【要約と感想】中畑正志『アリストテレスの哲学』

【要約】何かと評判の悪いアリストテレスですが、それは古代以来の不幸なテキストの伝来の仕方による偏りに加えて、デカルト以降の近代的な観点によって本来の姿が分かりにくくなっているからです。実際には「われわれによって知られること」からスタートする日常的な考え方を突き詰めることで「探究」の道筋そのものを示すと同時に、その探究の在り様を具体的な成果として豊富に残しており、現代でも多方面の研究から参照されています。何もないところから作り上げた論理学、共同体の在り様を前提とした徳倫理学、変化を記述する概念を整備した自然学、生命原理としての魂、「ある」について根源的に考える形而上学など、「文学」を除いたアリストテレスの哲学の基礎を説明します。

【感想】個人的には良い復習になった読書であった。よくまとまっていた。
 とはいえ気にかかるのは、ルネサンス期のアリストテレスの需要の在り方だ。たとえばルネサンスの入り口にいるペトラルカは、アリストテレス主義者から散々にコケにされて「無知でいいでーす」と開き直っていたりする。実は初期ルネサンス(特に文学)とアリストテレス(科学主義)とは極めて相性が悪いはずだが、そのあたりの事情には本書はまったく触れてくれない。そして一方ルネサンスの出口に関しては、デカルトがアリストテレスをけちょんけちょんにしたことには触れているものの、それ以前にガリレオなど科学者たちがアリストテレス(というかアリストテレス主義者たち)を時代遅れと見なしたことにも触れていない。問題は、12世紀以降に現実的な科学主義の急先鋒として受容されたはずのアリストテレスが、16世紀には逆に科学主義から空想的だと批判されていたというところだ。果たしてアリストテレスは、科学の進歩に貢献したのか、それとも進歩を阻害したのか。それはルネサンスの評価に直結する問題だ。本書ではまったくわからないので、自分で探究するしかない。

【個人的な研究のための備忘録】教育
 アリストテレスの倫理学は政治学と密接な関係があることに本書もしっかり触れているが、その政治学はさらに教育の話に全面的に関わってくることになる。

「徳の概念の重要性を強調するだけでは汲み尽くせない第二の論点は、教育の公共性という観点である。」74頁
「アリストテレスは、習慣づけを通じて欲求を方向づけることの必要性を語った直後に、教育における法の役割に言及する。」75頁

 これはその通りだ。だからアリストテレスは、国家の存在意義は教育機能にあるという。教育機能が欠けた国家は、国家としての要件に欠けている。たとえば社会契約論的に人々が集合したもの(エピクロス派が主張する)は、アリストテレスにおいては断じて国家ではない。そして教育が欠けた国家は、同一性を維持することができず、滅びる。アリストテレスによれば、仮に外面的に国家が存続したとしても、政体が変わった場合には滅びたものと見なされる。だから国家を維持する手段として教育は不可欠という話になる。つまり教育は、アリストテレスの四原因説に照らせば、国家は形相因(共同性の在り様)としても、質量因(構成員の在り様)としても、始動因(国法の在り様)としても、目的因(国家の存在意義)としても、教育が原因である。本書は教育については眼中にないようなので、私が個人的に探究するしかない。

中畑正志『アリストテレスの哲学』岩波新書、2023年