教育学Ⅱ(龍ケ崎)-8

■龍ケ崎キャンパス 11/27(月)

前回のおさらい

・「人間だけがスポーツをする」ということの多面的・多角的な理解。
(ア)人間には主体性があるが、動物は調教や命令によって動くだけ。
(イ)人間は手足を器用に操れるが、動物はできない。
(ウ)人間にはスポーツをする余裕があるが、動物は生きるために精一杯で余裕がない。
(エ)人間は勝利や名誉を求めるが、動物は求めない。
(オ)人間は達成感や自己満足を求めるが、動物にはない。
(カ)人間は娯楽を求めるが、動物は求めない。
(キ)人間は言葉を使ってコミュニケーションして団体行動ができるが、動物にはできない。
(ク)人間にはルールを作ってそれを守る能力があるが、動物にはない。
(ケ)人間は文化を持っているが、動物には持っていない。
・自己評価。

これまでの作業の振り返り(1)

物事を多面的・多角的に見る

・これまでやってきたことは、一つは「物事を多面的・多角的に見る」ことのトレーニングである。
・単に「物事を多面的・多角的に見よう」と言っても身につかないので、実際に作業を行いながら具体的に考えてみた。
・「人間とは何か?」という問いは、「物事を多面的・多角的に見る」うえで、極めて有効に働く。人それぞれに様々な考え方があるからである。
・しかし「人間とは何か?」という問いはレベルが高かったようなので、「スポーツとは何か?」という問いに変更した。

物事を多面的に見るとは?

・「薄っぺらい見方」とは、物事を一面でだけ見ることである。
・薄っぺらい見方にならないためには、物事を「立体的」に捉えなければならない。
・ある物事を一つの面から見るのでは、独りよがりの偏った考え方に陥る。
・物事の様々な面を見ることによって、正確な理解に近づいていくことができる。
・「人それぞれだから考えても意味がない」という意見は、視野を狭くして正確な理解を妨げる、極めて危険な薄っぺらい考え方。

物事を多角的に見るとは?

・物は、見る角度によって「見え方」が異なる。
・ある角度から見えたものが、物の本当の姿とは限らない。
・物の本当の姿を理解するためには、あらゆる角度から物を観察しなければならない。
・事も同じ。様々な角度からしっかり見ることによって、本当の姿を理解することができる。

協働する

・しかし「物事を多面的・多角的に見る」と言っても、一人の考えには限界がある。一人一人の考えは偏っていて、一人だけでは物事の真実にたどり着くことは難しい。
・だから、様々な「個性」を持った人たちと一緒に考えることによって、様々な異なった意見をたくさん出す必要がある。
・単に様々に異なっているだけでは意味がない。それぞれの意見がそれぞれに真実を言い当てていることを理解し、尊重して、初めて意味がある。
・チームは様々に異なった「個性」が集まることで強くなる。同じような人間がたくさんいても、チームとして強くなることはない。

吟味する

・ただ言葉として知っているだけでは、「薄っぺらい」ままに終わる。
・自分のものとして確かな理解をして、使える知識にしなければ意味がない。
・そのためには、自分で理由を説明できなければならない。
・自己評価は、知識を自分のものとして理解するための手続きとなる。

命題の吟味

人間は手足を器用に操れるが、動物はできない。

・どうして人間は手足を器用に操れるが、動物にはできないのか?
※ヒント:ポルトマン『人間はどこまで動物か』の中の「生理的早産」という考え方。
・人間と動物の生物学的な違いはどこにあるのか。
・「本能」によって行動する動物と、「文化」によって行動する人間。

指導者として気をつけること

・「型」の習得の重要性←「本能」で動くのではなく、「文化」を身につけるということ。
・「型」を超えることの重要性←「文化」と「個性」。
・物事を理解するうえで、「思い込み」の重要性。
・物事を理解するうえで、「思い込み」を破壊することの重要性。