【要約と感想】三嶋輝夫『ソクラテスと若者たち』

【要約】ソクラテスが裁判にかけられた際、罪状の一つは若者を堕落させたことでした。実在した4人の若者、クレイトポン、アルキビアデス、アリスティッポス、プラトンの実際の言動を跡付けながら、ソクラテスの影響を考えると、思わせぶりなソクラテスの言葉にまったく問題がないというわけではないものの、仮に彼らが本当に堕落したとしたらもともとの資質によるものであって、全面的にソクラテスのせいにすることはできないでしょう。

【感想】先行研究に丁寧に当たりながら論点を明確化し、参照し得る限りの史料にあたって論理的に妥当な結論を導いていくという、テクストに即した思想史研究として極めてまっとうな行論で、おもしろく読んだ。また教育学という観点からは、ソクラテスが何を考えたかよりも、若者たちが実際にどのような影響を受けたか、のほうが主要な問題となる。そういう観点でもたいへん勉強になった。
 そして、著者は仄めかしてすらいないものの、現代の日本(あるいは世界全体)の滑稽ながらも危機的な言論状況に響き合う内容になっているのは興味深い。既存の価値観や権威が「正論」によってコテンパンに言い負かされるのを見るのは、昔も今も変わらず面白いことらしい。たとえばアルキビアデスなどは、まさに正論によって「はい論破」と既存の権威(ペリクレス)を滅多斬りにして喝采を浴びたが、それは現代SNSで「オールドメディア」を腐す投稿が喝采を浴びる様を想起させる。しかしアルキビアデスは実質的な実力が伴わないまま無責任な発言を続け、最終的には悲惨な末路を辿った。本人だけが滅びるのなら構わないのだが、国全体を巻き込んで破滅してしまったのだから質が悪い。同じように軽率で無責任に他人を巻き込む輩が、残念ながら現代日本にもうようよいるように見える。
 だからプラトンが論駁(エレンコス)技術の使用には年齢制限をかけようと言い出したわけだが、これは現代ではまさにSNSというテクノロジーの利用に対する年齢制限にあたる。それが良いか悪いかはともかくとして、テクノロジーが進歩してコミュニケーションの形は変わっても、対話作法に関する人間の知恵が2400年間進歩しなかったということは確かなのだろう。こうしてソクラテスは何度も処刑されるのだろう。

三嶋輝夫『ソクラテスと若者たち―彼らは堕落させられたか?』春秋社、2021年