【要約と感想】栁澤哲郎『どうするか現状の教育課題』

【要約】昔の教育は良かった。道徳教育を強化しましょう。

【感想】うーん。まあ、よくある「昔は良かった」という語りなのだが、困ったことに、いろいろと事実誤認が多い。たとえば、少年犯罪や自殺が一番多かったのはまさに著者自身が属する世代(昭和ヒトケタ)なのだという統計的事実を、残念ながらご存じないらしい。わけの分からない殺人など、明治時代からいくらでも存在した。現在の若者たちの規範意識が低下しているという著者の認識が、そもそも事実に基づかず、絶望的に間違っているわけだ。だから、間違った認識に基づく「道徳教育」の提言は、見当違いの内容となってしまっている。具体的には、「宗教性」ばかり強調して「市民性」に関する洞察が完全に欠落しているのが、極めて大きな問題となる。
「一般社会には人命軽視の風潮はありませんでした。」(114頁)という勘違いを平気で書かれてしまうのにも、困ったものだ。わけのわからない死刑判決や獄内での理不尽な拷問死、青少年の自殺や心中が戦前にいくらでもあったことを、この人はどうして無視できるのだろう? いくらなんでも、酷いデタラメだと思う。
そして「人格の完成」に対する哲学的洞察が一切欠けているのも、どうなのかと思う。教育基本法第一条「人格の完成」を引用した箇所(88頁)があって、続いて具体的な哲学的洞察を聞けるのかと一瞬期待したのだが、何も出てこなかったのだった。教育基本法が言う「人格」とは、著者が思い込んでいる何かとはまるで別のもののはずだ。
まあ、著者は「いい人」だろうし、素朴な現場では感動的な実践が可能だったんだろうけれども、それだけでは現状(高度資本主義)の教育課題に対応することは不可能だということが、よく分かる。

栁澤哲郎『どうするか現状の教育課題』文芸社、2009年