【要約と感想】加藤雅彦『ライン河―ヨーロッパ史の動脈』

【要約】フランスとドイツの間の政治史が本書のテーマです。ローマ帝国のガリア・ゲルマニア進出からEU統合まで約2000年に渡る仏独関係が通史的に語られます。フランスはローマ帝国に服従して以来、多民族を強力な中央集権国家で統一する国民国家形成に向かったのに対し、ドイツはローマ帝国に反抗し、言語文化を同じくする民族が多数の国家に分裂し、現在も地方分権的な連邦制度を採用しています。その結果、フランスは個別的なものより普遍的なものを上位に置く「文明」を称揚するのに対し、ドイツは個別的なものを尊重する「文化」を上位に置きます。今後も独仏両国の関係がヨーロッパの運命を握っています。

【感想】独仏間の政治経済関係史が話題の中心であって、自然や景観に関する紀行文的な話題は前面に出てこない。ライン川にまつわる自然や景観に関心がある向きには、本書は薦めない。
本書を読了して会得したと思うのは、「ラインラント(ケルン・ボン・コブレンツ)」及び「アルザス・ロレーヌ(ストラスブール)」の地政学的知見だ。もともとローマ帝国の版図に基づけば、ガリアとゲルマニアの境界線はライン川にあった。だからフランス人としては、ローマ帝国の普遍的な文明を継承するという意識が強ければ強いほど、国境線をライン川に設定したくなる。そして現在はドイツ領となっているライン川左岸ラインラントも、もともとローマ帝国の統治を受け入れた地域であり、さらにフランス革命時にはリベラルな思想に親和的であって、ゲルマン的な「文化」に対しては反発を覚えやすい。一方アルザス・ロレーヌは、言語文化的にはドイツに親和的である一方、フランス革命の影響を受けてリベラルな雰囲気も持つ。
独仏に挟まれたラインラント・アルザス・ロレーヌの地政学は、海に囲まれた日本人にとっては最もわかりにくいものであるような気がする。本書のような「境界史」は、日本人的偏りを自覚し是正する上でとても意味があるような気がした。フランス史とかドイツ史などのような国家を実体化して語る政治史では、境界の地政学は取りこぼされてしまうだろう。ライン川を表面的な主題としながら、実質的にラインラントやアルザス・ロレーヌを語り、独仏関係史に思いを馳せるというスタイルは、とても洗練された優れた語り方だと思った。とはいえ、本書では過度にフランスとドイツを実体化しているような記述もあって、個々の記述に対しては警戒を要する気もする。

加藤雅彦『ライン河―ヨーロッパ史の動脈』岩波新書、1999年