「歴史散歩」カテゴリーアーカイブ

【千葉県館山市】大福寺崖観音からの眺めは絶景だった

房総半島(内房)のそうとう先っちょ、チーバくんの脛のあたりに大福寺「崖観音」があります。同系統では三仏寺投入堂ほどの迫力はないものの、他にない魅力があるお堂です。

お寺の入り口から見上げた崖観音はこんな感じ。けっこう遠くのほうからも目立って見えます。

本堂にお参りして、崖観音へ。真下から見上げると、こんな感じ。

さくさく階段を上って、お堂へ。いま建っているのは、関東大震災の後に再建したお堂のようです。去年の9月に改修工事が終わって、朱色に輝いています。行基が掘ったと伝えられている磨崖仏は、拝むことはできませんでした。残念。

お堂から見下ろす景色は、壮観です。鏡ケ浦(館山湾)を挟んで、海の向こうに館山が見えます。お寺からのスタート地点が既にけっこう高台なので、そんなに階段を上らなくても眺望が楽しめます。

大福寺の隣に位置する諏訪神社は、石切場の跡に建てられているようでした。北に15kmほど行ったところに石切場で有名な鋸山があるわけですが、このあたりからも石をとっていたようです。
(2017年8/8訪問)

【東京都北区】たわしの日

「たわしの日」というイベントに遊びに行ってきました。
家の近所に「亀の子束子」の本社があって、昨日と今日が「たわしの日」。初めて行ってみましたが、昔懐かしいチンドン屋さんも出ていて、想像以上にたくさんの人が集まっていました。

まずはタワシを売っている専門ショップ「亀の子束子西尾商店」に入ると、タワシのシャンデリアが目に飛び込んできますよ。ゴージャス・たわし。

店内には、各種用途に応じた様々なタワシが売っています。タワシたちにこんな可能性があったのかと、タワシに対する概念が変わります。我々はタワシの潜在能力を10%も引き出していないかもしれません。

それから、専門ショップの建物自体が、とてもいい雰囲気です。こんな感じの、大正モダンな洋風建築。亀の子たわしは今年で創業110周年とのことですが、この建物も110年前からあるのかな?(だとしたら明治40年になるけれど)

ショップの入り口も、とてもオシャレに飾られています。タワシで作った亀が、とてもかわいいです。

まつり会場では、たわし釣り・たわし剣玉・たわしお神籤・たわし作り体験・たわしで野菜洗い体験など、様々なアトラクションが展開されておりました。子供たちがおおはしゃぎ。

安定の顔出しパネルも置いてありました。

着物の女性の顔ハメはともかく、亀の顔になるのは、すごいなあ。

たわしオブジェも飾られていました。なかなか見応えがあります。まずはトレードマークの、かめ。

そして、たわしゾウ。

全身がタワシで構成されているとは思えない、素晴らしい完成度です。

タワシ釣りで、タワシを一つゲットできて、大満足。大賑わいの会場を後にしました。亀の子束子、来年は111周年記念です。亀の子束子のWEBサイトも、なかなかカッコいいですね。
(2017年7/2訪問)

【千葉県松戸市】戸定が丘歴史公園

今日は妻と一緒に千葉県松戸市にある戸定が丘歴史公園に散歩に行ってきました。江戸川の河岸段丘上にある眺望の良い公園で、今日は躑躅の花と藤の花の香りがとても心地よかったです。爽やかな青空の下でいただくお弁当は格別ですね。

公園の敷地内には江戸幕府最後の将軍徳川慶喜の弟、昭武の別邸が残されています。別邸の庭は、明治期に造られた和洋折衷様式で、大名庭園の豪華さや枯山水のわびさび等とはひと味違った趣があります。イギリス庭園っぽいようで、そうじゃない感じがユニークでいいですね。

昭武別邸の庭

実は今日は国民の祝日かつ絶好の外出日和にもかかわらず、午前中は新松戸のキャンパスで授業でした。祝日授業強行は文部科学省の高等教育改革への強い意志に由来するもので、私のせいじゃないからね。私は午後はゆっくりできましたが、学生諸君は本当にご苦労様です。

ちなみに松戸というと、かつては松戸バンダイミュージアムがあったり、まどマギカフェがあったりして、密かなサブカル地域として発展したりしなかったりしていた町という印象が強いですね。

2011年にまどマギカフェで食したカレー

そして国府台合戦の跡地だなあ。が、今日は妻と一緒だったので、そういうマニアすぎるところは全部パスでした。
(2017年5/5訪問)

円覚寺の降誕会

 4月8日は降誕会ということで、円覚寺の「花まつり」に参列してきました。

 円覚寺はJR北鎌倉駅から徒歩30秒。鎌倉五山の第二位、臨済宗大本山の一つです。あいにくの雨でしたが、桜がとても綺麗でした。

 「降誕会」とは、お釈迦様が誕生したことをお祝いする儀式です。方丈に据えられた「花御堂」の真ん中には、生まれたばかりのお釈迦様が天と地を指さしている像が祀られています。

 禅様式の独特な儀式を見た後、お焼香を上げて、お釈迦様の子供像に柄杓で甘茶をかけてお祝いをしてきました。

 儀式としての降誕会に茶々を入れたいわけではないと言い訳を前置きして。「子供観の歴史」に取り組んでいる教育史学徒としては、生まれた直後に歩いて天上天下唯我独尊と宣言する「早熟な子供の表象」が気になるところです。円覚寺の誕生仏は子供らしい体型をしていましたが、誕生仏の子供像はいつ頃から子供らしい造形になったのかな?

鵜殿の野望【第三章】上ノ郷城で徳川家康と戦う

 三河鵜殿氏の本拠地「上ノ郷城」は愛知県蒲郡市にあります。蒲郡駅から北に2kmくらい行ったところです。桶狭間の戦いと絡むので、様々な歴史ドラマでも触れられる城です。
 2020年1/22放送の『歴史秘話ヒストリア』では、極めて防御の堅い城として登場しました。(ただ、忍者が落としたという点では、私の解釈とは異なる話になっていましたが)
 2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』8~11話では、今川家が三河に侵攻しますが、その三河攻略最前線基地の一つとなっていたのが、この鵜殿氏が治める上ノ郷城です。城主の鵜殿長照は、義元の妹を嫁にもらうほど信頼されていた武将で、長年にわたって三河の松平諸家と抗争を繰り広げています。

 さて、鵜殿氏はもともと熊野を本拠地としていましたが、室町時代には蒲郡に進出しています。いつ来たのか、正確な時期と理由は分かりません。

 私が勝手に推測するに、おそらく熊野大社が所有する荘園を管理する地頭としてやってきて、次第に地元に根づき、最終的に今川義元の配下に入ったのでしょう。周りにはなんとなく熊野大社ゆかりの神社もあるみたいですし。

 さて、温室ハウスが広がる畑を抜けていくと、城の案内看板があります。

 「上ノ郷城跡を愛する会」が設置した縄張図の案内板もあります。地図を見ると、城は北東南の三方を川に囲まれた舌状台地の端にあって、自然の要害であったことが分かります。

 下から見上げた上ノ郷城の本丸。当時はもっと高い土塁や土塀があったんでしょうけど、今は一面に雑草が生い茂って、諸行無常の響きあり。

 登城口。城はミカン畑になっていて、水撒き用のホースに併走して登っていきます。石垣は当時のものではなくて、ミカン畑を造成するために造られたものでしょう。

 いよいよ本丸に入る虎口の脇に、赤い木の案内がありました。青い空と緑の雑草に、素朴な赤い案内柱が映えます。

 本丸には詳しい案内板があります。鵜殿氏は蒲郡の王者だったんですね。注目すべきは、1562年、すなわち桶狭間の2年後に鵜殿氏と徳川家康が戦っていることです。桶狭間で義元が討ち死にした後も、鵜殿氏は今川家に忠誠を誓っていたんですね。今川義元の妹を嫁にもらっていたので、逃れられなかったのでしょう。

 さておき、徳川家康の三河統一の過程において、鵜殿氏が三河一向一揆と並んで最大の敵であっただろうことが分かります。そして1562年に上ノ郷城が落城した際、鵜殿長照の息子2人氏長と氏次が捕えられます。氏長と氏次は、今川家に捕えられていた家康の正室築山殿(瀬名)と人質交換されます。
 近年では2017年の大河ドラマ『おんな城主直虎』でエピソードとして扱われました。2020年1/22放送『歴史秘話ヒストリア』では、家康はそもそも人質交換を狙いとして上ノ郷城を狙ったことになっていました。新解釈です。

 さて、本丸から南を臨むと、遠くに三河湾が見えます。三方を山に囲まれ、南側だけ海に開けている蒲郡の地形は、鎌倉の地形を思い起こさせます。守るに易く、攻めるに難い、本拠地としては最高の立地条件ではないでしょうか。家康がこの城を落とすのに手こずったのも、よく分かります。「忍者が活躍したこと」については、いろいろ面白いエピソードもあるので、また別の機会に。

 雑草が生い茂る本丸に立ち、遠く三河湾を眺めていると、つわものどもが夢の跡。ここから見る月は、とても美しそうです。

蒲郡市博物館:上ノ郷城跡を愛する会
蒲郡市博物館:上ノ郷城跡ってなに?(こども向け)

鵜殿の野望シリーズ

【第一章】鵜殿城という城がある
鵜殿一族は、平安時代に紀伊半島の熊野大社に関わる海賊として頭角を現します。

【第二章】鵜殿氏一門の墓
大坂夏の陣で滅びた鵜殿一族の墓を、現在も地元の人が大切に管理してくれています。

【第三章】上ノ郷城で徳川家康と戦う
鵜殿一族は、戦国時代に今川義元配下の武将として頭角を現し、徳川家康と死闘を繰り広げます。

【第四章】桶狭間の合戦で活躍・・?
桶狭間の合戦においても、鵜殿氏は重要な役割を果たしています。

【第五章】蒲郡に君臨する鵜殿一族
愛知県蒲郡市には、鵜殿一族が構えた城の痕跡がいくつか残されています。

【第六章】吉田城と鵜殿兵庫之城
鵜殿氏は、徳川家康との戦いの末、愛知県豊橋市に残る吉田城にも立て籠もります。

さらに続く。刮目して待て??