【要約と感想】今井むつみ『学びとは何か』

【要約】知識とは断片的な情報の集積ではなく、それぞれの要素が有機的に関連したシステムです。だから人間は断片的に知識を身につけることができず、一定のスキーマ(思考の全体的な枠組)を背景にして知識を組み入れていきます。個々の知識を組み込む際にスキーマそのものを更新していくのが良い学びです。誤ったスキーマに固執すると、学びは成立しません。

【感想】まあ、言いたいことは分からなくないし、幼児の母語獲得過程の話は勉強になったけれども(著者が「母語」ではなく「母国語」と言っちゃうところは迂闊なわけだが)。
ただ、肝心の学習論に関しては、常識的な枠組みの範囲内の話かなあと思った。たとえば「学びとはスキーマの更新だ」という命題は、竹内常一の「自分くずしと自分つくり」とか林竹二の「徹底的な吟味による自己否定」など、教育学の世界では連綿と語り次がれてきたものであって、認知科学の言葉で改めて語り直されたものではあるが、内容的な目新しさはない。本書のキーワードである「生きた知識」にしても、認知科学の言葉で語り直されているとはいえ、主張内容自体はデューイが100年前に既に述べていることを超えているような気はしない。まあ、人文科学的な常識に認知科学がお墨付きを与えてくれたと思えばいいのかもしれないが。

また、科学的な認識過程の称揚ぷりには、「今は19世紀末だっけ?」というようなアナクロ感をも覚える。本書に描かれている科学観は、ディルタイ以前のものだろう。たとえば「解釈学」は、本書の立場からはどう位置付けられるのだろうか。あるいはトマス・クーン以前と言ってもいいか。「パラダイム・シフト」という概念を、本書はどう扱うのだろう? 「進化論」の展開過程は、本書のスキーマで扱いきれるのだろうか?
全般的に不満に思ってしまったのは、「学び」と銘打つからには教育学が蓄積してきた知見について少しは触れて欲しいなあと思ってしまったからなんだろう。ピアジェとかブルーナーとか、確かに認知心理学は教育思想に大きな影響を与えているけれども、「学び」という言葉はそこに解消できるものではないわけで。

まあ、一般向けの新書だからこれでいいのかな。学部生が高校までの受動的な学びから脱皮するには、きっと良い本でしょう。

今井むつみ『学びとは何か―〈探究人〉になるために』岩波新書、2016年