教育概論Ⅰ(保育)-6

短大保育科 5/25(木)

前回のおさらいと補足

・ヨーロッパが強くなったのは、「人間の欲望」を積極的に肯定したからだった。
・だがしかし、人間の欲望には際限がなく、放置していたら世の中が成り立たなくなってしまう。
・人間の欲望を肯定し、利己的な人間だらけでも世の中が壊れないような仕組みはあるのか? →民主主義

リテラシーの獲得と、モラトリアム

・人々自らの生活の必要によって教育機関が作られていく。権力者によって強制的に教育や学校が押しつけられていくわけではない。(むしろ権力者にとってみれば、一般民衆が教育水準を高めることは脅威となる)
・しかし次第に、生活をしていく上で、なにをするにもリテラシーが必要な世の中へと変化していく。リテラシーを身につけることが、人間として生きていく上での必須の条件と見なされるようになっていく。
・リテラシーを身につける場としての学校。
・リテラシーを身につける期間としてのモラトリアム。

モラトリアム:執行猶予。大人としての労働や責任等から免除されている期間。思春期・青年期の拡張。大人と子供の距離が広がっていく。

コンピュータ・リテラシー

・印刷術の登場に見られるように、新しいメディア技術の展開が人間の生活を大きく変化させる場合がある。それは現代のコンピュータの登場によって人々の生活が劇的に変化したことを考えると、わかりやすい。

コンピュータ・リテラシー:コンピュータを使って情報を得たり発信したりすることができる能力。

・ここ数年で、就職活動をするにもコンピュータ・リテラシーが必須な世の中へと劇的に変化した。コンピュータが使えないと、まともに就職もできないような世の中。

市民革命と民主主義

・民主主義とは何かを考えるとき、その成立過程を捉えるために市民革命について見ていく必要がある。

市民革命重要人物政治思想書教育思想書
清教徒革命1642トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』
名誉革命1688ジョン・ロック『市民政府論』『教育論』
アメリカ独立戦争1776トマス・ペイン『コモン・センス』
フランス革命1789ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』『エミール』

市民革命:時に暴力行為を伴った、世の中の仕組みの根底からの変化。領邦君主や貴族が中心だった世の中から、市民が中心の世の中へ。
市民:新興ブルジョワ。中産階級。三鷹市民とか八王子市民というような、固有領域の住民という意味での「市民」ではない。大雑把には、固有の資産を持ち、知識と教養を備えた人々のことで、基本的に金持ちで白人の男性のみ。

社会契約論

・現実に世の中を変えたのは市民革命。市民革命の理論的根拠となったのが、社会契約論。
社会契約論:市民革命を正当化する理論。王様を必要としない社会を構成するための理屈。アプリオリに世の中の存在を前提することが不可能となったとき、「剥き出しの個人」という理想的な状態を仮説的な考察の土台として、個体としての人間の本質から合理的に結論を演繹した、理想的な世の中のありかたを考える政治思想。
・政治思想書を書いている人物が、同時に教育思想書も書いていることに注意。政治と教育は切り離せない。
・ホッブズ『リヴァイアサン』→ロック『市民政府論』→ルソー『社会契約論』

ホッブズ『リヴァイアサン』

・自然状態においては、人間は自由で平等だった。→自然権
・しかし人間の欲望には制限がなく、放置していたら人々は自然権の根幹(いちばん大事な生命)を失ってしまう。→万人の万人に対する闘争
・そこで人々は理性的に考えて、自分の生命を守るために、自らの自然権を放棄し、契約を結んで、共通権力を作り上げる。→自然法
・もしも自分の生命を脅かすものがいたら、この共通の巨大権力に懲らしめてもらう。
・自分の生命を保護してもらう代わりに、人々は共通権力が決めたルールには従わなくてはならない。

ロック『市民政府論』

・共通権力(政府)は、単に人々の生命を守るというだけの必要悪に留まるものではなく、積極的に人々の私有財産を保護する義務を持つ。
・所有権の理論的根拠を、身体の所有権と労働に求める。(ただしここでロックの言う労働が、本当に彼自身が働くことかどうかについては注意。実際に肉体労働に従事したのは、彼が私有財産として所有している奴隷たちかもしれないのだ。)
・もしも政府が個々人の生命・自由・財産を侵害するのであれば、もはや政府としての役割を果たしていないのであって、人民には契約を破棄する権利がある。→抵抗権

ルソー『社会契約論』

一般意志:単なる生命の保障や、私有財産の保障は、社会契約の基礎的な理由にはならない。自由な討論の過程を通じて、個々の利害には関係がないような、全ての人々に共通する人間性に照らして妥当する普遍的な法則が引き出される。社会契約は、この一般意志を社会の根本的なルール(公共の福祉)として、普遍的な人間性を最大限に保障することを目指す。
・この一般意志が、単なる多数決とはまったく異なることに注意。多数決で得られる利害調整は、全ての人々に共通する人間性から引き出されているわけではない。そもそも、全ての人間に共通するようなものは、当然一つしかありえないのであって、最初から多数決に諮れるはずがないものである。
・人間が身分制や地域性によってバラバラに分断されていては、全ての人々に共通する普遍的な人間性を抽出することはできない。全ての人間は、自由で平等で独立した「個人」でなければならない。
・「単なる欲望の単位としての人間」から、「共通する人間性を持つ自由で平等な主体としての人間」へ。

「社会」とは何か?

社会:もともと日本語には存在せず、sociaeyやassociationの翻訳語として普及した。ヨーロッパで成熟した個人主義(人間の欲望を積極的に肯定する考え)を土台として組み立てられた世の中。
・「社会」と伝統的な「共同体」の違いとは何か。個人優先か、世の中優先か。
・そもそも、伝統的な共同体理論においては、共同体から独立した「個人」なるものは想定されるべくもなかった。アリストテレスが言うように、「人間はポリス的な動物」であり、ポリス(=政治的共同体)から独立した人間本性は考えられなかった。しかし貨幣経済の進展の末に人間の欲望が解放された結果として、どうしても利己的な人間の姿を人間性の正体として想定せざるを得なくなる。
・逆に言えば、人間の欲望が解放されず、「人間はポリス的な動物」と言って皆が納得するような状況においては、民主主義はそもそも必要とされない。

「契約」とは何か?

・西洋社会における「契約」の伝統。
・神と人との契約から、人間同士の契約へ。
・自由で平等な個人同士が合理的な判断を下した結果として成立する合意と約束。自由や平等が損なわれているところでは成立しない。

新しい社会を作るために、まず新しい個人を作る

・「個人」とは、身分や地域の特殊性にはまったく関係がない、普遍的な人間。伝統的共同体から切り離された、剥き出しの人間=自然人。
・新しい社会を作る=新しい「個人」を作る→普遍的な人間のための教育=人格の完成を目的とする教育

復習

・「社会契約論」の理屈を、おさらいしておこう。

予習

・ロックとルソーの教育論のあらましを押さえておこう。