【備忘録と感想】日本STEM教育学会 第一回年次大会

STEM教育とは?

日本STEM教育学会の「第一次年次大会」に参加してきましたので、見てきた内容を備忘録的に記し、併せて個人的な感想を残しておきます。(2018年10/13、於国立科学博物館)。
「STEM」とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathmatics)の頭文字を繋げたものです。だから単純に考えると理科系の教育のように思いがちなのですが、これからの社会の変化(情報化・グローバル化)を考えた時には、むしろ文系にとって極めて重要な領域になるだろうことが想定されます。というか、そもそも理系と文系が断絶した現在の教育システムの弊害を超えようとする時に、この「STEM教育」という概念がキーワードになるだろうことが考えられます。
私個人も来年度からICT教育を担当するということもあり、いっちょ噛みしようということで出かけていったわけですが、たいへん刺激的でした。

教育改革とこれからのSTEM教育

残念ながら午前中のメニューには授業のために参加できなかったのですが、鈴木寛氏の記念講演「教育改革とこれからのSTEM教育」には間に合いました。なかなか熱が籠もった講演でした。
まず産業構造が転換し、250年ぶりに人類史が根底から変革するという、例の情報革命テーゼが前面に打ち出されます。情報技術の革新についていけないと、個人は職を失うし、日本は滅びるというわけです。
その認識を前提に、日本の教育を点検します。OECDのPISA調査の結果からは、日本の小中学校の理数教育は極めて優秀で、全世界でトップに立っていることがわかります。具体的には、日本には理数系が得意な学生(Level4以上)が20万人存在していますが、これはアメリカと同じ水準です。つまり潜在的には、日本には科学技術を支える人材が充分に揃っているはずなのです。ところが話が大学教育に移ると、とたんに科学技術を支える人材の数がめっきり減ってしまいます。つまり問題は義務教育段階の実践にあるのではなく、高校と大学の接続にあるだろうことが見えてきます。つまり一番の問題点は、高校のカリキュラムと大学入試にあるわけです。
そこで文部科学省は高校のカリキュラムを改訂した上で、高大接続のあり方にも抜本的に手をつけることになりました。まず高校には新たに理数科の「探究」という科目が登場しました。これは単に教科書の内容を覚えるのではなく、「探求」というタイトルにふさわしく、自ら課題を発見し解決していくというスタイルの「新しい学び」が期待されている科目です。しかし大学入試のあり方が変化しなければ、この「探求」という科目も絵に描いた餅に終わります。この科目の目的を実質化するために、大学入試のあり方として「AO入試」の割合を増やすべきこと(全体の30%目標)が提唱されています。もちろん学力の低い人間が一芸で合格するとかそんな生易しいAO入試を想定しているわけではなく、高校時代の「探求」のあり方が総合的に判断されるような実力本位の入試が要求されます。高校カリキュラム改革と大学入試改革が一体となって、これからの社会に必要となる優秀な人材を確保・育成する環境を整えようというわけです。
また、文科系の人間が数学を放棄する傾向に対しても歯止めをかけるべきことが提唱されています。今後の社会では、文科系の仕事は次々とAIに奪われることが想定されます。AIに代替不可能な創造的な仕事ができる人材を育成するためには、これまでの文系/理系を分断する教育システムではうまくいかないことが容易に想像できます。本来は、ScienceとSocietyを往還するような、理系や文系の分断のない教育こそが求められるべきです。そのために、数学や理科の学習を安易に放棄してしまう学生を生み出す現在の受験システムは早急に改められるべきだという主張です。
また具体的な教育のあり方としては、近代的な一斉教授が消え去り、効果的な個別指導が大規模に展開するという見通しが示されます。というのは、個人別の「スタディ・ログ」が蓄積されて膨大なビッグ・データとなり、それをAIが分析活用することによって極めて精度を高めた学習支援が可能となると見透しているわけです。
そんなわけで、これからの教育改革の方向性として、具体的に一言でいうと「文理分断からの脱却」が喫緊の課題として掲げられた講演でありました。

考えるべきこと

まあ、全体的に言いたいことは分かる気がします。とはいえ、考えなければいけないことはもっとたくさんあるようにも思うわけです。高大接続も確かに大問題ですが、たとえば個人的には大学卒業後の就職システムに本質的な問題があるような気もします。極めて単純化すれば、文系の方が理系よりも稼げる世の中で、優秀な学生がわざわざ理系を目指すかという問題です。東大文Ⅰを目指していたような人間が、敢えて理工学部を目指すかという問題です。あるいは東大文ⅠからSTEM人材が育つかという問題です。もともと慶応湘南藤沢キャンパスを目指すような学生なら言わなくても分かる内容のはずですが、しかし一方で東大文Ⅰを目指す学生に対して説得力を持つかどうか。
つまり、本物の力をもつ人材が持っている力を存分に発揮できる「人材配分」の仕組みを考えた時、これはもはや教育システムの問題ではなく、日本社会全体の構造の問題だろうと思うわけです。それを踏まえると、社会構造全体にメスを入れることなく教育システムだけをいじって「人材配分」をコントロールしようとしても、歪みをさらに増幅させる結果に終わるような懸念も生じます。教育にできることは「本物の力を粛々と伸ばす」ことだけで、人材配分のあり方については産業界の方に反省してもらわないといけないのではないかという感想を持ちます。4年生が就職活動のために授業を休むのが当たり前という、大学が就職予備校に成り下がっている現在の風潮は、教育システムの反省だけでは如何ともしがたい、STEM教育以前の大問題だと思うんですけれどもね。

シンポジウム「小学校プログラミング教育の実際と展望」

さて続いて、小学校プログラミング教育に関するメニューです。シンポジウムでは、3人の立場から報告がありました。(1)文部科学省の役人(2)教育研究者(3)教育委員会の3つの立場です。

(1)文部科学省からは、学習指導要領改訂の狙いについてお馴染みの話(社会に開かれた教育課程とカリキュラム・マネジメント)を踏まえた上で、プログラミング教育について説明がありました。プログラミング教育に向けてほとんどの教育委員会は実際に動けていないというデータ、教育委員会を支援するために文科省が「手引き」を作ったことなどが示されました。
その上で、文科省として教育委員会に求めるのは、まず一度実際にプログラミング教育を試してみることでリソースの確認と予算要求の目処を立て、すべての教員が模擬授業を体験できるところまで学校と教員を支援してほしいということでした。
と言いつつ、文科省の役人という立場を離れ、一人のお父さんとしてプログラミング教育を試してみた経験は、「まずやってみる」ことの重要性が極めてよく分かる、説得力がある上にたいへん微笑ましい話でした。

(2)研究者の兼宗先生はドリトルの開発者ということで、たいへん分かりやすいデモンストレーションを見せてもらいました。個人的に心強かったのは、プログラミング教育を目的ではなく「活用」として理解するべきだと強調していたところです。私も同様に思います。もしもプログラミング教育を「目的」と捉えると、単に教えるべきコンテンツがひとつ増えて現場の教員の負担が重くなるだけです。しかし「活用」と理解すれば、授業をさらに「深い学び」に持っていくリソースが増えることになります。兼宗先生は、プログラミングを低学年で「スキル」として身につけることで、高学年で「活用」できるという見通しを示しましたが、それは「字」というスキルを覚えるのと同じことだと主張します。低学年で覚えた「字」が、高学年で理科や社会で使えるのと同じことだというわけです。要するに、コンピュータは「コンテンツ」ではなく「リテラシー」と理解するべきものだということです。

(3)教育委員会(横浜市)からの報告は、いちばん生々しいものではありました。教育現場ではプログラミング教育に対して漠然とした不安が蔓延しているそうですが、まあ、そりゃそうだなあとしか。で、その不安を解消するために、教育委員会としては、(1)実践推進校で先進的な取り組みを蓄積する(2)研修を通じて人材育成をする(3)授業支援を行なうという具体的な取り組みを始めているようです。まずは柱となる理科・数学での実践を蓄積しながら、ICT支援員を増員しつつ、各種研修会を充実していくことを考えているようです。
文部科学省の「掛け声」はよく分かっても、それを実現するために実際に組織を動かしていくのは大変だよなあと、頭が下がる思いではあります。

考えるべき事

三者三様の立場からの話だったこともあり、当事者の間でも意識が乖離していることがよく見えるシンポジウムでもありました。研究者は「目的ではなくリテラシー」と明確に打ち出しているのですが、教育委員会の方は学習指導要領の要求を実現するために組織を動かすことに必死な状況で、そこまで意識を高める余裕はまったくないように見えました。一方で、文部科学省はその中間で、理念については高く掲げつつ、現実的には具体的な授業に落とし込むことに専念しようとしている感じです。
私としては研究者の見解にたいへん共感するわけですが、それを現実の授業に落とし込む教育委員会の仕事の大変さを思うと、文部科学省のような漸進的なやり方も分からないわけではないというところではあります。いやあ、どうなるのかね(←他人事ではない)

一般研究発表

一般研究発表もたいへん熱が籠もっており、それぞれとても印象に残りました

(R02)つくば市教育委員会の実践は、他の本でも読んで知ってはいたのですが、改めて聞いてすごいなと思いました。具体的な話題に挙がったのは小学校1年生「スイミー」での実践です。総合的な学習の時間であらかじめプログラミングのスキルを身につけた上で、国語の時間の「活用」としてプログラミング(アニメーションの作成)を取り入れた実践です。言語活動の一環としてプログラミング思考を養う姿勢が一貫しており、教科の本質とプログラミングという活用手法が無理なく融合しているように見えました。

(R03)Scrachの公開プログラムを分析して発達段階論の根拠とする手法には、目から鱗が落ちました。この手法、コンピュータ以外のテストや作文の分析にも応用できたら、一般的な発達段階論にも大きなインパクトを与えます。まあ、スタディログを収集してAIでビッグデータを分析するという発想は、まさにそういうことですが。

(R04)Scrachを開発しているLiflong Kindergardenの理念を土台として、実際に教師研修を行なった報告でしたが、とても印象に残りました。Lifelong Kindergardenは日本語に翻訳すれば「生涯幼稚園」となるわけですが、その名の通り、幼稚園の活動に教育の本質を見出して生涯教育に取り入れようとするチームです。幼稚園の教育の本質とは、「まず実際に自分でやってみる」という「構築主義」にあります。試行錯誤を繰り返しながらできることを増やして概念を豊かにしていくという教育手法です。これを幼稚園だけでなく、すべての教育の土台に据えようというとき、プログラミング教育が有効な手法として浮かび上がってきます。Scrachとはそういう理念と哲学の上に作られたプログラミング言語だったんだと、改めて感心した次第です。
そしてその理念を元に教員研修を行なった結果が報告されたのですが、本当に教員一人一人の力がめきめきと伸びていました。構築主義の威力を目の当たりにした思いです。

シンポジウム「これからのSTEM教育の実践と評価」

最後に、様々な立場から今後のSTEM教育の展望が報告されました。

東京学芸大学の大谷忠先生の報告は、産学協同で大規模なSTEM教育プロジェクト(STEMQUESTスタジアム)を実践したもので、たいへん刺激的でした。子どもが興味を持ちそうなアトラクションを作り、具体的な課題を設定し、それを子どもたちが自力で解決していくというプロジェクトです。自分が子どもだったら夢中でハマりそうな、楽しそうな実践です。そして実践の土台となる理念として、STEMの「E」を中核とする話は、ナルホドと思いながら聞きました。とはいえ、「評価」についてはまだまだ難しい問題があるということも分かりました。

電気自動車普及協会の有馬仁志氏からは、学生コンペの話がありました。学生コンペなら眼鏡協会もやっているぞと思いながら聞いたのですが、大きな違いは、コンペの過程で学生たちが産学の専門家たちからアドバイスを受けたり、他の学生チームとコミュニケーションをとりながらプロジェクトを軌道修正していくところでした。完成したものだけを評価するのではなく、「過程」を評価するというSTEM教育の本来のあり方を垣間見たような気がしました。

研究者の赤堀先生からは、プログラミング教育とは単にアルゴリズム(手続き)の知識や技術を身につけることではなく、実は「デザイン」の力をつけることがきわめて重要だという示唆を受けました。デザインの力は、理科系的な手続きの知識や技術から出てくるものというより、文科系的な国語読解力や社会考察力と相関が強いということでした。そして日本人は手続き自体の力は持っていても、デザインの力が弱いのではないかと指摘します。やはり文系と理系が断絶している現在の教育のあり方は、理系にとっても文系にとっても良くないということが見えてきます。

最後に白水始先生が総括をしました。いわゆるアクティブ・ラーニングを実践する際にも、子どもの主体性に任せるという掛け声の下で単なる放任に陥っている場合があるのですが、効果的に自主性を引き出すための有効な問いの立て方=「ドライビング・クェスチョン」が重要であるという話でした。プログラミング教育だけでなく、一般的な教育を考えていく上でも重要な視点でした。

まとめ

まあ、盛りだくさんすぎて一言でまとめられるような感じはしませんが。とても若々しく、未来に向けて希望に溢れた空気を感じました。こういう雰囲気は、他の学会にはない気がするなあ。まあ、第一回ですからね。
私としても、今後の授業や研究に活かしていけるよう、研鑽を重ねたいと思いを新たにし、上野の国立科学博物館をあとにするのでありました。

参考記事等リンク

なぜ今STEM教育が必要なのか――日本STEM教育学会 設立記念シンポジウム
10/11に開催されたJSTEMシンポジウムの記事。プログラミング教育とカリキュラム・マネジメントの関係にも言及されていたりと、これからの教育を考える上で大まかな方向を把握できる。