【要約と感想】天外伺朗『「生きる力」の強い子を育てる―人生を切り拓く「たくましさ」を伸ばすために』

【要約】日本はこれまで国家主義教育でうまくやってきましたが、もはや賞味期限切れです。外側から「与える」ような教育は、無気力で役立たずの人間を作るだけです。これからは、内側から「引き出す」ような教育が必要です。ルソーなど教育哲学の知見も、それを推奨しています。早期教育なんかしなくても、思う存分に遊んで集中力を高める習慣ができれば、いくらでも学力は伸びます。大脳新皮質ではなく、身体と密接に結びついた脳の古い部分を刺激しましょう。
そのためには、徹底的に教育を自由化するべきです。

【感想】本書の論理的支柱である「与える」と「引き出す」の二項対立図式に説得力を持たせるため、著者が古今の哲学や心理学の成果を我田引水的に駆使するところは、なかなか興味深い。

教育観与える引き出す
東洋哲学性悪説(荀子)性善説(孟子)
西洋近代ズルツァー『子どもの教育と指導の試み』ルソー『エミール』
精神分析フロイト「性欲」ユング「神々の萌芽」
大脳新皮質古い部分
学力生きる力
教育学国家主義教育学人間性教育学

まあ、二項対立図式は分かりやすい。が、複雑な現実を単純化しすぎているのではないかという畏れは、常に持っておいた方がいいのだろう。分かりやすい話は、実は危険だ。

【要検討事項】
本書の論旨とはほぼ関係がないのだが、専門家として気になったので触れておく。国家主義教育の元凶がフィヒテという話は、ちょっとどうか。

「明治政府は欧米の多くの教育学を参考にしたが、最も影響を受けたのが、ヨハン・フィヒテの思想だ。(中略)彼は、ナポレオン占領下のベルリンという、極端な抑圧的状況の中で、激しい愛国主義に駆られて教育学を練り上げた。」44-45頁

明治教育史の専門家から言わせると、かなり怪しい。明治政府が愛国心教育を打ち出すのは明治23(1890)年の第二次小学校令からなのだが、そこにフィヒテの思想はまったく反映していない。教育原理や教育課程に影響を与えているのは、間違いなくヘルバルト主義だ。またあるいは教育行政に影響を与えているのは、シュタインの国家学だ。
フィヒテは確かに「愛国心」を激しく鼓吹した。が、教育行政や教育学には間接的にしか影響を与えていない。むしろフィヒテが直接的に影響を与えているとしたら、国語行政のほうだろう。
著者がこの怪しい知識をどこから仕入れたかは、多少気になる。「最も影響を受けた」なんてありえない、と教えてあげたいところだ。

【言質】
「学力」と「自己実現」に関する用法サンプルを得た。

「逆に入社してから活躍する人は、趣味やクラブ活動やボランティア活動などを通じて、知識や学力とは全く異質の「何か」を身につけている。それは、自らを常に磨く力であり、集団の中における適切で調和的な立ち位置を確保し、人生を楽しみ、目的を定め、挑戦し、自己実現にむかう力だ。」3頁
「「生きる力」というのは、ことばを換えれば「自己実現」にむかう力だ。自分の能力を伸ばすとともに、それをいかんなく発揮し、思いを実現して、社会の中で意義のある活動をし、自らの位置づけを獲得していく力だ。
いくら学力があっても、「生きる力」が乏しかったら、社会的な成功は望むべくもない。」27頁

天外伺朗『「生きる力」の強い子を育てる―人生を切り拓く「たくましさ」を伸ばすために』飛鳥新社、2011年