【要約】主著『エチカ』の内容を中心にスピノザの思想を解説します。
まずそれぞれの個体はそれぞれで「完全」です。善悪とはそれぞれの個体の外部で普遍的に決まっているのではなく、それぞれの個体の「力」を増大させるか否かで決まるものです。同じ刺激が別の個体では善だったり悪だったりするので、善悪とは結局は組み合わせです。だとすると、それぞれの個体の本質は、個体を個体たらしめようとする「力」あるいは「欲望」であり、それを増大させるものが善であり、能動的な「自由」です。だとすると、それぞれの個体の「自由」を最大限に保障する体制こそが社会の安定を支えます。逆にそれぞれの個体の自由を妨げる不安定な体制は必然的に滅びます。つまりそれぞれの個体に「あらゆる条件を無視した完全に自由な意志」などはなく、個体の力あるいは欲望の必然性に従って完全性を増大させることこそ自由と呼ぶに値します。こういう「真理」は、真理を獲得しさえすれば自明に理解できます。こういう「真理が真理自身の規範」という考え方は、デカルト以来の科学的真理観には抵触するかもしれません。しかし真理の獲得とは必然性の認識が深まることであり、それはただちに能動性と自由の増大であり、つまり「力」および「欲望」の増大であり、個体の完全性の増大です。逆に言えば、個体の完全性の増大が伴わないところで、真理の獲得もありません。実はこの「精錬」の意義は、スピノザとは異なる思想だと思われているデカルトにも見られます。
【感想】とても分かりやすく書かれていて、初心者にもお勧めだ。スピノザ哲学を理解する上で躓きやすい概念「属性」「様態」についても丁寧に解説してある。個人的には「完全性」という中世スコラ学に由来する難解な概念をうまく処理しているのに感心した。勉強になった。
そして、終わりの方に示されたデカルト解釈は刺激的だ。真理というものは単に形式論理的に明らかになるものではなく、熟考を充分に重ねた人でないと顕れてこない。何事も表面を撫でただけで分かったような気になってはいけないのである。つまり本書が分かりやすく書かれているからといって、分かった気にならず、精錬を重ねていかなければならない。
【個人的な研究のための備忘録】
教育に関する言及があったのでサンプリングしておく。
完全に文部科学省が推奨する「主体的・対話的で深い学び」の方針とシンクロしている印象だ。まあ、文部科学省の方は「エイドスからコナトゥスへ」ではなく「コンテンツからコンピテンシーへ」と表現しているところではあるが、「力への転換」という意味で、言いたいことはほぼ同じだろう。時代がスピノザに追いついたと言っていいところかどうなのか。
■國分功一郎『はじめてのスピノザ―自由へのエチカ』講談社現代新書、2020年