【要約と感想】田中美知太郎『ソクラテス』

【要約】ソクラテスはどういう人物で、どうして処刑されねばならなかったのか。ソクラテスの思想だけの問題ではなく、時勢にも恵まれていなかった。

【感想】60年前の本ではあるけれど。教えられることが主に2点あった。

ひとつは、ソクラテスに関するクセノフォンとアリストパネスの証言を肯定的に受け止める態度。けっこう多くの研究者がクセノフォンを馬鹿にしたりアリストパネスを一笑に付したり、その証言をまともに取り上げないし、そうするのにも正当な理由はあるわけだけれど。本書はプラトンの証言を相対的に扱い、クセノフォンやアリストパネスを真剣に扱うことで、生産的な議論に結びついているように思った。感心した。

もう一つは、平等に史料に接する態度と密接に関わるわけだけど、若かりしソクラテスに関する推測。アリストテレス以降、ソクラテスが自然学を無視して倫理学に集中していることが定説となっているけれど。実はソクラテスの若い頃は、アリストパネスが描くように、実際に自然学に傾倒していたのではないか。確かにプラトンが出会ってからのソクラテスと、アリストパネスが知っているソクラテスとは、年齢がまったく違っており、関心領域がまるでズレていてもおかしくないわけで。老齢のソクラテスの姿勢を若年時にまで投影することは、確かに根拠がないよなあと。感心した。

*後記(2017.8.21):後に気づいたが、著者が示したこれらの見解は、バーネット・テイラー説を下敷きにしたもので、他にも教育哲学者には広く受け容れられている見解のように見える。例えば林竹二や村井実は、ここで見られるソクラテス像を示している。が、後の哲学畑の人々は、バーネット・テイラー説への距離感の故なのかどうか知らないが、こうした見解を表立って主張することは少ないような気がする。どうだろうか。

田中美知太郎『ソクラテス』岩波新書、1957年

→参考:研究ノート「ソクラテスの教育―魂の世話―」