定める解散若しくは解職の投票において、投票するように又はしないように勧誘運動をすること。
九 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し又は指導しその他これに積極的に参与すること。
十 政治的目的をもつて、多数の人の行進その他の示威運動を企画し、組織し若しくは指導し又はこれらの行為を援助すること。
十一 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。
十二 政治的目的を有する文書又は図画を国又は行政執行法人の庁舎(行政執行法人にあつては、事務所。以下同じ。)、施設等に掲示し又は掲示させその他政治的目的のために国又は行政執行法人の庁舎、施設、資材又は資金を利用し又は利用させること。
十三 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。
十四 政治的目的を有する演劇を演出し若しくは主宰し又はこれらの行為を援助すること。
十五 政治的目的をもつて、政治上の主義主張又は政党その他の政治的団体の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これらに類するものを製作し又は配布すること。
十六 政治的目的をもつて、勤務時間中において、前号に掲げるものを着用し又は表示すること。
十七 なんらの名義又は形式をもつてするを問わず、前各号の禁止又は制限を免れる行為をすること。

 いろいろ決められていますが。要するに、教員は地方公務員よりも厳しく政治的行為が制限されるということのようです。他の地方公務員には許されても、教員には許されないことがたくさんあるわけですね。
 「全体の奉仕者」という立場から当然できないと主張する人もいれば、「全体の奉仕者」の理念からここまで規定することはできないと主張する人もいて、論争的な問題が含まれるところです。

争議行為等の禁止

地方公務員法第37条(争議行為等の禁止)
職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。

 「争議行為」とは、一般的には「ストライキ」のことです。民間企業の労働者には法律で認められた権利ですが、「全体の奉仕者」である公務員には認められないという理屈です。
 海外の教員にはストライキの権利が認められているところもありますが、「日本では認めていない」という事実として理解しておきましょう。

兼職の禁止

 この項目は、教育公務員特例法による例外規定があります。
 まず基本的には、教員に限らず公務員一般は、民間企業への兼業が禁止されています。

地方公務員法第38条(営利企業への従事等の制限)
職員は、任命権者の許可を受けなければ、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下この項及び次条第一項において「営利企業」という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員その他人事委員会規則(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の規則)で定める地位を兼ね、若しくは自ら営利企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。

 公務員は、一般人が知り得ない情報や近づき得ない個人・集団に容易に近づき、強大な国家権力を動かすことができます。そのアドバンテージを営利企業が利用するのは、公共の利益を損なう不当な行為であるということです。

 しかし一方、教員には例外が用意されています。

教育公務員特例法第17条(兼職及び他の事業等の従事)
教育公務員は、教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事することが本務の遂行に支障がないと任命権者において認める場合には、給与を受け、又は受けないで、その職を兼ね、又はその事業若しくは事務に従事することができる

 他の地方公務員には許されていないことが、教員には許されています。というのは、教育に関する知識や経験は、本来は広く共有すべきもののはずです。兼業の禁止規定は、この利益を損なってしまう可能性が高いものです。たとえば教育に関する記事や本を書いたり、学校で講演をしたり、教員を対象にワークショップを行なったりすることなどが、兼業禁止規定のためにできないとすれば、とても残念なことです。
 もちろん条件はあって、本来の仕事に支障がなく、教育に関する知恵や経験を共有しようとする場合に限って、例外として認められます。