【要約】体系的というより、エッセイのように西洋の書誌学に関する話をしています。どんな文字を、何で、何に残したか。巻子本と冊子本の特徴と変遷。写字生の実態。音読と黙読の特徴と変遷。目録と書架。ルネサンスと中世の書誌と蒐集家。戯作者と復元者。電子書籍の未来など。
【感想】基本的に著者の自慢話を軸に話が展開するのだが、実際確かにすごいし、人間の業を浮き彫りにするおもしろい話が多いから、まああまり鼻につかない。知らないことが多くて勉強になった。
個人的には写本の値段を具体的に知りたかったところだが、ヒントになる記述は多かったもののドンピシャの回答はなかった。また別のところで勉強しよう。
【個人的な研究のための備忘録】ルネサンス
ルネサンス期の人文主義の没落に関する記述があった。
「奥書に写字生が自ら名前を記す習慣は、中世ゴシック写本の時代にはほとんどなく、イタリア・ルネサンスの個人主義の萌芽とみなしてもよいだろう。」104頁
ルネサンスにおける個人主義の萌芽についてのメルクマールはいろいろあって、ペトラルカやダンテの作品に見出されてきたが、本書は「奥書に写字生が自ら名前を記す習慣」を挙げている。記憶しておきたい。
「新世界、そしてそこからもたらされる科学や医学など、情報の多くは、アリストテレスやプリニウスなど古代の作家たちが描写した世界とはかなり異なっていた。(中略)
かくして、あれほど人文主義者たちが情熱を込めて掘り起こし、印刷術によって流布した古典や記述の妥当性に、矛盾やかげりが見えるようになったのである。これは由々しきことであった。なぜならば、中世人にとって最高の権威は聖書であったが、ルネサンス人にとってのそれは、古典だったからである。その古典の権威がいまや揺らぎつつあった。」113-114頁
人文主義と大航海時代は、どちらとも印刷術によってブーストがかかったにも関わらず、どうやら相性がよろしくないことにはなんとなく気がついていたが、本書は明確に相反するものと見なしている。どちらかというと人文主義のほうは印刷術誕生より遥か前のペトラルカに端を発しており、また1453年ビザンツ帝国滅亡による原典流出のほうがインパクトを持つこともあり、相対的には印刷術という技術の持つ重要性が低いかもしれない。一方で大航海時代の情報伝達の質とスピードの向上は、明らかに印刷術のおかげだ。そういう事情を考え合わせると、印刷術の誕生は人文主義にとっては逆風とまではいかなくとも、追い風ではなかったと見なしていいのかもしれない。そしてガリレオやデカルトの科学主義にとっては明らかに追い風であるとも。
そしてそうなると、「人格の尊厳」という観念の登場について、その淵源をルネサンス期の人文主義(ピコなど)に求める見解についても、どこまで真に受けるべきか慎重に考える必要が出てくる。確かにテキスト上ではルネサンス期人文主義に明らかに「人格の尊厳」という考えが見いだされる。しかしそれが現代の「人格の尊厳」という概念に対してどれほどのインパクトを持っているかという話になると、実際の影響はあまりなかったのではないかとも思えてくる。